虎狩りと鴨撃ちの輪舞(ロンド) ~奈佐原高校チェス同好会~

奈倉柊

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第二部  白:奈佐原高校チェス同好会feat.鷺沢悠  黒:鮎川凛久  20xx年10月x日

21:白のメイトスレットが発動する(21.Ng7+ Kd8)

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 だからちょっと待てって。
 俺は納得いかない。全然、納得がいかない。
 鮎川をこのまま無罪放免にするって、どんだけお人よしなんだ?
 そもそも航太だって納得しないはずだ。
 航太はあれから鷺沢を家まで送って行って、無断外泊のことを謝ってきたらしい。
 そんだけ鷺沢のこと大事にしてるなら、鮎川に対していちばん腹立ててるのは航太じゃないのか?
 それは航太には航太なりの、鷺沢とのやり取りもあったんだろうが、これだけセンシティブな問題にさっさと折り合いをつけたり目を瞑ったりするのは、航太の性格では絶対に無理なはずだ。
 なのに。
 傍で見てると不自然なほど冷静で、ちょっと心配になる。
 一人で何かやろうとしてるのか、つまり俺らを巻き込まない復讐を考えてるのか、それとも心底ただ冷静なのか。
 鮎川のこと気をつけて見ててくれ、とニキに言って、俺はできるだけ航太を見ていた。
 ニキはちゃんと鮎川を見てたし、俺もちゃんと航太を見てた。
 だから当然の結果として、水曜の昼休み、俺とニキは音楽準備室前の廊下で鉢合わせすることになった。
「今、鮎川が」
「こっちも今、航太が」
「ちょっと様子おかしかったんだけど」
「航太もちょっとおかしかった」
「中、入ってったよね?」
 昼休みの音楽準備室なんて誰もいないだろ。
 そこで航太と鮎川が同時に顔付き合わせるっていうの、明らか偶然じゃないだろ。
「航太に限って、暴力はないよね?」
「まさか。それはないだろ」
 俺とニキは準備室のドアを少しだけ開けて中を覗き込んだ。
 航太がこっちに背を向けて、キスでもしてるのかと思うくらいの至近距離で鮎川と向かい合っていた。
 思わずニキと目を見交わす。
「悠のことで、僕がどれくらいあんたに腹立ててるか解ってる?」
 航太の声で中の二人に目を戻した途端、俺は息を呑んだ。
 二人が至近距離で立ってる理由。
 航太が右手に果物ナイフみたいな刃物を握って、それを鮎川の喉元に突きつけている。
 たぶん左手で鮎川の胸倉を掴んでる。
 いや、それはまずい。幾ら何でも刃物はまずい。
 だが航太は平然と刃先を鮎川に向けたまま言葉を続けた。
「凛久なんかのために暴力事件の加害者になるなんて馬鹿ばかしい、頭冷やしなよ、って、悠がそう言うから刺すのはやめとくけど。僕の頭は全然、冷えてないから。たとえ悠が許しても、僕は絶対許さないから。だから、もしまた悠におかしな奴けしかけたりしたら、僕は悠がどう止めても絶対に刺すから」
 鮎川はそれに答えて、低く短く、解った、とだけ言った。
 やや長めの、緊迫した沈黙。
 解ったなら、と、ようやく航太が応えた。今日のところはこれで、と。
 航太がナイフを引いた途端、鮎川は身体を捻るみたいにして速やかに航太から離れた。
 そのまま疑うように横目で航太を見つつ、足早に、もちろん俺らのいるドアに向かってくる。
 うわヤバ、とニキが言ってドアの右横に、俺はドアの左横に張り付いた。
 鮎川がぞんざいにドアを開けて出て来て、普通に左右の俺とニキにそれぞれうんざりした目を向け、そのまま去って行った。
 しばらくして今度は航太が、ひと仕事終えた、みたいな顔で出て来て、普通に左右の俺とニキにぽかんとした顔を向け、え、二人とも何やってんの、と言った。
「何やってんのってお前、校内に刃物持ち込むのはまずいだろ」
「いやこれ、持ち込んだわけじゃないよ」
 航太はそう言って、その刃物でいきなり自分の腹を刺した。
演劇部げきぶの小道具借りてきただけ」
 あの、押すと引っ込むやつ。
 材質、オールプラスチック。
「え、鮎川にバレなかったのか、それ」
「全然。殺意は本物なんだからバレないよ」
 殺意は本物?
「けど鮎川、結局ひと言も謝んなかった」
 呟くようにそう言って、航太は俺にもニキにも背を向けた。

 そうだよな。
 やっぱそうだよ。
 鷺沢の態度が緩すぎていまいち緊張感がなくなってただけで、航太はやっぱり本気で怒り狂ってる。
 とは言え小道具のプラスチックナイフで鮎川を脅すっていうのが、何とも手緩い。
 そもそも航太はバレてないって断言してたが、本当にバレてないのか?
 刃物まで向けられて謝らなかったのは、本物じゃないって気づいてた可能性もあるんじゃないのか?
 だとしたら、今度こそ俺の出番なんじゃないか?
「ニキ、お前は納得いってるか」
「いってるわけないじゃん。今の航太のセリフ聞いちゃったし」
「じゃあ、俺らで何とかするか」
「できるならそうしたいけど」
「解った。責任は俺が取る」
「って何の責任」
「鮎川のバカに、自分のやったことの意味を思い知らせるんだよ。あいつ、俺が呼び出しても警戒して来ないだろうから、お前、何とか人目のないとこに誘い出せないか?」
 それは嫌だけど、とニキは露骨にうんざり顔をしたが、ややあって、まあ航太と鷺沢のためなら、と答えた。
「けど俺がそういうのやったら、また俺とあいつがデキてるって噂になんじゃないの」
「もうそれはいい」
「え、いいの?」
「今の時点でそういう噂になってるんだから、それはもういい。それに、今後そんな噂が流れることは二度とないから、今回は黙認する」
「ちょっと、よく解んないけど」
「お前は解らなくて大丈夫だ」
 俺が強めに言うと、ニキは面白くなさそうに、ふうん、とだけ答えた。
 もちろん航太と違って、俺は暴力も辞さない。
 そもそも鮎川はそれを予想してるんだから、ご期待通りに叩きのめしてやればいいわけだ。前回みたいにギャラリーの多い教室でやるのは得策じゃないが、誰も見てない場所でなら、容赦する必要はない。
 それに、俺が俺のやりたいようにやるだけなら、航太や鷺沢に許可を取る必要もないだろう。
 それでニキにちょっかいかけんのも今後一切止めるって約束させればいい。
 というか俺の主な用事はそっちだ。
 幾ら俺がチェス部の目つき悪い奴だからって、馬鹿にするにも程がある。
 ニキのことを、簡単に自分のものにできるみたいに言いやがって。
 腹が立ちすぎて頭痛がしてくる。
「大宮? また目つきやばくなってるけど大丈夫?」
 俺の顔を覗き込んでくるニキの、窺うような横目づかい。
 今まで俺が見てきた親しく開けっ広げな視線とは微妙に違う、どことなく張りつめた気配。
 怠いな、と思った。
 今の俺にはチョコバー10本とコーヒー20杯が必要だ。
 けど、考えるまでもなく明白な事実がひとつある。
 ニキはぜったいに、お前のもんにはならないからな。
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