22 / 26
第二部 白:奈佐原高校チェス同好会feat.鷺沢悠 黒:鮎川凛久 20xx年10月x日
21:白のメイトスレットが発動する(21.Ng7+ Kd8)
しおりを挟む
だからちょっと待てって。
俺は納得いかない。全然、納得がいかない。
鮎川をこのまま無罪放免にするって、どんだけお人よしなんだ?
そもそも航太だって納得しないはずだ。
航太はあれから鷺沢を家まで送って行って、無断外泊のことを謝ってきたらしい。
そんだけ鷺沢のこと大事にしてるなら、鮎川に対していちばん腹立ててるのは航太じゃないのか?
それは航太には航太なりの、鷺沢とのやり取りもあったんだろうが、これだけセンシティブな問題にさっさと折り合いをつけたり目を瞑ったりするのは、航太の性格では絶対に無理なはずだ。
なのに。
傍で見てると不自然なほど冷静で、ちょっと心配になる。
一人で何かやろうとしてるのか、つまり俺らを巻き込まない復讐を考えてるのか、それとも心底ただ冷静なのか。
鮎川のこと気をつけて見ててくれ、とニキに言って、俺はできるだけ航太を見ていた。
ニキはちゃんと鮎川を見てたし、俺もちゃんと航太を見てた。
だから当然の結果として、水曜の昼休み、俺とニキは音楽準備室前の廊下で鉢合わせすることになった。
「今、鮎川が」
「こっちも今、航太が」
「ちょっと様子おかしかったんだけど」
「航太もちょっとおかしかった」
「中、入ってったよね?」
昼休みの音楽準備室なんて誰もいないだろ。
そこで航太と鮎川が同時に顔付き合わせるっていうの、明らか偶然じゃないだろ。
「航太に限って、暴力はないよね?」
「まさか。それはないだろ」
俺とニキは準備室のドアを少しだけ開けて中を覗き込んだ。
航太がこっちに背を向けて、キスでもしてるのかと思うくらいの至近距離で鮎川と向かい合っていた。
思わずニキと目を見交わす。
「悠のことで、僕がどれくらいあんたに腹立ててるか解ってる?」
航太の声で中の二人に目を戻した途端、俺は息を呑んだ。
二人が至近距離で立ってる理由。
航太が右手に果物ナイフみたいな刃物を握って、それを鮎川の喉元に突きつけている。
たぶん左手で鮎川の胸倉を掴んでる。
いや、それはまずい。幾ら何でも刃物はまずい。
だが航太は平然と刃先を鮎川に向けたまま言葉を続けた。
「凛久なんかのために暴力事件の加害者になるなんて馬鹿ばかしい、頭冷やしなよ、って、悠がそう言うから刺すのはやめとくけど。僕の頭は全然、冷えてないから。たとえ悠が許しても、僕は絶対許さないから。だから、もしまた悠におかしな奴けしかけたりしたら、僕は悠がどう止めても絶対に刺すから」
鮎川はそれに答えて、低く短く、解った、とだけ言った。
やや長めの、緊迫した沈黙。
解ったなら、と、ようやく航太が応えた。今日のところはこれで、と。
航太がナイフを引いた途端、鮎川は身体を捻るみたいにして速やかに航太から離れた。
そのまま疑うように横目で航太を見つつ、足早に、もちろん俺らのいるドアに向かってくる。
うわヤバ、とニキが言ってドアの右横に、俺はドアの左横に張り付いた。
鮎川がぞんざいにドアを開けて出て来て、普通に左右の俺とニキにそれぞれうんざりした目を向け、そのまま去って行った。
しばらくして今度は航太が、ひと仕事終えた、みたいな顔で出て来て、普通に左右の俺とニキにぽかんとした顔を向け、え、二人とも何やってんの、と言った。
「何やってんのってお前、校内に刃物持ち込むのはまずいだろ」
「いやこれ、持ち込んだわけじゃないよ」
航太はそう言って、その刃物でいきなり自分の腹を刺した。
「演劇部の小道具借りてきただけ」
あの、押すと引っ込むやつ。
材質、オールプラスチック。
「え、鮎川にバレなかったのか、それ」
「全然。殺意は本物なんだからバレないよ」
殺意は本物?
「けど鮎川、結局ひと言も謝んなかった」
呟くようにそう言って、航太は俺にもニキにも背を向けた。
そうだよな。
やっぱそうだよ。
鷺沢の態度が緩すぎていまいち緊張感がなくなってただけで、航太はやっぱり本気で怒り狂ってる。
とは言え小道具のプラスチックナイフで鮎川を脅すっていうのが、何とも手緩い。
そもそも航太はバレてないって断言してたが、本当にバレてないのか?
刃物まで向けられて謝らなかったのは、本物じゃないって気づいてた可能性もあるんじゃないのか?
だとしたら、今度こそ俺の出番なんじゃないか?
