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二十二、世界終末ギグへ(その一)

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「えー? まだデートもしたことないのおー? うそー。やだー」
 雄二がライブの帰り道で、好奇心マックスではやすように言うので、俺は顔をしかめた。思いっきり騒いですっきりしたあとに見る、すがすがしい星空が台無しである。

「今日だってうちまで送って、そのままシケこんじまえばよかったのに」と雄二。
「シケこむって、お前、だんだんズールに似てきたぞ。そのうち女の子に変身しだすんじゃないのか」
「どうせ、もうしてるよ」
 口をとがらす、おかっぱ美少年。
「僕のことはいいから、少しは関係を先に進めないと、そのうち、誰かに取られちゃうよー」とジト目。

「そりゃ、そうだが……なんかな、いつもライブで一日じゅう一緒にいるから、それ糸状――じゃない、以上、べたべたしたいと思わないんだよな」
「今の、打ち間違えたな。
 まあそれはいいとして、たしかに君と海子さんは、ライブのセンターコンビで、つきあう前から夫婦みたいな感じだったもんねえ」
「ふ、夫婦って……」
 とたんに恥ずかしくなって体温があがり、両手で指さしてはやされた。
「あっ、照れてるー」

「うるせえ! デートぐらい、じつは俺だってしたいよ! でも、いきなりタキシードで薔薇の花くわえて、流し目でステップ踏んで『へい、デートしようぜ、ベイビー』なんて言えないだろ!」
「そんなことしなくていいから!
 しょうがないなぁ」

 言って服に手を入れ、チラシを取り出す。関係ないが、最近のローマ服は邪道で、便利だからと内ポケットがついている。チャックやボタンつきのもある。
「これ、道でもらったんだけど、割引券が二枚ついてるでしょ」
 見ると、遊園地のチラシだった。
「これに誘って、一気に親密になるってのは、どう?」
「こんな、ガキみたいな……」
「そうか、やっぱり映画とかのほうがいいかな」
 だが、何にすればいいか、わからん。
 考えたら、俺は恋人だというのに、海子がどんな映画が好きだとか、好きな食べ物とか、全然知らない。むしろ雄二についてのほうが、その好みや、一人で変なことをするときのやり方にいたるまで、その生活のすみずみまで熟知しているくらいだ。

 海子とはライブでしか会わないから、基本、音楽の話しかしてないし、ライブの衣装も毎回同じで、服の趣味とかも分からない。
 一度、ズール先生の視察に行ったときに、かわいい格好で来たのを見たことはある。そのあと、なんやかんやあって、公園で告ってキスしたのだが、それいらい、一度も変なことをしていない。でも恋人同士なんだから、やっぱ変なことしないと楽しくないだろう。
 そのきっかけは、やはりデートだが、そのきっかけを作るのが大変である。とりあえず、映画や食事もパスだ。

「いや、やっぱりここでいい。ありがとうな」とチラシをもらう。
「いいって。ジェットコースターとか、お化け屋敷でビビらせて、抱きつかせなよ。デートの定番だからね」
「いやその場合、むしろ俺のほうがビビって抱きつくんじゃないかな」
「はあ、君はハグ魔だからね……」と、ため息。「まあ、抱きつかれて怒られることもなさそうだし、いいんじゃないの」

「でも海子は怒るかもわからんなぁ。お上訴さま、いやお嬢さまだし」
「だから打ち間違え、やめろって。
 ……お序打つさま、いやお嬢さまったって、過去のことじゃん。気にするなよ」
「また打ち間違えか、くどいぞ。
 ……そうだな、わかった、なんとかビビらせて、襲いかからせるようにするよ」
「襲いかからせなくていいから。
 てか、ビビったら襲うのか。あ、そういうもんか」

 彼女について、もうひとつ謎をあげると、仕事はなにをしているのか、ということだ。
 うっかり聞かなかったのだが、まさか音楽で食えるわけもないから、なにかやってはいるはずなのだが、今までにその話題が出たことは一度もない。
(誰かに養ってもらっているのでは……)
 などと、またよけいな妄想がわきそうになる。いや、それでも彼女がいいならかまわないのだ、それが男とかじゃない限り。

 女と見ると、なんでこうもすぐ身持ちが悪いと思っちまうのかといえば、母親のせいだ。やたらDVヤクザを引っぱりこんでは、俺と弟、そしててめえを殴らせてマゾヒスティックに喜んでいた変態というか病気だったので、俺にそういう偏見があってもしょうがない。

 べつに海子が風俗嬢だって気にならない、たぶん。
 いや、ちがうな。それだったらビビるな、絶対。超手だれってことだから。でも、それならむしろお袋のようで安心か。

 考えるとバカな妄想しかしないので、思考をやめて、どう切り出すか考えるとしよう。って結局、考えてんじゃねえか。

 曲がりなりにも恋人なんだから、好きあってるんだから、デートに誘うくらい、どってことない。はずだが、そんなにスマートにやれるほどの自信がない。キス以上のことはしてないわけだし。
 ちなみに向こうは知らんけど、俺はバージンだ。あたりまえだ。あんな人生だったんだし。

「あら、遊園地?」
 机にチラシを広げたままぶつぶつ考えていたら、いきなりのぞかれてビビった。パロロの楽屋、ライブ前である。

 だが海子に先に見られちまったのは、かえってよかった。
「割引券が二枚ついてんだけど、今度、行くか?」
「いいわね、日曜はひまだし」
 即決だった。

 だが、次の日曜に、俺らが遊園地に行くことはなかった。
 その日の朝、海子は誘拐されたのである。



 待ち合わせのタクシー馬車停に、三時間たっても現れなかった。うちに電話しても出ないので、行こうとしたが、住所を知らないことに気づいた。
 これもうっかり聞いていなかったのだが、俺はあせって塀にパンチまでした。
(相手の家も仕事も知らない。こんな恋人がいるか、ちくしょう!)

「こらっ、なにやってんだあ!」と顔をひょいと出して怒鳴る住人のハゲオヤジ。「うちの塀をたたくなあ!」

(そうだ、先に遊園地に行ったのかも)
(でも、それならなんで連絡してこないんだ?)

 そこでまた気づいた。ケータイのないこの世界では、相手に簡単に連絡は取れない。昭和の恋人たちは、こういうとき、どうしてたんだろう。

「こらあ、聞いとんのかあ! このまえ直したばっかなんだぞ! ぶっ壊す気かあ!」

(そうだ、このままじゃデートはぶち壊しだ)
(なんとか直さなくては)と、塀のひび割れた部分に、ヘラでパテを塗って修復する。
 喜ぶオヤジ。
「よしよし、そうやって直してくれりゃいいんだ」

 しかし俺は、「そうやって」からあとの部分を聞き違えた。
(「たいしたクレージーだ、お前は」だとお?!)
(せっかくやり直そうとしてんのに、イカレ呼ばわりとはなんだっ!)

 あったまきて、また塀に鉄拳をぶちこむ。
 再びキレるオヤジ。
「ば、バカ、なにやってんだっ!」

(「秋はセプテンバー」って、なめてんのかっ!)

 もうつきあいきれねえ! と俺はその場を立ち去った。
 塀の崩れ落ちる音がした。



 なんか知らんが、すっかり疲れてわりとどうでもよくなり、うちに帰ると、ポストに速達が届いていた。
 あけて読んだ俺の脈拍数はみるみるあがった。それは新聞の活字を切り抜いた文字を貼り付けて文章を作っていて、体裁がいにしえの脅迫文そのものだったが、中身もそうだった。

「海子をあずかった。返してほしくば、○○番地のヤパナン・ドームまで一人でこられたし。
 なお警察に知らせれば、即、人質に変なことして殺すから、そのおつもりで。
 ヒューマン・トルペドス」

 ヤパナン・ドームといえば、野球や大規模なコンサートが行われる屋根つき巨大ドームで、東京ドームみたいなもんらしいが、行ったことはない。

 ついでにトルペドス(torpedos)を英和辞書で引くと、魚雷を意味するtorpedoの複数形、とあった。つまり、ヒューマン・トルペドスは「人間魚雷」という意味だ。
 そんな名前をつけるってことは、少なくとも相手は転生組にまちがいないだろう。海子や俺にうらみでもあるのだろうか。

 俺が恨まれるとすれば、オッド・スペースなんとかの連中くらいだが、あいつらがこだわってるのは俺よりはズールだし、そもそもツール、じゃない、ルーツだし、また頭の細胞がかなり微少だと思うので、こんな手のこんだことをしそうにない。とすれば海子に、俺の知らない敵でもいるのかもしれない。

 なんにせよ、一人で来いと言っている以上、俺ひとりで助けるしかない。たとえ罠の気配がびんびんでも、海子のためなら、行く以外に選択肢はない。
 俺は杖を背中に隠して、部屋を出た。時間は昼過ぎ。
 待ってろよ、魚雷野郎。



 ふつうはイベントがないときに一般人を入れないはずなのだが、ヤパナン・ドームの広々した入り口に来ると、警備員が「平山和人さまですね。どうぞ」と、うやうやしく対応した。いかにも染めたようなツンツンのパツキンに、鋭い目をした若いやせ型の男で、こういうでかいホールの警備員がこんなのでいいのかと思ったが、考えたら敵の一味が化けている可能性もあった。このふざけたいんぎんな態度からして、そんな気配だ。

 さらに嫌なことに、奴は手を出した。
「杖をいただきます」
 ちっ。
 仕方なく出した。モジは上手くないが、ないよりはマシだから持ってきたのに。こうなると、相手の出方がすべてだ。


 暗い通路を通り、出口からホールに入ると、俺が立つ荒野のようなただっ広い敷地の周りの斜面に、赤や青のカラフルな客席が、ゴツゴツの山肌みたいにぐるりと並んでいるのが見えた。ここで野球とかライブとか、剣闘士の殺しあいなんかをするわけだ。

 いつのまにか警備員はおらず、見れば、敷地のまんなかあたりに四角いものがあるので、行ってみて驚いた。シルバーのミニバンだかライトバンだかの車だった。顔が斜めでなく縦についていて、全体が直方体の、ようかんを短く切ったような形をした業務用のやつである。
 この世界にも車はあるにはあるが、クラシックカーみたいのばっかで、ここまで現代的なのは見たことがない。ドアなんてスライド式みたいだ。
 その広い窓の中に、人の顔が見えた。俺は胸が高鳴り、駆け寄った。

「海子!」
 叫んでドアを引いたら難なくあいたが、俺は顔をしかめた。海子は縄で手足を縛られてさるぐつわをかまされたうえ、椅子にぐるぐる巻きにされていた。それで、ドアはあいてるのに逃げられなかったのだ。
 急いでほどくと、彼女は抱きついてきて俺の胸に顔をうずめた。こんなに弱弱しい彼女は初めてで、ショックすら受けた。海子をいかにヒーロー視していたかを思い知らされた。彼女だって人間だ。

「もう心配するな」
 俺が言うと、彼女は涙をぬぐって微笑した。俺の顔を見て少しは安心したのだろう。俺に寄りかかって、鼻声で言う。
「ごめんなさい、デートがだいなしになっちゃって」
「いいさ、そんなこと」
 頬を両手で包んで、言い聞かせるように言うと、子供のようにこくんとうなずいた。
 あの海子が。あのかっこよかった海子が、こんなに。胸がざっくりと痛んだ。

「なにかされたか?」
「ううん、なにも。うちを出たら、いきなり後ろから口をふさがれて、この車に押し込められて、ここへ」
 ふと、細い手首が目に入った。さっきの縄のあとがうっすらついていて、猛烈な怒りがわいた。
「いったい、どこのヤロウがこんなことを」
 そう言うと、海子は気まずそうに目をそらした。
「知ってる奴なのか?」

 彼女がなにか言う前に、いきなり派手なファンファーレが巨大ホール全体にけたたましく響き渡った。ワルキューレだ。
 外を見て、あぜんとした。何十台といういかつい戦車の群れが、地響きをたててこっちへ走ってくるのだ。

 先頭車両の上に誰かが乗っている。旧日本軍の薄緑の特攻服に身を包み、長い大砲の根元に座ってまたがり、偉そうに両足を広げて腕組みしている。けっこう揺れてるので、落っこちそうで見てて不安だ。

 そばへ来て顔が見えると、そいつは地毛じゃなさそうな逆立った金髪にほそおもての、眼光するどい男だった。
 さっきの警備員だ。
 なめたマネしやがる。

 奴は戦車隊を停止させ、敷地へさっそうと降りた。よく見ると、白いマントをつけていて、洗ったバスタオルを干すときに振って伸ばすみたいに、ばさりとひるがえった。薄グリーンの特攻服に白マント。似あうんだか、似あわねえんだか。

 奴はバンの前に来ると、両腕を広げ、口上ぶって叫んだ。
「ようこそ、ヒューマン・トルペドスの世界終末ギグへ!」


 ギグってのは、ぶっちゃけライブのことだが、ふつうはライブハウスみたいに小さい箱のときに使い、こういうドームみたいなでかい場所だと、ライブという。つまり、人間魚雷が世界を終わらすライブってわけだが、そんな名前じゃ、世界の前に自分が死ぬだけだろう。

