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第四章
第124話 トンネル内の攻防
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ネロ以外の仲間たちが離れたことにより、周囲は静かになり魔獣の立てる小さな音が更に鮮明に届くようになった。
少し離れたところからは水音がする。
雨漏りではなく流れる水の音だ。地下水でもあるのかもしれない。
水音に耳を傾けながらネロは集中しつつもゆっくりと思考する。
(でもまさか二つ返事で任せてくれるなんてな……)
突然現れ、無謀な勝負を仕掛けてきた不躾な子供。
未だにそう思われていてもおかしくないというのに、静夏だけでなく他の全員からも文句は出なかった。こんなにも要となる役割なのに、である。
憧れの母親という存在を体現したような人の期待に応えたい。
できることならイオリよりも――と、そこまで考えた。考えてしまった。
なんてことを、と我に返ったネロは下唇を噛み締めて頭を振る。
(もう少しで五分だ。数はちゃんと数えろ。今は集中するんだ)
余計なことは考えていられない。
ネロは頭の中でカウントダウンを進めながらじりじりと岩陰から姿を現した。
この位置だとまだ魔獣たちはこちらを認識していない。
どうやら視覚よりも普通の蝙蝠のように反響定位――エコロケーションを用いて物の位置を把握しているようだった。
そして戦闘中以外なら過度には行なっていないのだろう。
ネロはゆっくりと近づく。
魔獣の姿がより鮮明に見えてきた。
大きなふたつの耳と退化した小さな赤い目。
サメのようなぎざぎざとした歯と突出した強靭な顎。
――口周りにサメの造詣が採用された蝙蝠といった感じだ。
(エコロケーションを使うところとか大きくて薄い耳は小型の蝙蝠に似てるけど……やっぱりサイズは段違いだな)
魔獣の作りは他の生き物を雑に模しているだけのように思えてきた、とネロは出てもいない唾液を飲み込む。
あと十秒で時間だ。
ネロの接近に僅かに反応した蝙蝠魔獣たちがざわめきだす。
それは火球を前にした時とは違った、攻撃的なざわめきだった。
(……今だ!)
ネロはそれまでゆっくりと詰めていた距離を一気に縮め、わざと大きな音を立てて蝙蝠魔獣たちの前に躍り出た。
ただ単に突然物音を立てただけなら魔獣たちはパニックを起こしていたかもしれないが、事前に気配を感じ取らせることで魔獣たちはすでに生き物が――人間が接近していると理解している。
騒ぎ立てるでもなくふわりと天井から離れ、一番の巨体を持つリーダーがネロに向かって飛び立ったのを合図に、群れ全体が規則正しく動き始めた。
想像以上だ。
黒い波が押し寄せてくるかのようで、息を止めたネロは身を翻して走り出す。
転べばあっという間に体を噛み砕かれかねない。
幸い、よく使う通路であるおかげで足元だけはある程度均されていたいたが、人はなにもないところでも転ぶ生き物だ。気は抜けない。
しばらく走っていると丁字路が見えてきた。
ネロは必死に退く間に得た情報を口にしながらそこへ飛び出す。
「来たぞ! リーダー格以外の蝙蝠は見えた範囲で十匹! 牙が一番危険だ、位置の把握は音でしてる!」
丁字路に潜んでいた静夏たちは速やかに動いた。
それに対して『突然獲物が増えた』と認識した魔獣たちはほんの一拍だけ動きを戸惑わせる。
「どりゃッ!」
魔獣の足に飛びついたのはミュゲイラだった。
大きいとはいえ飛ぶために軽量化されているのか、魔獣の体は見た目より軽い。
ミュゲイラは噛みつかれる前に魔獣を空中から地面へと叩きつける。
重い反響音がトンネル内を駆け巡ったが、ここならまだ問題なさそうだ。
地面に叩きつけられたことで魔獣は目を回したが、顔面から落ちたというのに歯は欠けていない。やはり凄まじく丈夫らしかった。
敵は複数。ならばどうすべきか。
そうすぐさま判断した蝙蝠の長がエコロケーション用の超音波を敢えて人間に聞こえるよう調整し、四方に向かって連続で放った。
「っうわ! うるせぇ!」
