マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

文字の大きさ
153 / 385
第五章

第153話 伊織、尾行される

しおりを挟む
 数分前のこと。
 参ったな、と伊織は口の中で自分の舌を動かした。
 ヒルェンナには自分が回復魔法の効きにくい体質だということにしたが、どれくらい信じてもらえただろうか。

 ネロ曰く、ニルヴァーレは伊織を風属性だと言っていたそうだ。
 つまり水属性である回復魔法との相性は悪くはない。

 そもそも攻撃魔法ならともかく、回復魔法の属性相性については使う側に影響は多々あれど、使われる側にはあまり関係ないというのが通説だった。
 これだけ効かないならもしかすると相性の問題かもね、と消去法で辿り着いただけである。
 ヒルェンナは一目見ただけで属性を判断できる技術は持っていないようだったが、属性の相性が悪いということ以外に効きづらい理由が浮かんで来ないのも事実だった。

(でも多分、僕の魂の力が強いからなんだろうなぁ)

 回復魔法は他人の魔力が身体に作用するもの。
 どうにも魂の強さが逆にそれを阻害している気がする、と伊織は無意味とわかっていつつも己の体を見下ろした。

 強化や補助系の魔法も効きにくいのだろうか。
 回復もさすがにヨルシャミのものなら効いていたことを考えると、今後のために彼が目覚めたら検証してみる必要がありそうだ。
 そこでセラアニスではなくヨルシャミの顔が頭の中に浮かぶ。

(ヨルシャミ……)

 記憶が戻るのかどうかは伊織にはわからない。
 せめて母さんたちが傍にいたら頼もしいのに――と考えかけて思い留まった。

 母親がいて頼もしいと感じるなんて子供のようだ。
 そして、この頼もしさは自分が楽になるからというのが大きな理由だろう。
 人を救いたいならそんな甘えた考えではいけない。

(自分がみんなから頼もしいって思ってもらえる存在にならないと)

 今すぐには無理かもしれないが、意識して精進していこうと握り拳を作りつつ伊織は病院の外へと出る。
 少しでも体を動かすために散歩でもしようと考えたのだ。

 と、その時、前方から周囲を不安げに見回している少女が歩いてきた。
 ついさっきまで人通りがなかった道だ。そこに現れた伊織を見つけて少女はホッとしたように駆け寄る。

「すみません、ラトアナの花屋ってお店を知りませんか?」
「花屋さんですか?」

 話を聞くと彼女はそこで旅の仲間と待ち合わせをしていたが、道をいくつも間違えてしまい現在地すらよくわからなくなってしまったのだという。
 伊織もこの街については知らないことばかりだが、よくお見舞いに顔を出してくれたセラアニスが綺麗な花を扱うお店があったと話していたのを思い出す。

 確証はないが、試しに行ってみましょうか、と伊織は少女と同行することにした。

     ***

 リータとセラアニスはこそこそと気配を殺しながら伊織と少女の後を追う。

 かなり距離は開いていたが目視はできる距離だ。
 伊織と少女は慣れない様子できょろきょろとしながら道を歩いている。
 伊織が病院からここまで離れるのはこれが初めてのことだった。リータはついつい小さく唸る。

「一体どこで接点を……」

 接点もなにも、ついさっき出会ったばかりである。

「いえ、それより距離が近すぎません……!?」

 人通りが多いためはぐれないようにしているだけである。

 しかしそんなこととは露知らず、リータは耳を忙しなく動かしながら様子を窺っていた。
 セラアニスたちベルクエルフはフォレストエルフより耳が短いため、感情の起伏で動きはするもののここまで激しくはない。
 こんなに動かさなければふたりの会話も聞こえるのでは? とセラアニスは思ったが、無自覚にやっていることなのでコントロールが難しいのだろう。

 しばらくして伊織と少女が入っていったのは花屋だった。

「あっ、あのお花屋さん、先日私がイオリさんに教えたお店です」
「え!?」

 リータはセラアニスの顔を見た後、再び花屋に目をやった。
 ここからでは中でなにをしているのかわからないが、花屋なのだから花を選んでいるのだろう。
 むむむ、という顔をしているリータの隣でセラアニスが微笑む。

「あのお花屋さん、この辺りでも珍しいお花を取り扱っているらしいんですよ。なんと観賞用の食虫植物まで売ってるんです! 今度リータさんも一緒に――」
「自分の教えた花屋に他の女の子と来られるって悔しくないですか!?」
「ふへ?」

 危機感皆無なセラアニスの様子にリータはもどかしげにその場で足踏みした。
 不思議な質問にセラアニスは思わず変な声を出してしまったが、そのまま首を傾げて思案する。

「楽しいこと、面白いことを共有するのは良いことですし、うーん……」

 好きなら焦りましょうとリータは言っていたが、セラアニスとしてはまだ焦るには早い気がした。
 もちろん伊織が知らない女の子とイチャイチャべたべたしていたら思うところはあるが、今はまだ一緒に歩いて花屋に入っただけなのだ。
 きっとなにか理由があるのだろうと察せる光景だった。

(むしろリータさんの方が焦ってるみたい……って言ったら怒られるでしょうか)

 そんなことを考えていると、伊織と少女が花屋から出てくるのが見えた。
 不思議なことにふたりとも花を持っていない。
 目ぼしいものがなかったのかもしれないが、しかしそれよりもリータたちの目が釘付けになったことがあった。

「……」
「……」

 小走りに出てきたふたりがなぜか手を繋いでいたのである。
 セラアニスは一度だけ耳をぱたりと動かすと、笑顔でリータをちらりと見た。

「リータさん……追いかけましょう!」
「は、はい!」
「イオリさんすとーきんぐ部隊、本格始動です!」
「そのネーミングはちょっと……!」

 でも頑張りましょうね! と謎の連帯感を感じながら、セラアニスとリータは負けじと手を繋いでふたりを追った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...