「ニキ、お前は納得いってるか」
「いってるわけないじゃん。今の航太のセリフ聞いちゃったし」
「じゃあ、俺らで何とかするか」
「できるならそうしたいけど」
「解った。責任は俺が取る」
「って何の責任」
「鮎川のバカに、自分のやったことの意味を思い知らせるんだよ。あいつ、俺が呼び出しても警戒して来ないだろうから、お前、何とか人目のないとこに誘い出せないか?」
それは嫌だけど、とニキは露骨にうんざり顔をしたが、ややあって、まあ航太と鷺沢のためなら、と答えた。
「けど俺がそういうのやったら、また俺とあいつがデキてるって噂になんじゃないの」
「もうそれはいい」
「え、いいの?」
「今の時点でそういう噂になってるんだから、それはもういい。それに、今後そんな噂が流れることは二度とないから、今回は黙認する」
「ちょっと、よく解んないけど」
「お前は解らなくて大丈夫だ」
俺が強めに言うと、ニキは面白くなさそうに、ふうん、とだけ答えた。
もちろん航太と違って、俺は暴力も辞さない。
そもそも鮎川はそれを予想してるんだから、ご期待通りに叩きのめしてやればいいわけだ。前回みたいにギャラリーの多い教室でやるのは得策じゃないが、誰も見てない場所でなら、容赦する必要はない。
それに、俺が俺のやりたいようにやるだけなら、航太や鷺沢に許可を取る必要もないだろう。
それでニキにちょっかいかけんのも今後一切止めるって約束させればいい。
というか俺の主な用事はそっちだ。
幾ら俺がチェス部の目つき悪い奴だからって、馬鹿にするにも程がある。
ニキのことを、簡単に自分のものにできるみたいに言いやがって。
腹が立ちすぎて頭痛がしてくる。
「大宮? また目つきやばくなってるけど大丈夫?」
俺の顔を覗き込んでくるニキの、窺うような横目づかい。
今まで俺が見てきた親しく開けっ広げな視線とは微妙に違う、どことなく張りつめた気配。
怠いな、と思った。
今の俺にはチョコバー10本とコーヒー20杯が必要だ。
けど、考えるまでもなく明白な事実がひとつある。
ニキはぜったいに、お前のもんにはならないからな。
俺は納得いかない。全然、納得がいかない。
鮎川をこのまま無罪放免にするって、どんだけお人よしなんだ?
そもそも航太だって納得しないはずだ。
航太はあれから鷺沢を家まで送って行って、無断外泊のことを謝ってきたらしい。
そんだけ鷺沢のこと大事にしてるなら、鮎川に対していちばん腹立ててるのは航太じゃないのか?
それは航太には航太なりの、鷺沢とのやり取りもあったんだろうが、これだけセンシティブな問題にさっさと折り合いをつけたり目を瞑ったりするのは、航太の性格では絶対に無理なはずだ。
なのに。
傍で見てると不自然なほど冷静で、ちょっと心配になる。
一人で何かやろうとしてるのか、つまり俺らを巻き込まない復讐を考えてるのか、それとも心底ただ冷静なのか。
鮎川のこと気をつけて見ててくれ、とニキに言って、俺はできるだけ航太を見ていた。
ニキはちゃんと鮎川を見てたし、俺もちゃんと航太を見てた。
だから当然の結果として、水曜の昼休み、俺とニキは音楽準備室前の廊下で鉢合わせすることになった。
「今、鮎川が」
「こっちも今、航太が」
「ちょっと様子おかしかったんだけど」
「航太もちょっとおかしかった」
「中、入ってったよね?」
昼休みの音楽準備室なんて誰もいないだろ。
そこで航太と鮎川が同時に顔付き合わせるっていうの、明らか偶然じゃないだろ。
「航太に限って、暴力はないよね?」
「まさか。それはないだろ」
俺とニキは準備室のドアを少しだけ開けて中を覗き込んだ。
航太がこっちに背を向けて、キスでもしてるのかと思うくらいの至近距離で鮎川と向かい合っていた。
思わずニキと目を見交わす。
「悠のことで、僕がどれくらいあんたに腹立ててるか解ってる?」
航太の声で中の二人に目を戻した途端、俺は息を呑んだ。
二人が至近距離で立ってる理由。
航太が右手に果物ナイフみたいな刃物を握って、それを鮎川の喉元に突きつけている。
たぶん左手で鮎川の胸倉を掴んでる。
いや、それはまずい。幾ら何でも刃物はまずい。
だが航太は平然と刃先を鮎川に向けたまま言葉を続けた。
「凛久なんかのために暴力事件の加害者になるなんて馬鹿ばかしい、頭冷やしなよ、って、悠がそう言うから刺すのはやめとくけど。僕の頭は全然、冷えてないから。たとえ悠が許しても、僕は絶対許さないから。だから、もしまた悠におかしな奴けしかけたりしたら、僕は悠がどう止めても絶対に刺すから」
鮎川はそれに答えて、低く短く、解った、とだけ言った。
やや長めの、緊迫した沈黙。
解ったなら、と、ようやく航太が応えた。今日のところはこれで、と。
航太がナイフを引いた途端、鮎川は身体を捻るみたいにして速やかに航太から離れた。
そのまま疑うように横目で航太を見つつ、足早に、もちろん俺らのいるドアに向かってくる。
うわヤバ、とニキが言ってドアの右横に、俺はドアの左横に張り付いた。
鮎川がぞんざいにドアを開けて出て来て、普通に左右の俺とニキにそれぞれうんざりした目を向け、そのまま去って行った。
しばらくして今度は航太が、ひと仕事終えた、みたいな顔で出て来て、普通に左右の俺とニキにぽかんとした顔を向け、え、二人とも何やってんの、と言った。
「何やってんのってお前、校内に刃物持ち込むのはまずいだろ」
「いやこれ、持ち込んだわけじゃないよ」
航太はそう言って、その刃物でいきなり自分の腹を刺した。
「演劇部の小道具借りてきただけ」
あの、押すと引っ込むやつ。
材質、オールプラスチック。
「え、鮎川にバレなかったのか、それ」
「全然。殺意は本物なんだからバレないよ」
殺意は本物?
