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朝日と溥 3
溥さんに抱かれたい。
そんな事を思って、オレは自分自身に少しばかり驚いた。
オレは今までずっと自分をヘテロだと思っていた。売色だって、成り行き上止むを得ずで、別に端からその気があったわけじゃない。
だけど。
溥さんに抱かれたいって思うって事は、自分では気が付いていなかっただけで、実はゲイだったんだろうか。最初にオレを買った男は、そんなオレの一面を見抜いていたのかも知れない。
そんなオレに好かれても溥さんだって困るだろう。その上、多額の借金まで抱えてる。
煌の兄貴って事もあって、オレもなんとなく色々話ができる年上の友人のように思ってた。溥さんもそんな風に、オレに気軽に接してくれたし兄貴のような一面も見せてくれた。そんな溥さんに甘えたいって思う気持ちが、もしかしたら発展してしまったのかもしれない。気がつけば、こんなに側にいたいと思うほど好きで、あげく抱かれたいだなんて。
煙草を持っている長いその指先とか。煙を吐き出している薄めの唇とか。其の体温でオレに触れてほしいって思う。
オレのこんな想いを溥さんはどう思うだろう?
気持ち悪いと思うだろうか?
うっかり飲み過ぎた酒の所為で、オレの思考は大分タガが外れてきている。だから、本人を目の前にして抱かれたいだなんて馬鹿げた事を考えてしまうんだ。
食うや食わずのオレに同情してか、溥さんはまたオレを部屋にあげてくれた。約束通り、手料理を出してくれて酒まで振る舞ってくれた。煌に悪いと思いながらも、オレは遠慮なくご馳走になり、こうして長々と居座っている。
今日の仕事なんて正直、もうどうでも良くなっている。
だいたい溥さんの顔を見て仕舞えば、夜の仕事に出向く気なんて無くなるのは自分でも予想がついていた。
この間、オレは溥さんに嘘をついた。出勤日を変えてやっただなんて。
溥さんと会う日は大抵、例の仕事の前。例の仕事なら時間の融通を付けられるから。
それにもう一つ。
溥さんに会える日だって思えば、憂鬱な仕事の日も少しは気が軽くなると思った。だけど、そのつもりで溥さんと会ったのに、あの日は溥さんの顔を見た途端、他の奴に抱かれる気が殺がれてしまった。
好きな人に会った後で、見ず知らずの男に抱かれる気分になんてなれるわけが無かった。今のオレはイヤだとか
イヤじゃないとか、そんな事言ってられる立場なんかじゃないっていうのに。
体を売らなければ、其の穴を埋める為に相当な苦労をする。返済が滞れば、また逃げ回る日々がやってくるんだ。
そうなれば、もう煌とは会えないし、煌と暮らす事も出来なくなる。
今のオレが背負っている物を全部おろさなければ、誰かを好きになる資格は無いのは判ってる。
だけど、ほんの少しぐらい夢見ても良いじゃないか。
だって、オレと溥さんはこの先何処まで行っても交わる事の無い人生を歩いてるんだから。
今、この時少しぐらい側に寄ったって構わないんじゃないかって。
あの日、溥さんが置いておいてくれた合鍵をオレは持って帰った。本当はポストにでも放り込んでおけばよかったんだろう。だけど、どうしてもこの部屋の鍵を持っていたかった。いずれは返さなければならない物でも。これを持っていれば、溥さんはまたオレに会わざるを得なくなる。
こんな物が無くても、今までだって溥さんは定期的に会う約束をしてくれてはいたけど。オレはあの時初めて、自分から次の約束をした。
一枚のメモと引き換えに、小さな鍵をポケットにしまい込む。
