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宴の夜の夢
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俺は杖を抜くと、詠唱を始める。
「女神の理において我が力を行使する、光よ導きの牡鹿となれ」
いかにも詠唱に伴って現れたかのようにトルンクス王家の紋章をホールの床に描くと、その中心に光の牡鹿の姿が浮かび上がらせた。
なんだかなぁ、と思わないでもないけど、これも俺が無詠唱の魔法使いだということを誤魔化すためだ。
そもそも俺は無詠唱だってことを隠すつもりなんて微塵もないので、こんな茶番を演じるつもりはなかったんだけど、パーシヴァルと王太子殿下が揃ってふりだけでも詠唱をした方がいいと言い出したのだ。
今までだって人前で堂々と無詠唱の魔法を使ってきたのに、なんで今更? って思ったんだけど。今回は公式の場で、しかもさまざまな国の王族や大使、貴族が集まる。それなりの地位や権力を持った人たちが注目するその中で、堂々と無詠唱の魔法を披露したら、俺が最も疎う厄介ごとがごまんとやってくると言われたのだ。
確かに、無詠唱の魔法使いは希少だ。前世でも、無詠唱の魔法使いなんて出会ったことないしね。珍しい魔法使いを迎えたいって考える者は多いだろう。そこそこ権力を握っている連中が揃ってやってくるなんて、ご遠慮願いたい。
そんなわけで、不承不承ながらも本日の俺は、詠唱が必要な魔法使いと相なった。
それでも、俺が金色の美しい牡鹿を登場させると、ホールではため息のような感嘆の声が上がる。
一番最初に鹿を登場させるアイデアをくれたのはパーシヴァルだ。
物語の始まりは、国の象徴である牡鹿が人々を導く様子から始まる。
歴史の書に、初代トルンクスの王をこの地に導いたのは一頭の牡鹿だと記してあった。栄光と繁栄の獣として、トルンクスでは鹿が貴ばれている。祝いの場に登場させるにはうってつけだよね。
光の鹿は大きく跳ね上がると、螺旋を描くように高い天井を目掛け駆け上がった。その鹿を追うようにたくさんの小鳥たちが羽ばたき、花が舞い散る。広いホールに集う人々の頭上を、鹿は小鳥たちを引き連れ、花々を咲かせながら光の軌跡を描いてゆく。
やがてホールの一番高いところまで駆け上がった牡鹿が虹の輪を駆け抜けると同時に、光の雨が降り注ぎ色とりどりの花火が無数に弾けた。恵みの雨が大地を豊かにするイメージだな。誰もが天井を見上げ歓声を上げる。
めいいっぱい盛大に咲いた花火は、次第にその数を減らし微かな光を残すのみになり、まもなくホールには静けさが訪れた。俺が大きく杖を振ると、杖先から溢れる魔力に引き寄せられるように、花火の残滓が帯となって始まりの紋章へと集まってゆく。集まった光の欠片たちは、渦を巻き再びそこに牡鹿の姿を作り上げた。
光り輝く牡鹿は深々とトルンクス国王に首を垂れ、今度は数多の瑠璃色の蝶になって再びホールに舞い上がる。物語りの締めくくりを彩る蝶たちは、この場にいる人たちの元へと飛んでゆくと、一輪の青薔薇となって吸い込まれるように消えてゆく。
青い薔薇の花言葉は女神の祝福だ。トルンクス王家と、招待された客人たちに女神の祝福をって感じかな。
すべての青薔薇が消えたことを確認すると、俺は杖をくるくるっと回してからホルダーに納め膝をついて首を垂れた。
「……素晴らしい……実に素晴らしい! なんと美しい魔法であることか!」
静まり返ったホールにトルンクス国王の声と拍手が響く。
それに倣うよう拍手の波は広がり、ホールが割れんばかりに響きわたる。どうやら、俺の魔法演技はトルンクス国王に気に入って頂けたようだ。
「メルキオール殿、誠に素晴らしい贈り物であった! 今宵のこの光景は、生涯私の心に残るであろう! このような魔法の使い方があるとは知らなんだ。ソルモンターナ王国では魔法もここまで発展しているとは……いや、実に見事!」
