クリスマス・イヴに、シャリオドールで起こったことのほとんどすべて

奈倉柊

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7.俺に運ばせてる時点でこの店は終わってる(鏑木瑠可/ギャルソン)

 向いてないよ。ていうか合わない。俺この店合わないわ。
 メートルの倉田さんは完全に俺のこと「最近の若い奴」扱いで、仕事も、教えてくれるっていうより背中を見て覚えろ&自分の頭で考えろ的な感じで。第一印象あんな優し気ジェントルマンだったのに中身、昭和のオヤジかい。
 面接のとき、歳の近いスタッフもいるって言われて油断した。今のところ、その歳の近いパティシエ(華奢めで色白で金髪)は目の合わない挨拶をして逃げるみたいにすれ違ってくだけだ。仲良くなれそうな気配はゼロ。いやマイナス。あと二週間くらい前にもう一人、歳近そうな人が入ってきたけどそっち(華奢めで色白で黒髪)も目の合わない挨拶をして逃げるみたいにすれ違うから、どうなんだこれは俺が悪いのか、と思った。
 俺に気さくに話しかけてくれるのは、シェフの森川さんとバーにいる波多野さんだけだ。ソムリエの北澤さんとも仲良くはなったけど、それは気さくに話せるのとはまた別の感じだった。ていうか、セックスした。自分が男とそうなる可能性なんか考えたこともなかったからかなりビビったけど、何故かそうなった(映画に誘われてそれがクソつまんないB級ホラーコメディで、こんな映画誘うなよあり得ないよって居酒屋で散々文句言ってたのに気がついたら二人でラブホの部屋にいた)。
 まあ、北澤さんはよくお客さんからも誘われたりしてるから(ロッカーにフェイクの結婚指輪を置いてるくらいだ)、誰かとそうなる確率がめちゃ高い人なんだろう。でも自分から誘ってきた癖にその後なんもない、というかむしろ避けられてる感じでちょっと気まずい(どうなんだそれは俺が悪いのか)。
 後日、森川シェフが急に「あいつはああいう奴だから」って言ってきたとき、その「あいつ」とか「ああいう奴」っていう単語にめっちゃ気持ちが入ってて、これ俺がシェフに刺される案件じゃないかって一瞬思ったけど、森川シェフは北澤さんが俺と寝たことについて、いい加減な奴が君に迷惑をかけてすまない風なスタンスで、代わりに謝ってきた。
「シェフが謝る必要、ないすよ」
 俺は言った。「気ぃ遣って言ってもらえるのは、ありがたいです。でも俺べつに無理やりされたわけじゃないし、結果、喋りづらくなったのは事実だけどそれだってたぶん、こっちのせいなんで」
 シェフは数拍おいて、「鏑木くんて頭いいんだね」と言った。それがどういう意味なのか(言葉通りなのか皮肉なのか)よく解らないけど、とにかくそれ以降、森川シェフは俺にけっこう喋りかけてくれるようになった。

