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その勇者の名は
ep.30 とくと見よ
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とある日。センリはいつものようにネフライ宅へ。
「……ん?」
しかしいくら扉を叩いても反応がない。仕方がないと扉を開けて中に入った矢先、目に飛び込んできたのは床や壁に飛び散った血の跡だった。
「――ッ!」
センリは人の気配がした居間へ駆けこんだ。
「……おい。そこで何をしている」
居間にいたのは呆然と立ち尽くすネフライだった。ネフライはゆっくりと振り返り、手に持っていた1枚の紙を差しだした。
「なんだこれは」
センリは紙を受け取って文面に目を通した。そこにはこう書かれていた。
『闇の申し子とそれに与する者へ告げる。憐れな子羊は預かった。返してほしくば今日の日没後、街外れの教会へ2人で来い』
「……あの塵どもか」
センリは握った紙をぐしゃっと潰した。
「今宵、私はそこへ行きます。あなたはどうしますか?」
「行くに決まってるだろ。喧嘩を売られたんだ」
「そうですか。分かりました。では日没前にここへ来てください。私が街外れの教会まで案内します」
「どこの教会か分かるのか?」
「街外れの教会はいくつか存在します。ですが使われなくなった教会はその中でたった1つだけ。おそらくそこで間違いありません」
そう言うネフライの面持ちは何とも言えない複雑なものだった。様々な感情が入り乱れているのだろう。
「分かった。じゃあ俺はこれで帰るぞ。お前は戦う準備をしておけ。あの塵どもの考えることは碌でもないからな」
「言われなくてもそのつもりです」
ネフライは愛する妻子を取り戻すために心から雑念を取り払った。
###
そうして迎えた戦いの時。センリとネフライは家で落ち合い、約束の場所へ向かった。
街外れの荒れ果てた教会に到着し、日が沈みゆく中、そこで待っていると、日没と同時に1台の魔馬車がそこへやってきた。
「乗れ、ということか」
「そのようですね」
2人が荷台に乗り込むと御者が馬車を走らせた。
馬車は街外れからさらに遠くへ。人通りも民家も消えていき牧場や農場が目に付くようになった。
「どこまで行くつもりだ」
「……用心深いですね。警備が厳重な街で事は起こせないということでしょうか」
よく似た景色を眺めながら馬車は月夜を走る。彼らがその景色に見飽きるよりも早く馬車はある場所に到着した。
そこは広大な採石場。大規模な建設が行なわれる際にここから石材を切りだすのだ。普段は使われていないが新兵器の実験場として使われることもある。
荷台から降り御者に案内されて2人は悪意を抱く相手と対面した。
「逃げはしなかったようだな。闇の申し子よ」
「お前こそ一度見逃してやったのにまた刃向ってくるとはな」
センリとジュゼットの間で殺意の視線が交差した。
「私の妻と息子を返してもらおう」
「まあ待て。闇に与する者よ。その前に我らより貴様らへ返すものがある」
ジュゼットは手を叩いて数多くいる部下の中から2人をこちらへ寄越した。白ローブの2人は大きな麻袋をそれぞれ抱えていた。
その部下たちは立ち止まり、麻袋を放った。腰を落とし今度は麻袋の口から底まで一気にナイフで切り裂いた。
「とくと見よ」
ジュゼットの愉悦。現れた麻袋の中身にセンリとネフライは大きく目を見開いた。
「闇に汚染された憐れな魂は我らによって救済された。これ以上、彼らが穢されることはないのだ。感謝したまえ」
目の前に転がった2つの死体。センリはそのどちらにも見覚えがあった。
「カ、カイルッ!」
ネフライは死体の1つに駆け寄った。抱き起こして激しく揺するがその顔に生前の明るい笑みは戻らない。
「その子供は我らの正道を妨害した。あろうことか闇に染まったその手で私の顏にも傷を付け穢したのだ」
ジュゼットは左頬の焦げた傷に手を当てた。
「そしてその女は下賤な身でありながら闇の誘惑に乗り、情報を提供するよう求めた我らを欺いた」
もう1つの死体はかつてセンリが銀貨5枚で買った女だった。そこにはもうあの直向きな姿の彼女はいない。歩き始めた夢も今となっては二度と叶うことはない。
「だがしかし神に清められし我らの手によって浄化された。咎めることはもうしない。神のもとで安らかに眠れ」
「ふざけるなッ! 何が浄化だッ! お前たちこそ神に背いた大逆者だッ!」
ネフライは叫んだ。
「世界の崩壊という災厄を止めるためには多少の犠牲は付き物。だからこそ我らは1人1人を尊び、丁寧に浄化を行なう。みなが死後、楽園へ行けるように」
「神がそんな屁理屈を許すとでも……ッ!」
「我らの行いは善行。神よりお褒めの言葉をいただくことはあってもお叱りの言葉をいただくことは決してない。この世から闇の脅威が消えた時、人々は目を覚まし我らを褒め称えるであろう」
