そして鳥は戻ってくる

青波鳩子

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【1】幼馴染のジョディー

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昼下がりのボルトン伯爵家の庭で、リネットは幼馴染のジョディーに招かれて、その義理の弟クレイグと三人で楽しくお茶を飲んでいた。

リネットとジョディーは共に九歳、クレイグも九歳だがジョディーより七か月後に生まれているため弟ということになったという。
ジョディーがまだ赤ん坊の頃に、三つ上の兄が流行病で亡くなった。
それから数年後にジョディーは母も亡くしてしまった。
ジョディーの父とクレイグの母は、配偶者を亡くした者同士で一年前に再婚したのだった。
一年前に初めてクレイグと会った時、リネットの初恋が始まった。

ジョディーに『同じ年の弟ができたの』と紹介された日、クレイグがリネットの髪を『夕焼け雲のようなきれいな髪』と言ってくれた時に。
赤髪の巻き毛がコンプレックスだったリネットは、クレイグの言葉がまっすぐ心に飛び込んできて、身体中に温かく広がっていった。
クレイグは、ハチミツ色のサラサラの髪を風になびかせ、一番高いところにある太陽のような笑顔だった。


「リネットは、ブルーベリーのタルトが本当に好きだよね。僕の分も食べていいよ」
「あらクレイグ、大好物をリネットに譲るなんてこれから雨でも降るのかしら? それともリネットを喜ばせたい理由があるの?」
「あまりにもリネットが幸せそうに食べてるからさ、ブルーベリーのタルト一つ分の幸せだけでは可哀そうだと思った……それだけだよ」
「ありがとう、クレイグ。でも、クレイグにもこの美味しさを分かってほしいから半分返すわ」
「半分はもらうのね、リネットらしいわ!」

リネットは笑いながら二人をみつめる。
笑っていなければ、胸の苦しさから二人に見せられない顔をしてしまいそうで怖かった。
二人は血の繋がりのない義理の姉弟なのに、サラサラな髪がそっくりだ。
リネットは、ジョディーのストレートロングの美しい金髪が憧れでもあり、羨ましくもあった。
そんなジョディーに同じように真っ直ぐな髪の弟ができて、リネットのコンプレックスは身体の真ん中でオークの木のように枝葉を広げていた。

リネットはクレイグに恋をしていたから、クレイグが誰をみつめているかも気づいてしまった。
少し身体の弱いジョディーをまるで騎士のように守るクレイグは、同じ年の義姉を熱のこもった目で見ていた。
ただ、それに気づいたのはリネットがクレイグに恋をしているからであって、クレイグは自分の気持ちを上手に隠していた。
ジョディーのほほえみが向けられたクレイグは、ふざけた態度を取ったり意地悪なことを言ったりする。
でも、どこかで嬉しさを隠せていない。
そんなクレイグをそっと見ているリネットの心の中は、いつも雨が降っている。
三人で過ごしていても、リネットの空が晴れることはない。
分かっているのにリネットはいつもずぶ濡れになっていた。

クレイグがボルトン伯爵家に来るよりずっと前からジョディーは仲の良い友人で、リネットはジョディーのことがとても好きだ。
クレイグの好きなところを挙げるよりジョディーの好きなところのほうが、リネットはたくさん挙げることができる。
ジョディーは一番の友人で、誰より大切に思っていた。
クレイグもジョディーの友人であるリネットだから、優しく接してくれている。
人を好きになるということは、世界にその人と自分と二人だけが存在すればいいと思うことだとリネットは何かの本で読んだ。
クレイグとリネットの二人の世界というのはこの世の果てまで行っても存在せず、いつもそこにはジョディーがいる。
だからリネットの想いが報われることはないと、最初から分かっていた。

クレイグに惹かれている気持ちも、コンプレックスも、すべて胸の中に押し込めたリネットは、その苦しさを少しでも身体の外に出すように他愛もないおしゃべりをした。


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