溥さんの鍵がポケットに入っている間、オレは不思議と気持ちが温かくなった。
たったこれだけの物がこんなにも自分に影響を与えることを知って、芽生えた気持ちを思い知らされた気がした。
ここまで大きくなってしまったこの気持ちを、どんなに誤摩化したって無駄なこと。だったらいっそ思い切りぶち
まけて、壊してしまえばいい。
今更、オレにはなくす物なんて何も無いから、幾らでも大胆になれる。
「あのね、この際だから、全部ぶっちゃけちゃうんだけど、」
「ああ?」
溥さんも酔っているんだろうか。目が少し充血してる。溥さんも素面じゃこんなオレの告白を聞けやしないだろうから、ちょうどいいのかも知れない。
「オレね、実は売色してるの……其の手のオヤジに体売ってお金もらってるんだ」
「……そうか……」
冗談めかして言ったオレの言葉に返ってきた抑揚の無い返事に、溥さんがどう思ったのか判断が付きかねた。だけど、構わずに続ける。
「結構良い金になるし、月に数度のペースで。前に溥さんに助けてもらったときも丁度そのお仕事した後だったんだよね。酷い客に当たっちゃってさ。かなり無理させられて。もう、参っちゃうよ。時々、お金さえ払えば何してもいいって思ってる客もいるんだ。こっちだって生身なんだから、ちょっとは遠慮してって思うんだけどさ。でも、買ってもらっている手前、あんまり文句も言えないし」
チラリと目の前の溥さんに視線を向けると、溥さんは灰皿に視線を向けながら煙草を煙らせている。表情は変わらなくて、やっぱり何を思っているのかは読み取れない。
「……正直、こんな生活、疲れたなって思うことあるんだ。借金がなければもっと普通に生活してたのにな、とかね。今日だって本当はそんなお仕事の日だったんだけど」
何だか愛情の無いセックスに疲れちゃったよ。そう言って笑ってみせた。
其の先は言うなと、モラリストのオレが言う。
なんだよ、良いじゃないか。オレの気持ちを清算して、そろそろ煌を溥さんの処に返すべきだ。多分、煌は元の生活に戻りたがってる。最近時々見せる、何か言いたげな態度はきっとそれだ。
きっかけとしては、なかなかいいタイミングだと思わないか?
正当な理由を振りかざして、エゴイストのオレが強く背中を押した。
「ねぇ、溥さん」
「なんだ?」
「オレのこと……抱いてくれる?」
たとえその場だけのものだって構わない。好きだって思える人と肌を合わせたい。そんなのオレには過ぎた望みだってのはわかってる。どんなに欲しくてあがいたって、絶対に手に入るわけないんだから。
溥さんは間違いなくヘテロだろう。一笑に付されて終わっても、気持ち悪いと拒否されても。どちらでも良いんだ。煌が溥さんの処に帰れば、オレと溥さんの関係も終わる。
思い切り嫌われれば後腐れが無くて、いっそ小気味が好い。
「……俺は男の抱き方なんて知らないが」
それは拒絶の言葉だと思った。
だからオレは笑って「冗談だよ」と言おうと口を開きかけて、思わずその言葉を飲み込んだ。溥さんの表情はもっと違った答えをオレに告げていた。今まで灰皿を眺めていた溥さんの眼差しが、オレを見つめている。それはオレを嘲る物でも軽蔑する物でもない。もっとずっと優しい。
……もしかして、期待しても良いの? 其の先を?
「いいんだ、どんなのだって。溥さんが抱いてくれるなら……」
そう応えると、ローテーブルを越えて伸びてきた手がオレの頤に触れた。
溥さんの長い指がオレの躯を滑っていく。なんだか胸が高鳴って、体が熱くなる。
今まで、抱かれていてこんなに高揚した気分になったことなんてあったかな?
