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第二章 旅立ち
11.宿で
俺とエディはうまくセレニクリスを抜けることができた。
サモナード領の中心であるセレニクリスを抜けてしまえば、俺の顔を知っている人たちも少なくなる。
視察として父さんと一緒にサモナード領を回ったこともあるけれど、その時も代表者と話していたのは父さんだ。
俺の顔までしっかり覚えている人は少ないだろう。
「今夜の宿はこちらで探しましょう。歩き通しでしたので、そろそろ休まれた方が良いかと」
「ごめん、本当はメソリアの先まで行きたかったよな。メソリアはちょうど中間点の街だし」
「セレニクリスを抜けられただけで今夜は十分です。しっかりと休息をとり、明日のうちにサモナード領を抜けられるようにいたしましょう」
「分かった」
屋敷にいたときは、自身を鍛えて剣を学ぶことすら許してもらえなかった。
俺には剣と魔法の才能がないと分かったときから、お前は領政の勉強をするようにと父さんに言われていたからだ。
ほぼ一日中、机に向かってサモナード領のことばかり考え、せめて知識だけでも役立てればと今まで必死に学んできたつもりだ。
それが自分のやるべきことだと思っていたし、俺でも家の役に立つのならと頑張ってきた。
それなのに……今は追放され、俺の居場所すらもなくなってしまった。
「これからどうしよう……」
エディが宿の手配をしてくれている間、俺はその背中を見つめることしかできない。
無力な俺がこれからどうやって生きていけばいいのか。
今は悩みながらでも、一歩ずつ前へ進んでいくしかない。
「リサイル様、お部屋のことですが。本来であれば二部屋お取りしなければなりませんが、金銭に余裕が出るまでは私と同室でも構わないでしょうか?」
「俺に気を遣わなくていい。家を出たのだし、今はこれからどうするかの見通しも立たない状態だ。お金は無駄遣いせずに節約していこう」
「ありがとうございます。ではその通りに」
エディは宿の二階の一室を取ってくれたらしい。セレニクリスよりは規模の小さい街だけど、宿がある立派な街だ。
中央の通りを外れたところとはいえ、治安が悪くない程度の宿だとエディは言っていた。
何があってもエディがいれば大丈夫とはいえ、俺はなるべくお荷物になりたくない。
「こちらの部屋ですね。屋敷と比べると狭いお部屋ですが、この宿の中でも上質な方にしておきました」
「わざわざ上質な部屋に? 俺がひ弱とはいえ、ベッドが少しくらい硬くても眠れるから大丈夫なのに……ありがとう、エディ。次からは普通の部屋で構わないからな」
「承知いたしました。本日はお屋敷を出られた初日だったので、念のためです。とはいえ、ただ高いお金をとられた訳ではないのでご安心を」
泊まる部屋は、節約したとはいえベッドが二つある立派な部屋だった。
だが、エディがうまく交渉してくれたおかげで少し安く泊まれることになったらしい。
「早朝に宿の手伝いをすると約束しました」
「エディが? エディだけ働かせるなんて。俺も一緒に……」
俺が申し出ると、エディはいいえと言って小さく首を振った。
それどころか、自分がいない間は扉を開けないようにと強く言い含めてきた。
そして身体を屈めて、上から俺の顔を覗き込んでくる。
「リサイル様は何事もなかったかのようなお顔をされているつもりかもしれませんが、普段より顔色も悪いですし疲労の色も見えます。本日は湯あみをして、早めにお休みください」
エディは無表情な顔を向けてくるけれど、俺を気遣うように頬に手を当ててじっと覗き込んでくる。
赤紫の瞳は俺の心の中まで覗くように、俺の全てをじっくりと観察しているみたいだ。
頬に当てられた手はいつもの白い手袋の手触りではなく、ひんやりとしたエディの手だ。
目元にエディの指が触れると、俺の瞳の奥の動揺まで見られているのが分かる。
見慣れているはずのエディの綺麗な顔が目の前にあって、なんだか妙に緊張してきた。
いつもの端正な顔立ちだと分かっているのに、家を出てからは従者と言うよりも一緒に旅をする相棒のような感覚だからだろうか?