 しかし、バンといい戦車といい、なぜこうもアトランタ仕様の車両を用意できるのか、なぞだ。
 ただ、たしかなことは、目の前にいるこいつが、ロクな奴じゃないってことだ。

「私が、バンドリーダーの……」
 胸に手をあて言いかけて、こっちを指さす。
「海子、教えてやったらどうだ」
 呼び捨てを駆使して、そうとうの深い仲を強調するわりには、どう見ても相手からは忌み嫌われているのが丸分かりだった。
 目を細めて、冷ややかに言う海子。
「あら、あなたに、お名前なんてあったかしら?」
「あいかわらず、つれない態度だな。ぞくぞくするぜ」
「喜んでるところを悪いが」と俺。「ただのマゾのド変態にしか見えんぞ」

 こめかみがぴくぴくし、明らかにキレかかっているのを、こらえているらしい。
「まあ、海子が選んだ男だ。多少は大目に見よう」
「バンドとか言ったが、どこに機材があるんだ」
「あるじゃないか、目の前に」と、戦車隊を示す。「素晴らしい曲をかなでる、最高の楽器だ」
「それが楽器だと?
 いや、待てよ……」


 あっちでは噂でしか知らなかった、ある極悪バンドのことを思い出した。たしか楽器を演奏するかわりに、工事用の削岩機やハンマーなんかを使って、ガラスを割るとか、積み上げた机やドラム缶を押し潰す、などの破壊行為をするだけの、ほとんどテロ行為にしか見えない「ライブ」をやる危険極まりないバンドで、しまいにはブルドーザーでライブハウスの壁を突き破って、出入り禁止になったという。壁ならここで俺も壊したが、あれは事故だ。

「青空教室」
 ふいに海子が言い、その名が頭にひらめいた。
 そうだ、青空教室だ。たしか戦後、校舎が空襲で無くなったため、野外で教師が子供を教えていたことを、そう呼んでいた。
 そういう一見のどかな名前なのに、やることは暴力的。パンクバンドが、よくアイロニーで、そういう実態とあわないバンド名をつける。

「そうだ、あまりに怖そうだから、ライブに行こうなんて夢にも思わなかった、あの……」
「おぼえててくれたか、うれしいよ」と、海子にほくそえむパツキン男。
「忘れるわけないでしょう、あんなおぞましいバンド」

 本当に嫌悪感丸出しで吐き捨てるように言うので、相手がちょっとうらやましくなった。海子は、たまに俺とケンカはしても、ここまで黒い感情むき出しになったことはない。いや、むき出してほしくねえか、べつに。

「青空教室は解散したらしいね」と男。
「リーダーが死んだのに、まだあんなのを続けるような、異常な人はいません」と海子。
「俺ぬきで続ける根性はなかったか……」と肩をすくめる。

「お前が死んで解散したわけか」と俺。「落ちて死んだのか?」
「いいや」
 腰にこぶしをあて、誇るように言う。
「爆死だ!」
「そりゃよかった」
「この人はね、」
 奴を指して無感情に言う海子。
「ライブにダイナマイトを持ちこんだのよ。お客を殺すために!」

「それが、誰かさんのせいで失敗してさぁ」と苦笑い。「俺だけが死ぬことになっちゃったわけよ。で、気づいたら、ここへ転生」
「見かけないから、てっきりよそへ行ったと思って、安心していたのに」と、にらむ海子。
「私より三ヶ月は早く死んだはずでしょう? いったい、どこにもぐってらしたの?」
 半びらきの目で冷ややかに言われても、無意味なニヤニヤをやめない男。
「いろいろと大変だったよ。新バンド結成のために、城でコネを作って大臣を買収したり。この戦車部隊は、軍部から借りたものだ」
「城に、こんなものがあるわけないだろう。中世ヨーロッパだぞ」と俺。
「だから、新たに作らせたんだよ。俺がここですべての芸術の覇者になるためにな。
 そして、いずれは――」
 奴は虚空をつかむようにこぶしを握ると、ドヤ笑いで高らかに叫んだ。
「この高塚(たかつか)愛音(あいね)が、ヤパナジカルの支配者になるのだ!」