まだ肌を触られているだけなのに。誰にされてもこんな風だって思われたら、嫌だな。
こんなに感じるのは溥さんにだけなのに。だけど、それをわざわざ口にしたりはしない。もうこんな事、二度と無いんだ。余計な事を考えるな。
「ぁ……」
溥さんの唇が、舌が肌けた胸をなぞってゆく。なんて気持ちいいのかな。丁寧でまるで欲しいところを判っているように呉れる愛撫。男は初めてなんだろうけど、経験は豊富なんだろう。
オレだって、伊達にいろんな男に抱かれてないからそう何となく判る。腕を伸ばして、溥さんの躯にしがみつく。
人の躯がこんなに暖かくて、安心できる物だなんて今更知った。
下肢を探る溥さんの指に、自ら足を開いて速く繋がりたいんだと其の意志を告げる。丁寧になんてしなくていい。優しくなんてしてくれなくてもいい。今まで散々な目にあって来てるから。どんなことをされてもオレは平気。
なのに、溥さんはとても丁寧にオレに触れる。もしかしたら、これが普通で特別優しく抱いて呉れているわけじゃないのかもしれない。
他人のそれをなんの戸惑いも無く慰めてくれる溥さん。長くて少し骨張った指に扱かれる悦さに思わず吐息が漏れた。
こんなとき、いつだってオレは歯を食いしばっていた。商売だから相手を喜ばせる為に、感じている素振りを見せたりもしたけど。慣れて行く躯は、いつしか男に突っ込まれて感じる事を覚えたけれど、それに自己権を抱くことでもあった。
でも今は違う。
心から気持ちが良いし、感じている事が嬉しい。目を瞑って、溥さんの感触に浸っていると、あっという間に達してしまった。
「んっ……あぁっ!」
余韻に体を震わせていれば、溥さんがローションを纏わせた指を後ろの穴に這わせた。
始める前に仕事用に持っていたローションを溥さんに渡せば、それを見た溥さんは少し複雑そうな顔をしたけれど、どう使うのかはすぐに察してくれた。
ゆっくりと溥さんの指が入ってくる。受け入れることに慣れているオレの体は、すんなり溥さんの指を飲み込んでゆく。
「痛くないか?」
「うん、平気……」
一々オレの事を気遣ってくれることが嬉しい。
この行為が同情だとか、煌を保護したことに対する酬いだとしても。
こんなに優しくしてくれるなら、オレとっては生涯の思い出になるだろう。溥さんの指にうっとりとしてゆっくりと目を開くと、いつの間にかオレを見下ろしていた溥さんとと目が合って、なんだか酷く狼狽えてしまった。赤面したのが自分でも解る。
「も、入れてもいいよ。溥さん」
言ってから、はっと我に返った。オレは気持ちいいかも知れないけれど、溥さんは仕方なくこの行為に付き合っているんだ。入れていいと言われても、そんな状態じゃないだろう。
「ご、ごめん、無理だよね。調子に乗っちゃった。もう、いいから、ありがと」
そう言って起きあがろうとしたら、中に入っていた溥さんの指がオレのいいところをぐりっと押してきたので、思わず甘い悲鳴をあげてしまった。
「いい声を上げるんだな」
溥さんは笑っていた。
いつもは涼しげなその目元に欲の色を刷いて。その色っぽい笑みに胸の奥が疼く。
溥さんの顔に見惚れていると、急にその顔が近づいてきて唇が重なった。深く重なった唇の隙間を縫って、ぬるりと舌が忍び込んでくる。オレは迎え入れた舌に、自分のそれを絡めた。柔らかく食まれたかと思うと、強く吸い上げられる。上顎をくすぐられて、ふるりと体が震えた。溥さんはキスが上手だ。
溥さんとのキスに夢中になっていると、太腿に熱くて堅い物が触れていて脈打ったのが解った。
オレのこんな躯で勃起ってる溥さんは、やっぱり変わり者だ。
「入れるぞ」
少し掠れた声に、オレは頷く。
後ろに溥さんの性器がぐっと押し付けられた。ローションと指で緩められた孔が溥さんを受け入れる。
溥さんのそれは大きくて長かった。慣れた体でも少し苦しかったけれど、それすらオレにとっては甘い悦びだ。
男に抱かれることを商売にしているオレなんかの体を、溥さんは優しく抱いてくれた。
「ぁ……あま、ね……さん、」
吐息に混ぜて溥さんの名前を呼びながら、この瞬間だけがあれば、もう明日なんかいらないと思った。
そんな事を思って、オレは自分自身に少しばかり驚いた。
オレは今までずっと自分をヘテロだと思っていた。売色だって、成り行き上止むを得ずで、別に端からその気があったわけじゃない。
だけど。
溥さんに抱かれたいって思うって事は、自分では気が付いていなかっただけで、実はゲイだったんだろうか。最初にオレを買った男は、そんなオレの一面を見抜いていたのかも知れない。
そんなオレに好かれても溥さんだって困るだろう。その上、多額の借金まで抱えてる。
煌の兄貴って事もあって、オレもなんとなく色々話ができる年上の友人のように思ってた。溥さんもそんな風に、オレに気軽に接してくれたし兄貴のような一面も見せてくれた。そんな溥さんに甘えたいって思う気持ちが、もしかしたら発展してしまったのかもしれない。気がつけば、こんなに側にいたいと思うほど好きで、あげく抱かれたいだなんて。
煙草を持っている長いその指先とか。煙を吐き出している薄めの唇とか。其の体温でオレに触れてほしいって思う。
オレのこんな想いを溥さんはどう思うだろう?
