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第一章
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しおりを挟む雲は向こうの青が透けていた。
遠くで白と青が混ざり段々と濃い青がこちらに伸びてくるのが分かる。あの微かに見える一点の光は幻の国だろうか。それともただこの国を覆っている分厚いガラスの反射か。下を覗けば深い海が歪んで見える。私の下にある雲は角をつけて何百もの個体が群れを作っていた。太陽が昇りきっていない所に光はない。影もない。実在しない世界みたいだ。どうして地平線を見るとき目を細めるのだろう。いつのまにか灰色混じりの分厚い雲が黒いモヤと共にこの海上都市を覆っている。
強い風が吹いた。
風は空の色を変えて雲を流していく。
親を追う様に小さい雲もそれに倣って消えた。
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手の甲に通話の記号と「J」の青文字が光り、私の顔が苦く歪む。
手の甲をじっと見つめたまま、相手に伝わる筈がないのに息を止め、存在を知らせないよう警戒する。
二十秒たつと光が消えた。黒い丸がいつもと変わらず手の甲に印字されている。
J の用件はいつもと変わらないだろう。
「まともな職につけ、もしくは夢を売るのをやめろ」これだけだ。
脳の中の記憶イメージを映像化出来る様になったのはデジタル革命が加速した大戦中だ。この新技術によって大戦は激化した。人の脳には宝が溢れている。
脳は嘘をつくことができず、真実がごろごろ見つかって大戦は泥沼化した。脳を見られる前に原型を留めず木っ端みじんにすることは基本的人権の一つであると唱えられ、自決を正当防衛だと主張する過激な時代もあったようだ。
平和になった今では人の夢を見ることが一つのブームとなっている。
眼球に注入された液体デバイスと記憶媒体を繋いで就寝することで自分の夢を映像化し、自らの夢を売ることが出来るのだ。
「人の夢を盗み見る」この非現実的体験にハマる者は多い。
日々進化を遂げるデジタル革命後の技術は、映像だけでなく、夢を五感全てで感じることが出来る追体験型夢物語へ変貌を遂げた。映像を見ることで新しい刺激を楽しむ者、自らを夢の中に入れ追体験を好む者、夢の遊び方は様々だ。
いまや夢は立派なエンターテイメントとなり、自然の美しさやファンタジー性を持つ感動型や、性的であったり恐怖を感じる高刺激型の夢が人気である。
基本的には大手夢売買サイト「D-in」で取引され、購買者が多ければ多いほど価格も高騰する。売買は一点販売か、多売どちらも選択可能だ。フリーのアーティストも多いようだが、私は仲介会社に担当をつけてもらい取引している。
客は変動通貨である『The HC Credit Change』によって夢を購入し、それを眼球デバイスで読み込むだけでビデオグラフィーという立体映像を見ることが出来る。
私が夢を売り始めて二年がたった。
夢というのは気楽だ。才能がなくても美しい物を想像することは出来る。
努力は必要なく、眠れさえすれば価値は生まれる。
夢を操作することは出来ないのでとにかく寝て、夢を撮る。その繰り返しだ。
いつ眠ってもいいように常に記憶媒体は接続したままにしている。
ウッド調の大きなベッドにごろりと身体を横たえ、なんとなく弄っていた手の甲のブラウザを閉じた。
分厚いカーテンの隙間から漏れる光が昼を教えてくれる。
ベッドサイドの花は元気がない。そろそろ替えないと。
この仕事を始めてからめっきり外に出なくなったが生活する上で困ることはない。
部屋の管理者に設定しているAIの≪him≫が必要な物を整えてくれる。
外に出るという行為は不要なのだ。
「本物を見よう。一年に一度の約束だからね。」
目を瞑るとすぐに睡魔が襲ってきた。
植物の様にベッドに根をはり続けている私を見て呆れるだろうか。
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