 ちなみに俺がこの店でいちばん尊敬してるのは、バルマンの波多野さんだ。前に一度、俺の愚痴を聞いてくれたことがある。波多野さんは、なんか馴染めないし仕事も慣れない、みたいな俺の話をひと通り聞いてくれ、その後で、あんた典型的な世間知らずやな、と言った。
 そう言ってすごい楽しそうに、ぶはっと笑った。
 人に笑われるのは本来すごく嫌だけど、波多野さんにそうやって笑われるのは、なんか悪くなかった。いつも俺の性格がどうとか態度がどうとか文句言ってくるけど、波多野さんに言われるとふわっと素直に反省してしまう。すいません俺こんなで、と思って頭を下げてしまう。結果、あんた頭の下げかたまで軽いな、と言われる。すいません。
 とは言え俺は別にそんな軽い人間じゃないと自分では思ってるし、ここに入るまで軽いなんて言われたこともなかった。でもここではやたら「軽い」とか「チャラい」とか言われる。森川シェフが「鏑木くんはチャラいからねー」と言うのを聞いた広瀬さんが「へー鏑木くんってチャラいんだ」と言って、そっから「鏑木くんてチャラいらしいよ」と話が広がって、今では店の全員が「鏑木はチャラい」という情報を共有してしまっている。
 いや俺の人格が把握できるくらい仲良くなった人、いないよね。
 もしかしたらパティシエの人と新人の人も俺をチャラい奴だと思ってるから、あんな引き気味の挨拶しかしてくれないのか? 倉田さんだって俺がチャラい奴だって聞いたから、あんな冷えた態度なのか?
 最終、名前のせいって説もある。俺の名前が微妙なチャラさを演出してしまってるのか?
 だとしたらこうなったのは俺のせいじゃないって開き直れる。
 けどいちばんの問題は、俺がここで今いち役に立ててないって事実なのだ。
 俺はどっちかというとそこそこ要領のいい方で、これまで勉強とか人間関係とかもそれなりにそつなくやってきた。なのにここでは「できない奴」だと思われてる。というか、実際できないのだ。皿を一人で三枚持つってのを習得しただけでも凄いことだと思うのに、それ以上を求められて俺にはそれができない。それ以上っていうのは、単に持つだけじゃ駄目で、皿を傾けるなってこと。そんなの無理だろ。どうやったって左手の、に乗せた二枚目の皿がぐらぐらする。
 その皿の上に載ってるのは森川シェフの料理で、それがすごく完成度の高いしかも繊細なやつだから、たぶん俺に運ばせてる時点でこの店は終わってる。その皿は完璧に運べる人間にしか運ばせちゃいけなくて、それができるのは倉田さん一人だった。
 でもあれだけ執事っぽくスマート&ジェントルに振る舞えるのに、何で俺に対しては昭和のオヤジ? 軽く苛められてんのか? 素質ないって見切られて、辞めるのを待たれてる?
 まあさ、別に辞めてもいんだけど。俺も大学の四回で就職も決まってるから、ここでのバイトにそんな肩入れする要素もないし。
 そう思っていたら、波多野さんに言われた。
「仕事のできるできへんなんて、ほとんど慣れの問題やで」
 慣れの問題?
「あと本人には言わんといてほしいんやけど、倉田さん、人見知りすごいねん。慣れたらよう笑う、ええ人なんやで」
 よく笑ういい人?
 ていうか接客のプロが人見知り?
「仕事モードの時は平気やねんやけど、普段モードの時は相原くんといい勝負やで。鏑木くんに対しても、まだちょっと緊張してるんやと思う」
 これは衝撃だった。バイトの学生に人見知りして不愛想に当たる教育係ってどうなんだ。しかも俺ここ入ってからもう半年近く経ってるよ。あ、五か月か。五か月もしたらちょっとくらい慣れんか? そんで相原くんてパティシエの人だろ、俺に目の合わない挨拶して逃げるみたいにすれ違う。なんかあの二人、もしかしてリアルに親子なのかなと思ったことあるけど、あれは人見知り同士が醸し出す親和性だったのか?
 てことは少なくとも倉田さんとパティシエの人に関しては、俺の態度や名前やチャラいって噂とは関係なく、単に二人ともがそれぞれに人見知ってるだけなのか。
「鏑木くん、オーダー」
 そうだった。失礼いたします、食後のお飲み物は、だ。
 倉田さんも波多野さんも俺に行かせたくなさそうだったけどコーヒーか紅茶しかないんだからそんな難易度高くないだろう、と俺は思う。いや、でも集中しないと。仕事を軽く見ると痛い目に遭うっていうのは俺がここで学んだことのひとつだ。ていうか、波多野さんから学んだことのひとつ。
 だから俺は気を引き締めてホールに戻った。
 失礼いたします。食後のお飲み物、紅茶かコーヒーがお選びいただけますがどちらになさいますか?
 倉田さんから言われた通り、ゆっくり丁寧に、俺は言った。客席の半分くらいを回るまで、それは問題なく使えるフレーズだった。
「あー。ディジェスティフを頼めるかな」
 不意に四番テーブルの客がそう言った。ディジェスティフ。食後酒のことだ。ちょっと動揺したけど俺は何とか持ち堪えた。「もちろんです。お伺い致します」
 するとその「お客様」が言った。「シェリー酒で、特に食後にお勧めのものはある?」
 無理だ。それは俺には無理。
 でもいつだったか波多野さんがこう言ってた。「お客様にとったら、バイトやろうとメートルやろうと店のスタッフってことに変わりないんやから、もし守備範囲外のこと言われても、落ち着いて他のスタッフに取り次いでや」
 だから俺は「申し訳ございません」と前置きしてから、「当店のバルマンがお伺いしますので、少々お待ちいただけますか」と言った。お客様はまあ満足そうに頷いてくれたので、よしうまくやった、と思い、残りの「紅茶かコーヒーかお選びいただけます」を順調に消化して俺はホールを後にした。
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