気持ち悪いと思うだろうか?
うっかり飲み過ぎた酒の所為で、オレの思考は大分タガが外れてきている。だから、本人を目の前にして抱かれたいだなんて馬鹿げた事を考えてしまうんだ。
食うや食わずのオレに同情してか、溥さんはまたオレを部屋にあげてくれた。約束通り、手料理を出してくれて酒まで振る舞ってくれた。煌に悪いと思いながらも、オレは遠慮なくご馳走になり、こうして長々と居座っている。
今日の仕事なんて正直、もうどうでも良くなっている。
だいたい溥さんの顔を見て仕舞えば、夜の仕事に出向く気なんて無くなるのは自分でも予想がついていた。
この間、オレは溥さんに嘘をついた。出勤日を変えてやっただなんて。
溥さんと会う日は大抵、例の仕事の前。例の仕事なら時間の融通を付けられるから。
それにもう一つ。
溥さんに会える日だって思えば、憂鬱な仕事の日も少しは気が軽くなると思った。だけど、そのつもりで溥さんと会ったのに、あの日は溥さんの顔を見た途端、他の奴に抱かれる気が殺がれてしまった。
好きな人に会った後で、見ず知らずの男に抱かれる気分になんてなれるわけが無かった。今のオレはイヤだとか
イヤじゃないとか、そんな事言ってられる立場なんかじゃないっていうのに。
体を売らなければ、其の穴を埋める為に相当な苦労をする。返済が滞れば、また逃げ回る日々がやってくるんだ。
そうなれば、もう煌とは会えないし、煌と暮らす事も出来なくなる。
今のオレが背負っている物を全部おろさなければ、誰かを好きになる資格は無いのは判ってる。
だけど、ほんの少しぐらい夢見ても良いじゃないか。
だって、オレと溥さんはこの先何処まで行っても交わる事の無い人生を歩いてるんだから。
今、この時少しぐらい側に寄ったって構わないんじゃないかって。
あの日、溥さんが置いておいてくれた合鍵をオレは持って帰った。本当はポストにでも放り込んでおけばよかったんだろう。だけど、どうしてもこの部屋の鍵を持っていたかった。いずれは返さなければならない物でも。これを持っていれば、溥さんはまたオレに会わざるを得なくなる。
こんな物が無くても、今までだって溥さんは定期的に会う約束をしてくれてはいたけど。オレはあの時初めて、自分から次の約束をした。
一枚のメモと引き換えに、小さな鍵をポケットにしまい込む。
溥さんの鍵がポケットに入っている間、オレは不思議と気持ちが温かくなった。
たったこれだけの物がこんなにも自分に影響を与えることを知って、芽生えた気持ちを思い知らされた気がした。
ここまで大きくなってしまったこの気持ちを、どんなに誤摩化したって無駄なこと。だったらいっそ思い切りぶち
まけて、壊してしまえばいい。
今更、オレにはなくす物なんて何も無いから、幾らでも大胆になれる。
「あのね、この際だから、全部ぶっちゃけちゃうんだけど、」
「ああ?」
溥さんも酔っているんだろうか。目が少し充血してる。溥さんも素面じゃこんなオレの告白を聞けやしないだろうから、ちょうどいいのかも知れない。
