そして鳥は戻ってくる

青波鳩子

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【2】リネットと小鳥のチッチ

 
 
 
「それで落ちていた小鳥を拾って、両親に内緒で自分の部屋で世話をしていたの。羽を怪我していて飛べないのよ。でも次の日、お父様が私の部屋にやってきて、私は慌てて小鳥のチッチを隠そうとしたの。そうしたら、入ってきたお父様はなんと手に金色の鳥籠を持っていたのよ!」
「まあ! リネットのお父様、小鳥のことを知っていたのね。鳥といえば、お義母かあさまから聞いた話なのだけれど、高い塔に集まった鳥たちが、塔の大きな鐘の音で一斉に飛び立つのは、それは驚く光景なのですって。たくさんの鳥が羽ばたく音はすごいのでしょうね」
「それは私も見てみたいわ! 夏の大風のような音なのかしら」

リネットは目を閉じて、たくさんの鳥が塔から一斉に飛び立つところを想像した。
そんなに鳥が集まっているのを、見たことはなかった。

「大きな鐘の音に追い立てられたのに、どうして鳥はまた集まってくるのだろう。自分もその鳥たちを見てみたいな……」

クレイグは不思議そうに言った。

「それで、リネットのお父様は鳥を飼う許可をくださったの?」

リネットが塔から飛び立つ鳥たちを想像していると、ジョディーが話を戻した。

「……ええ。鳥籠の掃除はメイドと一緒に自分でやることと言われたけれど、飼ってもよいと言われて嬉しかったわ」
「小鳥を飼えるなんて、リネットが羨ましいわ……ごほっ……!」
「姉上!」

クレイグは椅子を蹴るように立ち上がって、ジョディーの背中を大切なもののように撫でた。
ジョディーは空気の乾いた季節が来ると、胸を悪くして寝込むことがよくあった。
心配そうにジョディーの様子を見ていたクレイグが、リネットを振り返った。
長い前髪からちらりと見えたその目は、冷たい冬の湖のようでリネットは身が縮む思いがした。
そのせいか、ジョディーを気遣う言葉は声にならなかった。

「リネット、今日はこれでおしまいにしようと思う。せっかく来てくれたのにごめん」
「ごめんなさい、リネット。また遊びに来てね」
「……二人とも謝らないで。今度は我が家にお招きするわ。どうかお大事にしてね、ジョディー。クレイグも今日はありがとう」

ジョディーたちの付き添いの大柄な侍女が、華奢なジョディーを軽々と横抱きにして先に歩いて行く。
クレイグは、立ち尽くしているリネットの近くに来て、硬い声で言った。

「リネットは、小鳥の世話をしていた時のワンピースのままなのでしょう? 小鳥って清潔なのかな。姉上は猫や犬にも咳が出るから近寄れないけれど、小鳥はどうだろうね……」

その声は驚くほど尖っていた。
まるでジョディーが咳をした原因が、小鳥を触った汚いリネットにあると言うような口ぶりで、リネットの心の中にインク瓶を倒したように黒い染みが広がっていく。

「……ごめんなさい。もちろん手はきれいに洗ったけれど、着替えはしていなかったわ。本当に、ごめんなさい……私のせいね……」
「別に、僕はリネットのせいとは言ってないよ」

クレイグはそう言うと、走ってジョディーと侍女を追いかけて行ってしまった。
置いていかれたリネットは連れてきた侍女と共に、ボルトン家の従者によって門まで案内されて馬車に乗り込んだ。
リネットは膝に目を落として、浅い息をする。
何かがつかえているように息苦しい中、馬車は歩く速さでゆっくりと進んでいった。


リネットは家に戻っても、何もする気にならなかった。
父から鳥籠をもらい小鳥を飼ってもいいと許されたのは、本当に驚くことだった。
リネットに父が話しかけてくることはあまりない。
時々、父にはリネットが見えていないのではないかと思うこともあった。
そんなふうに距離を感じる父からもらった鳥籠だったから嬉しくて、リネットはジョディーとクレイグに真っ先に伝えたかった。
窓際に置かれた鳥籠に近づくと、小鳥のチッチが首をかしげてリネットを見る。

「……チッチ、ごめんね」

クレイグから、小鳥が汚いと言われたようで、リネットは悲しくなった。
でも、本当にジョディーが咳込んだのは自分の不注意が原因かもしれないと、リネットは母が化粧をするときのケープのようなものが欲しいと思った。
古い物でいいので、母には内緒で探してみてくれないかと侍女に頼んだ。
ジョディーに会うたび、ワンピースを着替えるわけにもいかないからだ。
それからほどなくして、母が使わなくなったお古のケープを侍女からそっと手渡された。


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