バルドが両耳を覆って飛び退る。
周囲の音どころか自分の声すら鼓膜が拾わなくなった。
ただの大きな音ではなく、魔獣がそうなるように細工した絶妙な音らしい。
そんな中、こういった状況に耐性のないバントールが真っ先に倒れそうになった。
弱った者から狙うべし、と命令を受けているのか魔獣のうち二匹がそちらへと飛んでいく。すぐさま割って入った静夏が二匹の顔を鷲掴みにした。
握力だけで顎を一ミリたりとも開かせない。
この時ばかりはサメのような形状の顔が仇となった。
「――ッはあ!」
スイカを片手で粉砕したような光景にバントールがひゅっと息をのむ。
静夏は事切れた魔獣を他の魔獣に投げつけ、それにより体勢を崩した個体にリータの魔法の矢が飛んだ。
しかし魔獣は喉と胴体を射貫かれたものの、まだ生きている。
落下とも急降下とも取れる急激な動きでリータに突き進んだ魔獣の足をサルサムの投げ縄が捉え、魔獣はそのままリータの目の前で地面に激突した。
「軽そうだと思ったが、俺には荷が重いな!」
縄を強く握り、真っ赤になった手でナイフを構え直したサルサムは魔獣にとどめを刺す。
それを見届けた静夏はバントールを先に逃がすべく振り返った。
「バントール、想像以上に広範囲攻撃が効く。お前は村へ退避を――」
しかしバントールは先ほどのショッキングな光景のダメ押しで気絶していた。
む、と短く唸った静夏はすぐさまバントールを担いで魔獣たちから距離を取る。
丁字路に退いた時点で逃がすべきだったが、本人が魔獣討伐後に速やかに道案内したいと志願したのだ。
他の通路にも魔獣がいるかもしれないため、その危険性も含めて傍にいてもらったほうがいいと考えたのだが裏目に出てしまった。
「静夏! お前主力だろ、バトンタッチだ!」
「バルド!」
そいつは任せろ、と両腕を差し出したバルドに静夏は駆け寄り、気絶したバントールを預けた。
バルドは岩陰に身を隠してバントールをもたれ掛からせる。
そして彼を背にして立つと、自分に向かってきた蝙蝠の顎に渾身の飛び蹴りを繰り出した。
その蝙蝠の向こう側でヨルシャミが火球を自らの周りで回転させながら三匹の蝙蝠に追われていた。
火球は牽制のためだが、いくら苦手とはいえこれくらいの光源ではリーダー格の命令さえあれば襲ってくるらしい。
「気絶した一般人の次に弱いのが私だと思ったのか! よかったな、今ならわりと当たっているぞ!」
「ヨルシャミ、そういう変な余裕はいいから!」
伊織がバイクで蝙蝠に体当たりして一回転し着地する。
バイクは形状変化を細やかに行なえるため、脆い場所でも存外頼りになった。
ヨルシャミも目が完治していなくても魔法はある程度は使える。だが立地との相性が悪いのだ。下手な攻撃をすればトンネルが崩壊する。
しかし長所となる部分もあった。
「囮くらいならもうしばらくなれるぞ。目が見えずとも音で把握できる故な、むしろここではお前たちより動ける」
「でも危ないことは禁止! まだ敵の数は多……、っと!」
伊織はバイクを急発進させて攻撃を避け、ネロの背後から近づいていた蝙蝠に木刀を投げつけて注意を逸らした。
ネロは振り返りざまにダガーで蝙蝠の薄い耳を切断する。
すると突然動きのおかしくなった蝙蝠が地面に落ちてもがきだした。
「……! こいつはエコロケーション頼みの動きしかしない! 耳を狙え!」
位置の把握だけでなく、自分の動きを決める情報も反射音から得ているらしい。
そんな耳を傷つけられるとパニックになって飛び回ることすらできなくなるのなら、伊織たちが壁面を守りながら戦う際の最善手と言えるだろう。
リータが矢で両耳を同時に射ると、小さな穴でも効果は絶大だった。
「これなら――」
そう笑みを浮かべたその瞬間、リーダーの蝙蝠がひと際大きく鳴く。
それは超音波というよりも衝撃波に近かった。
目を見開いた静夏はリーダーに飛びついて耳を掴み、万力を込めて締め上げる。
――今まで無かったそんな隙を見せ、そしてトンネルを震わせるほどの衝撃波を放ったことに静夏は魔獣の意図が別にあることを感じていた。
「まさか」
