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失格聖女編

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 キィィン、と金属のぶつかり合う音が響きわたる。


「あんたたち! それでも騎士!? なってないわ! 食ね。食が悪いんだわ! 筋肉がついてなさすぎ! 私について来なさい! 美味いものたらふく食わしてやっからよ!」

 信じられるか?
 俺は信じられない。
 何がって?この貧弱騎士どもが弱すぎるからだよ!

 何してるかって?
 鍛えてるんでぃ!

「おら!」
「ぐえ」
「おらおらおらー!」
「ぐえ」

 最後の1人を薙ぎ倒し、朝から千切っては投げ、千切っては投げ、その度に自分の口にクッキーを放り込んだ。

 なんと言っても聖女パワーを爆発させた私による爆熱スパルタ教育はかなりお腹が空く内容だった。

 弱い弱い。弱いのなんのって。
 何してんのこいつら?え?聖女様が?救ってくれるから?怪我したって?大丈夫って?え?え?弱くても聖女様が愛してくれるから?

 はぁぁぁ?

「ばっかやろぉぉぉぉぉ!」

 王城の隣にある石造りのホールのような建物の中で大きな音が響く。
 無論それは私が思い切り剣を床に突き刺した音だ。

「甘い。甘すぎる。お前ら聖女様が何人いると思ってんの? 私を入れるんじゃないそこ!」
「ハッすみませ、ハガガ」

 すい、と指を2本掲げた騎士の1人に、おおきく振りかぶって、携帯用のドライフルーツ入りのクッキーを投げ込んだ。

 衝撃で吹っ飛びかけた貧弱な騎士Aは油断していただろうが、むくりと目が覚めたようにキラキラした顔で起き上がってきた。その口の中には投げ込んだクッキー。


 喜べ。
 私の作ったクッキーじゃ。美味しいだろう美味しいだろう。なんせこの国のクッキーときたら、粉っぽい、硬い、甘味も無いという子供でも食べないスリーアウト決めてきてるモンだから時枝サンはご立腹なんだわ。
 背後に立ち、私の動向を見守るランティスとアーチは引いてる。何にって?私の品の無さにだよ!知ってるし!
 どっちかっちゅーとこいつらの無能さを嘆け。

 騎士Aに近寄り、肩を叩くと、名残惜しそうに咀嚼する騎士Aは、ハッとしたように急いで飲み込もうとするのを静かに首を横に振って止めた。

「良いのです騎士A。その代わり、私をしっかり守れる様に鍛えて頂戴」

「んんっ……え、それはどういう……」

 ゴクっと喉が鳴る様子を見届けて、腕を組んで騎士Aを見上げる。意外とデカいぞ騎士A。良い伸び代だ。自然と笑いが込み上げてくる。良いぞ良いぞ。

「ふふふ、今ここにいる部隊は何組かしら?」

「はい……、ユナ様専用の聖女隊が3組、トキ様様に2組です、隊長はそこに居られるランティス隊長と、アーチ隊長。後は、ユナ様専用の隊は、その」

 ひいふうみい、と騎士達を隊ごとに整列させていく。うんうん。良い感じの礼儀正しさだ。

「ほうほう、ん? 何?」

「隊長である、三名は現在不在、です」
「は? なんで? サボり?」
「あ、その、いえ! なんでも、俺たち下っ端の騎士ではユナ様をお守りするのに足手纏いになると、隊長であるウレックス様、ハウ様、ダトー様は常にユナ様と居られます……俺たちは、その……」

 所在なさげに答えた騎士に「ふーん」と返すとびくりと肩を上下させた。
 ただの返事にビクつくなんてどうしたどうした。鍛え方が足らんのか?まぁ、今はそれは重要じゃ無い。私にとって重要なのは——


「……なるほど、てことは貴方達はクビになった、という事?」

「ひ、その」

 隊長が不在の隊を品定めするように1人づつ見ていく。一歩ずつゆっくり歩きながら、整列した彼らを舐め回す様に見ていく。
 ふんふん。いかにも、中高生の好きそうな、顔がお綺麗で真っ白の細身の男子ばっかりじゃ無いの。花でも食ってんのか。
 静かにお行儀よく並ぶ姿は、アイドルか何かの様だ。ふーん。それでそれで?


「——素晴らしい!」

「え?」

 ざわり、とあちらこちらで声をあげる騎士達の囁きで辺りは騒がしくなっていく。

「ということは、ここに居る全員『私の物』で良いのね?」

「え、ええと……」

 ボソボソと自信なさげにモジモジする様は、まるで部署が移動してさらに降格した中堅のサラリーマンのよう。

「ランティス! 隊長が隊のメンバーを投げ出すとはどういうこと?」

「はい、クビです」

「アーチ! 放置された部隊は私が貰っても良いのかしら?」

「はい、大丈夫です! 言質を取りました! 『自分以外の男はいらん』と口々に隊長が言っていたので問題ございません!」

 その言葉に、ざわつきが収まり、訓練場は静まり返る。空を舞う鳥がピロロロ、と高い声をあげるのが遠くで聞こえてくる。
 ふふふ。
 これなら思ったより早く計画を実行できそうね。

「なら私が貰うわ! ——貴方達!覚悟なさい!」


 ビシ、と列を乱していないか確認するように指を指し、ゆっくりゆっくり右から左へ指を移動させる。皆が緊張して、吐き出す息が細く聞こえてくる。

「それでは、私のための私による『肉体爆烈強化計画』、始めましょうか」

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