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第1章 始まりの章
これまでとこれから
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「丁度いいタイミングでお戻りになられましたね、丁度ローストビーフ丼が出来上がったところです」
魔女の城に戻ってくるとエプロンを身につけたレイクロスに出迎えられる。
「ローストビーフ丼……か」
「アルフレッド、どうかしたのか?」
「いや、食欲が無くなるような出来事があってさ」
「ふむ……そもそも、ローストビーフ丼を食べたいと言ったのは君だ。 責任を持って食すべきだと思うが」
「それは、分かってるよ」
レイクロスは先頭に立ってスタスタと歩いていく、この城は似たような景色が多い上に構造は複雑だ。
レイクロスは何百年と生きており、この城で長い時間を過ごしてきたため自分の家のように歩き回れるが何ヶ月か生活してみないときっと慣れないだろうとアルフは考えた。
「やっぱりちょっと、見覚えあるかも」
リオナがそう呟くと、アルフがそれに反応した。
「この城が?」
「はい、頭の片隅に残っているっていうか……記憶そのものは残っていないんですけど、デジャブを感じるんです」
「その様子だと、20歳になる頃には完全に記憶がお戻りになりますね」
レイクロスはアルフとリオナを案内しつつ、その会話に入ってくる。
リオナが魔女としての記憶を取り戻す、それはレイクロスにとっては願っても無いことだ。
魔女としての記憶を取り戻せば、魔女としての本来の力を取り戻し使命に目覚めるという事に繋がる。
そうなれば魔女は眷属を次々に増やし、革命戦でこの世界をひっくり返し理想郷を作り上げてくれるだろう。
「なぁ、レイクロス。 質問してもいいか?」
「内容によるな」
「眷属になった以上、俺は仲間なんだろ? 何だよ内容によるって」
「君は女性遍歴を初対面の男に聞かれて素直に答えるのか?」
「……魔女の記憶に関してだ」
「知ってる範囲で答えよう」
「もしもレイクロスの見立て通り、リオナが数年以内に魔女の記憶を取り戻したとする。 その場合、リオナの人格はどうなるんだ?」
レイクロスはゆっくりと足を止めると、その後をついて歩いていた3人もまた足を止める。
「リオナが魔女インファニアスに本格的な覚醒をしたとしても、肉体も魂もリオナのままだ。 命を形成するものは『感情』『記憶』『血液』という魔導理論は知っているな、聖騎士ならば」
「ああ、だけど——」
「リオナの魂は聖母が転生したものだが、どんな強力な命であろうと転生するにあたって記憶も力も抜け落ちてしまう。 だが聖母ほどの存在となれば、前世の記憶は殆ど取り戻してしまう」
「つまり、魔女にとって重要なファクターは記憶なのか。 リオナが魔女に乗っ取られるというよりは、リオナ自身が魔女って事だな」
「記憶を取り戻すのと並行して肉体も生まれ変わるらしい。どういったメカニズムなのかは私にも分からないがな」
アルフは少し安心した、いつかリオナがリオナでない存在になってしまうのではないかと内心不安だった。
それに、魔女は眷属に2つまで命令が出来るという。
残虐な魔女が自分に「市民を殲滅しろ」などという命令をかけたらどうなってしまうか——などと思っていたが。
「アルフ、大量の牛乳にコーヒーを混ぜたらそれは牛乳と呼べるか?」
それまで黙っていたハルが突然そんな質問をアルフにぶつけた。
何気ない哲学的な疑問だが、ハルの顔は真剣だった。
「お、おう……それはコーヒー牛乳だな」
「そういう事だ、覚悟しておいた方がいいぞ。 私の知る魔女『インファニアス』は……心優しい少女の心を、みんな闇に落としていった」
◆◆◆◆◆◆◆
レイクロスのローストビーフ丼は楽々亭とはまた別のベクトルに美味だった。
楽々亭のローストビーフ丼は赤身の旨味を活かし、それを引き立てるような味わいだがレイクロスのローストビーフ丼は肉の柔らかさや食べやすさを追求した印象を受けた。
ハルの出身地であるアイカイ地方でよく使われるワサビを使ったソースが味を引き締めてくれている。
ワサビは今や全国に流通しており、ファンも多い食材だ。
「食欲が無いという割に、あっさり完食したな」
「いや驚いた、プロ顔負けじゃないか」
「これでも数百年に渡り、聖母の舌を満足させ続けてきたんだ。 キャリア数十年程度の料理人には負けないさ」
「いや、そうは言うけど……」
政府公認の「星」を持ったリストランテは沢山あるが、最高峰とされる五つ星を持つには天賦の才能が必要とされている。
三つ星までは努力で取れるが、四つ星以上となれば何かを代償にしなければ取れないとさえ言われている。
四つ星リストランテのシェフが星を失う事を恐れるあまり、自ら命を絶つなんて事件もあった。
レイクロスの料理の腕はかつてアークブラッド家で働いていた元五つ星シェフに引けを取らないほどの腕前だ。
「レイクロスは元料理人だ、人間だった頃はな」
「なるほど」
「もう人間だった頃など忘れた、私にとっては瑣末な事だよ」
レイクロスはやや不機嫌そうな表情を浮かべる。
自分の本名の事は忘れた、人間の頃の記憶など忘れた。
レイクロスはそう語るが、アルフは「人間だった頃に相当キツい事があって忘れるようにしているのだろう」と推察した。
だが、この料理の腕前はただ技量があるわけではなく相当に情熱や誇りを持って調理したのだろうとも思った。
「でも、料理は好きなんだな」
「作るのも食べるのもな、後片付けは嫌いだ……が、私がやらないと調理器具が傷む」
つまり、後片付けはレイクロスがやると言う事だ。
元々料理人だったというだけあって、料理に対するプライドが彼をそうさせるのだろう。
「では私は洗い物と後片付けをしてくる、長旅に加えて思わぬ戦闘で疲れているだろう。 休んでいるといい」
レイクロスは偉そうにはしているものの、妙に礼儀正しかったり気を遣ったりする部分があるが元料理人という肩書きを知った事で見えてきた部分がある。
料理好きな上に綺麗好きである——というか本質的には心優しい人物なのではないかとアルフは考えるようになってきた。
「あの、アルフさん。 その、ジミーって人の事なんですけど……顔見知り、だったんです……よね?」
レイクロスが片付けをしに厨房に消えた後、リオナがアルフに聞いた。
「まあ、顔見知りっていうか……そうだな。 一緒に騎士を目指した仲だ」
「騎士を目指したというと、ウォルテンド騎士専門学校か」
「ああ、そうだ」
「名門中の名門、剣術だけでなく教養や人格まで優れていないと入学すら許されない学校……やはりアルフ、お前はエリートなんだな」
「まぁ、親父が親父だからな……裏口入学っていうよりはコネ入学さ。 親父は学校の連中に『俺の息子だからって手ぇ抜くなよ』って脅したらしいけど、結果は一発合格——忖度されたんだな」
アルフは少し不機嫌そうにしている、アルフ自身もそういった『忖度』は望んでいなかったのだろう。
「けど、そうして受かってしまった以上辞退をすること自体が騎士の名折れ。 俺は必死こいて努力して、首席になるまで登り詰めた」
「でも……人斬りが出来なかった」
「いいや、俺は人を殺したんだ」
「殺した、だと?」
アルフは少し冷めたお茶を啜り、話を進め始めた。
「騎士学校にいた頃、恋人がいたんだ。 アンリっていってな、同い年で奪還戦争の戦災孤児だった」
「奪還戦争——15年前に起きたウィンダム王国による再独立戦争の被害者ですか」
「あれは戦争というより敗戦国民の感情が爆発した結果次々に無差別テロが起きて泥沼化したんだ、あんなものは戦争と呼べない。 憎しみのぶつけ合いだ」
まるで見てきたかのように語るハル、彼女自身奪還戦争をネメシス騎士団として戦場に介入してウォルテンド騎士団の暴虐な振る舞いを止めてきた。
もっとも、ウォルテンド騎士団だけでなく敗戦国家のテロも阻止してきたので双方から恨まれてきたのだが。
約3年に渡り、奪還戦争は続いたがウィンダム王国だけではなく今の「王国」が世界を統一した後、燻っていたかつての敗戦国家群がウィンダム王国に続き王国に戦争を仕掛けた。
結果、世界を巻き込む無秩序な殺し合いが各地で発生するという地獄絵図が生まれた。
その間、魔女インファニアスは100年も前に殺されており魂はリオナの中で眠りについていた。
聖騎士達の活躍により、何とか沈静化し和解への道を歩んだがその傷痕は今でも残されている。
「戦争が終結して10年経っても封じられていたはずの魔物が復活したりして、騎士の仕事も多かったから俺みたいな騎士見習いも仕事が少なくなかったんだ」
「騎士の専門学校を出てもすぐに騎士になれるわけじゃないんですか?」
「そりゃあな、師匠について見習い期間を経て師匠の承認を得たら騎士に——騎士としての活躍が王や聖騎士に認められたら聖騎士に。 聖騎士は領地と、その領地の自治権が貰えるんだ」
「夢のある仕事だな」
「夢はあれど、簡単じゃないがな」
アルフは溜息をつく、ハルとリオナはそんなアルフを見てアルフが苦労してきたことを察する。
父親が父親だけに周囲から期待と重圧を背負ってきただろうし、人斬り恐怖症だという事が分かったら何を言われるか——
「騎士見習いとして魔物退治に東奔西走して、アンリと会ってデートしてジミーと実績比べをして……」
「青春だったんですね」
「青春ね……まぁ、そうだな」
アルフはただ懸命だった、同様に懸命だったジミーはいつもアルフに負けていた。
必死に追いかけてくるジミーから、アルフはいつも逃げていた。
立ち止まれば負けてしまうから、ダインの息子だから誰かに負けるわけにはいかなかった。
いっそ負けてしまえば楽だったかもしれない、しかし楽になってしまえばダインにボコボコにされて背中を蹴られるだろう。
ジミーが嫉妬していたのは分かっている、貴族の上等な女からも言い寄られていたが戦災孤児と付き合っていたのは周囲への当てつけでは無いかとも言われた。
だが、アンリはアルフにとっては最高の女だったし言い寄ってくるだけの女に価値なんて見出せなかった。
「けど、その青春は知っての通りすぐに終わった。 魔物化の病は知ってるだろ?」
「モンスター・ポットの出す呪いの粉か……かつてこの世界を破壊しようとした魔族共の王、魔王の遺産だな」
「ああ、今じゃ特効薬の研究もされているけど当時はどうしようもなかった」
魔物になったと言っても、記憶も自我もギリギリの段階まで残っている。
タチの悪い事に、モンスター・ポットの出す呪いの粉は一気に人間を魔物にするのではなく徐々に肉体を魔物に変えていき人間の感情は最後に変質していくのだ。
「まさか、アルフさんは……」
「ああ、俺は——俺たちは、国王の勅命を受けてウィールズ村を焼き払ったんだ。 アンリ諸共、な」
原因不明の、人間を魔物に変えてしまう奇病。 その感染を防ぐために、騎士はウィールズ村を焼いた。
自責の念に苛まれ、自ら命を絶った騎士もいた。
「そんな!」
「すぐにアンリの後を追うつもりだった、ジミーに……介錯を頼んだ。 けど、そうしたらジミーの奴に殴られたんだ」
お前みたいな奴でもいなくなったら、俺の人生に張り合いが無くなるだろ!
どんなに苦しくてもお前がいるから、俺みたいな甘ったれた御坊ちゃまでも騎士をやっている!
それが、俺をギリギリ支えてくれてんだ!!
確かそんな事を言っていた。
実力もないくせに何故か威張っているけど、仲間思いで逆境に立たされても最後まで折れない男。
「なのに、どうしてだろうな……」
しばらく間を置いて、ハルが言う。
「洗脳をせずとも、催眠をかけずとも人は変わる。 そういう状況にあるっていう事だな……組織そのものの腐敗だ」
「組織そのものの腐敗? 親父は色々自由にやってるからともかく、七大聖騎士《アークナイツ》がいるのにそんな……」
「ではディアの村で見たあれはなんだ? あれは『王国騎士』どもの装備でお前の知り合いがいた! 騎士どもは人間の血を集めていた! 目で見たそれは真実だったろう!!」
「……ごめん、その辺りはまだ受け止めきれないみたいだ」
ハルが席を立ち、小さな冷蔵庫から瓶を取り出す。
「飲むか?」
ラベルには『米酒』と記されている。
アイカイ地方の米で作られた酒は最高級品だ。
「ああ、そうしようかな」
「リオナも飲むか?」
リオナは16歳、今年で成人したばかりだが未だに酒を飲んだ事はない。
「つまみは……確か燻製チーズとイカの干物があったな」
ハルはウキウキしながら戸棚を漁っている。
眷属たちはこうして酒を飲んだり料理をしながら長い年月の暇を潰してきたのだろう。
「あの、アルフさん。 これからについてなんですけど……正式にバディとして、各地を巡りませんか?」
「それって、俺と一緒に冒険をするって事か?」
「はい! その、冒険しているうちに騎士団の事とか、国王の事とか、魔女について色々分かるんじゃないかって……それにその、アルフさん一人だときっと危ないです!」
確かに、ダインは人類最強の騎士であり常識なんてものが通用しない相手だ。
それに魔女の眷属となると今や人類共通の敵として認識されている。
だが、そんな利用価値だとかそんなものはアルフにとってはもう関係ない。
「俺は最初からリオナと一緒に冒険をするつもりだった、ただし……俺との旅は相当過酷なものになる。 その覚悟はあるんだよな?」
「覚悟の上です! それに、魔女と眷属の関係になったんだから一緒にいるのは当たり前じゃないですか」
「そうか、それじゃあ取り敢えず……飲むか!!」
ハルが用意した米酒にビーフジャーキー、燻製チーズにイカの干物でかなり酒は進み……3人とも翌日の昼までぐっすり眠る事になった。
魔女の城に戻ってくるとエプロンを身につけたレイクロスに出迎えられる。
「ローストビーフ丼……か」
「アルフレッド、どうかしたのか?」
「いや、食欲が無くなるような出来事があってさ」
「ふむ……そもそも、ローストビーフ丼を食べたいと言ったのは君だ。 責任を持って食すべきだと思うが」
「それは、分かってるよ」
レイクロスは先頭に立ってスタスタと歩いていく、この城は似たような景色が多い上に構造は複雑だ。
レイクロスは何百年と生きており、この城で長い時間を過ごしてきたため自分の家のように歩き回れるが何ヶ月か生活してみないときっと慣れないだろうとアルフは考えた。
「やっぱりちょっと、見覚えあるかも」
リオナがそう呟くと、アルフがそれに反応した。
「この城が?」
「はい、頭の片隅に残っているっていうか……記憶そのものは残っていないんですけど、デジャブを感じるんです」
「その様子だと、20歳になる頃には完全に記憶がお戻りになりますね」
レイクロスはアルフとリオナを案内しつつ、その会話に入ってくる。
リオナが魔女としての記憶を取り戻す、それはレイクロスにとっては願っても無いことだ。
魔女としての記憶を取り戻せば、魔女としての本来の力を取り戻し使命に目覚めるという事に繋がる。
そうなれば魔女は眷属を次々に増やし、革命戦でこの世界をひっくり返し理想郷を作り上げてくれるだろう。
「なぁ、レイクロス。 質問してもいいか?」
「内容によるな」
「眷属になった以上、俺は仲間なんだろ? 何だよ内容によるって」
「君は女性遍歴を初対面の男に聞かれて素直に答えるのか?」
「……魔女の記憶に関してだ」
「知ってる範囲で答えよう」
「もしもレイクロスの見立て通り、リオナが数年以内に魔女の記憶を取り戻したとする。 その場合、リオナの人格はどうなるんだ?」
レイクロスはゆっくりと足を止めると、その後をついて歩いていた3人もまた足を止める。
「リオナが魔女インファニアスに本格的な覚醒をしたとしても、肉体も魂もリオナのままだ。 命を形成するものは『感情』『記憶』『血液』という魔導理論は知っているな、聖騎士ならば」
「ああ、だけど——」
「リオナの魂は聖母が転生したものだが、どんな強力な命であろうと転生するにあたって記憶も力も抜け落ちてしまう。 だが聖母ほどの存在となれば、前世の記憶は殆ど取り戻してしまう」
「つまり、魔女にとって重要なファクターは記憶なのか。 リオナが魔女に乗っ取られるというよりは、リオナ自身が魔女って事だな」
「記憶を取り戻すのと並行して肉体も生まれ変わるらしい。どういったメカニズムなのかは私にも分からないがな」
アルフは少し安心した、いつかリオナがリオナでない存在になってしまうのではないかと内心不安だった。
それに、魔女は眷属に2つまで命令が出来るという。
残虐な魔女が自分に「市民を殲滅しろ」などという命令をかけたらどうなってしまうか——などと思っていたが。
「アルフ、大量の牛乳にコーヒーを混ぜたらそれは牛乳と呼べるか?」
それまで黙っていたハルが突然そんな質問をアルフにぶつけた。
何気ない哲学的な疑問だが、ハルの顔は真剣だった。
「お、おう……それはコーヒー牛乳だな」
「そういう事だ、覚悟しておいた方がいいぞ。 私の知る魔女『インファニアス』は……心優しい少女の心を、みんな闇に落としていった」
◆◆◆◆◆◆◆
レイクロスのローストビーフ丼は楽々亭とはまた別のベクトルに美味だった。
楽々亭のローストビーフ丼は赤身の旨味を活かし、それを引き立てるような味わいだがレイクロスのローストビーフ丼は肉の柔らかさや食べやすさを追求した印象を受けた。
ハルの出身地であるアイカイ地方でよく使われるワサビを使ったソースが味を引き締めてくれている。
ワサビは今や全国に流通しており、ファンも多い食材だ。
「食欲が無いという割に、あっさり完食したな」
「いや驚いた、プロ顔負けじゃないか」
「これでも数百年に渡り、聖母の舌を満足させ続けてきたんだ。 キャリア数十年程度の料理人には負けないさ」
「いや、そうは言うけど……」
政府公認の「星」を持ったリストランテは沢山あるが、最高峰とされる五つ星を持つには天賦の才能が必要とされている。
三つ星までは努力で取れるが、四つ星以上となれば何かを代償にしなければ取れないとさえ言われている。
四つ星リストランテのシェフが星を失う事を恐れるあまり、自ら命を絶つなんて事件もあった。
レイクロスの料理の腕はかつてアークブラッド家で働いていた元五つ星シェフに引けを取らないほどの腕前だ。
「レイクロスは元料理人だ、人間だった頃はな」
「なるほど」
「もう人間だった頃など忘れた、私にとっては瑣末な事だよ」
レイクロスはやや不機嫌そうな表情を浮かべる。
自分の本名の事は忘れた、人間の頃の記憶など忘れた。
レイクロスはそう語るが、アルフは「人間だった頃に相当キツい事があって忘れるようにしているのだろう」と推察した。
だが、この料理の腕前はただ技量があるわけではなく相当に情熱や誇りを持って調理したのだろうとも思った。
「でも、料理は好きなんだな」
「作るのも食べるのもな、後片付けは嫌いだ……が、私がやらないと調理器具が傷む」
つまり、後片付けはレイクロスがやると言う事だ。
元々料理人だったというだけあって、料理に対するプライドが彼をそうさせるのだろう。
「では私は洗い物と後片付けをしてくる、長旅に加えて思わぬ戦闘で疲れているだろう。 休んでいるといい」
レイクロスは偉そうにはしているものの、妙に礼儀正しかったり気を遣ったりする部分があるが元料理人という肩書きを知った事で見えてきた部分がある。
料理好きな上に綺麗好きである——というか本質的には心優しい人物なのではないかとアルフは考えるようになってきた。
「あの、アルフさん。 その、ジミーって人の事なんですけど……顔見知り、だったんです……よね?」
レイクロスが片付けをしに厨房に消えた後、リオナがアルフに聞いた。
「まあ、顔見知りっていうか……そうだな。 一緒に騎士を目指した仲だ」
「騎士を目指したというと、ウォルテンド騎士専門学校か」
「ああ、そうだ」
「名門中の名門、剣術だけでなく教養や人格まで優れていないと入学すら許されない学校……やはりアルフ、お前はエリートなんだな」
「まぁ、親父が親父だからな……裏口入学っていうよりはコネ入学さ。 親父は学校の連中に『俺の息子だからって手ぇ抜くなよ』って脅したらしいけど、結果は一発合格——忖度されたんだな」
アルフは少し不機嫌そうにしている、アルフ自身もそういった『忖度』は望んでいなかったのだろう。
「けど、そうして受かってしまった以上辞退をすること自体が騎士の名折れ。 俺は必死こいて努力して、首席になるまで登り詰めた」
「でも……人斬りが出来なかった」
「いいや、俺は人を殺したんだ」
「殺した、だと?」
アルフは少し冷めたお茶を啜り、話を進め始めた。
「騎士学校にいた頃、恋人がいたんだ。 アンリっていってな、同い年で奪還戦争の戦災孤児だった」
「奪還戦争——15年前に起きたウィンダム王国による再独立戦争の被害者ですか」
「あれは戦争というより敗戦国民の感情が爆発した結果次々に無差別テロが起きて泥沼化したんだ、あんなものは戦争と呼べない。 憎しみのぶつけ合いだ」
まるで見てきたかのように語るハル、彼女自身奪還戦争をネメシス騎士団として戦場に介入してウォルテンド騎士団の暴虐な振る舞いを止めてきた。
もっとも、ウォルテンド騎士団だけでなく敗戦国家のテロも阻止してきたので双方から恨まれてきたのだが。
約3年に渡り、奪還戦争は続いたがウィンダム王国だけではなく今の「王国」が世界を統一した後、燻っていたかつての敗戦国家群がウィンダム王国に続き王国に戦争を仕掛けた。
結果、世界を巻き込む無秩序な殺し合いが各地で発生するという地獄絵図が生まれた。
その間、魔女インファニアスは100年も前に殺されており魂はリオナの中で眠りについていた。
聖騎士達の活躍により、何とか沈静化し和解への道を歩んだがその傷痕は今でも残されている。
「戦争が終結して10年経っても封じられていたはずの魔物が復活したりして、騎士の仕事も多かったから俺みたいな騎士見習いも仕事が少なくなかったんだ」
「騎士の専門学校を出てもすぐに騎士になれるわけじゃないんですか?」
「そりゃあな、師匠について見習い期間を経て師匠の承認を得たら騎士に——騎士としての活躍が王や聖騎士に認められたら聖騎士に。 聖騎士は領地と、その領地の自治権が貰えるんだ」
「夢のある仕事だな」
「夢はあれど、簡単じゃないがな」
アルフは溜息をつく、ハルとリオナはそんなアルフを見てアルフが苦労してきたことを察する。
父親が父親だけに周囲から期待と重圧を背負ってきただろうし、人斬り恐怖症だという事が分かったら何を言われるか——
「騎士見習いとして魔物退治に東奔西走して、アンリと会ってデートしてジミーと実績比べをして……」
「青春だったんですね」
「青春ね……まぁ、そうだな」
アルフはただ懸命だった、同様に懸命だったジミーはいつもアルフに負けていた。
必死に追いかけてくるジミーから、アルフはいつも逃げていた。
立ち止まれば負けてしまうから、ダインの息子だから誰かに負けるわけにはいかなかった。
いっそ負けてしまえば楽だったかもしれない、しかし楽になってしまえばダインにボコボコにされて背中を蹴られるだろう。
ジミーが嫉妬していたのは分かっている、貴族の上等な女からも言い寄られていたが戦災孤児と付き合っていたのは周囲への当てつけでは無いかとも言われた。
だが、アンリはアルフにとっては最高の女だったし言い寄ってくるだけの女に価値なんて見出せなかった。