そう呟いたと同時に近くで凄まじい音がした。
蝙蝠によるものでも、仲間によるものでもない。
それは天井の一部が剥がれ落ちた音だった。
少し離れたところからは水音がする。
雨漏りではなく流れる水の音だ。地下水でもあるのかもしれない。
水音に耳を傾けながらネロは集中しつつもゆっくりと思考する。
(でもまさか二つ返事で任せてくれるなんてな……)
突然現れ、無謀な勝負を仕掛けてきた不躾な子供。
未だにそう思われていてもおかしくないというのに、静夏だけでなく他の全員からも文句は出なかった。こんなにも要となる役割なのに、である。
憧れの母親という存在を体現したような人の期待に応えたい。
できることならイオリよりも――と、そこまで考えた。考えてしまった。
なんてことを、と我に返ったネロは下唇を噛み締めて頭を振る。
(もう少しで五分だ。数はちゃんと数えろ。今は集中するんだ)
余計なことは考えていられない。
ネロは頭の中でカウントダウンを進めながらじりじりと岩陰から姿を現した。
この位置だとまだ魔獣たちはこちらを認識していない。
どうやら視覚よりも普通の蝙蝠のように反響定位――エコロケーションを用いて物の位置を把握しているようだった。
そして戦闘中以外なら過度には行なっていないのだろう。
ネロはゆっくりと近づく。
魔獣の姿がより鮮明に見えてきた。
大きなふたつの耳と退化した小さな赤い目。
サメのようなぎざぎざとした歯と突出した強靭な顎。
――口周りにサメの造詣が採用された蝙蝠といった感じだ。
(エコロケーションを使うところとか大きくて薄い耳は小型の蝙蝠に似てるけど……やっぱりサイズは段違いだな)
魔獣の作りは他の生き物を雑に模しているだけのように思えてきた、とネロは出てもいない唾液を飲み込む。
あと十秒で時間だ。
ネロの接近に僅かに反応した蝙蝠魔獣たちがざわめきだす。
それは火球を前にした時とは違った、攻撃的なざわめきだった。
(……今だ!)
ネロはそれまでゆっくりと詰めていた距離を一気に縮め、わざと大きな音を立てて蝙蝠魔獣たちの前に躍り出た。
ただ単に突然物音を立てただけなら魔獣たちはパニックを起こしていたかもしれないが、事前に気配を感じ取らせることで魔獣たちはすでに生き物が――人間が接近していると理解している。
騒ぎ立てるでもなくふわりと天井から離れ、一番の巨体を持つリーダーがネロに向かって飛び立ったのを合図に、群れ全体が規則正しく動き始めた。
想像以上だ。
黒い波が押し寄せてくるかのようで、息を止めたネロは身を翻して走り出す。
転べばあっという間に体を噛み砕かれかねない。
幸い、よく使う通路であるおかげで足元だけはある程度均されていたいたが、人はなにもないところでも転ぶ生き物だ。気は抜けない。
しばらく走っていると丁字路が見えてきた。
ネロは必死に退く間に得た情報を口にしながらそこへ飛び出す。
「来たぞ! リーダー格以外の蝙蝠は見えた範囲で十匹! 牙が一番危険だ、位置の把握は音でしてる!」
丁字路に潜んでいた静夏たちは速やかに動いた。
それに対して『突然獲物が増えた』と認識した魔獣たちはほんの一拍だけ動きを戸惑わせる。
「どりゃッ!」
魔獣の足に飛びついたのはミュゲイラだった。
大きいとはいえ飛ぶために軽量化されているのか、魔獣の体は見た目より軽い。
ミュゲイラは噛みつかれる前に魔獣を空中から地面へと叩きつける。
重い反響音がトンネル内を駆け巡ったが、ここならまだ問題なさそうだ。
地面に叩きつけられたことで魔獣は目を回したが、顔面から落ちたというのに歯は欠けていない。やはり凄まじく丈夫らしかった。
敵は複数。ならばどうすべきか。
そうすぐさま判断した蝙蝠の長がエコロケーション用の超音波を敢えて人間に聞こえるよう調整し、四方に向かって連続で放った。
「っうわ! うるせぇ!」
バルドが両耳を覆って飛び退る。
周囲の音どころか自分の声すら鼓膜が拾わなくなった。
ただの大きな音ではなく、魔獣がそうなるように細工した絶妙な音らしい。
そんな中、こういった状況に耐性のないバントールが真っ先に倒れそうになった。
