その怪談、お姉ちゃんにまかせて

藤香いつき

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12. カゲの行方

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 「おねえちゃん、わたし……ひとりでねるの、こわい……」
 
 時計は夜の八時を示していた。
 父は一度帰ってきたが、「すまん、また行かないとダメなんだ!」と言って仕事に戻ってしまい、家にはイチカとニコの二人だけだった。『マチコ先生』のせいで怖がるニコを寝かしつけるために、イチカはニコの部屋にいた。
 ベッドに入ってしまえば、ニコはすんなりと眠る。ニコのすやすやとした顔を見届けてから、イチカは自分の部屋に行った。二人の部屋は並んで二階にある。廊下を歩くあいだ、家全体がしんとしているのがやけに気になった。
 暗い室内。いつもならすぐ眠るのだが、わざわざ電気をつけてベッドに入った。明るい光の中、スマホを取り出す。冬也から送ってもらった検証動画を確認しようと思って……やめた。
 頭の中には、今日の学校での出来事が浮かんでいた。
 
(犯人……どこ行っちゃったんだろ)
 
 あの後、児童会の先生である井村いむら先生にも頼んで、一緒に探してもらった。もしかしたら、中からカギのかかる図工室や音楽室にかくれているのではないかと思ったのだ。しかし、カギを開けてもらったが、やはりだれもいなかった。
 冬也がカゲを追いかけたのはすぐだった。犯人がかくれたとしたら、階段からそう遠く離れていないはずなのに……どこにもいないなんて、どういうことなのだろう。窓もすべてカギがかかっていた。にげられる所なんてなかった。
 
『見間違いじゃないかしら?』
 
 井村先生にはそう言われた。でも、見間違いなんかじゃない。
 すりガラスの向こうを、黒いカゲが走っていったのだ。足音だってあった。私がそう言ったら、井村先生は束ねた髪をゆらして笑っていた。
 
『ぐう然、だれかが笑いながら走っていただけじゃない?』
『でも、いなくなっちゃったんです。まるで……ほんとのカゲみたいに』
『……そういえば、先生もそんなウワサを子供のときに聞いたわ』
『え?』
『なんだったかしら……あ、走る呪いのカゲ——だったかな?』
『先生も夢見坂小だったんですか?』
『ええ、そうよ』
 
 井村先生が夢見坂小の出身であると知れたことで、七不思議のすべてが昔からあるものだとはっきりした。
 あのとき、先生と話す私の後ろで、恭士郎がコソコソと冬也にたずねていた。
 
『七不思議のうち、いくつかは新しく作られたものだと言ってなかったか?』
『僕は、そう推測していたんだけどね……』
 
 そう言って冬也は難しい顔で考えこんでいた。
 分かったことは、それだけ。
 
 イチカはベッドに転がったまま、明るい天井を見つめた。じっと見ていると、そこに黒いカゲが浮かんでくるような気がした。
 
(あれは……ほんとの幽霊だったんじゃ……)

 ——きゃはははっ!
 
 頭の奥で、あの笑い声がひびく。忘れようとすればするほど、声はくっきりとしていく。イチカはふとんをギュッとにぎった。
 そのとき、ふと音が聞こえた。かすかに——金属がきしむような音。

(……外?)

 息をひそめる。音は間違いなく窓のほうからだ。
 最初は糸をはじくように弱かったその音が、じわじわと力を増していく。

 ——ギーン……。

 低く重たい振動音。セミの鳴き声に似ているけれど、生き物の気配はない。
 まるで、こわれたバイオリンを無理やり鳴らしているみたいな、不快な不協和音が近づいてくる。窓の外のやみが、音と共にせまってくるようだ。イチカの耳の奥で、ドクン、ドクンと心臓の音が大きくなる。

 立ち上がって、カーテンのはしに手をのばす。
 ざらりとした布の感触が、指先からうでへ、冷たいざわめきのように広がっていく。
 耳の中で「ギィーン……」と音が長くのび、壁や床までもがびりびりと震えているようだ。

(……すぐそこ……)

 のどがカラカラにかわいて、息がうまくできない。
 そっとカーテンをつまみ、ためらいながらすき間を開く。
 ——真っ暗。
 何も見えない。なのに、音はどんどんと大きくなっていく。
 
(……まさか、またカゲみたいな幽霊が……)
 
 手が、勝手にカーテンを離していた。
 幽霊なんているわけない、そう思う気持ちと、いるかもしれないという恐怖が、頭の中で戦っている。
 
「……怖がるから、怖くなる。怖がる人がいるから、本当っぽくなるだけ……」
 
 イチカは自分へと言い聞かせるように唱えた。瞬間、脳裏に冬也の顔が浮かんだ。
 
『霊感少女が、超常現象を否定するっていうのか。それはおもしろい』
 
 キラキラとした、期待に満ちた笑顔。
 検証して自分の目で確かめるまでは、僕も幽霊なんて信じない——そんな顔だった。
 冬也の笑顔を思い出し、イチカはグッとこぶしをにぎった。
 
(……ここで確かめなかったら、ずっと怖いままだ!)

 両手でカーテンをつかみ、息を止めて——
 バッ!

 窓ガラスの向こうに、夜の闇が広がった。
 見慣れたはずの外の景色が、黒いもやに包まれているように見える。
 耳をつんざくような「ギィーン」という音が、ガラスをふるわせ——

 その闇の中から、黒い何かが、勢いよく飛び出してきた。
 
 
 
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