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Interlude 鏡に映る、さかしまの国
Can't Take My Eyes Off You 2
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「〈こども〉じゃ、ないんです!」
鈍いイシャンに我慢できなくなって、強く言いきり、ベッドに寝そべっていた彼の上にまたがってみせた。寝そべっていた——といっても、彼は私が部屋にやってきた時点で上体を起こしていたので、向かい合って座るみたいなかたちになった。色気がない。ものすごい至近距離に対して、彼は相変わらず表情を変えず、ただただ困惑している。
「……貴方が、本当に子供でないことは、分かっているが……?」
共通語の獲得プログラムを始めてから知ったのだが、彼は私を、仲間うちに“子供を助けた”と説明していた。どういうことかと尋ねたところ、最初に出会った瞬間に偽ってしまったので、今さら取り消せないという。どうりで私を仲間のひとたちに会わせようとしないわけだ。彼女や妻がいるのかと疑っていたので、よかったが……いやいや、全然よくない。子供と偽ったと言っているが、普段から彼の目は完全に子供を見守るそれだ。鏡で確認したが、私の外見は子供じゃない。一般的な大人の女性である。
彼と出会って(助けられて)から、一月ほどが経っていた。私が永続的に暮らすための、コミュニティと呼ばれる自治体を捜してくれているのだが、(彼と離れたくなくて)決断できず煮え切らない私のせいで、いまだ決まっていない。しかし、彼のほうも「焦らなくてもいい」と言ってくれたから、てっきり一緒にいたいと思ってくれているのかと……思っていたのに。
思い込みも甚だしい。今日の夕食時に、彼は唐突に「私は、そろそろハウスに帰る必要がある……」と。死刑宣告を。
唐突すぎると思ったが、彼のほうは長く考えていたことのようで、不満など言い返せなかった。不満を言える立場でもなかった。ただ、「わかった……きょうは、〈とれーにんぐ〉で、つかれたから……あした、しっかりと、はなします」結論の引き延ばしをはかって、会話を中断していた。
引き延ばしたところで、現状は変わらない。
入浴中に悩み続けた私は、ベッドのなかでも悩みに悩み……最終決断が、告白。
彼の寝室まで行って、「わたしは、いしゃんが、すきです」と伝えた。どんな結末になっても受け入れるつもりだった。叶わなくても、それなら潔く彼と離れよう、と。
——しかし、彼の答えは、想像の斜め上どころか雲の上まで。
「……好き、などという感情は……私には無い」
「……わたしに、〈すき〉は、ない……」
「いいや、そういう意味ではなく……貴方に限らず、誰に対しても、そういう感情を持たない」
「……?」
「……そういった感情は、よく理解できない……」
ベッドに座る彼は、横に立つ私よりも目線が低い。見上げてくる彼に、普段の厳格な雰囲気はなく、垂れ下がった前髪のせいか、わずかに幼なげな印象。困惑したような空気がただよっている。
——やっぱり、離れたくない。
胸に湧きあがる気持ちから、彼の頬に手を伸ばして、顔を寄せた。——半分は、自然と引き寄せられていた。
ふっと、かすめるようなキスに、彼は驚くこともなかった。
離れた顔の上で、瞳は私を見つめたまま、
「……“おやすみのキス”が、欲しいのだろうか……?」
——違う。全然ちがう!
今さっきまでの告白はなんの意味があったのか。さすがに焦れた私は、冒頭のとおり彼の身体の上に乗り込んだわけで——まったくもって何も分かっていない彼の唇に、もう一度キスを捧げた。さっきの軽いものじゃダメだ。もっと扇情的に。
子供ではなく、女性であると——意識を切り替えてほしい。
触れた唇を重ねたまま、舌先で隙間をなぞる。開いてほしいと願えば、意外にも彼は迎え入れてくれた。とろりとした粘膜の合わさりに、背筋が震える。ストイックな彼の舌が、こんなにも柔らかいとは。
キスと同時につぶっていた目を開けると、間近にはイシャンの黒い瞳があった。眺めるような目は、いつもとよく似て。私の一挙一動を慎重に確かめるみたいに——落ち着き払っている。その瞳が、もっと熱に染まるのを、私は望んでいる。
イシャンの首に、唇を寄せる。ちゅっと音を立てながら、彼の服の裾から手を入れ、掌で素肌を撫でてみる。背に回した掌は、彼の引き締まった肉体を捉え、すこしだけ緊張していた。——すこしだけ?
そんなことは、ない。
薄明かりのせいで彼には分からないと思うが、顔は火を吹きそうだった。
反応のない彼と、目を合わせていられない。
ためらいながらも、彼の下半身に触れてみようかと——伸ばした手は、先に彼の手で押さえ込まれた。
顔を上げると、瞳が重なる。あきれるか、困るのか。どちらだろうと悩んでいた私の思いに反して、彼は真面目な顔をしている。押さえたのとは反対の手を、私の顔に添えると——深く、くちづけを与えてくれた。子供にするものじゃない。おやすみのキスでもない。甘く——とろけそうな、大人のキスを。
背を支えられながら、ゆっくりとベッドに押し倒される。見つめてくる瞳が、まっすくで——心臓が跳ねていた。ついさっきまでの自分は別人だったと思う。恥ずかしくて、どうしていいか分からない。
イシャンの硬い指先が、肌をなぞっていく。そっと手を取られ、掌にキスされた。
目は、離さない。
その瞳は、一瞬たりとも、私から離れなかった。
恥ずかしさのせいで私がときおり目を外すのに対して、彼の目は、互いが服を脱いで素肌をさらしても、私に向いていた。
ゆいいつ離れたのは……
「ま、まって、いしゃんっ……なにを……」
「貴方は小さい。……子供だとは思っていないが、貴方の身体は、小柄だ。……充分に濡らす必要がある。……貴方に、痛い思いは……させたくない」
開かれた脚の根に、うずめられた彼の黒髪が、太ももをくすぐっていた。それにくすぐったさを覚えている暇などなく、とろりとした彼の舌先が下半身に触れる。キスと同じ、柔らかな厚い舌が、慈しむように重なる。ぬらりとなぞる舌の感触に、全身が震えて、喉からは変な声がこぼれていく。それを堪えようと、必死に口を押さえていた。
恥ずかしさと息苦しさで、しんでしまいそうだった。
止めなければ、永遠とこの時間が続くのでは——と怖くなるくらい、彼の舌先だけが頭のすべてを支配する。あくまで、優しく。彼に焦らす意図はないのだろうけれど、明確な刺激を期待する気持ちが、待ちきれないといったようにあふれて——シーツにしたたっている。
やっと離れた彼が、再び目線を合わせた。
「……私は、やめるべきだろうか?」
「え……?」
「……貴方が望まないことを、私は、決して行いたくない。……この先を、貴方も望んでいると思っても——支障ないだろうか?」
堅苦しい言葉は、よく分からない。学習しているといっても、優秀なわけではない。
でも、今、彼は……貴方もと、言ってくれた? 私だけの独りよがりではなく、この先を、彼も望んでくれている、と。
「……はい」
答えなど、はじめから決まっている。
きっと、出会った瞬間から、決まっていた。
——あなたの未来に、私を置いて。
沈む熱と、深く交わる吐息。
触れ合う肌は熱くて、彼の瞳も、わずかに熱を帯びる。
かすかな痛みもなく——ひょっとすると、あったのかもしれない。ただそれは、甘やかで——身体のすみずみまで走る痺れに、おぼれていく。
とろけるような熱に包まれて、崩れていく思考が、私に注がれる眼差しを捉えた。短い距離を取り去って、ぎゅっと抱きしめられる。瞳は見えなくなったけれども、それ以上の想いが、身体中を満たした。
案じるように見守る瞳のなかではなく。
彼の、この大きな胸のなかに。
私はずっと、とらわれたかった——。
§
「夕食時に、中断した話だが……」
うとうと、っと眠りに落ちかけていた頭に、彼の低い声が響いた。素肌を合わせたままシーツにくるまれていた私は、意識を集めて目を開け、彼の褐色の胸板から顔を上げた。
「……〈はうす〉に、かえる……」
「——ああ。何事もないと聞いているが、皆の様子が気になる。……私の管理下にある物の状態も、確認したい……」
「………………」
——結局、無駄なのか。
現実を突きつけられた胸が、ひんやりと冷えていく。触れ合うぬくもりさえも、途端に分からなくなった。
身体で繋ぎとめようなんて、浅はかで。私の決意など、なんの意味も……。
「共に、来てもらえるなら——先に、ハウスの皆に話しておきたい。……構わないだろうか?」
「…………?」
意味が分からず(言語的な話ではなく、普通に彼の意図が読めず)、首をかしげていた。
私の反応に、彼も首をかしげたそうな困惑を浮かべた。
「……私と、この先も共にいたいと、解釈したのだが……まさか違うのだろうか……?」
「……わたしは、いっしょに、いたい。……でも、いしゃんが……かえる、って」
「……私が、夕食時に話そうとしていたことを……もしかすると、貴方は分かっていないのか?」
「? ……いしゃんが、〈はうす〉にかえる。なので……わたしに、〈こみゅにてぃ〉を、はやくきめてほしい?」
「……全く違う」
長息の音が、深く吐き出された。
あたたかな闇色に、溶けていく。
「貴方を……私の〈伴侶〉として、ハウスの皆に紹介したい……という、話だ」
「……ハンリョ?」
「……貴方の知っているワードを遣うなら、〈妻〉……あるいは、〈恋人〉」
「こいびと……」
軽い口調で復唱してから、はたっと理解した。理解して、顔に……熱が集まる。
「えっ……えっ?」
「……しっかりと線引きをして置かなければ、貴方に対して興味をいだく者が出るかも知れない。……それは、避けたい」
「……それは……つまり、〈たてまえ〉として、〈はんりょ〉に……?」
「……貴方にとっては、そうかも知れない。しかし、私は……」
見つめる瞳で、イシャンは私の頬に掌を重ねた。
「できることなら、ハウスだけでなく……貴方のことも、これから先、一生を懸けて護っていきたいと——思っている」
胸に沁みる言葉に、目の奥が、じんわりと熱くなった。
生まれた感情が、耐えきれないように、はらりとこぼれ落ち、
「……いしゃんは、〈すき〉が、わからないって……」
「——分からない。今も、分かっていない。……ただ、」
硬い指先が、流れたしずくを掬いあげた。
「貴方を護りたい。すべての脅威から……私が、この手で。……他の誰にも任せられない。……何より、私が、」
寄せられた唇が、私の涙の跡を消し去るようにキスを落とす。頬に宿る熱は、彼に伝わってしまったかもしれない。
——誰にも渡せない。
〈好き〉が分からないと言った彼の言葉は、どんな愛の言葉よりも、強く愛を囁いていた。
鈍いイシャンに我慢できなくなって、強く言いきり、ベッドに寝そべっていた彼の上にまたがってみせた。寝そべっていた——といっても、彼は私が部屋にやってきた時点で上体を起こしていたので、向かい合って座るみたいなかたちになった。色気がない。ものすごい至近距離に対して、彼は相変わらず表情を変えず、ただただ困惑している。
「……貴方が、本当に子供でないことは、分かっているが……?」
共通語の獲得プログラムを始めてから知ったのだが、彼は私を、仲間うちに“子供を助けた”と説明していた。どういうことかと尋ねたところ、最初に出会った瞬間に偽ってしまったので、今さら取り消せないという。どうりで私を仲間のひとたちに会わせようとしないわけだ。彼女や妻がいるのかと疑っていたので、よかったが……いやいや、全然よくない。子供と偽ったと言っているが、普段から彼の目は完全に子供を見守るそれだ。鏡で確認したが、私の外見は子供じゃない。一般的な大人の女性である。
彼と出会って(助けられて)から、一月ほどが経っていた。私が永続的に暮らすための、コミュニティと呼ばれる自治体を捜してくれているのだが、(彼と離れたくなくて)決断できず煮え切らない私のせいで、いまだ決まっていない。しかし、彼のほうも「焦らなくてもいい」と言ってくれたから、てっきり一緒にいたいと思ってくれているのかと……思っていたのに。
思い込みも甚だしい。今日の夕食時に、彼は唐突に「私は、そろそろハウスに帰る必要がある……」と。死刑宣告を。
唐突すぎると思ったが、彼のほうは長く考えていたことのようで、不満など言い返せなかった。不満を言える立場でもなかった。ただ、「わかった……きょうは、〈とれーにんぐ〉で、つかれたから……あした、しっかりと、はなします」結論の引き延ばしをはかって、会話を中断していた。
引き延ばしたところで、現状は変わらない。
入浴中に悩み続けた私は、ベッドのなかでも悩みに悩み……最終決断が、告白。
彼の寝室まで行って、「わたしは、いしゃんが、すきです」と伝えた。どんな結末になっても受け入れるつもりだった。叶わなくても、それなら潔く彼と離れよう、と。
——しかし、彼の答えは、想像の斜め上どころか雲の上まで。
「……好き、などという感情は……私には無い」
「……わたしに、〈すき〉は、ない……」
「いいや、そういう意味ではなく……貴方に限らず、誰に対しても、そういう感情を持たない」
「……?」
「……そういった感情は、よく理解できない……」
ベッドに座る彼は、横に立つ私よりも目線が低い。見上げてくる彼に、普段の厳格な雰囲気はなく、垂れ下がった前髪のせいか、わずかに幼なげな印象。困惑したような空気がただよっている。
——やっぱり、離れたくない。
胸に湧きあがる気持ちから、彼の頬に手を伸ばして、顔を寄せた。——半分は、自然と引き寄せられていた。
ふっと、かすめるようなキスに、彼は驚くこともなかった。
離れた顔の上で、瞳は私を見つめたまま、
「……“おやすみのキス”が、欲しいのだろうか……?」
——違う。全然ちがう!
