赤い目の女

闇之一夜

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赤い目の女

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 その女は、首を向かって右に大きくかしげてこっちを見ているのだが、顔全体が右頬の側にぐっとカーブして曲がり、へこんだ鏡に映るいびつな像のようだ。

 まず上の右目が下の左目より一回りも大きく、笑うように弓なりにあがり、細い眉は縦一文字にまっすぐだ。
 それに対し、下の小さめの左目は、ぐるりと逆コの字にゆがんで白いまぶたをよく見せ、細く恨みがましい視線で、こっちをじっと見すえている。眉も逆コの字に曲がり、表情の陰気さ暗さをさらに増している。
 肌は白紙のようにまっしろ。死人の色だ。

 だがもっともぞっとしたのは、目の中だ。ウサギのようにまっかなのだ。その中心に瞳がぽつんとくりぬいたようにあり、色が薄すぎて白っぽくなった虹彩の中に、小さな点のような黒い瞳孔があり、人形のように生気がまるでない。思わず背筋が凍るほどの不気味さだ。

 両目の下――つまり私の向かって左――にある鼻筋は、上へ向かってぐにゃりと曲がり、鼻の穴が不自然に右頬のほうへ寄って、右目の目頭の左についている。要するに、鼻筋がカーブして、鼻の頭が右目の下に来てしまっている。まるで車の事故などで圧迫され、潰れてしまった顔だ。
 鼻のさらに左には、少しひらいたおちょぼ口、唇が水死体のように蒼白く、何かを言おうとして、そのまま固まってしまったような違和感。

 頭の後ろにある長い黒髪は、柳の枝のように重く肩の下まで垂れ下がり、着ている服はワンピースだろうが、胸から腹から一面ぐっちょりとまっかな血に染まり、元の色も柄もわからない。
 両腕はだらりと下がり、ややひらく両足で突っ立っている。どう見ても外見が死体なのに、なんとこいつは自分で立っているのだ!


 私が凍りついて見ていると、その足がふらふらと動いた。
 そして、ゆっくりと、こっちへ歩いてくる……!

 そのひしゃげた事故死体の顔。恨みに満ちたまっかな目が、私に迫ってきた……。



 その先は、覚えていない。
 というか、その前の記憶もない。




 その場所は、どこかの廃屋のようで、時間はたぶん遅かったと思う。
 というのは、なぜそんなところへ入ったか覚えていないが、その朽ちた部屋に入ったとき、自分が持っている懐中電灯を奥に向けると、わっとそいつがいたのだ。

 その血染めの女。首を右に極度に傾けた、曲がった顔に赤い目をした気味の悪い女は、もしかしたら以前にどこかで見たことがあり、知っている女かもしれない。顔がねじ曲がってしまっているために判別できなかったのか。
 しかし、あの恐ろしい目を見て、知り合いなら思い出さないはずがないのだが。




 女の顔が迫り、気づくと、アパートの自分の部屋にいた。
 服もハイヒールも脱がずに、畳みの上にあおむけに倒れていた。
 夢だったのだろうか。


「夢じゃないよ……」


 女のしわがれ声が背後でして、振り向くと、玄関から畳みに長い影が伸びていた。
 狂ったように窓から外に出た。二階だったが、なんとか雨どいを伝って降りた。
 地上で見上げると、窓から誰かが見下ろしていたが、辺りはすっかり暗くなって顔は見えない。
 だが、その目だけはまっかに光り、左右の輝きがちがう。

 あの女だ!


 そのまま近くの交番へ向かった。この世のものではないにしろ、いちおう侵入者がいるわけだから、警察に頼むしかないと思った。

 ところが、夜のせいか道を間違え、気づくと、また自分のアパートの前にいた。戻っていたのだ。
 仕方なく部屋まであがると、ドアはあけっぱなしで、恐ろしかったが覗いてみた。
 明かりはそのまま、ひととおり見たが誰もいないようで、ほっとした。




 ところが、すぐに妙なことが起きた。とつぜん数人の若い男女が、わいわいしゃべりながら、玄関から土足で部屋にあがってきたのだ。

 最前にいる若い男が、後ろに向かって言う。声をひそめてはいるが、どこか楽しげだ。
「ここ、前はアパートだったんだけど――住んでた女が外で車にはねられてね。顔と首がひん曲がって恐ろしい形相になったんだが、根性でここまで這ってきたんだと」
 一同から苦笑がもれた。部屋は明るいのに、立っている私に、どういうわけか誰も気づかない。

「じゃ、その女の霊が、今もここに?」
「そう。話じゃ、この部屋の奥に向かって、こう明かりを向けると――」
 懐中電灯をこっちに向けるや、彼らは目をむいてすさまじい悲鳴をあげ、ひっくり返って逃げていった。

 さっきの話で、だいたい事情がわかった。
 私は大人しく部屋にいることにした。


 
 そのはずだったが。
 気づくと、走る車の中だった。


 目の前に誰か男のうなじがある。
 さっきの男女のようだが、さっきまでの陽気さはどこへ、車内はしんとなり、みんな暗く沈んで口をきかない。


 そのうち、助手席の男がこっちを振り返った。
 私と目があうと、それはこの世の終わりを見たようになった。

「おい○○!」
 彼は私の前にいる男に、おびえきって叫んだ。
「なに、連れてきてんだよ!」


 ふと向かいのバックミラーに顔が映った。
 横向きになった女の顔で、顔全体が上にカーブしてひん曲がっており、右目が左目よりも一回り大きい。
 そしてそれは、どちらもウサギのようにまっかだった。(終)
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