弱った者から狙うべし、と命令を受けているのか魔獣のうち二匹がそちらへと飛んでいく。すぐさま割って入った静夏が二匹の顔を鷲掴みにした。
握力だけで顎を一ミリたりとも開かせない。
この時ばかりはサメのような形状の顔が仇となった。
「――ッはあ!」
スイカを片手で粉砕したような光景にバントールがひゅっと息をのむ。
静夏は事切れた魔獣を他の魔獣に投げつけ、それにより体勢を崩した個体にリータの魔法の矢が飛んだ。
しかし魔獣は喉と胴体を射貫かれたものの、まだ生きている。
落下とも急降下とも取れる急激な動きでリータに突き進んだ魔獣の足をサルサムの投げ縄が捉え、魔獣はそのままリータの目の前で地面に激突した。
「軽そうだと思ったが、俺には荷が重いな!」
縄を強く握り、真っ赤になった手でナイフを構え直したサルサムは魔獣にとどめを刺す。
それを見届けた静夏はバントールを先に逃がすべく振り返った。
「バントール、想像以上に広範囲攻撃が効く。お前は村へ退避を――」
しかしバントールは先ほどのショッキングな光景のダメ押しで気絶していた。
む、と短く唸った静夏はすぐさまバントールを担いで魔獣たちから距離を取る。
丁字路に退いた時点で逃がすべきだったが、本人が魔獣討伐後に速やかに道案内したいと志願したのだ。
他の通路にも魔獣がいるかもしれないため、その危険性も含めて傍にいてもらったほうがいいと考えたのだが裏目に出てしまった。
「静夏! お前主力だろ、バトンタッチだ!」
「バルド!」
そいつは任せろ、と両腕を差し出したバルドに静夏は駆け寄り、気絶したバントールを預けた。
バルドは岩陰に身を隠してバントールをもたれ掛からせる。
そして彼を背にして立つと、自分に向かってきた蝙蝠の顎に渾身の飛び蹴りを繰り出した。
その蝙蝠の向こう側でヨルシャミが火球を自らの周りで回転させながら三匹の蝙蝠に追われていた。
火球は牽制のためだが、いくら苦手とはいえこれくらいの光源ではリーダー格の命令さえあれば襲ってくるらしい。
「気絶した一般人の次に弱いのが私だと思ったのか! よかったな、今ならわりと当たっているぞ!」
「ヨルシャミ、そういう変な余裕はいいから!」
伊織がバイクで蝙蝠に体当たりして一回転し着地する。
バイクは形状変化を細やかに行なえるため、脆い場所でも存外頼りになった。
ヨルシャミも目が完治していなくても魔法はある程度は使える。だが立地との相性が悪いのだ。下手な攻撃をすればトンネルが崩壊する。
しかし長所となる部分もあった。
「囮くらいならもうしばらくなれるぞ。目が見えずとも音で把握できる故な、むしろここではお前たちより動ける」
「でも危ないことは禁止! まだ敵の数は多……、っと!」
伊織はバイクを急発進させて攻撃を避け、ネロの背後から近づいていた蝙蝠に木刀を投げつけて注意を逸らした。
ネロは振り返りざまにダガーで蝙蝠の薄い耳を切断する。
すると突然動きのおかしくなった蝙蝠が地面に落ちてもがきだした。
「……! こいつはエコロケーション頼みの動きしかしない! 耳を狙え!」
位置の把握だけでなく、自分の動きを決める情報も反射音から得ているらしい。
そんな耳を傷つけられるとパニックになって飛び回ることすらできなくなるのなら、伊織たちが壁面を守りながら戦う際の最善手と言えるだろう。
リータが矢で両耳を同時に射ると、小さな穴でも効果は絶大だった。
「これなら――」
そう笑みを浮かべたその瞬間、リーダーの蝙蝠がひと際大きく鳴く。
それは超音波というよりも衝撃波に近かった。
目を見開いた静夏はリーダーに飛びついて耳を掴み、万力を込めて締め上げる。
――今まで無かったそんな隙を見せ、そしてトンネルを震わせるほどの衝撃波を放ったことに静夏は魔獣の意図が別にあることを感じていた。
「まさか」
そう呟いたと同時に近くで凄まじい音がした。
蝙蝠によるものでも、仲間によるものでもない。
それは天井の一部が剥がれ落ちた音だった。
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