クリスマス・イヴに、シャリオドールで起こったことのほとんどすべて

奈倉柊

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3-6.その喩えは軽すぎるだろう(倉田聡一/メートル・ドテル)

 記念日のケーキを手渡しで貰ったのは今年が初めてで、颯太君の言葉も含めてなかなか感動させられた。例年クリスマスは忙しく、彼が帰る時間帯にはまだホールの後片付けをしている。今年ももちろんまだ片付けが残ってはいるのだが、たまにはこういう打ち上げも良いものだと思う。颯太君と鏑木君のツーショットという貴重な場面もあったように、キッチンスタッフとホールスタッフの交流にもなる。
 北澤君が正気に戻っていたのも良かった。彼の言う通り、今日の森川シェフは断トツに冴えていたと思う。自分の仕事をこなしながらあの状況判断ができるというのは、シェフとしても人としても本当にすごい。私もまだ色々と、彼からは学ぶことがある。

 北澤君の次に手を挙げたのは広瀬君だった。
「今日は色んなことがありすぎて、頭の中がまだ散らかったままです。正直に言うと本当にいちばん印象に残ったことは、別にここで言わなくていいことなので言いません」
 皆から抗議の声とブーイングが起きたが、広瀬君がずっと森川シェフの顔を見ていることに私は気づいた。シェフはブーイングには加わらず、穏やかな笑顔で数回だけ、ゆっくりと音の出ない拍手をした。二人の間で何かがあったのだ、ということは解った。それが何かまでは解らなかったが、悪いことでないのは確かだった。
「ちなみに二番目に印象に残ったことは、ここで言ってはいけないことなので言いません」
 今度は颯太君の顔を見ている。他の皆からさらにブーイングが起きたが、颯太君はちょっと照れ笑いをして軽く頭を下げた。
「三番目は、朝から調子の悪かった斉藤くんが、後半にすごい復活劇を見せたことです」
 今度は全員の視線が斉藤君に集まった。私ももちろんそちらを見た。斉藤君は首を小さく横に振りながら外側に向けた手のひらで顔を隠している。動画配信の人が、顔にフォーカスの合うのを避ける時のような仕草だ。
「本当に、まだ慣れないこともある中で、シェフと僕の仕事をしっかり支えてくれました。こちらちから言う前に動いてくれることも多くて、これで斉藤くんもチームの一員だな、と実感することができて、とても嬉しく思っています。ちなみに斉藤くん、この話がけっこう感動的なのに三番目というのは、一番と二番があまりにも大きすぎたせいなので、不服の申し立てはシェフと相原くんにして下さい」
 ここで笑い。広瀬君の話は安心して聞いていられる。斉藤君に対するフォローも完璧以上だ。森川シェフの気配りは優しさ由来のもので、時に優しすぎるのじゃないかと気を揉むこともあるが、広瀬君の気配りは細かい性格と常識とに由来するので、ほぼ間違いがない。この店で常識人というとまず波多野さんだが、波多野さんは自分の真面目さを笑いで隠そうとする傾向がある。もしかすると常識人だからこそ「関西人はお笑いを担当しなければならない」という、決して事実ではない常識にとらわれているのかもしれない(波多野さんは大阪の出身ではなかったと思うが)。
「それでは、斉藤くんも他の皆さんも、明日からの営業に備えてゆっくり休んで下さい。僕からは以上です」
 前の日から考えてきたのか、と思うくらいちゃんとしたスピーチだ。
 ともあれ本当に「けっこう感動的な話」だった、と思って斉藤君の様子を伺うと、すっかり涙目になっていて森川シェフに頭をぽんぽんされている。それからその様子を食い入るようにというのか、嚙みつきそうにというのか、北澤君が見ていた。

「倉田さん、何喋るか決めはりました?」
 そう訊いてきたのは波多野さんで、私はちょうど彼女のソムリエとしての働きが素晴らしかったことを言おうとしていたので困った立場になった。本人に先に言ってしまうのはつまらない、と思ったので、何か他の話を挙げなければならない。そこで咄嗟に思いついたのが、鏑木君の話だった。
「いやあ、やはり鏑木君が結婚していたという、あれでしょう」
 すると波多野さんは、いや確かにあれは衝撃でしたけど、ほんまに倉田さんそれ言うんですか、と懐疑的な反応をした。
「ええ、まあ」
 当たり障りなくそう答えると、波多野さんは言った。
「いやあのネタは絶対、私担当やと思って。倉田さんはもっと真面目な話するやろうと思ってたんですけど一応、被ったらあかんから確認しとこうと思って訊いたんです」
「ああ、そうでしたか。それなら、私は喜んで別の話を」
 そう言ってから、不意に波多野さんが「自分がお笑いを担当しなければならないと思い込んでいる可能性」について思い至り、こう付け加えた。
「でも波多野さん、そんなに笑いを意識しなくてもいいですよ。いえ、波多野さんのお話はいつも本当に楽しいのですが、万が一にも関西出身ということで意識されている面があるなら、負担になっているのでは、と」
 波多野さんは、あっは、と聞こえる声で笑ってから、右手を顔の前で忙しなく振った。
「いや別に私、そこ意識してキャラ作ってるわけちゃいますよ。もともとこういう性格やし、こういう喋りやし」
「でも大阪人じゃないですよね」
「いや大阪ではないですよ。ただ私、笑ったり笑わせたりが好きなんです。人の笑ってる顔が好きっていうか」
「はあ、そうでしたか」
 波多野さんは両手を顎の先で合わせて、茶目っ気たっぷりにこう言った。
「じゃあ鏑木くんの話、ありがたく頂きますね」と。
 それなら話が早い。
 広瀬君の話が終わって皆が斉藤君を祝福しているその盛り上がりがやや収まってきたな、というタイミングで、私は挙手した。
 今日、本当に心から印象に残ったことを言わせて頂きます。
 そう前置きをした。波多野さんに、もともと私が言おうとしていた内容が鏑木君の話ではなくこちらだったと伝わるように。
「それは何と言っても、北澤君の代わりにホールでソムリエの職務を務めた波多野さんです。本当に、素晴らしい仕事をしてくれました。シェフが波多野さんの実力をどこまで承知していたのか私には解りませんが、私の見た限り、本職のソムリエと言っても通用するレベルの仕事ぶりでした。もちろん、普段の北澤君は素晴らしいソムリエですし、今日は少し駄目でしたが明日からはまた持ち前のパフォーマンスを発揮してくれるものと信じています。でもだからこそ、今日の波多野さんの洗練されたサービスのことを、ここで発表しておきたいと思いました」
 拍手が起こり、波多野さんは小さくガッツポーズをして私と目を合わせ、くしゃっと笑ってくれる。今日はやけに皆の笑顔が目に焼き付く、と思ったらその瞬間、話すことを忘れた。
「えー、私からは以上です」
 慌ててそう付け足し、私は話を終えた。
 またぱらぱらと起こった拍手の中、隣にいた鏑木君が、なんかいいっすね、と声を掛けてきた。
「俺、今ちょっと感動してます。お仕事ドラマの最終回見てるみたいで」
 仕事以外で初めて自分から話しかけてくれたのに難だが、その喩えは軽すぎるだろう。
「鏑木君は? 何喋るか決めましたか?」
「え? 俺もっすか?」
「俺もっすかって、全員が発表するんだから当然でしょう。もしかして、自分だけ観客席に座ってた?」
「あ、はい完全にそっち座ってました。や、なんか皆キラッキラじゃないっすか。波多野さんのサービスもすごかったですけど、北澤さんのデキャンタージュ、神がかってましたもん。俺、口開けて見惚れてたみたいで、波多野さんに肘でつつかれて。あと今日初めて相原さんと喋れたし、斉藤くんともちょっとだけ会話したんす。あの斉藤くんってけっこう暗めの人かと思ってたら、ちょっと見ないくらい笑顔かわいいの、知ってました?」
 初めて仕事以外で話しかけてきたと思ったら、だいぶ喋る。そしてだいぶ喋ると思ったら、最後に行きつくのがその話題なのか。
「ああ、それは私も今日、気がつきました。でも今はそれより、自分が何話すか考えといた方がいいですよ」
 鏑木君は両目をぎゅっと瞑って、えーマジか、と言った。
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