「けど鮎川、結局ひと言も謝んなかった」
呟くようにそう言って、航太は俺にもニキにも背を向けた。
そうだよな。
やっぱそうだよ。
鷺沢の態度が緩すぎていまいち緊張感がなくなってただけで、航太はやっぱり本気で怒り狂ってる。
とは言え小道具のプラスチックナイフで鮎川を脅すっていうのが、何とも手緩い。
そもそも航太はバレてないって断言してたが、本当にバレてないのか?
刃物まで向けられて謝らなかったのは、本物じゃないって気づいてた可能性もあるんじゃないのか?
だとしたら、今度こそ俺の出番なんじゃないか?
「ニキ、お前は納得いってるか」
「いってるわけないじゃん。今の航太のセリフ聞いちゃったし」
「じゃあ、俺らで何とかするか」
「できるならそうしたいけど」
「解った。責任は俺が取る」
「って何の責任」
「鮎川のバカに、自分のやったことの意味を思い知らせるんだよ。あいつ、俺が呼び出しても警戒して来ないだろうから、お前、何とか人目のないとこに誘い出せないか?」
それは嫌だけど、とニキは露骨にうんざり顔をしたが、ややあって、まあ航太と鷺沢のためなら、と答えた。
「けど俺がそういうのやったら、また俺とあいつがデキてるって噂になんじゃないの」
「もうそれはいい」
「え、いいの?」
「今の時点でそういう噂になってるんだから、それはもういい。それに、今後そんな噂が流れることは二度とないから、今回は黙認する」
「ちょっと、よく解んないけど」
「お前は解らなくて大丈夫だ」
俺が強めに言うと、ニキは面白くなさそうに、ふうん、とだけ答えた。
もちろん航太と違って、俺は暴力も辞さない。
そもそも鮎川はそれを予想してるんだから、ご期待通りに叩きのめしてやればいいわけだ。前回みたいにギャラリーの多い教室でやるのは得策じゃないが、誰も見てない場所でなら、容赦する必要はない。
それに、俺が俺のやりたいようにやるだけなら、航太や鷺沢に許可を取る必要もないだろう。
それでニキにちょっかいかけんのも今後一切止めるって約束させればいい。
というか俺の主な用事はそっちだ。
幾ら俺がチェス部の目つき悪い奴だからって、馬鹿にするにも程がある。
ニキのことを、簡単に自分のものにできるみたいに言いやがって。
腹が立ちすぎて頭痛がしてくる。
「大宮? また目つきやばくなってるけど大丈夫?」
俺の顔を覗き込んでくるニキの、窺うような横目づかい。
今まで俺が見てきた親しく開けっ広げな視線とは微妙に違う、どことなく張りつめた気配。
怠いな、と思った。
今の俺にはチョコバー10本とコーヒー20杯が必要だ。
けど、考えるまでもなく明白な事実がひとつある。
ニキはぜったいに、お前のもんにはならないからな。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
異世界に勇者として召喚された俺、ラスボスの魔王に敗北したら城に囚われ執着と独占欲まみれの甘い生活が始まりました
水凪しおん
BL
ごく普通の日本人だった俺、ハルキは、事故であっけなく死んだ――と思ったら、剣と魔法の異世界で『勇者』として目覚めた。
世界の命運を背負い、魔王討伐へと向かった俺を待っていたのは、圧倒的な力を持つ美しき魔王ゼノン。
「見つけた、俺の運命」
敗北した俺に彼が告げたのは、死の宣告ではなく、甘い所有宣言だった。
冷徹なはずの魔王は、俺を城に囚え、身も心も蕩けるほどに溺愛し始める。
食事も、着替えも、眠る時でさえ彼の腕の中。
その執着と独占欲に戸惑いながらも、時折見せる彼の孤独な瞳に、俺の心は抗いがたく惹かれていく。
敵同士から始まる、歪で甘い主従関係。
世界を敵に回しても手に入れたい、唯一の愛の物語。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない
タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。
対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる