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第二章『友達の領分』
11.友達の領分
四限、法学英語入門。
未那は席につき、ノートを開くふりをした。窓の外は白く、雨が降りそうな匂いが先に来ている。
「……隣、いい?」
上から声が落ちてきた。律だった。小さく頷いて荷物を寄せる。
椅子の脚が鳴って、律が座る。
「LINE……見た。授業終わったら話そう」
笑わない。口元がきれいに結ばれている。
未那はひと呼吸おいて、「うん……」と応えた。
*
語学棟の渡り廊下。屋根の下のベンチは、半分外にあった。雨はまだ落ちてこないのに、風が湿っている。遠くで空が鳴る気配がする。
人の流れから外れると、音が変わった。足音が薄くなり、代わりに空気の匂いが濃くなる。
並んで座るまでが、静かだった。
未那は膝の上で手を組み、ほどく。指先が冷たい。
「ごめん……返信、ずっとできなかったのは、謝る」
未那はそう言って、待った。
返事がない。湿った風が、先に頬を撫でた。
やっと、律は口を開いた。
「俺もごめん。……今めちゃくちゃ緊張してる。ちゃんと話すの、久しぶりで」
未那は頷いた。この人が緊張とか、と思う。でも耳の先がほんのり赤くて、ああ本当なんだと分かった瞬間、胸の奥が不意にゆるんだ。
押しつける強さじゃなくて、本気で失敗したくない顔をしているとき、その顔の律が未那は好きだった。自分だけが知ってる律のようで。
「何が間違ってたのか、ずっと考えてた。……いや、結構前からわかってた。雪村先輩に言われた。新歓の後すぐ。なのに」
律が唇を噛む。
「修正できなかった。一緒にいるのが嬉しくて」
未那は何も言えなかった。
律の声が続く。
「サークルのあと。“点数つけてるみたい”って言われて、やっと刺さった……俺がバカだった。ずっと圧かけて」
律は小さく息を吐く。雨の匂いが濃くなる。
「最初は、楽しかったよ。律くんと同じ学校ってだけで。なのに、実際はなんか違って」
「篠宮はどうしたい。……欧といるほうが、楽しい?」
「は?」
未那は思わず顔を上げる。
「なんでそうなるの。龍寧くん。今、関係……ある?」
「……見えたから」
律は、自分で自分の言葉に気づいたように、眉を寄せた。
「ごめん。また変なこと言ってる自覚ある」
「そういうところだよ……。あの人は、話せって言っただけ。アドバイス」
律の瞳が揺れて、それ以上は何も言わなかった。
「そっか」
律が引いたのがわかった。未那は息を吸った。
「ねえ。僕が翠陵に戻ってきた理由、覚えてる?」
「法学部が強いから」
即答に笑いそうになる。
「……それもあるけど。律くんと大学生したかったからだよ」
律が目を上げた。
「小中高で隣にいれなかったから。大学、一緒にしたいって、律くんが言った」
「……言った」
「その時、楽しそうって本気で思った。律くんが効率重視なのも、要領いいのも、連絡多いのも知ってる。そこは今更いい」
律の顔が、神妙になる。
未那は言い直すように、もう一つ言葉を落とす。
「でも、管理されたくない。信じてほしい」
律はすぐに返さなかった。
少し考えてから、未那は短く言う。
「友達、だよ」
律が黙る。
喉仏が、ゆっくり動いた。
「……わかった」
短く言って、それから間があいて、
「友達でいる」
と言った。
胸がほどける。
自分の言葉ひとつで、この人が引いた。
その手応えが、わずかに甘い。――まずいと、わかるくらいには。
「……約束ね」
律は、頷いた。
雨はまだ落ちてこない。なのに、空気はもう濡れていた。
未那は席につき、ノートを開くふりをした。窓の外は白く、雨が降りそうな匂いが先に来ている。
「……隣、いい?」
上から声が落ちてきた。律だった。小さく頷いて荷物を寄せる。
椅子の脚が鳴って、律が座る。
「LINE……見た。授業終わったら話そう」
笑わない。口元がきれいに結ばれている。
未那はひと呼吸おいて、「うん……」と応えた。
*
語学棟の渡り廊下。屋根の下のベンチは、半分外にあった。雨はまだ落ちてこないのに、風が湿っている。遠くで空が鳴る気配がする。
人の流れから外れると、音が変わった。足音が薄くなり、代わりに空気の匂いが濃くなる。
並んで座るまでが、静かだった。
未那は膝の上で手を組み、ほどく。指先が冷たい。
「ごめん……返信、ずっとできなかったのは、謝る」
未那はそう言って、待った。
返事がない。湿った風が、先に頬を撫でた。
やっと、律は口を開いた。
「俺もごめん。……今めちゃくちゃ緊張してる。ちゃんと話すの、久しぶりで」
未那は頷いた。この人が緊張とか、と思う。でも耳の先がほんのり赤くて、ああ本当なんだと分かった瞬間、胸の奥が不意にゆるんだ。
押しつける強さじゃなくて、本気で失敗したくない顔をしているとき、その顔の律が未那は好きだった。自分だけが知ってる律のようで。
「何が間違ってたのか、ずっと考えてた。……いや、結構前からわかってた。雪村先輩に言われた。新歓の後すぐ。なのに」
律が唇を噛む。
「修正できなかった。一緒にいるのが嬉しくて」
未那は何も言えなかった。
律の声が続く。
「サークルのあと。“点数つけてるみたい”って言われて、やっと刺さった……俺がバカだった。ずっと圧かけて」
律は小さく息を吐く。雨の匂いが濃くなる。
「最初は、楽しかったよ。律くんと同じ学校ってだけで。なのに、実際はなんか違って」
「篠宮はどうしたい。……欧といるほうが、楽しい?」
「は?」
未那は思わず顔を上げる。
「なんでそうなるの。龍寧くん。今、関係……ある?」
「……見えたから」
律は、自分で自分の言葉に気づいたように、眉を寄せた。
「ごめん。また変なこと言ってる自覚ある」
「そういうところだよ……。あの人は、話せって言っただけ。アドバイス」
律の瞳が揺れて、それ以上は何も言わなかった。
「そっか」
律が引いたのがわかった。未那は息を吸った。
「ねえ。僕が翠陵に戻ってきた理由、覚えてる?」
「法学部が強いから」
即答に笑いそうになる。
「……それもあるけど。律くんと大学生したかったからだよ」
律が目を上げた。
「小中高で隣にいれなかったから。大学、一緒にしたいって、律くんが言った」
「……言った」
「その時、楽しそうって本気で思った。律くんが効率重視なのも、要領いいのも、連絡多いのも知ってる。そこは今更いい」
律の顔が、神妙になる。
未那は言い直すように、もう一つ言葉を落とす。
「でも、管理されたくない。信じてほしい」
律はすぐに返さなかった。
少し考えてから、未那は短く言う。
「友達、だよ」
律が黙る。
喉仏が、ゆっくり動いた。
「……わかった」
短く言って、それから間があいて、
「友達でいる」
と言った。
胸がほどける。
自分の言葉ひとつで、この人が引いた。
その手応えが、わずかに甘い。――まずいと、わかるくらいには。
「……約束ね」
律は、頷いた。
雨はまだ落ちてこない。なのに、空気はもう濡れていた。
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