番いに嫌われて薬草を煎じるだけの私が、竜王様を救う唯一の希望でした

八尋

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二章

20 力と知恵の示し方

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 国王の許可を得て、ヴァルクスは王城内の一角に滞在場所を与えられた。それは、かつて賓客をもてなすために使われていたという、静かで広々とした客室だった。
 調度品は質素だが品が良く、大きな窓からは手入れの行き届いた中庭を望むことができる。ヴァルクスは特に不満も述べず、そこを拠点と定めた。
 最初の数日間、ヴァルクスはほとんど部屋から出ることはなかった。運び込まれた夥しい数の書物――歴史、地理、魔法、そしてもちろん薬草学に関するもの――を読み耽り、時には窓辺に立って遠くの空を眺め、あるいは深い思索にふける姿が、ごく一部の侍従たちによって目撃された。
 
 彼の存在は、王城内に静かな、しかし確実な波紋を広げていた。まず人々の口に上ったのは、その異様なまでの美貌だった。
 数百年という時を生きてきた竜族。彫りの深い顔立ちは神々が創りたもうた芸術品のようであり、何よりもそのアースアイは一度見たら忘れられない強い力と神秘的な輝きを宿していた。
 特に、彼が思索の合間にふと窓の外へ視線を向けた際、その瞳が陽光を反射してきらめく様は、若い侍女たちの間で「まるで森の奥の泉のよう」「吸い込まれそうになる」と密かな溜息と共に語られた。

 当初、王城の人々がヴァルクスに抱いていたのは、恐怖と警戒心だった。なにしろ、数百年ぶりに現れた伝説の竜であり、その力は未知数。
 しかし、ヴァルクスが王城内で見せる態度は、終始落ち着き払っており、威圧的でありながらも決して乱暴なものではなかった。彼は必要以上に人と接することはなかったが、稀に言葉を交わす機会のあった侍従や学者たちは、その博識ぶりと、物事の本質を見抜くような深い洞察力に舌を巻いた。
「まさか生きているうちに、竜と対話できるとは…、まさに、何百年も生きてきた賢者のようだ」
 そんな噂が、徐々に恐怖心に取って代わり始めていた。

 そして、ヴァルクスの「賢者」としての一面が、王国の中枢に認識される出来事が起こる。
 国王主催の、ごく内密の諮問会議に、試しにとヴァルクスが招かれたのだ。議題は、長年王国を悩ませている西部の乾燥地帯への対策だった。歴代の王たちも様々な治水事業を試みたが、ことごとく失敗に終わっている難問だ。
 大臣たちがこれまでの経緯と現状の困難さを説明する中、ヴァルクスは静かに耳を傾けていた。そして、全ての説明が終わった後、彼はゆっくりと口を開いた。
 
「その地の古い伝承に、月の女神が流した涙の泉に関する記述はございませんでしたか? おそらくは、地中深くに眠る、巨大な地下水脈のことかと」
 彼の言葉に、その場にいた誰もが顔を見合わせた。そんな伝承は聞いたこともない。しかし、ヴァルクスは淀みなく続けた。
「その水脈は、古の地殻変動によって流路が変わり、現在は地表から遠く離れてしまっている。だが、特定の場所――かつて月の女神を祀った神殿があったとされる丘の麓――そこを深く掘り進めば、再びその水脈に到達できるやもしれませぬ。ただし、その水は聖なる力を持つ故、扱いには細心の注意が必要となりますが」
 彼の語る内容は、あまりにも具体的で、そしてどこか神秘的だった。半信半疑ながらも、国王はすぐに地質学者や歴史学者に調査を命じた。すると、数日後、驚くべき報告がもたらされた。
 ヴァルクスが示した場所の古文書を調べたところ、確かに月の女神の神殿と泉に関する記述が見つかり、さらに地質調査の結果、その地下深くに大規模な水脈が存在する可能性が極めて高いことが判明したのだ。

 この一件は、王国上層部に衝撃を与えた。ヴァルクスの知識は、単なる伝承や憶測の類ではなく、実際に国益に繋がりうる、計り知れない価値を持つものだと認識されたのだ。
 その後も、ヴァルクスはいくつかの難問に対し、的確で、時には人間には思いもよらないような視点からの助言を与え、大臣たちを唸らせた。忘れ去られた鉱山の位置を示唆し、長年原因不明とされていた家畜の病の対策を言い当て、さらには隣国との緊張関係を緩和するための外交戦略についてさえ、驚くべき卓見を披露した。
 ヴァルクスは決して自ら進んで知識をひけらかすことはなかったが、問われれば淡々と、しかし的確に答えた。その姿は、まさに「賢者」そのものであり、王国にとってなくてはならない存在として、徐々にではあるが確実に歓迎され、同時に深い畏敬の念を抱かれるようになっていった。
 もちろん、その力の源泉や真の目的を探ろうとする警戒心は消えなかったが、少なくとも表向きは、ヴァルクスは王国にとって有益な「客分」としての地位を確立しつつあった。







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