空さえ飛べぬ鳥がいて

闇之一夜

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空さえ飛べぬ鳥がいて

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 空さえ飛べぬ鳥がいて、水も泳げぬ魚(うお)がいて、ましてや大地を歩けぬ我々の、踊る両足は、まっすぐな糸の両足だ。

 宇宙すらも行けないなら、どうして人を愛するのだろう。雨も両手ですくえないなら、ぼくが君に溺れてしまう資格など、ないのではなかろうか。

 なんて、ひとりごとは気にするな。話しかけても猿みたいだし、這いまわるための脳みそだろ。もう二度と歩けなくともな。


 延命装置で生きている君を見るたびに、ぼくはこんなふうに思う。
 なぜ、あんなことをしちまったんだ。そんなに好きだったのか。そこまでするほどに。


 使いすぎても、知りすぎても、頭は元のままだから、期待するのは愛だけでいい。楽しいとか、うれしいとか、かなしいとか、さみしいとか。ぼくらとぼくらの隙間には、愛が満ちている。

 無限の隙間に無限の愛。フライパンで焼いて食った憎悪は、黒こげであたりまえ。さあ、下痢はもうすぐだ。楽になるぞ。


「こんばんは。今日はおみやげを持ってきたよ」と水の入った鉢をベッドりわきに置く。いつものように、なんの反応もないが、こうするのはいいことだと看護士さんも言ってた。


 鉢を覗く。ほんとは別の面白いのが欲しかったけど。それは口をぱくぱく水面で、なにを思うか鋼鉄の金魚。やっぱり鉄だから、沈んじゃうんだね。さようなら。ってなって。

「ここまでせっかく、やってきたのによ」
 なんて君は目をうるうるさせて、でも文無しだから買えないんだ、ごめんね。その同情すら、三百兆億円。

 見捨てるのは後ろめたかったが、ぼくは非情に鳥になり、落ちていくように天へのぼった。
「じつは、そっちが下なんだぜ」
 などと、ぺらぺらの紙になった人間たちが、ひそひそ内緒の昼下がり。


 ふと君がうっすら笑ったように感じた。嘲笑か。
 これも愛。みんな愛。やはり君を愛する資格は、ぼくには風前の魂だったようだ。



 空さえ飛べぬ鳥がいて、水も泳げぬ魚(うお)がいて、ましてや大地を歩けぬ我々の、ましてや踊る両足は、やっぱり、ただのまっすぐな糸の両足なんだろうか。
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