183 / 228
Chap.16 処刑は判決の前に
Chap.16 Sec.6
しおりを挟む
点滴のための輸液カプセルが、暗闇のなかで灯っている。残り少ない液体は、ぽたりぽたりと垂れていて、あと数分もすれば落ちきるだろう。
おぼろげに光るカプセルの明かりのもと、彼女は眠っていた。ようやく薬の効果が弱まり、正常な眠りにつくことができたようだった。
傍らのイスに座っていたサクラの手首で、チカリとブレス端末が点灯する。サクラは通話を受けた。
《——よかった、出てくれたね?》
「ティアか……お前が連絡を取ってくるとは思わなかったな。……身体は大丈夫か?」
《うん、おかげさまで。胃がきりきりするのと、「うっ」てなる感じがあるくらいかな? いたって元気だね?》
「……無理をすると、尾を引くよ。大人しくしていなさい」
《そうだね、僕も大人しくしていたいんだけど……みんなが、サクラさんに話があるらしくて。……僕も、今回のことは、当事者としてきちんと話をしたいと思ってるよ》
「何を話したいのだろうね?」
《——犯人捜しは、いらない。……彼女を疑う必要があるなら、僕が自分で判断する。僕に任せることに、不満はないでしょ? カードで僕に頼ったくらいだし》
「……なるほどね」
くすり、と、呼気のもれる音が鳴った。ティアにも届いている。
《……だから、一度そこから出てきて、話し合いの場を設けてほしいんだ。ハウスの君たちが言う裁判じゃないよ? ただの、話し合い。勝敗や罪の在処を判定するんじゃなくて、彼女の無実を確認するための場だよ》
「……話は分かった。だが、それは今夜でも構わないか?」
《え……今夜? って、いつ? ——あれ? セト君、今っていつ?》
ティアの奥から、「なんだその質問。今は……ん? いつだ? おい、ロキ。俺が気ぃ失ってからどんだけ経ってんだ?」「撃たれてから3時間48分」「——つまり?」「もうじき朝?」セトとロキの会話が聞こえた。眠っている彼女には、きっと届いていないが、先ほど夢見ていた光景に近いのかも知れない。
《今夜って……まだまだ時間があるみたいだけど……》
困惑しているティアを押しのけるような音とともに、
《——ウサギは? まずはそっちが先だろ。ウサギを解放してくれ!》
セトの声が大きく響いた。眠っていた彼女のまぶたが、ぴくりと反応を見せた。
「……解放はできない。今ようやく眠ったところだからな……数時間は眠るだろうね」
《は? 眠ってる?》
「疑うならミヅキに確認してみるといい。バイタルサインは安定しているだろう?」
《……そんなの、分かんねぇだろ。俺のだって改竄されてたって話じゃねぇか。イシャンは、俺が放置されてると思って——》
「——セト、」
短い呼び声に、ぴたりと止まる。
呼び声ひとつで、その音の響きで、躾けられた犬のように意思を抑え込んでしまう。——いつのまに、そうなってしまったのか。昔はこうではなかった。この変化は、ロキにとっては唐突で未知だったが、サクラは予測がついている。サクラにとって昔から、セトはとても分かりやすい子だから。
名前を呼んだサクラは、
「……その話は、後にしてくれ。薬の副作用で眩暈がしていてね……私も休もうかと思っていたところなんだよ」
《は? え? ……クスリ?》
「それについても、今夜話そう。どちらにせよ、今の私の思考は明晰ではないからね……正しく話すならば、夜だ」
《……ほんとか? 夜まで待てば、ちゃんと話し合いの場をもってくれるのか?》
「ああ」
《……ウサギも、ちゃんとティアの判断に委ねてくれるんだな?》
「……ああ、約束しよう」
長い沈黙だった。今のサクラに対する信用と、彼女を心配する気持ち。揺れるセトの横から、ティアが「セト君」そっと呼びかけると、「……分かった」しぶしぶ了承した。
サクラが通話を切る前に、セトの惜しむような声が、低く、
《もし、ウサギに何かあったら……サクラさんでも、俺は赦さない》
きっぱりとした、叛逆の音。耳に残ったその響きに反して、サクラは微笑んでいた。
「——そうか」
通信が、切れる。
薄皮一枚で包まれたような脳髄。それを使い会話するのは、ひどく疲弊する。サクラは彼女の腕から点滴の針を抜いて片付け、着物を脱ぎ、イスへと無造作に掛けた。ハンドガンを収めていたホルスターも、脱ぎ捨て。そのまま、疲れきった身体を動かし、大きなベッドの余白に詰める。
長いあいだ、彼はうまく眠れなかった。薬に頼っても、運動してみても。
悪夢のように過去のさまざまな出来事が安眠を妨げ、現実と区別がつかなくなるほどの明瞭な夢となり、彼の頭のなかで毎晩くり返されていた。
——だが、今は。
不思議なほどに、なんの映像も浮かばない。目を閉じると、心地のよい暗闇が、疲労した瞳を受け止めてくれた。
清冽な印象を受ける冷たいシーツのなか、ふと、手が当たる。何かを掴もうと踠く、彼女の掌。薬の残り作用なのか、バランスを取りたいのか、縋りつくものを探していた。
「………………」
サクラは、声を掛けることはしなかった。本来の機能を取り戻しつつある彼女の脳に、自身の声が負の効果しか齎さないことを察していた。だから、——代わりに、届くようにと手を伸ばす。
彼の掌を、彼女はぎゅっと掴んで、安心したのか大人しくなった。それを確認して、サクラもまた眠ろうとする。
深い、深い、眠りの底まで。
ゆっくり、優しく——落ちていく。
おぼろげに光るカプセルの明かりのもと、彼女は眠っていた。ようやく薬の効果が弱まり、正常な眠りにつくことができたようだった。
傍らのイスに座っていたサクラの手首で、チカリとブレス端末が点灯する。サクラは通話を受けた。
《——よかった、出てくれたね?》
「ティアか……お前が連絡を取ってくるとは思わなかったな。……身体は大丈夫か?」
《うん、おかげさまで。胃がきりきりするのと、「うっ」てなる感じがあるくらいかな? いたって元気だね?》
「……無理をすると、尾を引くよ。大人しくしていなさい」
《そうだね、僕も大人しくしていたいんだけど……みんなが、サクラさんに話があるらしくて。……僕も、今回のことは、当事者としてきちんと話をしたいと思ってるよ》
「何を話したいのだろうね?」
《——犯人捜しは、いらない。……彼女を疑う必要があるなら、僕が自分で判断する。僕に任せることに、不満はないでしょ? カードで僕に頼ったくらいだし》
「……なるほどね」
くすり、と、呼気のもれる音が鳴った。ティアにも届いている。
《……だから、一度そこから出てきて、話し合いの場を設けてほしいんだ。ハウスの君たちが言う裁判じゃないよ? ただの、話し合い。勝敗や罪の在処を判定するんじゃなくて、彼女の無実を確認するための場だよ》
「……話は分かった。だが、それは今夜でも構わないか?」
《え……今夜? って、いつ? ——あれ? セト君、今っていつ?》
ティアの奥から、「なんだその質問。今は……ん? いつだ? おい、ロキ。俺が気ぃ失ってからどんだけ経ってんだ?」「撃たれてから3時間48分」「——つまり?」「もうじき朝?」セトとロキの会話が聞こえた。眠っている彼女には、きっと届いていないが、先ほど夢見ていた光景に近いのかも知れない。
《今夜って……まだまだ時間があるみたいだけど……》
困惑しているティアを押しのけるような音とともに、
《——ウサギは? まずはそっちが先だろ。ウサギを解放してくれ!》
セトの声が大きく響いた。眠っていた彼女のまぶたが、ぴくりと反応を見せた。
「……解放はできない。今ようやく眠ったところだからな……数時間は眠るだろうね」
《は? 眠ってる?》
「疑うならミヅキに確認してみるといい。バイタルサインは安定しているだろう?」
《……そんなの、分かんねぇだろ。俺のだって改竄されてたって話じゃねぇか。イシャンは、俺が放置されてると思って——》
「——セト、」
短い呼び声に、ぴたりと止まる。
呼び声ひとつで、その音の響きで、躾けられた犬のように意思を抑え込んでしまう。——いつのまに、そうなってしまったのか。昔はこうではなかった。この変化は、ロキにとっては唐突で未知だったが、サクラは予測がついている。サクラにとって昔から、セトはとても分かりやすい子だから。
名前を呼んだサクラは、
「……その話は、後にしてくれ。薬の副作用で眩暈がしていてね……私も休もうかと思っていたところなんだよ」
《は? え? ……クスリ?》
「それについても、今夜話そう。どちらにせよ、今の私の思考は明晰ではないからね……正しく話すならば、夜だ」
《……ほんとか? 夜まで待てば、ちゃんと話し合いの場をもってくれるのか?》
「ああ」
《……ウサギも、ちゃんとティアの判断に委ねてくれるんだな?》
「……ああ、約束しよう」
長い沈黙だった。今のサクラに対する信用と、彼女を心配する気持ち。揺れるセトの横から、ティアが「セト君」そっと呼びかけると、「……分かった」しぶしぶ了承した。
サクラが通話を切る前に、セトの惜しむような声が、低く、
《もし、ウサギに何かあったら……サクラさんでも、俺は赦さない》
きっぱりとした、叛逆の音。耳に残ったその響きに反して、サクラは微笑んでいた。
「——そうか」
通信が、切れる。
薄皮一枚で包まれたような脳髄。それを使い会話するのは、ひどく疲弊する。サクラは彼女の腕から点滴の針を抜いて片付け、着物を脱ぎ、イスへと無造作に掛けた。ハンドガンを収めていたホルスターも、脱ぎ捨て。そのまま、疲れきった身体を動かし、大きなベッドの余白に詰める。
長いあいだ、彼はうまく眠れなかった。薬に頼っても、運動してみても。
悪夢のように過去のさまざまな出来事が安眠を妨げ、現実と区別がつかなくなるほどの明瞭な夢となり、彼の頭のなかで毎晩くり返されていた。
——だが、今は。
不思議なほどに、なんの映像も浮かばない。目を閉じると、心地のよい暗闇が、疲労した瞳を受け止めてくれた。
清冽な印象を受ける冷たいシーツのなか、ふと、手が当たる。何かを掴もうと踠く、彼女の掌。薬の残り作用なのか、バランスを取りたいのか、縋りつくものを探していた。
「………………」
サクラは、声を掛けることはしなかった。本来の機能を取り戻しつつある彼女の脳に、自身の声が負の効果しか齎さないことを察していた。だから、——代わりに、届くようにと手を伸ばす。
彼の掌を、彼女はぎゅっと掴んで、安心したのか大人しくなった。それを確認して、サクラもまた眠ろうとする。
深い、深い、眠りの底まで。
ゆっくり、優しく——落ちていく。
20
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。
クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。
3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。
ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。
「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる