虎狩りと鴨撃ちの輪舞(ロンド) ~奈佐原高校チェス同好会~

奈倉柊

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第二部  白:奈佐原高校チェス同好会feat.鷺沢悠  黒:鮎川凛久  20xx年10月x日

15:チェックメイトへの布石が始まる(15.Bxf4 Qf6)

「何か、本気でヤバそうっすね。俺ちょっと今の話、まじ怖いっす」
 クマが呟く。
「とりあえずチェス部一同、今日からニキは俺と付き合ってるっていうことで口裏合わせといて欲しい」
 一応それまでの経緯を僕とクマにも説明してから、大宮はそう宣言した。
「え、じゃあ教室で、付き合い始めた相手のレベルに合わせた、って言ったのも?」
「当然ニキのことだよ。鷺沢に、ニキとカップルに見えるようにしてくれって頼んだらこうなったんだから」
「大宮くんのポテンシャル半端なくて、すごいやりがいあったよ」
 鷺沢が言った。
 そう、鷺沢は今日、吹部の練習を放棄してチェス部僕らと一緒にいる。
 けど、僕としては素直に喜べない。
「で、どうよ結果?」
 ニキが言って、隣に座っている大宮の肩に手を掛けてにっこりして見せる。
「や、お似合いじゃないすか、まじで」
 クマが褒める。
 確かに「大宮くんのポテンシャル」は半端ない。
 けど僕としては、やっぱり素直に喜べない。
「あとあの、フードコート? あれも楽しかったよね」
 全然喜べないよ、鷺沢。
「まあ楽しんでくれたなら何よりだけど、鮎川といちばん接触するのは鷺沢だし、微妙な立場になると思う。チェス部俺らとつるんでるのは、隠しとく方がいいかもしれない」
 大宮は冷静に言って、さらにカッコいい奴感を出してくる。
 大丈夫だよ、と鷺沢は答えた。「凛久とチェス部なら、僕は喜んでチェス部を取るから。何なら吹部やめてチェス部、入っちゃおうかなと思ってるくらいだし」
 思わず、それは駄目だよ、と僕は言った。
 断るとこじゃないだろ、と、ニキが突っ込んでくる。
「だけど、駄目だよ。鷺沢が吹部やめるなんて」
 僕がさっきからずっと思っていたのは、大宮とは全然、関係のないことだった。
 鷺沢が、吹部の練習に行かなかったことだ。
「…航太がいちばん喜んでくれると思ってた」
「いや、チェス部入ってくれるのは嬉しいけど、でも鷺沢がクラリネットやめるのは、絶対違う」
 僕が言っていいことなのかどうか解らない。
 でもそれは、僕の本心だった。
「このまま諦めるつもりなら、それは間違ってるよ。だって鷺沢、あんな音、出せるのに。僕が初めて鷺沢のこと知ったの、そのクラリネットの音だったのに」
 鷺沢は目を見開いて僕を見返してきた。
「チェスがどうこうっていうより先に、クラリネットの音で、僕は鷺沢のこと知ったんだから。鷺沢にとっては違うかもしれないけど、僕が初めて鷺沢と出会ったのは、廊下試合をやってる僕の後ろで鷺沢がロングトーン吹いて、その音がとんでもなく綺麗だって僕が気づいた、その日なんだから」
「それって、僕が声を掛けるより前に?」
「そうだよ。もう、全部持って行かれるみたいな音だった。それもただのロングトーンでだよ。顔も名前も知らないところからここまで来たのって、僕にとってはチェスじゃなくてクラリネットから始まったことなんだから」
 鷺沢の目が不意に蜂蜜色にゆるんで、右手の指先が慌てたように目許を覆った、と思ったら、鷺沢はそのまま顔を伏せた。
「だから、鷺沢はクラリネット、やめちゃ駄目だよ」
 僕の言葉に、返事はすぐには返ってこなかった。
「悪いけど、は航太と関係ないから」
 しばらくして、底冷えのするような声で鷺沢は言った。「それはの問題だから、航太には触れて欲しくない」
 目を伏せたままそれだけ言うと、鷺沢は席を立ってそのまま音楽準備室を出て行った。
「鷺沢!」
「航太、今日はもうやめとけ」
 そう言ってくる大宮の制止を振り切って、僕は鷺沢の後を追った。

 音楽準備室のある四階から屋上へ出る階段の一番上のところに鷺沢はいて、僕があとから登っていくと思いがけず、涙混じりに笑いかけてきた。
「あのシーンの後で、追っかけて来るんだ?」
 その泣き笑いの感じが、僕の心臓を絞めつける。
「ごめん。さっき余計なこと言った」
 屋上に出る扉は施錠されているけど、その場所は廊下から完全に死角になる。
 学校というパブリックな場でどうしてもプライバシーが欲しい時に来る場所。
 僕は鷺沢と並んで、階段に座った。
「あの、実はさ。僕のほうも、航太に謝らなきゃならないことがあるんだ」
 少し気持ちが落ち着いたらしく、鷺沢は涙を拭って話し始めた。
「正直に言うよ。僕は航太に、最初から一方的な期待を押し付けて、現実逃避に付き合わせたんだ。廊下で声を掛けたのもそのためだった。自分から対局に誘うんじゃなく、航太にんだよ。呆れるよね、凛久がやりそうなことで。だけど航太は、僕の勝手な期待に完璧に応えてくれた。さっきはそういう航太にいきなり現実を突きつけられた気がして、つい感情的になって。悪かった」
 それは違う。僕が軽率だっただけだ。
「だけど僕はいま、たぶん航太が思ってるより悪い場所にいる」
「…悪い場所?」
 鷺沢は頷いた。その目は僕を見ないで、斜め下に逃げている。
 前にもこういう鷺沢を、僕は見たことがある。
「楽器の問題だけじゃないんだ」
 鷺沢は僕の顔は見ないままで先を続けた。「月曜の夜七時、本当はクラリネットなんか聴いてない」
「じゃあ、あんなとこで何を?」
 鷺沢は少し掠れた声で、セックス、と言った。
「え?」
「まあ、いろいろ面倒くさい成り行きがあるんだけど。僕ちょっと、昔から変なとこがあって、誰とでもそういうことになりやすいっていうか。自分から誘ってるつもりはないんだけど、誘ってると思われることが多くて。昨日なんか大宮くんにまで、距離感間違えるなって釘、刺されて」
「え?」
「けど今回は完全に、相手が合わない奴で、月曜日がもう苦痛でしかなくて。これいつまで続くんだろうって思うと、ちょっと」
 え?
「鷺沢それ、おかしいよ」
「うん、おかしいのは解ってるけど」
「そうじゃなくて。合わない相手と、苦痛でしかないのに、何でするの?」
「何でって言われても、よく解らないうちにそういうことになってて」
 聞けば聞くほど混乱した。
 大宮が距離感間違えるなって言ったのは、単に大宮のパーソナルスペースが広すぎるだけのことだと思う。
 鷺沢が鷺沢特有の色気っていうか、ちょっとドキっとさせられる雰囲気を持ってるのも事実だし、それが本気で誰かを誘惑するとなったら、それは僕なんか手もなくやられるのも解る。
 だけど、何で望んでもない相手とそんなことする必要がある?
 誰に強制されてるわけでもないのに?
 いや、もしかして、裏に誰かいるのか?
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