「けど、その青春は知っての通りすぐに終わった。 魔物化の病は知ってるだろ?」
「モンスター・ポットの出す呪いの粉か……かつてこの世界を破壊しようとした魔族共の王、魔王の遺産だな」
「ああ、今じゃ特効薬の研究もされているけど当時はどうしようもなかった」
魔物になったと言っても、記憶も自我もギリギリの段階まで残っている。
タチの悪い事に、モンスター・ポットの出す呪いの粉は一気に人間を魔物にするのではなく徐々に肉体を魔物に変えていき人間の感情は最後に変質していくのだ。
「まさか、アルフさんは……」
「ああ、俺は——俺たちは、国王の勅命を受けてウィールズ村を焼き払ったんだ。 アンリ諸共、な」
原因不明の、人間を魔物に変えてしまう奇病。 その感染を防ぐために、騎士はウィールズ村を焼いた。
自責の念に苛まれ、自ら命を絶った騎士もいた。
「そんな!」
「すぐにアンリの後を追うつもりだった、ジミーに……介錯を頼んだ。 けど、そうしたらジミーの奴に殴られたんだ」
お前みたいな奴でもいなくなったら、俺の人生に張り合いが無くなるだろ!
どんなに苦しくてもお前がいるから、俺みたいな甘ったれた御坊ちゃまでも騎士をやっている!
それが、俺をギリギリ支えてくれてんだ!!
確かそんな事を言っていた。
実力もないくせに何故か威張っているけど、仲間思いで逆境に立たされても最後まで折れない男。
「なのに、どうしてだろうな……」
しばらく間を置いて、ハルが言う。
「洗脳をせずとも、催眠をかけずとも人は変わる。 そういう状況にあるっていう事だな……組織そのものの腐敗だ」
「組織そのものの腐敗? 親父は色々自由にやってるからともかく、七大聖騎士《アークナイツ》がいるのにそんな……」
「ではディアの村で見たあれはなんだ? あれは『王国騎士』どもの装備でお前の知り合いがいた! 騎士どもは人間の血を集めていた! 目で見たそれは真実だったろう!!」
「……ごめん、その辺りはまだ受け止めきれないみたいだ」
ハルが席を立ち、小さな冷蔵庫から瓶を取り出す。
「飲むか?」
ラベルには『米酒』と記されている。
アイカイ地方の米で作られた酒は最高級品だ。
「ああ、そうしようかな」
「リオナも飲むか?」
リオナは16歳、今年で成人したばかりだが未だに酒を飲んだ事はない。
「つまみは……確か燻製チーズとイカの干物があったな」
ハルはウキウキしながら戸棚を漁っている。
眷属たちはこうして酒を飲んだり料理をしながら長い年月の暇を潰してきたのだろう。
「あの、アルフさん。 これからについてなんですけど……正式にバディとして、各地を巡りませんか?」
「それって、俺と一緒に冒険をするって事か?」
「はい! その、冒険しているうちに騎士団の事とか、国王の事とか、魔女について色々分かるんじゃないかって……それにその、アルフさん一人だときっと危ないです!」
確かに、ダインは人類最強の騎士であり常識なんてものが通用しない相手だ。
それに魔女の眷属となると今や人類共通の敵として認識されている。
だが、そんな利用価値だとかそんなものはアルフにとってはもう関係ない。
「俺は最初からリオナと一緒に冒険をするつもりだった、ただし……俺との旅は相当過酷なものになる。 その覚悟はあるんだよな?」
「覚悟の上です! それに、魔女と眷属の関係になったんだから一緒にいるのは当たり前じゃないですか」
「そうか、それじゃあ取り敢えず……飲むか!!」
ハルが用意した米酒にビーフジャーキー、燻製チーズにイカの干物でかなり酒は進み……3人とも翌日の昼までぐっすり眠る事になった。
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(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
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