「オレね、実は売色してるの……其の手のオヤジに体売ってお金もらってるんだ」
「……そうか……」
冗談めかして言ったオレの言葉に返ってきた抑揚の無い返事に、溥さんがどう思ったのか判断が付きかねた。だけど、構わずに続ける。
「結構良い金になるし、月に数度のペースで。前に溥さんに助けてもらったときも丁度そのお仕事した後だったんだよね。酷い客に当たっちゃってさ。かなり無理させられて。もう、参っちゃうよ。時々、お金さえ払えば何してもいいって思ってる客もいるんだ。こっちだって生身なんだから、ちょっとは遠慮してって思うんだけどさ。でも、買ってもらっている手前、あんまり文句も言えないし」
チラリと目の前の溥さんに視線を向けると、溥さんは灰皿に視線を向けながら煙草を煙らせている。表情は変わらなくて、やっぱり何を思っているのかは読み取れない。
「……正直、こんな生活、疲れたなって思うことあるんだ。借金がなければもっと普通に生活してたのにな、とかね。今日だって本当はそんなお仕事の日だったんだけど」
何だか愛情の無いセックスに疲れちゃったよ。そう言って笑ってみせた。
其の先は言うなと、モラリストのオレが言う。
なんだよ、良いじゃないか。オレの気持ちを清算して、そろそろ煌を溥さんの処に返すべきだ。多分、煌は元の生活に戻りたがってる。最近時々見せる、何か言いたげな態度はきっとそれだ。
きっかけとしては、なかなかいいタイミングだと思わないか?
正当な理由を振りかざして、エゴイストのオレが強く背中を押した。
「ねぇ、溥さん」
「なんだ?」
「オレのこと……抱いてくれる?」
たとえその場だけのものだって構わない。好きだって思える人と肌を合わせたい。そんなのオレには過ぎた望みだってのはわかってる。どんなに欲しくてあがいたって、絶対に手に入るわけないんだから。
溥さんは間違いなくヘテロだろう。一笑に付されて終わっても、気持ち悪いと拒否されても。どちらでも良いんだ。煌が溥さんの処に帰れば、オレと溥さんの関係も終わる。
思い切り嫌われれば後腐れが無くて、いっそ小気味が好い。
「……俺は男の抱き方なんて知らないが」
それは拒絶の言葉だと思った。
だからオレは笑って「冗談だよ」と言おうと口を開きかけて、思わずその言葉を飲み込んだ。溥さんの表情はもっと違った答えをオレに告げていた。今まで灰皿を眺めていた溥さんの眼差しが、オレを見つめている。それはオレを嘲る物でも軽蔑する物でもない。もっとずっと優しい。
……もしかして、期待しても良いの? 其の先を?
「いいんだ、どんなのだって。溥さんが抱いてくれるなら……」
そう応えると、ローテーブルを越えて伸びてきた手がオレの頤に触れた。
溥さんの長い指がオレの躯を滑っていく。なんだか胸が高鳴って、体が熱くなる。
今まで、抱かれていてこんなに高揚した気分になったことなんてあったかな?
