蓼科と若夫婦

藤井咲

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 蓼科に雪が降った。私と夫がここに到着してから三日目の朝だった。

初めて長野県諏訪市にある蓼科に訪れたのは夫と結婚する前のことだ。
義母が持つ別荘で避暑をしようという計画がたちここを知った。別荘があることに驚きであったが、夫のことで驚くことはしょっちゅうある。一緒にいるうちに慣れていく感覚もあった。
茅野駅から車で一時間と少しかかる山の上に別荘はあり、連なった家の内のひとつが義母のものだ。
その夏は、義母は電車、私と夫は車で行くことになっていて、丁度真夏の台風にぶつかってしまった。普段から雨に降られるとすぐ雨漏りするスポーツカーに乗っていて、世田谷の高速道路に入った瞬間暴風雨に見舞われた。車の中に雨がざーざーと入ってきて靴も荷物もびしょびしょである。車高も低かったので大きな水たまりに突っ込むと車が溺れてしまうのではないかと思う勢いで、死ぬのではないか、と荷物を抱え車内で傘をさしながら外の嵐をみていた。もう無理だ、というところまで行き、途中で温泉宿に泊まることになった。
義母に報告すると、「そうなることは当たり前じゃない」と彼女はけらけらと笑って楽しそうだった。


 次の日の朝、台風は南に去っていき、からっと晴れた天気になった。気を取り直してチェックアウトと同時に蓼科に向かう。
昨日の雨が嘘のように青空が綺麗で夏の風を感じながら山道を走っていった。
この山道はヴィーナスラインと言われていて、昔はちょっとしたドライブスポットだったらしい。当初は通行料をとって運営していたが、抜け道をしっている地元民が通行料を払うことを辞めた為に運営がうまくいかず、道がどんどんでこぼこになり、最終的には通行料をとることを辞めた。あまり交通整備がされていないので穴があいていたり、歪んでしまっている。しかしこの道の木々の美しさは目を見張るものがあり、私は気に入っている。

 最初は夏、そして冬、また夏、少し秋、冬、と一年を通して毎年最低2回はこの別荘を使うようになった。夏にはとんぼが飛び交い、秋には紅葉が順繰りに染まっていく。
 
冬、空気がきいんと冷たくなり、香りが変わる。少し異国のような心地になる。

早朝6時に目が覚め、寝室の窓を開けると白い屋根がみえた。辺りの白樺や藪に雪が積もり空気を一層冷たくしている。遠目に見える下の町には雪はなく、蓼科高原一帯だけに降ったらしい。


 雪を確認して、朝食の野菜スープを二人で飲み干し軽くストレッチをしてから外に出た。
紺のフロッグコートに起毛のスウェットを着てベージュのブーツ、首からニコンの双眼鏡をかけた。(鳥を観察する用である)夫は羽毛のジャンバーを着てフードですっぽり顔を覆っていた。
 
坂道をゆっくりとのぼっていく。ざくざくと積もった雪を踏みしめる音、時々コガラの群れの鳴き声がする。藪がざわあと揺れる音がはっきりと聞こえた。
坂道を登りきると今度は下り坂になる。口数少なく歩くことに熱心になるふたりは、時々きこえる鳥のさえずりに敏感に反応した。

 積もったといってもまだまだ5㎜もないようである。表面を触ってみると冷たい。このへんはパウダースノウになることが多く、水分が少ないさらりとした雪だ。夫が私の真似をした。

 30分程歩くと日が眩しくなってきた。隣の山は既に雪が溶けてきている。
 山に住む獣の足跡、獣の糞、スキー場の準備の音、師走がきた。また明日も雪が降ればいい。

                              おわり

 


 

 
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