ジュゼットは穏やかな表情を浮かべて両手を広げた。するとその前に布で口を塞がれたカレンが連れてこられた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「カレンッ!」
「……ッ!」
カレンは夫の声に応えた。しかし口を塞がれていて言葉を発することができない。
「妻を離せッ!」
「黙れ。私は元凶に用がある。闇の申し子よ。貴様ならこれが何か分かるはずだ」
ジュゼットが言った直後、地面に無数の光が走り円形の魔方陣が現れた。それは古より魔族を封じるために使われてきた人間の英知の結集。封印陣だった。
「もし貴様が大人しくこの魔方陣の中心に立つと言うなら、その憐れな男にこの女を返してやろう」
「……ッ!」
ネフライはハッとしてセンリのほうを振り向いた。が、何も言えない。七賢者の末裔としては是が非でもセンリを引き渡すわけにはいかない。また夫としては是が非でもカレンを取り返したい。交錯する立場に何も言えないまま唇を噛んだ。
「聞け。ネフライ。お前は合図を待て」
センリはネフライにだけ聞こえる大きさの声で言った。それは他ならぬ妻を助けにいけという意味だった。
「観念して来る気になったか」
センリは歩みを進めて魔方陣の中に入った。さらに歩いて中心に立つ。
「滅することができなくとも、封印することならできる。みなの者、かかれ」
その合図で部下たちは一斉に封印陣に手をついて魔力を注いだ。魔方陣の端から大量の光る鎖が飛びだしてセンリに巻きついていく。勢いは止まることを知らず鎖は何重にも全身を覆い尽くした。やがてその体は見えなくなり大きな鎖の塊と化した。鎖が途切れると魔方陣は中心に向かって回転しながら収縮し、鎖の塊を丸ごと包んだ。
「ククク……ハハハッ! 我らの勝利だ! これでこの世に破滅は訪れない! お前たちはあの封印塊を馬車に運べ。本国の教会、その地下深くに安置する。万全を期するために闇に触れたその男と女は始末しておけ」
そう言ってジュゼットは背を向けた。カレンは息を呑み、ネフライは目を見張った。
その時、突如として爆裂音が鳴った。発生した衝撃波は空気を伝わり周囲を吹き飛ばさんとした。ネフライは地に伏して耐え、カレンは運良く見張りの男を盾にして凌いだ。
慌てて振り返ったジュゼットの視線の先には、
「悪いな。窮屈で手を動かしたら壊れちまった」
封印を解いたセンリが立っていた。漆黒の髪が逆立ち、瞳が深淵の闇に濁る。
憤怒の導火線に火がついた。もう、誰にもそれを止められない。
「……ん?」
しかしいくら扉を叩いても反応がない。仕方がないと扉を開けて中に入った矢先、目に飛び込んできたのは床や壁に飛び散った血の跡だった。
「――ッ!」
センリは人の気配がした居間へ駆けこんだ。
「……おい。そこで何をしている」
居間にいたのは呆然と立ち尽くすネフライだった。ネフライはゆっくりと振り返り、手に持っていた1枚の紙を差しだした。
「なんだこれは」
センリは紙を受け取って文面に目を通した。そこにはこう書かれていた。
『闇の申し子とそれに与する者へ告げる。憐れな子羊は預かった。返してほしくば今日の日没後、街外れの教会へ2人で来い』
「……あの塵どもか」
センリは握った紙をぐしゃっと潰した。
「今宵、私はそこへ行きます。あなたはどうしますか?」
「行くに決まってるだろ。喧嘩を売られたんだ」
「そうですか。分かりました。では日没前にここへ来てください。私が街外れの教会まで案内します」
「どこの教会か分かるのか?」
「街外れの教会はいくつか存在します。ですが使われなくなった教会はその中でたった1つだけ。おそらくそこで間違いありません」
そう言うネフライの面持ちは何とも言えない複雑なものだった。様々な感情が入り乱れているのだろう。
「分かった。じゃあ俺はこれで帰るぞ。お前は戦う準備をしておけ。あの塵どもの考えることは碌でもないからな」
「言われなくてもそのつもりです」
ネフライは愛する妻子を取り戻すために心から雑念を取り払った。
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そうして迎えた戦いの時。センリとネフライは家で落ち合い、約束の場所へ向かった。
街外れの荒れ果てた教会に到着し、日が沈みゆく中、そこで待っていると、日没と同時に1台の魔馬車がそこへやってきた。
「乗れ、ということか」
「そのようですね」
2人が荷台に乗り込むと御者が馬車を走らせた。
馬車は街外れからさらに遠くへ。人通りも民家も消えていき牧場や農場が目に付くようになった。
「どこまで行くつもりだ」
「……用心深いですね。警備が厳重な街で事は起こせないということでしょうか」
よく似た景色を眺めながら馬車は月夜を走る。彼らがその景色に見飽きるよりも早く馬車はある場所に到着した。
