とあるクラスの勇者物語

倉箸🥢

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生徒の話 2

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その日の夜7時ちょっと。私は駅のホームにいた。
明日は学校が休みで、膝を悪くした祖母の様子を見に行くために必要最低限の荷物だけ抱えて電車を待っていた。帰宅ラッシュは終わったのか、人はあまりいない。ふと前を見ると、なんだか見覚えのある後ろ姿がいた。安田先生だ。ちょうど仕事終わりだったのだろうか、学校で見た服装のまま電車を待っていた。
でも何だか様子がおかしい。今にも駅のホームから落ちてしまいそうな所に立って、下を見つめていた。やばい。落ちるのでは無いか、なんて考えてしまって背筋がぞわりとした。でも落ちるかも分からない。ただ、下を見てるだけかもしれない。なんて言い訳のような理由を並べて、ただ安田先生を見つめた。遠くの方から光が差し込んできて、電車がやってきた。安田先生は電車がやってくるのに気づくと、一歩踏み出そうとした。

「あっ、」

私は止めようと駆け出したが、ふと、止めることが安田先生が幸せになるのか、いっそのこと死んだ方が楽なんじゃないかと思ってしまい、その場で立ち止まってしまった。安田先生の身体が宙に浮いた時、すぐ側を風を切るように人影が走った。「この馬鹿…!」と聞き慣れた綺麗な声が耳に入り込む。

「花火も来て!人の幸せどうこう以前に自分の幸せ考えな!」

松本先生だ。今日学校で見た姿のまま、安田先生の身体に勢い良く抱きつき、安田先生を駅のホームに留まらせた。駅のホームに響く声に、私は気を取り戻し、同じように松本先生の身体に抱きつき引っ張った。
電車がすぐ側を通り過ぎていく。

「…っ、どうして…」

「このやろ…どうしても何も無いんですよ…安田先生最近寝てないでしょう…駅のホームでの飛び降り自殺は御家族に損害賠償請求されるから…辞めといた方が良いですよ…そして生徒の前で死のうとするな…!」

松本先生は少し息を切らしながらも落ち着いた素振りで安田先生に言った。安田先生は虚ろな目をして、いつの間にか目を瞑り、力無く倒れ込んだ。

「もう駄目だ…救急車呼びます。今度こそ本当に死んでしまう前に入院させないと…」 

松本先生は駅員さんに事情を話すため走り出した。
私は意識の無い安田先生を、ただ見つめていた。



「さて、なんだかごめんね。もうちょっと早く止めてればよかった」

安田先生が搬送されるなどなんやかんやあり、たまたま同じ電車に乗った私と松本先生は、公園のベンチに座っていた。松本先生は近くにあった自動販売機でお茶とコーヒーを買ってきて、お茶を渡してくれた。

「この辺におばあちゃん家あるんだ、私の家もすぐそこなんだ。車で送るよ」

松本先生は家を指さして言った。
車があるのに何故電車で学校に行っているのだろう。そんな疑問が浮かんだ。

「車あるのになぜ電車で学校に?」

「…うーん…小林先生達が殺されてからさ、色んな先生の様子がおかしくなったじゃない?まぁ…私もなんだけど。安田先生なんて特に気を参らせてさ、自殺しそうな勢いだって言われてたんだよね…実際、自殺未遂も繰り返してたし。いつも安田先生電車乗って学校行くから、いつか駅のホームで飛び降りるんじゃないかって思ってずっと見張ってたんだよ」

松本先生は缶コーヒーの栓を開けて、1口飲んだ。
コーヒーの香りがふわっと、こちらまで広がってくる。先生方がよく纏ってる匂いだ。

「…花火も居たし、安田先生も花火が居るのに気づいてたから、今日は飛び降りる事は無いだろうと思ってたんだけど…自殺願望って突発性なんだね…どうにか止めれてよかった」

松本先生は少しだけ安心した様子で呟いた。
でも何処か心につっかえがあるかのように、表情の奥が硬い。

「……止めれて、よかったんですけど…それが本当に安田先生の為になるかなって思ってしまうと…安心できなくなります…」

私は緑茶を飲み干してから言った。
「勢い良く飲み干したなぁ」と隣の松本先生は目を丸くしてこちらを見つめた。そして、目線を手元の缶コーヒーに落とした。

「…うん。私もずっとそう思ってる。でもね、やっぱり個人のエゴでも生きてて欲しいじゃん。そして先生の幸せを考えて、目の前で死なれる事をを止めなかったら『もっと良い方法が無かったのか』ってずっと自分を責めちゃうよ。先生の幸せは叶っても自分の幸せは必ず崩れちゃう。花火なんてまだまだ人生残ってるんだから、特に自分の幸せを守ったって良いんだよ。まあ電車での飛び降りは損害賠償請求されちゃうから、止めた方が良いのは事実だけどね」

松本先生はそう言うと、ベンチから立ち上がった。
伸びをして緊張で凝り固まった身体を伸ばすと、ひとつ息を着く。そんな姿が今にも空に溶けてしまいそうで、思わず引き止めるように私は言った。

「松本先生まで、いなくなったり、とかしませんよね?」

ぽろっと出た私の言葉。
まるで小さい子供が留守番する時に駄々をこねるようだ。松本先生は拍子抜けした顔をして、微かに笑った。

「…うーん、そう言われちゃあ頑張って生きるしか無いよねぇ…まぁ安田先生がちゃんと生きていたら考えとくね」

松本先生は安田先生と同じようなことを言った。
なんだか嫌な予感がしたので言葉を紡ごうとしたが、それは悟られたのか、松本先生の「時間大丈夫?そろそろ送ってくよ」という言葉に遮られた。
あぁ、触れては駄目な話なんだな。そう思いながら松本先生のご好意で車で送って貰った。車の中では先程のことなんて忘れたかのように、最近の面白かったことなど他愛のない話をした。

そして数日後、安田先生が死んだ。
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