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瀬川友香 (せがわともか)
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【それでは、多数決の結果、A組の出し物は、シール作りに決定しました!】
私は愕然とした。
嘘、という気持ちと、やっぱりという諦めがごちゃ混ぜになった。
文化祭の出し物の一つにそれがあった時から、心臓は嫌な音を立てていた。スマホを持つ手はじっとりと汗ばんでいる。
さっきから何度か滑って落としもした。
【絵描くなんて久しぶり!】【上手く描けるか心配だなぁ)】【下手でもいいじゃん! 思い出になるって絶対!】【ちょっとした卒業アルバムみたいだよね】【ウチらまだ一年だけどね???】
メインチャットのトークルームは盛り上がっている。多分、暗闇チャットでも何かしら言ってるんだろうけど、二つも追えるほど器用じゃない私は通知をオフにして、情報を遮断している。どうせ碌なことは書かれていないだろうし。
シール作り。
勿論、ただの紙に貼るシールじゃない。
キズナチャットのデータシールだ。
「ありがとう」、「おはよう」みたいな基本的な挨拶から、「遅刻します!」なんて日常会話、アニメやドラマの名言まで。イラストで表現する会話。それがキズナシール。
シール四十個で一つとして売られていて、価格は学生でも手を出しやすい百円。それでもキズナチャットユーザーのうん千万人が買えばその売り上げは凄いことになるわけで。
ここで重要なのは、このシールが誰でも出せるってことだ。運営による厳しい審査は入るが、住所や年齢あたりの基本的な個人情報と銀行口座さえあれば誰でも申請できる。
私達A組は、クラスメイト四十人でそれを作ろうと言うのだ。
一人一個の自分の似顔絵イラストを描いて、ちょっとした言葉を添える。それら四十個を集めたシールを、文化祭で売り出すと言うのだ!
声を大にして言いたかった。
馬鹿じゃないのか!?
文化祭まであと一カ月。夏休み明けてからすぐに会議をして、意見が纏まったこと自体は凄いことだと思うけど、あと一か月で全員がイラストを描いてそれを纏めて説明文とかライセンスとか作って英語バージョンは……帰国子女の子に任せればいいかもだけど、そういうの全部やって申請して審査が通ってリリースして……って出来ると思う!?
大体審査が必ず通る訳じゃない。むしろリジェクトされることの方が多い。他ならぬ私がよく知っている!
私がわだかまりを抱えていることなんて露知らず。
画面の中のクラスメイトは、会議モードを脱ぎ捨てて、雑談に花を咲かせている。
その時、見慣れたネコのシールがトークルームに現れた。
【そのシール可愛いね!】
【でしょ! パンクマウサギの人の新作だよ~】
【あっ私も持ってる!】
【私も! あの人のイラスト好き】
【Twitterフォローしてる勢だぜ☆】
シールは話題に上がることが多い。文字を打ち込むより簡単だし、色がある。黒文字一色の殺風景なトークルームを、一瞬で華やかにしてくれる。
特に私のリリースしたシールは、色使いが鮮やかだと言われ、大人気だ。
画面を見ても、通帳を見ても、笑いが止まらない。抑えようとしてもニヤついてしまう。
クラスメイトが私のシールを私が描いたものとも知らず使っていること。通帳の金額が、並の学生じゃ見られない桁であること。Twitterのフォロワーが万を超えていること。超人気イラストレーターとして有名人であること。
それら全てが、クラスで冴えない私に自信をくれる理由だ。
シールは、儲かる。
嫌らしい話だけど、事実だ。人気が出れば本当にお金が入って来る。一時期ランキングトップ10の中に入ったことすらある私の代表シール、パンクマウサギは、商品化もされている。サンリオとか、サンエックスのグッツの隣に私の生み出したキャラクターがいるのだ!
というのは一年前の話。今でも買ってくれる人はいるからお金は入って来るけれど、今のシール市場は飽和状態で、過半数のシールが一個も売れずに埋もれていくのが現状だ。
今売れてるのはシュール系。可愛いキャラクターが、毒を吐くのが売れ筋。ただの挨拶に留まらない、センスあるセンテンスが要求される。
ここでクラスの出し物を振り返ってみよう。四十人の自作似顔絵だけでも、マイナス要素だ。誰が特に有名でもない一般女子高生のイラストを求めるというのか。そして添える一言。四十人全てがセンスあるそれを考え付く確率は極めて低い。
売れない。
そんなことは分かりきっている。
どころか、売り物として出すのも憚られる。
他にも問題点は山積みだ。イラストなんて誰もが描けるものじゃない。絶対に描けないって言いだす奴が現れる……。そもそも時間が足りない。
伝えたい。
経験者として、なんて上から目線も甚だしいけど、デメリットについて伝えたい。
けど、暗闇でも、メインでも、殆ど発言しない私が突然止めるのもおかしな話だ。っていうかできない。無理。凄い速さで流れていく会話のどこで入ればいいのか。静観がデフォルトになって数か月。私の入り込む余地なんてどこにもない。
発言するとするならば。
――暗闇チャット。
ここなら誰が発言したのか分からない。完全な匿名性が個を隠してくれる。
躊躇いはあった。
今まで発言どころかまともに見てすらいないのだ。知らない世界に足を踏み入れることへの恐怖。感じないわけがない。
だけど、多分私しかいない。