「喜んでいただけて、恐悦至極に存じまする」
王太子殿下は満足そうな笑みを浮かべた。どうやら彼の思惑通りって感じだね。
見たこともない魔法は、ここに集った人たちに大国ソルモンターナを強く印象つけた。
この後どんな祝いの言葉を述べてもソルモンターナ王国王太子のお祝い以上に、トルンクス国王の心を動かすことは難しいだろう。
さすがというかなんというか。メルキオール王太子の時代も、我が国は安泰そうだ。
それに、トルンクスでここまで絶賛されれば当然他の国でも話題になるはず。きっとガブリエルさんの後押しにも十分なったと思う。学院の魔法演技にも少なからず影響を与えそうだ。
いろんな視線を受けながらも一仕事終えた俺は、澄ました顔をしてアウローラの護衛に戻る。パーシヴァルと視線が合えば、微かに頷いてくれた。
その後、いろんな人が俺に話しかけたそうにしていたけれど、今夜の主役はトルンクス国王だ。その主役を差し置いてたかだか一魔法使いと話をしようという無作法者はさすがにいなかった。
「あー! 疲れたー!」
俺はローブを外しソファに投げ捨てると、勢いよく寝台に飛び込む。
今日は一日ずっと気を張っていたのでとにかく疲れた。なにしろ、粗相をすれば俺の体面だけの問題じゃなくなるからね。本当に何事もなく無事に終わってよかった。
心配していた件の人物からも、何もされなかったし。
演技の後、俺はトルンクス国王直々にお褒めの言葉を賜って、とにかく色々と聞かれた。どこまで話していいのか分からないので返答に窮していたら、王太子殿下とアウローラが対応してくれたので、俺は曖昧に笑っているだけで済んだんだけど。
「サフィラス、湯に浸かれるがどうする?」
パーシヴァルに声をかけられたけれど、もう動きたくないな。今日は式典に夜会と、じーっと立っているだけだったので、足が棒のようだ。まだ動き回っている方がマシだった。
「んー、もう面倒くさいからいいや。明日起きてから、湯を浴びる……」
もう今日はこのまま寝たい。着替えも明日でいいや。あー、でもしわになっちゃうかな? せめてジャケットは脱いだほうがいいか……でも、この後はもうこれを着ることはないだろうし、いいよね。
パーシヴァルが着替えをしている気配を感じながら、俺はあっという間に眠りに引き込まれていた。
「んん……あれ?」
翌朝目を覚ますと、俺はなぜか夜着に着替えていた。しかも、ちゃんと寝台の中に入って寝ている。
一体いつの間に?
「サフィラス、起きたのか?」
「……パーシヴァル?」
「浴槽に湯を溜めてある。風呂に入って、汗を流してくるといい。それから、アウローラ嬢から朝食を一緒にとの伝言があったが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
アウローラを待たせるわけにはいかないよな。俺は寝台から這い出ると浴室に向かい、夜着を脱いで温かいお湯に浸かる。そうしているうちに、ぼんやりしていた頭がはっきりしてきた。
もしかして、パーシヴァルが夜着に着替えさせてくれたのかな? お湯もパーシヴァルが準備してくれたのかも。
そういえばパーシヴァルは、すっかり身支度が整っていた。どこにいても、ちゃんと朝早く起きるんだからすごいよな。
俺ももう少ししっかりしないとなぁ。ちょっとパーシヴァルに甘えすぎかも。つい楽な方に流されちゃっていたけど、いい加減にしないと本格的に冒険に出る前に愛想を尽かされちゃうかもしれない。
そもそも俺はやればできる男なんだし、自分のことは自分やらなきゃな。
「よし! これからは、もっとしっかりしよう!」
そう決意して浴室を出た俺だったけれど、待ち構えていたパーシヴァルに当然のように椅子に誘導され、丁寧に頭を拭かれていた。
……あれ?
