マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第五章

第137話 ネコウモリ召喚!

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 ニルヴァーレの魔石には補助効果がある。
 それは属性の橋渡しを筆頭に別々のものを繋ぐという代物で、もちろんヨルシャミ専用というわけではなく伊織にも効果をもたらしていた。
 憑依はその補助があって初めて成功したともいえる。運も良かったかもしれない。
 しかしそれでも時間制限付きで、貴重な時間は尽きようとしていた。

 しばらく風の翼で空を飛んでいたニルヴァーレは頃合いを見計らって森の中へと着陸する。

 可能な限り歩きやすそうな場所を選んだようだ。
 ここで標高の高い場所に降りれば見晴らしは良かっただろうが、徒歩で下るのは大変だ。目的地の方向がわかっている今なら歩きやすさを優先したほうがいいと考えてのことだった。

 ニルヴァーレは大きく伸びをしながら風の翼をはばたきと共に消す。
 それにより舞い起こった風で周囲の木々が一瞬だけざわめいた。

「さて、残念ながらそろそろタイムリミットだ。僕は魔石に戻るからイオリが目覚めたら説明を頼むよ」
「むしろ俺のほうが引き続き説明してほしいところなんだけどな……」
「それはイオリから聞いてくれ、もちろん回復してからだが」

 ニルヴァーレはネロに向き直ると「戻る前にできる限りサポートはしておいてやろう」と言って手早く魔法を発動させた。
 しかもいくつも、だ。

「さっきみたいな大カラスや魔獣が出る可能性もあるからね、簡易的だが防御強化と敵意ある者からの認識阻害をかけておいた。……後者は他人に付与するのは大変でさ、故にごく簡単なもので獣くらいにしか効かないから気をつけろ」
「なんか凄いな」

 あまりにもサラッと言われたのでネロは素直な感想を呟くしかなかった。
 認識阻害魔法はもっと上手く使える魔導師なら探知にすら引っ掛からないんだけどなぁ、とニルヴァーレは残念そうにしている。
 回復魔法と同じく彼にとって不得手な魔法らしい。

「あと、君にはイオリを守ってもらわないといけないから身体能力の向上強化もかけとこう。ただし半日分のみ! これ以上は……」
「こ、これ以上は?」
「筋肉痛に一週間は襲われることになる」
「地味に辛いデメリットだ……!」

 筋肉痛をナメてはいけない。しかも一週間続くレベルである。
 それだけ筋組織が破壊されて回復が困難になるのだ。
 明らかに十代中頃のネロに対してそう言うのだから、そのダメージは回復が早いであろう若者にも平等に降り注ぐのだろう。

 運動不足の人間にかけると更に悲惨だぞ、とニルヴァーレが真顔で付け加えた言葉を聞き、日常生活が困難になった姿を想像したネロはぶるりと震えた。
 魔法は便利だが、それなりの対価が付きまとうものだと再確認せざるをえない。

 ニルヴァーレは時間を気にしつつも「あとひとつ」と魔法陣を描いて言った。

「まだちょっとだけ時間があるから、攻撃の援助と道案内に活かせる召喚獣を付けてあげようか。さすがにこれなら街まで迷わないだろう。いやー、無尽蔵の魔力があると色々できるから良いね!」
「……そんなに凄いのか、イオリの素質って」
「ああ、僕が見込んだだけある。まぁイオリの肉体自体がまだ未熟だし、今は本調子じゃないから大掛かりなことはできないが――よし、おいで!」

 ニルヴァーレは魔法陣を発動させながら声高らかに呼ぶ。

「支援型召喚獣、その名もネコウモリ!」
「ネ……コウモリ!?」

 トンネル内での出来事が脳裏を過り、ネロの胸の中に「今はコウモリは見たくないな」というじつに切実な気持ちが湧き上がった。
 しかしニルヴァーレの召喚は名前を呼んだ瞬間に完了しており、ぽんっと呼び出された生き物がパタパタとネロの周りを飛び回る。

 デフォルメされた猫のような薄橙色のスライム。
 それが形作る頭部『のみ』の本体に小さなコウモリ羽の生えた代物だった。

 ネロの脳裏に巣食っていたコウモリ魔獣がこの奇妙な生物に上書きされる。
 それはもう遠慮容赦なく。

「……え? これ、なんかウサウミウシに似て……え?」
「同郷だからね。いつも連れてるしイオリはああいうのが好きなのかと思って。本当はもっと好きそうな機械系の召喚獣を呼び出せればよかったんだが、生憎そういう召喚元が見当たらなくてさ」

 先ほどニルヴァーレが口にしたことが本当なら、これは攻撃手段を持った生き物のはずだが――その生き物はどう見ても『無害』という単語を練って固めたような見た目をしていた。

 その時だ。突然現れたネコウモリの気配を感じ取ったのか、ウサウミウシがカバンからひょっこりと顔を覗かせる。
 飛び回っていたネコウモリもそれに気がつき、パタパタとウサウミウシの前まで飛んでいくとキュイキュイと高い声で鳴いた。

 鳴き声はコウモリ寄りなのか、とネロが思ったところでニルヴァーレがネコウモリの羽を両側から摘まんでみせる。

「戦えはするが戦闘力は低い。あくまで君のサポートだと思っておくれ。けどそこのウサウミウシよりは役立つと思うよ」

 表情は変わらないが「エッ、心外」というオーラをウサウミウシは放った。
 もちろん人語を理解しているかどうかはわからないが、ネロは少しだけウサウミウシを憐れむ。

「……さて! そろそろ本当に限界だ。べつに僕は死んだわけじゃなくて魔石の中に戻っただけだってイオリにはちゃんと言っといてくれよ。この辺を無駄に心配しそうだからね、あの子は」

 たしかにイオリなら気にしそうだ。そうネロが頷いたのを見てニルヴァーレは自分の胸元をトントンと叩きながら笑みを浮かべた。

「じゃ、僕の弟子《イオリ》を頼んだよ!」

 言うや否や瞳の中から青と緑の色合いが失われ、伊織は糸の切れた操り人形のように前のめりに倒れ込む。
 それを慌てて抱きかかえ、ネロはほっと息をついた。
 命の恩人ではあるが、伊織の顔でとんでもないことを山ほど言うので違和感がずっと纏わりついていたのだ。気絶はしているがようやく普段の伊織に戻って安堵する。

(……この安堵は命が助かって良かった、っていうのもあるよな)

 ニルヴァーレは気がついただろうか。
 伊織が大カラスに襲われて落下した瞬間、そして自分も襲われそうになった瞬間を不意に何度も思い出し、そのたびネロの膝が震えていたことに。
 ネロは情けない気持ちに苛まれていたが、今は伊織が生きていたことへの安堵のほうが勝っていた。

 だが、まだ気は抜けない。伊織が意識を取り戻すまでは。
 そして――その次は伊織を街まで連れていき、傷を治療するまでは。

「案内を宜しくな、ネコウモリ」

 そう恐る恐る声をかけると、ネコウモリは返事をするようにキュイッと鳴き――なぜか対抗心を燃やしたウサウミウシがカバンから抜け出てぴいぴいと鳴きながら道を先導しようとしたが、ものの見事にその方向は街とは真逆であった。
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