キズナシールについて詳しいのは、私だけだ。
そんなおかしな使命感に突き動かされて、私は暗闇に向かって突撃した。
私は愕然とした。
嘘、という気持ちと、やっぱりという諦めがごちゃ混ぜになった。
文化祭の出し物の一つにそれがあった時から、心臓は嫌な音を立てていた。スマホを持つ手はじっとりと汗ばんでいる。
さっきから何度か滑って落としもした。
【絵描くなんて久しぶり!】【上手く描けるか心配だなぁ)】【下手でもいいじゃん! 思い出になるって絶対!】【ちょっとした卒業アルバムみたいだよね】【ウチらまだ一年だけどね???】
メインチャットのトークルームは盛り上がっている。多分、暗闇チャットでも何かしら言ってるんだろうけど、二つも追えるほど器用じゃない私は通知をオフにして、情報を遮断している。どうせ碌なことは書かれていないだろうし。
シール作り。
勿論、ただの紙に貼るシールじゃない。
キズナチャットのデータシールだ。
「ありがとう」、「おはよう」みたいな基本的な挨拶から、「遅刻します!」なんて日常会話、アニメやドラマの名言まで。イラストで表現する会話。それがキズナシール。
シール四十個で一つとして売られていて、価格は学生でも手を出しやすい百円。それでもキズナチャットユーザーのうん千万人が買えばその売り上げは凄いことになるわけで。
ここで重要なのは、このシールが誰でも出せるってことだ。運営による厳しい審査は入るが、住所や年齢あたりの基本的な個人情報と銀行口座さえあれば誰でも申請できる。
私達A組は、クラスメイト四十人でそれを作ろうと言うのだ。
一人一個の自分の似顔絵イラストを描いて、ちょっとした言葉を添える。それら四十個を集めたシールを、文化祭で売り出すと言うのだ!
声を大にして言いたかった。
馬鹿じゃないのか!?
文化祭まであと一カ月。夏休み明けてからすぐに会議をして、意見が纏まったこと自体は凄いことだと思うけど、あと一か月で全員がイラストを描いてそれを纏めて説明文とかライセンスとか作って英語バージョンは……帰国子女の子に任せればいいかもだけど、そういうの全部やって申請して審査が通ってリリースして……って出来ると思う!?
大体審査が必ず通る訳じゃない。むしろリジェクトされることの方が多い。他ならぬ私がよく知っている!
私がわだかまりを抱えていることなんて露知らず。
画面の中のクラスメイトは、会議モードを脱ぎ捨てて、雑談に花を咲かせている。
その時、見慣れたネコのシールがトークルームに現れた。
【そのシール可愛いね!】
【でしょ! パンクマウサギの人の新作だよ~】
【あっ私も持ってる!】
【私も! あの人のイラスト好き】
【Twitterフォローしてる勢だぜ☆】
シールは話題に上がることが多い。文字を打ち込むより簡単だし、色がある。黒文字一色の殺風景なトークルームを、一瞬で華やかにしてくれる。
特に私のリリースしたシールは、色使いが鮮やかだと言われ、大人気だ。
画面を見ても、通帳を見ても、笑いが止まらない。抑えようとしてもニヤついてしまう。
クラスメイトが私のシールを私が描いたものとも知らず使っていること。通帳の金額が、並の学生じゃ見られない桁であること。Twitterのフォロワーが万を超えていること。超人気イラストレーターとして有名人であること。
それら全てが、クラスで冴えない私に自信をくれる理由だ。
シールは、儲かる。
嫌らしい話だけど、事実だ。人気が出れば本当にお金が入って来る。一時期ランキングトップ10の中に入ったことすらある私の代表シール、パンクマウサギは、商品化もされている。サンリオとか、サンエックスのグッツの隣に私の生み出したキャラクターがいるのだ!
というのは一年前の話。今でも買ってくれる人はいるからお金は入って来るけれど、今のシール市場は飽和状態で、過半数のシールが一個も売れずに埋もれていくのが現状だ。
今売れてるのはシュール系。可愛いキャラクターが、毒を吐くのが売れ筋。ただの挨拶に留まらない、センスあるセンテンスが要求される。
ここでクラスの出し物を振り返ってみよう。四十人の自作似顔絵だけでも、マイナス要素だ。誰が特に有名でもない一般女子高生のイラストを求めるというのか。そして添える一言。四十人全てがセンスあるそれを考え付く確率は極めて低い。
売れない。
そんなことは分かりきっている。
どころか、売り物として出すのも憚られる。
他にも問題点は山積みだ。イラストなんて誰もが描けるものじゃない。絶対に描けないって言いだす奴が現れる……。そもそも時間が足りない。
伝えたい。
経験者として、なんて上から目線も甚だしいけど、デメリットについて伝えたい。
けど、暗闇でも、メインでも、殆ど発言しない私が突然止めるのもおかしな話だ。っていうかできない。無理。凄い速さで流れていく会話のどこで入ればいいのか。静観がデフォルトになって数か月。私の入り込む余地なんてどこにもない。
発言するとするならば。
――暗闇チャット。
ここなら誰が発言したのか分からない。完全な匿名性が個を隠してくれる。
躊躇いはあった。
今まで発言どころかまともに見てすらいないのだ。知らない世界に足を踏み入れることへの恐怖。感じないわけがない。
だけど、多分私しかいない。
キズナシールについて詳しいのは、私だけだ。
そんなおかしな使命感に突き動かされて、私は暗闇に向かって突撃した。
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