まだ肌を触られているだけなのに。誰にされてもこんな風だって思われたら、嫌だな。
こんなに感じるのは溥さんにだけなのに。だけど、それをわざわざ口にしたりはしない。もうこんな事、二度と無いんだ。余計な事を考えるな。
「ぁ……」
溥さんの唇が、舌が肌けた胸をなぞってゆく。なんて気持ちいいのかな。丁寧でまるで欲しいところを判っているように呉れる愛撫。男は初めてなんだろうけど、経験は豊富なんだろう。
オレだって、伊達にいろんな男に抱かれてないからそう何となく判る。腕を伸ばして、溥さんの躯にしがみつく。
人の躯がこんなに暖かくて、安心できる物だなんて今更知った。
下肢を探る溥さんの指に、自ら足を開いて速く繋がりたいんだと其の意志を告げる。丁寧になんてしなくていい。優しくなんてしてくれなくてもいい。今まで散々な目にあって来てるから。どんなことをされてもオレは平気。
なのに、溥さんはとても丁寧にオレに触れる。もしかしたら、これが普通で特別優しく抱いて呉れているわけじゃないのかもしれない。
他人のそれをなんの戸惑いも無く慰めてくれる溥さん。長くて少し骨張った指に扱かれる悦さに思わず吐息が漏れた。
こんなとき、いつだってオレは歯を食いしばっていた。商売だから相手を喜ばせる為に、感じている素振りを見せたりもしたけど。慣れて行く躯は、いつしか男に突っ込まれて感じる事を覚えたけれど、それに自己権を抱くことでもあった。
でも今は違う。
心から気持ちが良いし、感じている事が嬉しい。目を瞑って、溥さんの感触に浸っていると、あっという間に達してしまった。
「んっ……あぁっ!」
余韻に体を震わせていれば、溥さんがローションを纏わせた指を後ろの穴に這わせた。
始める前に仕事用に持っていたローションを溥さんに渡せば、それを見た溥さんは少し複雑そうな顔をしたけれど、どう使うのかはすぐに察してくれた。
ゆっくりと溥さんの指が入ってくる。受け入れることに慣れているオレの体は、すんなり溥さんの指を飲み込んでゆく。
「痛くないか?」
「うん、平気……」
一々オレの事を気遣ってくれることが嬉しい。
この行為が同情だとか、煌を保護したことに対する酬いだとしても。
こんなに優しくしてくれるなら、オレとっては生涯の思い出になるだろう。溥さんの指にうっとりとしてゆっくりと目を開くと、いつの間にかオレを見下ろしていた溥さんとと目が合って、なんだか酷く狼狽えてしまった。赤面したのが自分でも解る。
「も、入れてもいいよ。溥さん」
言ってから、はっと我に返った。オレは気持ちいいかも知れないけれど、溥さんは仕方なくこの行為に付き合っているんだ。入れていいと言われても、そんな状態じゃないだろう。
「ご、ごめん、無理だよね。調子に乗っちゃった。もう、いいから、ありがと」
そう言って起きあがろうとしたら、中に入っていた溥さんの指がオレのいいところをぐりっと押してきたので、思わず甘い悲鳴をあげてしまった。
「いい声を上げるんだな」
溥さんは笑っていた。
いつもは涼しげなその目元に欲の色を刷いて。その色っぽい笑みに胸の奥が疼く。
溥さんの顔に見惚れていると、急にその顔が近づいてきて唇が重なった。深く重なった唇の隙間を縫って、ぬるりと舌が忍び込んでくる。オレは迎え入れた舌に、自分のそれを絡めた。柔らかく食まれたかと思うと、強く吸い上げられる。上顎をくすぐられて、ふるりと体が震えた。溥さんはキスが上手だ。
溥さんとのキスに夢中になっていると、太腿に熱くて堅い物が触れていて脈打ったのが解った。
オレのこんな躯で勃起ってる溥さんは、やっぱり変わり者だ。
「入れるぞ」
少し掠れた声に、オレは頷く。
後ろに溥さんの性器がぐっと押し付けられた。ローションと指で緩められた孔が溥さんを受け入れる。
溥さんのそれは大きくて長かった。慣れた体でも少し苦しかったけれど、それすらオレにとっては甘い悦びだ。
男に抱かれることを商売にしているオレなんかの体を、溥さんは優しく抱いてくれた。
「ぁ……あま、ね……さん、」
吐息に混ぜて溥さんの名前を呼びながら、この瞬間だけがあれば、もう明日なんかいらないと思った。
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