「愛音って、愛の音、って書くのか?」
 俺が聞くと、その愛音は急にイライラしだした。
「そうだ、悪いか?! どうせ悪いと思ってんだろう。芸名じゃないぞ、本名だ。こんなもんつけたくらいだから、親は俺に死んでほしかったんだろうよ」
「い、いや、かわいいし、いいんじゃ……」
 俺がのんきに言うと、高塚愛音は怒りを静かにかみつぶすような笑いを浮かべ、俺をにらんだ。
「まあ、そう言ってられるのも、今のうちだ。

 平山和人くん、今日は話があって、お前をここへ呼んだのだ。
 今から最強最悪のギグをやる。お前らは客だ。そのバンの中で鑑賞してもらう。ギグはたったの十五分だ」
「なんだ、車の中からライブ見てりゃいいのか」
「そうだ。それに最後まで耐えられたら、二人とも帰してやる。だが、もし途中でひとことでも『もう、やめろ』なんて言って妨害したら――
 この戦車隊が、バンを吹き飛ばす」と手で示してニヤつく。
 ビビらそうと思ったようだが、俺は相手を内心でバカにしすぎて、ビビりようがなかった。それで真顔でしょうもない冗談を言った。
「そこまで見るに耐えないような、ひっでえライブなのか? なんだ、お前が裸踊りでもするのか。たしかに、そんなおぞましいもん、数分も耐える自信がねえ。中止してくれ」
「んなことするかっ! もっと素晴らしい、愛に満ちた美しいパフォーマンスだよ、くっくっく」
「悪役の典型的な笑いだな。『くっくっく』なんて笑うやつ、初めて見たぞ」
「まあ、実際には戦車は使わん。機材はこれだ」

 そう言うと、軍服のメンバーたちが、戦車の陰からその「機材」を運んできて、奴の足元にごっそり置いた。工事用のでかいハンマー、チェーンソー、電動ドリルと、ぶっそうなもんばかりだ。

 そのとき、海子が何かに気づき、目を見ひらいて、それらを指さした。
「あ、あなた――」
 次に愛音を指した。その指先は震えていた。
「私たちを車に監禁して、周りから破壊する気なのね?!」
「なんだって?!」
 これには俺も驚いた。

 悪魔のようにニヤニヤ笑う高塚。
「あっちで、ずっとやりたかったんだが、金がかかって出来なくてな。まあ当然だよな。車一台を、丸ごとスクラップにするんだぜ。
 いや、君たちは、じつに幸運だ。人類最高のギグを、その身で体験できるんだから」
「そうか、『最後まで耐えられるか』ってのは、そういう――」
 人を車に監禁し、ハンマーやチェーンソーで車体を周りからぶっ壊していく。ライブというより、ほとんどホラー映画のワンシーンだ。

 さすがに俺もぞっとしたが、同時に相手を思いっきり軽蔑した。
「くっだらねえこと思いつくなあ。薄らバカそのものじゃねえか」
「なにが薄らバカだ。きさまもノイズをやる人間だろ? 音楽の限界に挑戦する、このアーティスト魂が分からんのか」

 なめたことをほざくので、俺は長々としゃべりだした。
「俺がノイズをぶっぱなして絶叫したら、こんなの音楽じゃねえ、と言われたが、それでも俺は音楽だと思ってる。
 が、お前のやってることは、完全にまったくなにも音楽とカンケーねえ。ただのガキのお遊びのお遊戯で、幼児以下のレベルだ。
 スリルがほしけりゃ、ひとりでバンジーでもやれ。他人を巻きこむな猿、ボンクラ、寄生虫。孵化しねえゴキブリの卵ヤロウ」
「そ、そこまで言うこたあねえだろう!」
 俺のあまりの物言いに完全に頭きたのか、指さして眉間に青筋たててぶちキレる愛音さん。
「三流以下のアーティストもどきが! お前なんか海子にはあわねえ! 海子は、オカリナなんかにいたらダメになる。
 海子、ヒューマン・トルペドスに入れ!」
 せっかくのお誘いだったが、相手はこともなげだった。
「殺して死体でも入れたらどう? 文句も言わないし、いいわよ?」

 海子得意の地獄の冷笑で言われ、完膚なきまでにキレきった高塚は、メンバーどもに命じて俺たちをバンに押しこみ、ドアをロックした。引っぱったが、外からじゃないとあかない仕組みらしい。まあ、出てったって、この広いドームのまんなかじゃ、逃げ場はないが。

 俺たちは顔を見あわせた。そんな場合じゃないが、なんだかおかしくなって、二人で苦笑いした。
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