気づいたらまっくろでした……

隅子

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王宮学院編

1.届け物

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 石造りの建物の中。光が反射してやたらと明るい廊下を少女が一人歩いている。真っ黒な髪に揃いの瞳、国立学院の制服に身を包み、胸には青い石のペンダントが揺れている。
 彼女は学院の中を軽やかに歩いていた。年少の子供が集う教室を通り過ぎ、左に曲がると青緑のタイルが敷かれた屋内庭園に出る。円天井の真下で噴水が涼しげな音を立てていた。
『救星教は聖女様の教えを伝える宗教です。はるか昔に起こった大洪水から今も人々を守り導いてくださいます。』
 先ほど通り過ぎた教室から、教師の話し声が聞こえてくる。この学院の上級生である少女にとっては耳にタコができるほど聞いた創世記だ。
「聖女は昼と夜に別れた世界をつなぐ架け橋なのです、なんていうなら早く繋いでほしいものだわ。」
 少女、サニーはため息を吐いた。サニーの生きる世界では半年おきに昼と夜が廻る。そのせいで地表では頻繁に巨大なハリケーンが巻き起こり、夜の季節になると海が厚く凍る。
 だから、人々は比較的気温の安定している地中に暮らしていた。だが日光を避ける暮らしを何百年も続けていても、太陽への憧れは廃れない。サニーは現状を憂いていた。
「もしそうなったら、農園なんて使わなくてもどこだって作物が取れるのに。」
 はあ、とサニーはもう一度溜息を吐いた。重い心と裏腹に脚は勝手に歩き続け、庭園から別棟に入る。目的地はそこの一階だった。廊下の突き当りにある教員室の扉を重苦しい気持ちで眺める。白い戸に鮮やかなステンドグラスが嵌っている明るい仕様の物なのに、それが一層サニーの歩みを遅くした。
「そうしたらあの子はお嬢様でも何でもなくなって、私がパシリをする必要もなくなるのに。」
 などとぶつくさ呟きながらも廊下の距離は縮まり、とうとう到着してしまった。サニーは渋々教員室に入った。
「こんにちは、ミセス・ミランダに呼ばれてまいりました。」
 気持ちを入れ替え行儀よく一礼すれば、扉の近くにいた教師がミセス・ミランダを呼んでくれた。
「ああ、サニー。やっと来ましたね。こちら今日の分のデータです。チェルシー・ホタに届けてくださいますか。」
 ブラウンの髪の女教師がキビキビとサニーに近づいてきた。彼女は授業の内容が記録されたメモリをサニーに差し出した。
「はい、わかりました。」
 サニーは少し眉を下げ、心配そうな顔を作って受け取った。
「そんなに不安そうにしなくても大丈夫ですよ、サニー。チェルシーは夜風に冷やされて風邪を引いただけだそうです。」
 狙い通り、ミセス・ミランダはサニーがチェルシーを案じていると思ったらしい。労わるような笑顔で欠席理由を教えてくれた。
「そうなんですか。」
 本当はちっとも心配なんてしていなかったが、サニーは思慮深げにうなづいた。
「ええ、彼女も難儀なものです。王宮でディアンナの治療を受けられればきっと身体も強くなるでしょうに……」
 学院の教師はみんなチェルシーに甘い。それはチェルシーがこの町の領主の娘だからであったが、サニーはやりすぎだと思っていた。
「ディアンナは上位貴族以上の方しか使えないのでしたっけ。」
 サニーが首をかしげると、ミセス・ミランダはそっと目を伏せた。
「はい。農園のホタでもさすがに許可が下りないとチェルシーが落ち込んでいました。」
 ミセス・ミランダの悲しそうな様子にサニーは呆れかけたが、かろうじて抑えた。脳内には白々しく涙を浮かべるチェルシーの表情がまざまざと思い浮かんでいた。
 だってチェルシーはどうせ仮病だし、万病を治すというディアンナをもってしても彼女の病は治せっこない。きっとミセス・ミランダだって感づいているだろうに、それでも彼女は気づかないふりをするのだ。馬鹿らしい、とサニーは心の中で呟いた。
「いつか陛下の慈悲深い御心が注がれることを祈っておきます。」
 あんまり長居をするとぼろを出しそうだったので、サニーはそう言って会話を締めると教員室を出た。
 さっき歩いた廊下を戻りながら手に持ったメモリカードをもてあそぶ。
「これだってきっとチェルシーは見やしないわよ。あの子ったら興味があるのは昔のことだけ。今のことにはこれっぽっちも興味ないんだから。」
 このまま噴水に投げ捨ててやろうかしらとサニーはちらっと考えた。でももし誰かに見つかったら責められるのは自分なので、メモリカードは大人しくポケットにしまった。
 サニーも別に届け物が嫌なわけではない。ただ毎度授業のメモリを持って行く度にチェルシーに嫌な顔をされるのが我慢ならないのだ。
 こっちは親切で届けているのに、彼女ときたら「また?先生も飽きないわよね。私は学院なんか行かないっての。」と零すのだから。
「はーぁ、さっさと届けておさらばしましょ。」
 ようやく学院の外に出て、サニーは大きく伸びをした。

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