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【1】司祭だけの結婚式
「私が君を愛することは無い。そのことについて謝るつもりはないが、これを今伝えていることはすまないと思っている」
今この時をもって夫となったクライブ様が、ぬくもりの無い青い目をまっすぐ前に向けたまま、隣にいる私に告げた。
証人である司祭の前で定型文の愛を誓い、ゆっくりと出口に向かって歩いているその途中で。
司祭と自分たち以外は誰もいない結婚式だ。
新郎であるクライブ様は、ここを出たらすぐに行くところがあるから今しか伝える機会がなかったという。
いつどこで言われたところで何かが変わるわけでもないのに、今伝えたことだけについて謝罪をする中途半端なおかしさに、虚しさの量が増えただけだった。
その夜、クライブ様は来ないだろうと思ってはいたが、部屋のソファで朝までワンピース姿のまま待っていた。
来るはずのない夫を夜着で待つのは、なけなしの自尊心が許さなかった。
月が高く暗い空を過ぎて黎明に鳥が鳴いても、私の部屋のドアが開くことはなかった。
***
私はバーネット侯爵家の長女として、このアルデルス王国の第三王子だったクライブ様と在学中に婚約が結ばれた。
同じ学園にいたものの、クライブ様は一つ年上のせいか学園での関わりは無かった。
関わりは無かったが、第三王子としてその存在は知っていた。
クライブ様は地味で目立たない活動もきちんとこなし、公平性を周囲に保つ王族としての姿勢を尊敬していた。
制服姿のクライブ様の記憶は横顔ばかりだ。
偶然お見かけしては一人で胸をときめかせた。
婚約が決まってから、クライブ様は私も学園に通っていることを当然ご存じだったはずだが、学園の中で私を訪ねて来られることは一度もなかった。
短い婚約期間中に二度あったパーティでは、クライブ様の従者がドレスの注文のためにバーネット侯爵家にお出でになった。色や形など、私の希望のドレスができあがる。
でも、そのドレスにクライブ様の気配は無い。
ただ型どおりに婚約者にドレスなどを贈り、入場のエスコートをしてパーティでは最初に一曲だけ踊る。
政略的な意味合いの婚約なのだから、心を求めるものではないのだと悟った。
挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。
クライブ様の異母兄であるジェイラス王太子殿下が、国王陛下とクライブ様の実母である側室様を暗殺した。
──その日は、奇しくも私の誕生日だった。
一年は三百六十五日もあるのに、王太子殿下が国王陛下と側室様を暗殺するというクーデターが私の誕生日に勃発するなど、私はどれだけ呪われているのだろうか。
事件の芽は、私が生まれる少し前に芽吹いていた。
輿入れした王妃殿下は王女を二人産んだ。なかなか王子が生まれずに国王陛下は側室を置いた。
ところがその直後、王妃殿下と側室様がほぼ同時に妊娠したのだ。
僅か三週間の違いで先に王妃殿下がジェイラス殿下をお産みになり、側室様が第二王子となるマーヴィン殿下を出産なさった。
側室様以外の誰もが、王妃殿下が三週間早く男児をお産みになったことに安堵した。
側室様は翌年にも第三王子となるクライブ様を出産なさった。
王子を二人産んだことで側室様はその地位が安泰だと過信したのか、放蕩と横暴ぶりがより目立つようになったという。
第二王子のマーヴィン殿下は、実母である側室様の悪いところばかりを受け継いでいると言われていた。
公費を横領している疑惑があった。
侍女に手を出し、気に入らないことがあれば従者に暴力を振るう。
側室様や第二王子のそうした状態を放置している国王陛下は、多くの貴族や城で働く者たちの信を失いかけていた。
そしてついにジェイラス王太子殿下が陛下と側室様を暗殺し、自分と三週間違いで生まれた異母弟マーヴィン殿下を公費横領の罪で投獄した。
ジェイラス王太子殿下は、若きアルデルスの国王となった。
投獄されたマーヴィン殿下と同じ弑された側室様を母に持つ第三王子のクライブ様は、マーヴィン殿下とも側室様とも距離を取っていたために、新たな王となったジェイラス陛下はクライブ様を北のあまり豊かではない領地を与えるにとどめた。
もちろんそうするにあたって、新王陛下は徹底的にクライブ様の周辺を調べたことだろう。
私は『第三王子クライブ殿下の妃』となるところ、北のオールブライト領主となったクライブ様の妻になった。
いきなり寒冷地の領主の妻になるとあって、王室からバーネット侯爵家には少なくない支度金が払われたという。
父はそうしたことは私には何も言わなかったが、その支度金で侯爵家が潤ったことは確かだろう。
家を継ぐ兄がいて、貴族の娘なら誰も似たようなものだろうが、私は嫁に出され家を安定させるための便利な駒に過ぎなかった。
父が可愛がっているのは年の離れた妹のレリアーナだ。
母がレリアーナを産んですぐに亡くなり、その母に生き写しだというレリアーナを父は溺愛した。
髪の色も瞳の色も父のそれを受け継ぎ、母に似ていなかった私は父にとって要らない存在だった。
父は母が亡くなった後に後妻を娶ることもなく、ただ母の忘れ形見のレリアーナを大事に真綿でくるむように育ててきた。
王族からただの一領主となって価値が目減りしたクライブ様に私が嫁ぐことは、新たな王に恩を売ることができ、支度金も入るのだから父にとって何の問題もなかった。
王都から馬車で十日ほどかかる、小競り合いを続けている隣国に接した山あいの寒冷地に嫁ぐ私に、父は温かい言葉の一つもくれなかった。
侯爵家として恥をかかない程度のドレスを揃えてやろうというので、ドレスは要らないからその分の現金を貰いたいと言ったら、父は心底厭そうな顔を私に向けた。
貰った現金から、父が私のドレスにまったく金を掛けるつもりがないことが分かった。
『ドレスを揃える』と言いながら、侯爵家から辺境の地とはいえ元王族に嫁ぐ私に相応しいドレス一枚が買えるかどうかという程度の金額だった。
レリアーナが夏に避暑地に持って行くドレス一式にも満たない金額で私を嫁がせるつもりと知って、私は嫁ぐというより安く売られていくような気持ちになった。
実際、売られたようなものだ。
クライブ様にとって私は、家や領地の面倒ごとを無給で押し付けることができて、寒冷地に適応できる体力がありそうな『妻』という名の便利な働き手でしかない。
新王となった兄から命令されれば逆らえない、それだけのことで私との結婚を承諾したのだ。
暗殺された王と側室である実母と、暴虐の限りを尽くして投獄されている実兄を持つクライブ様が、追いやられるように賜った辺境の領地で挙げる結婚式に出席する者はいない。
新しい王家から誰も出席しないのであれば、侯爵家もそれに合わせて誰も出席しないことにしたと父に言われた。
教会には司祭しかおらず、結婚式というよりは私という人間の早めの葬式のようなものだった。
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