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第二章
(4)
しおりを挟む時は過ぎ、私はいつの間にか十八歳になった。
私は熱中するものは見つけていなかったが学習をすることは苦ではなかった為、ジャックと同じ勉学専攻を選んだ。そして家から近いという理由でエナ州のアカデミーに在籍することを決めた。
ジャックのように外に赴いて研究をする必要はないので、在籍して一年になるがアカデミーに赴いたことは一度もない。定員割れした研究室に入り毎日数字と睨めっこしている。
Jは未だ自治体警察を続けていて、なんと二十八歳という若さで隊長に任命されたそうだ。
有言実行で彼らしいと思った。
隊長になったことで彼が抱える隊員が出来たそうだ。
九名の集団で、その中にはJが学生の頃から仲の良かった友達もいた。
警備ロボットに指示を出す権限を手にしたJはいつのまにか警備ロボットオタクになっていて、如何にリーダーシップを発揮することが彼らの力を最大限に引き出すことが出来るかを熱く語る。
警備ロボットを家に連れてきたことすらあった。
大きな怪我もなく「州警察とも良い仲を保っている」とJは得意げに言って大いに職務を楽しんでいる様子だ。
ジャックは夢だった海洋研究者になった。
エクシ州にある下層地を借り小さい研究所を建て自らの研究を始めた。
アカデミーと国直々の支援を受けたことで実現したそうだ。
一度だけジャックの研究所に招待してもらったことがあった。
海上都市の西端に位置するエレベーター塔で部屋の前まで降りると、扉が開き真正面に研究所の白い扉がある。エレベーターの扉と研究所を繋ぐのは網状の細い一メートルもない橋で、それは下から波打つ海水で濡れていた。
慎重に橋を渡り扉を開けるとまず眩しい程の光が目に入る。
部屋の一面全体がガラス張りになっていて日当たりがとても良く、冬でも室内は熱いくらいだった。
窓に面して大きな透明の机があり、見たこともない装置が連なって置いてある。
壁にはジャックが描いたのだろう、カラフルな石の様な枝の連続した不思議な絵が何枚もかけられていた。デジタルウォールではなく手に入りづらい高価な紙を使っている。
角には小さなキッチンと観葉植物が窮屈そうに並び、部屋の真ん中には丸い穴が開いていて下に降りる梯子があった。
覗くと青い。
白い壁が四方にあるが底面は取り除かれていて、部屋ではなく海に出る為の通路として使っているそうだ。梯子の横に乱雑に厚手の水着や酸素ボンベが置かれていた。
ジャックは小さなキッチンで器用にコーヒーを入れてくれた。
至る所にアナログ的動作を見ることが出来て初めてジャックの好みを見た気がした。
「今はこんなだけど、そのうち下にも降りられるようにしておくからね。」
「凄いね、海の中にある箱ってかんじ。―ジャックはここでなんの研究をしてるの?」
「うーん、公的には『海の持つ資源と人間の幸福が共存出来る海を作る。』
というのが研究テーマにはなるかな。」
「公的にって、違う目的もあるの?それに海の持つ資源って?―水とか?」
「全部だよ。水も、エネルギーも、海洋生物も、塩も、―海そのもの全て。
海洋学が進んでいるこの国でさえ、環境と人間の幸福は対立しているという結論に至っているんだ。でもそれを認めちゃうと人間は戦争をしたり、環境を破壊することに躊躇いをもたなくなる。
極論だけどね。
僕はそれが間違った認識であることを提言したいんだ。賛同してくれる人もいるしね。
…人間は成長しよう成長しようと頑張り過ぎて、成長以外の価値を見なくなっちゃったから。」
「ふーん…?なんだか難しそう。」
「うん、これが公的な目的というか建前。
本当は僕が海洋生物のたくさんいる海を見たいだけだから、どうせなら僕の夢に巻き込まれて貰おうという魂胆だよ。
その為に必要な環境を整えるのが僕の研究目的。」
「どうやって整えるの?」
「それは、まだ内緒。
遠くの国で成功した歴史はあるから、成果が出たら一番にアヴァと小さな王様に見せてあげる。
現状の海で同じことが出来るかはまだわからないけどね。」
ジャックは楽しそうに目を輝かせ壁の絵を見た。
研究所はくらくらするくらい潮の香りが漂っていた。
ジャックは研究所に寝泊まりすることが常となり、私は何度かジャックの研究所に足を運んだが丁度海に潜っているのか出かけているのか留守が多く、顔を見ることはかなわなかった。
ジャックを家で見なくなった代わりに、「落ち着いたから」と言って母が家にいることが増えた。
私は基本的に家にいるので、母が近くにいるという状態に少し緊張してしまう。
一年に一度の会話が月に一度、二週間に一度、毎日といった具合にどんどん頻度が増え、嫌いではないけど何を話していいのか分からなかった。
Jは早朝に自治体警察の管理棟に向かい帰宅は遅い。
必然的に母と私の二人で食事をするのだが、この時間が私には苦痛だった。
母ニュクスへの今までの印象は「静かで綺麗な人」というさらりとしたもので、他人より近いが家族というには遠い。妖精の様な人物だった母が突然近くにきたものだから、どう付き合っていけば良いものかと頭を悩ませた。
そして母は昔のような「薄く笑う喋らない人」ではなかった。
「アヴァ、その色の服着るのやめたら?」
「アヴァ、あなたその研究で何をしたいか決まってるの?」
「アヴァ、あの二人は立派に自分でやるべきことを見つけたのだから、あなたもしっかりしないと駄目よ。」
「アヴァ、そんなに寝て、もう少し何かやることはないの?ずっと家に籠りっぱなしよ」
母は私を見て目につくようになったのか、元々気になっていた部分なのか分からないが、私に「ちゃんとしなさい」という事が口癖になった。
母のいう事は大概正論で心配も尤もなことだろうと思えた。
必要最低限のことをして家に籠りベッドにくるまる私はどう見ても怠惰に見えるのかもしれない。
だがそう思える私と「何故今になって私に口を出してくるのだろうか」という考えが私の中に渦巻いていく。
ジャックがいれば母に柔らかく諌言してくれる筈だと思ったりもした。
私はいつもジャックに甘えていたのだ。
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