そこは広大な採石場。大規模な建設が行なわれる際にここから石材を切りだすのだ。普段は使われていないが新兵器の実験場として使われることもある。
荷台から降り御者に案内されて2人は悪意を抱く相手と対面した。
「逃げはしなかったようだな。闇の申し子よ」
「お前こそ一度見逃してやったのにまた刃向ってくるとはな」
センリとジュゼットの間で殺意の視線が交差した。
「私の妻と息子を返してもらおう」
「まあ待て。闇に与する者よ。その前に我らより貴様らへ返すものがある」
ジュゼットは手を叩いて数多くいる部下の中から2人をこちらへ寄越した。白ローブの2人は大きな麻袋をそれぞれ抱えていた。
その部下たちは立ち止まり、麻袋を放った。腰を落とし今度は麻袋の口から底まで一気にナイフで切り裂いた。
「とくと見よ」
ジュゼットの愉悦。現れた麻袋の中身にセンリとネフライは大きく目を見開いた。
「闇に汚染された憐れな魂は我らによって救済された。これ以上、彼らが穢されることはないのだ。感謝したまえ」
目の前に転がった2つの死体。センリはそのどちらにも見覚えがあった。
「カ、カイルッ!」
ネフライは死体の1つに駆け寄った。抱き起こして激しく揺するがその顔に生前の明るい笑みは戻らない。
「その子供は我らの正道を妨害した。あろうことか闇に染まったその手で私の顏にも傷を付け穢したのだ」
ジュゼットは左頬の焦げた傷に手を当てた。
「そしてその女は下賤な身でありながら闇の誘惑に乗り、情報を提供するよう求めた我らを欺いた」
もう1つの死体はかつてセンリが銀貨5枚で買った女だった。そこにはもうあの直向きな姿の彼女はいない。歩き始めた夢も今となっては二度と叶うことはない。
「だがしかし神に清められし我らの手によって浄化された。咎めることはもうしない。神のもとで安らかに眠れ」
「ふざけるなッ! 何が浄化だッ! お前たちこそ神に背いた大逆者だッ!」
ネフライは叫んだ。
「世界の崩壊という災厄を止めるためには多少の犠牲は付き物。だからこそ我らは1人1人を尊び、丁寧に浄化を行なう。みなが死後、楽園へ行けるように」
「神がそんな屁理屈を許すとでも……ッ!」
「我らの行いは善行。神よりお褒めの言葉をいただくことはあってもお叱りの言葉をいただくことは決してない。この世から闇の脅威が消えた時、人々は目を覚まし我らを褒め称えるであろう」
ジュゼットは穏やかな表情を浮かべて両手を広げた。するとその前に布で口を塞がれたカレンが連れてこられた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「カレンッ!」
「……ッ!」
カレンは夫の声に応えた。しかし口を塞がれていて言葉を発することができない。
「妻を離せッ!」
「黙れ。私は元凶に用がある。闇の申し子よ。貴様ならこれが何か分かるはずだ」
ジュゼットが言った直後、地面に無数の光が走り円形の魔方陣が現れた。それは古より魔族を封じるために使われてきた人間の英知の結集。封印陣だった。
「もし貴様が大人しくこの魔方陣の中心に立つと言うなら、その憐れな男にこの女を返してやろう」
「……ッ!」
ネフライはハッとしてセンリのほうを振り向いた。が、何も言えない。七賢者の末裔としては是が非でもセンリを引き渡すわけにはいかない。また夫としては是が非でもカレンを取り返したい。交錯する立場に何も言えないまま唇を噛んだ。
「聞け。ネフライ。お前は合図を待て」
センリはネフライにだけ聞こえる大きさの声で言った。それは他ならぬ妻を助けにいけという意味だった。
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「滅することができなくとも、封印することならできる。みなの者、かかれ」
その合図で部下たちは一斉に封印陣に手をついて魔力を注いだ。魔方陣の端から大量の光る鎖が飛びだしてセンリに巻きついていく。勢いは止まることを知らず鎖は何重にも全身を覆い尽くした。やがてその体は見えなくなり大きな鎖の塊と化した。鎖が途切れると魔方陣は中心に向かって回転しながら収縮し、鎖の塊を丸ごと包んだ。
「ククク……ハハハッ! 我らの勝利だ! これでこの世に破滅は訪れない! お前たちはあの封印塊を馬車に運べ。本国の教会、その地下深くに安置する。万全を期するために闇に触れたその男と女は始末しておけ」
そう言ってジュゼットは背を向けた。カレンは息を呑み、ネフライは目を見張った。
その時、突如として爆裂音が鳴った。発生した衝撃波は空気を伝わり周囲を吹き飛ばさんとした。ネフライは地に伏して耐え、カレンは運良く見張りの男を盾にして凌いだ。
慌てて振り返ったジュゼットの視線の先には、
「悪いな。窮屈で手を動かしたら壊れちまった」
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