今さっきまでの告白はなんの意味があったのか。さすがに焦れた私は、冒頭のとおり彼の身体の上に乗り込んだわけで——まったくもって何も分かっていない彼の唇に、もう一度キスを捧げた。さっきの軽いものじゃダメだ。もっと扇情的に。
子供ではなく、女性であると——意識を切り替えてほしい。
触れた唇を重ねたまま、舌先で隙間をなぞる。開いてほしいと願えば、意外にも彼は迎え入れてくれた。とろりとした粘膜の合わさりに、背筋が震える。ストイックな彼の舌が、こんなにも柔らかいとは。
キスと同時につぶっていた目を開けると、間近にはイシャンの黒い瞳があった。眺めるような目は、いつもとよく似て。私の一挙一動を慎重に確かめるみたいに——落ち着き払っている。その瞳が、もっと熱に染まるのを、私は望んでいる。
イシャンの首に、唇を寄せる。ちゅっと音を立てながら、彼の服の裾から手を入れ、掌で素肌を撫でてみる。背に回した掌は、彼の引き締まった肉体を捉え、すこしだけ緊張していた。——すこしだけ?
そんなことは、ない。
薄明かりのせいで彼には分からないと思うが、顔は火を吹きそうだった。
反応のない彼と、目を合わせていられない。
ためらいながらも、彼の下半身に触れてみようかと——伸ばした手は、先に彼の手で押さえ込まれた。
顔を上げると、瞳が重なる。あきれるか、困るのか。どちらだろうと悩んでいた私の思いに反して、彼は真面目な顔をしている。押さえたのとは反対の手を、私の顔に添えると——深く、くちづけを与えてくれた。子供にするものじゃない。おやすみのキスでもない。甘く——とろけそうな、大人のキスを。
背を支えられながら、ゆっくりとベッドに押し倒される。見つめてくる瞳が、まっすくで——心臓が跳ねていた。ついさっきまでの自分は別人だったと思う。恥ずかしくて、どうしていいか分からない。
イシャンの硬い指先が、肌をなぞっていく。そっと手を取られ、掌にキスされた。
目は、離さない。
その瞳は、一瞬たりとも、私から離れなかった。
恥ずかしさのせいで私がときおり目を外すのに対して、彼の目は、互いが服を脱いで素肌をさらしても、私に向いていた。
ゆいいつ離れたのは……
「ま、まって、いしゃんっ……なにを……」
「貴方は小さい。……子供だとは思っていないが、貴方の身体は、小柄だ。……充分に濡らす必要がある。……貴方に、痛い思いは……させたくない」
開かれた脚の根に、うずめられた彼の黒髪が、太ももをくすぐっていた。それにくすぐったさを覚えている暇などなく、とろりとした彼の舌先が下半身に触れる。キスと同じ、柔らかな厚い舌が、慈しむように重なる。ぬらりとなぞる舌の感触に、全身が震えて、喉からは変な声がこぼれていく。それを堪えようと、必死に口を押さえていた。
恥ずかしさと息苦しさで、しんでしまいそうだった。
止めなければ、永遠とこの時間が続くのでは——と怖くなるくらい、彼の舌先だけが頭のすべてを支配する。あくまで、優しく。彼に焦らす意図はないのだろうけれど、明確な刺激を期待する気持ちが、待ちきれないといったようにあふれて——シーツにしたたっている。
やっと離れた彼が、再び目線を合わせた。
「……私は、やめるべきだろうか?」
「え……?」
「……貴方が望まないことを、私は、決して行いたくない。……この先を、貴方も望んでいると思っても——支障ないだろうか?」
堅苦しい言葉は、よく分からない。学習しているといっても、優秀なわけではない。
でも、今、彼は……貴方もと、言ってくれた? 私だけの独りよがりではなく、この先を、彼も望んでくれている、と。
「……はい」
答えなど、はじめから決まっている。
きっと、出会った瞬間から、決まっていた。
——あなたの未来に、私を置いて。
沈む熱と、深く交わる吐息。
触れ合う肌は熱くて、彼の瞳も、わずかに熱を帯びる。
かすかな痛みもなく——ひょっとすると、あったのかもしれない。ただそれは、甘やかで——身体のすみずみまで走る痺れに、おぼれていく。
とろけるような熱に包まれて、崩れていく思考が、私に注がれる眼差しを捉えた。短い距離を取り去って、ぎゅっと抱きしめられる。瞳は見えなくなったけれども、それ以上の想いが、身体中を満たした。
案じるように見守る瞳のなかではなく。
彼の、この大きな胸のなかに。
私はずっと、とらわれたかった——。
§
「夕食時に、中断した話だが……」
うとうと、っと眠りに落ちかけていた頭に、彼の低い声が響いた。素肌を合わせたままシーツにくるまれていた私は、意識を集めて目を開け、彼の褐色の胸板から顔を上げた。
「……〈はうす〉に、かえる……」
「——ああ。何事もないと聞いているが、皆の様子が気になる。……私の管理下にある物の状態も、確認したい……」
「………………」
——結局、無駄なのか。
現実を突きつけられた胸が、ひんやりと冷えていく。触れ合うぬくもりさえも、途端に分からなくなった。
身体で繋ぎとめようなんて、浅はかで。私の決意など、なんの意味も……。
「共に、来てもらえるなら——先に、ハウスの皆に話しておきたい。……構わないだろうか?」
「…………?」
意味が分からず(言語的な話ではなく、普通に彼の意図が読めず)、首をかしげていた。
私の反応に、彼も首をかしげたそうな困惑を浮かべた。
「……私と、この先も共にいたいと、解釈したのだが……まさか違うのだろうか……?」
「……わたしは、いっしょに、いたい。……でも、いしゃんが……かえる、って」
「……私が、夕食時に話そうとしていたことを……もしかすると、貴方は分かっていないのか?」
「? ……いしゃんが、〈はうす〉にかえる。なので……わたしに、〈こみゅにてぃ〉を、はやくきめてほしい?」
「……全く違う」
長息の音が、深く吐き出された。
あたたかな闇色に、溶けていく。
「貴方を……私の〈伴侶〉として、ハウスの皆に紹介したい……という、話だ」
「……ハンリョ?」
「……貴方の知っているワードを遣うなら、〈妻〉……あるいは、〈恋人〉」
「こいびと……」
軽い口調で復唱してから、はたっと理解した。理解して、顔に……熱が集まる。
「えっ……えっ?」
「……しっかりと線引きをして置かなければ、貴方に対して興味をいだく者が出るかも知れない。……それは、避けたい」
「……それは……つまり、〈たてまえ〉として、〈はんりょ〉に……?」
「……貴方にとっては、そうかも知れない。しかし、私は……」
見つめる瞳で、イシャンは私の頬に掌を重ねた。
「できることなら、ハウスだけでなく……貴方のことも、これから先、一生を懸けて護っていきたいと——思っている」
胸に沁みる言葉に、目の奥が、じんわりと熱くなった。
生まれた感情が、耐えきれないように、はらりとこぼれ落ち、
「……いしゃんは、〈すき〉が、わからないって……」
「——分からない。今も、分かっていない。……ただ、」
硬い指先が、流れたしずくを掬いあげた。
「貴方を護りたい。すべての脅威から……私が、この手で。……他の誰にも任せられない。……何より、私が、」
寄せられた唇が、私の涙の跡を消し去るようにキスを落とす。頬に宿る熱は、彼に伝わってしまったかもしれない。
——誰にも渡せない。
〈好き〉が分からないと言った彼の言葉は、どんな愛の言葉よりも、強く愛を囁いていた。
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