「女神の理において我が力を行使する、光よ導きの牡鹿となれ」
いかにも詠唱に伴って現れたかのようにトルンクス王家の紋章をホールの床に描くと、その中心に光の牡鹿の姿が浮かび上がらせた。
なんだかなぁ、と思わないでもないけど、これも俺が無詠唱の魔法使いだということを誤魔化すためだ。
そもそも俺は無詠唱だってことを隠すつもりなんて微塵もないので、こんな茶番を演じるつもりはなかったんだけど、パーシヴァルと王太子殿下が揃ってふりだけでも詠唱をした方がいいと言い出したのだ。
今までだって人前で堂々と無詠唱の魔法を使ってきたのに、なんで今更? って思ったんだけど。今回は公式の場で、しかもさまざまな国の王族や大使、貴族が集まる。それなりの地位や権力を持った人たちが注目するその中で、堂々と無詠唱の魔法を披露したら、俺が最も疎う厄介ごとがごまんとやってくると言われたのだ。
確かに、無詠唱の魔法使いは希少だ。前世でも、無詠唱の魔法使いなんて出会ったことないしね。珍しい魔法使いを迎えたいって考える者は多いだろう。そこそこ権力を握っている連中が揃ってやってくるなんて、ご遠慮願いたい。
そんなわけで、不承不承ながらも本日の俺は、詠唱が必要な魔法使いと相なった。
それでも、俺が金色の美しい牡鹿を登場させると、ホールではため息のような感嘆の声が上がる。
一番最初に鹿を登場させるアイデアをくれたのはパーシヴァルだ。
物語の始まりは、国の象徴である牡鹿が人々を導く様子から始まる。
歴史の書に、初代トルンクスの王をこの地に導いたのは一頭の牡鹿だと記してあった。栄光と繁栄の獣として、トルンクスでは鹿が貴ばれている。祝いの場に登場させるにはうってつけだよね。
光の鹿は大きく跳ね上がると、螺旋を描くように高い天井を目掛け駆け上がった。その鹿を追うようにたくさんの小鳥たちが羽ばたき、花が舞い散る。広いホールに集う人々の頭上を、鹿は小鳥たちを引き連れ、花々を咲かせながら光の軌跡を描いてゆく。
やがてホールの一番高いところまで駆け上がった牡鹿が虹の輪を駆け抜けると同時に、光の雨が降り注ぎ色とりどりの花火が無数に弾けた。恵みの雨が大地を豊かにするイメージだな。誰もが天井を見上げ歓声を上げる。
めいいっぱい盛大に咲いた花火は、次第にその数を減らし微かな光を残すのみになり、まもなくホールには静けさが訪れた。俺が大きく杖を振ると、杖先から溢れる魔力に引き寄せられるように、花火の残滓が帯となって始まりの紋章へと集まってゆく。集まった光の欠片たちは、渦を巻き再びそこに牡鹿の姿を作り上げた。
光り輝く牡鹿は深々とトルンクス国王に首を垂れ、今度は数多の瑠璃色の蝶になって再びホールに舞い上がる。物語りの締めくくりを彩る蝶たちは、この場にいる人たちの元へと飛んでゆくと、一輪の青薔薇となって吸い込まれるように消えてゆく。
青い薔薇の花言葉は女神の祝福だ。トルンクス王家と、招待された客人たちに女神の祝福をって感じかな。
すべての青薔薇が消えたことを確認すると、俺は杖をくるくるっと回してからホルダーに納め膝をついて首を垂れた。
「……素晴らしい……実に素晴らしい! なんと美しい魔法であることか!」
静まり返ったホールにトルンクス国王の声と拍手が響く。
それに倣うよう拍手の波は広がり、ホールが割れんばかりに響きわたる。どうやら、俺の魔法演技はトルンクス国王に気に入って頂けたようだ。
「メルキオール殿、誠に素晴らしい贈り物であった! 今宵のこの光景は、生涯私の心に残るであろう! このような魔法の使い方があるとは知らなんだ。ソルモンターナ王国では魔法もここまで発展しているとは……いや、実に見事!」
「喜んでいただけて、恐悦至極に存じまする」
王太子殿下は満足そうな笑みを浮かべた。どうやら彼の思惑通りって感じだね。
見たこともない魔法は、ここに集った人たちに大国ソルモンターナを強く印象つけた。
この後どんな祝いの言葉を述べてもソルモンターナ王国王太子のお祝い以上に、トルンクス国王の心を動かすことは難しいだろう。
さすがというかなんというか。メルキオール王太子の時代も、我が国は安泰そうだ。
それに、トルンクスでここまで絶賛されれば当然他の国でも話題になるはず。きっとガブリエルさんの後押しにも十分なったと思う。学院の魔法演技にも少なからず影響を与えそうだ。
いろんな視線を受けながらも一仕事終えた俺は、澄ました顔をしてアウローラの護衛に戻る。パーシヴァルと視線が合えば、微かに頷いてくれた。
その後、いろんな人が俺に話しかけたそうにしていたけれど、今夜の主役はトルンクス国王だ。その主役を差し置いてたかだか一魔法使いと話をしようという無作法者はさすがにいなかった。
「あー! 疲れたー!」
俺はローブを外しソファに投げ捨てると、勢いよく寝台に飛び込む。
今日は一日ずっと気を張っていたのでとにかく疲れた。なにしろ、粗相をすれば俺の体面だけの問題じゃなくなるからね。本当に何事もなく無事に終わってよかった。
心配していた件の人物からも、何もされなかったし。
演技の後、俺はトルンクス国王直々にお褒めの言葉を賜って、とにかく色々と聞かれた。どこまで話していいのか分からないので返答に窮していたら、王太子殿下とアウローラが対応してくれたので、俺は曖昧に笑っているだけで済んだんだけど。
「サフィラス、湯に浸かれるがどうする?」
パーシヴァルに声をかけられたけれど、もう動きたくないな。今日は式典に夜会と、じーっと立っているだけだったので、足が棒のようだ。まだ動き回っている方がマシだった。
「んー、もう面倒くさいからいいや。明日起きてから、湯を浴びる……」
もう今日はこのまま寝たい。着替えも明日でいいや。あー、でもしわになっちゃうかな? せめてジャケットは脱いだほうがいいか……でも、この後はもうこれを着ることはないだろうし、いいよね。
パーシヴァルが着替えをしている気配を感じながら、俺はあっという間に眠りに引き込まれていた。
「んん……あれ?」
翌朝目を覚ますと、俺はなぜか夜着に着替えていた。しかも、ちゃんと寝台の中に入って寝ている。
一体いつの間に?
「サフィラス、起きたのか?」
「……パーシヴァル?」
「浴槽に湯を溜めてある。風呂に入って、汗を流してくるといい。それから、アウローラ嬢から朝食を一緒にとの伝言があったが、大丈夫か?」
「うん、大丈夫……」
アウローラを待たせるわけにはいかないよな。俺は寝台から這い出ると浴室に向かい、夜着を脱いで温かいお湯に浸かる。そうしているうちに、ぼんやりしていた頭がはっきりしてきた。
もしかして、パーシヴァルが夜着に着替えさせてくれたのかな? お湯もパーシヴァルが準備してくれたのかも。
そういえばパーシヴァルは、すっかり身支度が整っていた。どこにいても、ちゃんと朝早く起きるんだからすごいよな。
俺ももう少ししっかりしないとなぁ。ちょっとパーシヴァルに甘えすぎかも。つい楽な方に流されちゃっていたけど、いい加減にしないと本格的に冒険に出る前に愛想を尽かされちゃうかもしれない。
そもそも俺はやればできる男なんだし、自分のことは自分やらなきゃな。
「よし! これからは、もっとしっかりしよう!」
そう決意して浴室を出た俺だったけれど、待ち構えていたパーシヴァルに当然のように椅子に誘導され、丁寧に頭を拭かれていた。
……あれ?
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