それでも、エディが俺に対して従者として世話を焼いてくれるのは変わらない。
「少しお心が乱れているようですね。睡眠だけで不十分であるなら、お薬の準備も……」
「分かった! エディの言う通りにする。まさか湯あみまでできるとはありがたいな」
俺はエディが全てを言い終わらないうちに、笑いかけて一歩下がって距離をとる。
エディは俺の気持ちを察してくれたのか、俺からゆっくりと手を離してくれた。
俺はエディより先に湯あみをしてしまおうと、部屋の中を見回す。
「ごめん、先に入らせてもらう。エディも俺が入っている間、少し休んでいて」
「いえ、私はリサイル様のお着換えと湯あみのお手伝いをいたします」
「え? 旅先でまでしなくていいよ。俺だって一人で湯あみくらいできるし」
「私が従者であることをお忘れですか? お供いたします」
確かに屋敷にいた時は着替えを手伝ってもらったり、湯加減を見てもらったりしたけれど……それを旅先でもするなんて思ってもみなかった。
でも……エディのこの表情は、やりますという俺に対しての意思表示だ。
サモナード領の中心であるセレニクリスを抜けてしまえば、俺の顔を知っている人たちも少なくなる。
視察として父さんと一緒にサモナード領を回ったこともあるけれど、その時も代表者と話していたのは父さんだ。
俺の顔までしっかり覚えている人は少ないだろう。
「今夜の宿はこちらで探しましょう。歩き通しでしたので、そろそろ休まれた方が良いかと」
「ごめん、本当はメソリアの先まで行きたかったよな。メソリアはちょうど中間点の街だし」
「セレニクリスを抜けられただけで今夜は十分です。しっかりと休息をとり、明日のうちにサモナード領を抜けられるようにいたしましょう」
「分かった」
屋敷にいたときは、自身を鍛えて剣を学ぶことすら許してもらえなかった。
俺には剣と魔法の才能がないと分かったときから、お前は領政の勉強をするようにと父さんに言われていたからだ。
ほぼ一日中、机に向かってサモナード領のことばかり考え、せめて知識だけでも役立てればと今まで必死に学んできたつもりだ。
それが自分のやるべきことだと思っていたし、俺でも家の役に立つのならと頑張ってきた。
それなのに……今は追放され、俺の居場所すらもなくなってしまった。
「これからどうしよう……」
エディが宿の手配をしてくれている間、俺はその背中を見つめることしかできない。
無力な俺がこれからどうやって生きていけばいいのか。
今は悩みながらでも、一歩ずつ前へ進んでいくしかない。
「リサイル様、お部屋のことですが。本来であれば二部屋お取りしなければなりませんが、金銭に余裕が出るまでは私と同室でも構わないでしょうか?」
「俺に気を遣わなくていい。家を出たのだし、今はこれからどうするかの見通しも立たない状態だ。お金は無駄遣いせずに節約していこう」
「ありがとうございます。ではその通りに」
エディは宿の二階の一室を取ってくれたらしい。セレニクリスよりは規模の小さい街だけど、宿がある立派な街だ。
中央の通りを外れたところとはいえ、治安が悪くない程度の宿だとエディは言っていた。
何があってもエディがいれば大丈夫とはいえ、俺はなるべくお荷物になりたくない。
「こちらの部屋ですね。屋敷と比べると狭いお部屋ですが、この宿の中でも上質な方にしておきました」
「わざわざ上質な部屋に? 俺がひ弱とはいえ、ベッドが少しくらい硬くても眠れるから大丈夫なのに……ありがとう、エディ。次からは普通の部屋で構わないからな」
「承知いたしました。本日はお屋敷を出られた初日だったので、念のためです。とはいえ、ただ高いお金をとられた訳ではないのでご安心を」
泊まる部屋は、節約したとはいえベッドが二つある立派な部屋だった。
だが、エディがうまく交渉してくれたおかげで少し安く泊まれることになったらしい。
「早朝に宿の手伝いをすると約束しました」
「エディが? エディだけ働かせるなんて。俺も一緒に……」
俺が申し出ると、エディはいいえと言って小さく首を振った。
それどころか、自分がいない間は扉を開けないようにと強く言い含めてきた。
そして身体を屈めて、上から俺の顔を覗き込んでくる。
「リサイル様は何事もなかったかのようなお顔をされているつもりかもしれませんが、普段より顔色も悪いですし疲労の色も見えます。本日は湯あみをして、早めにお休みください」
エディは無表情な顔を向けてくるけれど、俺を気遣うように頬に手を当ててじっと覗き込んでくる。
赤紫の瞳は俺の心の中まで覗くように、俺の全てをじっくりと観察しているみたいだ。
頬に当てられた手はいつもの白い手袋の手触りではなく、ひんやりとしたエディの手だ。
目元にエディの指が触れると、俺の瞳の奥の動揺まで見られているのが分かる。
見慣れているはずのエディの綺麗な顔が目の前にあって、なんだか妙に緊張してきた。
いつもの端正な顔立ちだと分かっているのに、家を出てからは従者と言うよりも一緒に旅をする相棒のような感覚だからだろうか?
それでも、エディが俺に対して従者として世話を焼いてくれるのは変わらない。
「少しお心が乱れているようですね。睡眠だけで不十分であるなら、お薬の準備も……」
「分かった! エディの言う通りにする。まさか湯あみまでできるとはありがたいな」
俺はエディが全てを言い終わらないうちに、笑いかけて一歩下がって距離をとる。
エディは俺の気持ちを察してくれたのか、俺からゆっくりと手を離してくれた。
俺はエディより先に湯あみをしてしまおうと、部屋の中を見回す。
「ごめん、先に入らせてもらう。エディも俺が入っている間、少し休んでいて」
「いえ、私はリサイル様のお着換えと湯あみのお手伝いをいたします」
「え? 旅先でまでしなくていいよ。俺だって一人で湯あみくらいできるし」
「私が従者であることをお忘れですか? お供いたします」
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