Betrayed Heroes -裏切られし勇者の末裔は腐敗世界を破壊し叛く-

砂糖かえで

文字の大きさ
75 / 84
火に渦巻くは歴史の咎

ep.62 かないもしない、ゆめなんて……

しおりを挟む
 城内を歩けば誰かに見つかると踏んでエスカは予備のローブを、クロハは動きやすい服を、センリはさらに気配遮断の魔術をアルテに施した。そのおかげで堂々と城門から出ていっても誰にも気づかれることはなかった。

「びっくり。本当に気づかれないなんて。やっぱりあんたたちってとんでもない」
「素が出てるぞ」

 センリの横槍でアルテは慌てて取り繕った。が、効果はなく、むしろエスカやクロハの笑いを誘っただけだった。

「ふふっ。大丈夫ですよ。無理しなくても」
「ははっ。我はそちらのほうが好みじゃな」

 生まれてから友達と呼べる人間を持ったことはなかった。そもそも隔離されてきた彼女にとってはそれが何か分からず、本当の自分をさらけ出せるのも家族の前だけだった。

 恐ろしい。分からない。それなのに今こうして彼女は形容しがたい何か温かいものを心の中に感じていた。

 道なりに歩いて下っていくと、騒がしい街の声が近づいてきた。門を通り抜けて大通りに出ればほら、別世界の光景が広がっていた。

「わあ……!」と思わず子供じみた声を上げるアルテ。

 使用人から聞かされた前夜祭の楽しげな話。けれども実際に訪れたのは初めてで。

「あれは何? 向こうのあれは?」

 アルテは手当たり次第に指を差す。先には屋台店や露店が並び人で賑わっている。

「ふふふ。せっかくですから色々と立ち寄ってみましょうか」
「そうでなくては。このために夕食を控えたのだ、我は」

 ぐう、とクロハの腹が鳴った。

「ほらな、こやつも早く行けと言うておる」

 おどけながら腹を叩くそんなクロハを見てアルテはくすくすと笑った。

 それから一行ははぐれないよう寄り集まって人混みの中に消えていった。

 ###

「――わあ! これ美味しいっ!」

 屋台で食べた庶民の味に感心するアルテ。幼子のように目を輝かせて次から次へと舌鼓を鳴らす。そのすぐうしろにつくエスカが食べ物を購入するたびにクロハが毒見をしてから彼女たちに返していた。

 しんがりのセンリは街の様子をくまなく確認しては物思いにふけっている。

「はい。センリさんにも」

 そんな彼に屋台の食事をお裾分けするエスカ。

「…………」

 受け取ったセンリは無言のままそれを口に運んだ。無愛想で感謝の一つも言えない彼のその姿をエスカはただただ嬉しそうに見つめていた。

「……?」

 出し抜けに振り返って片耳を触るセンリ。

「センリさん?」
「いや、なんでもない」

 かすかに耳飾りが反応した。そんな気がしたが今は全くの無反応。付け慣れていないせいで敏感になっているだけだと自分に言い聞かせた。

「ういー! なんだかいい気分になってきたわー!」
「ええのう、ええのう! もっと飲め飲めー!」

 ふと目を離した隙にぐびぐび酒を飲んでいた王女たち。クロハが煽るのでアルテはずっと喉を鳴らしている。

「あっ、ちょっと2人ともっ!」

 見兼ねてエスカが間に割って入った。有無を言わせず手にしていた酒瓶を全部没収する。

「飲むのが駄目とは言いません。ですがそんな飲み方をしては体がおかしくなってしまいます。なのでこれらは少し酔いが覚めた頃にお返ししますね」

 エスカからの提案に不満半分納得半分の王女たち。

 まだそんなに飲んでいなかったクロハはおとなしくなったが、すでにたくさん飲んでいたアルテは視界に入ったセンリを見るやずかずかと近寄って人差し指を向けた。

「ねえ、あんた! 知ってるんだからね!」
「何を?」
「あんたがあの子に、セレネに手を出したことは! 言わなくたって分かるわ!」

 それを聞いてクロハはきょとんとしたあとに頬を赤らめながら不器用に笑った。エスカは込み上がる嫉妬心によるものか表情に陰りを帯びていた。

「だとして何の問題がある? 無理に襲ったわけでもないのに」
「も、も、問題、おおありよっ! いい? もしそういうことが」
「大声で喋るのは結構だが、みんな聞いてるぞ」
「――っ!」

 横槍を入れられてハッとしたアルテはくすんでいた周りに目をやる。すると気まずそうな顔の店主や楽しげに野次馬している人々がはっきりと見えた。

「べっ、別の場所に行くわよっ!」

 アルテは強引にセンリの手を引いて人気のない場所まで移動する。そのあとをクロハとエスカが形容しがたい表情のまま追った。

 右に左に。アルテは横目で辺りを窺いながら、

「もしあの子が将来お嫁に行けなくなったらどう責任取るつもりっ!?」

 男の手を引いた状態でそう問いかける。

「たったそれだけで行けなくなるのか」
「当たり前でしょ! あんたみたいな庶民と一緒にしないで。結婚するまでは純潔を守らないと駄目なのよ。相手方の顔を立てるために」
「人ではなく商品としての価値。政治の道具というわけか。それなら納得だ」
「……そんな汚い言い方しないで。私たちは高潔な世界で暮らしているの。決まりを守り、伝統を尊び、気高く生きていく。あんたがあの子にしたことは未来を奪ったも同然なのよ」

 違う世界、けれど俯瞰ふかんから見れば狭い世界の話。センリは一呼吸置いてからアルテの手を振り解いた。彼女は虚をつかれて振り返る。

「なら言わせてもらうが、お前はその未来とやらを信じていたのか? 巫女は代々孤独に死ぬと言う。あいつも言っていた。この先、誰かを愛する機会は来ないだろうと。忌み子でもあるあいつの未来がないことはお前が誰よりも知っていたはずだ」
「……そっ、あっ」

 喉もとでつかえた言葉。肯定はすなわち長い間続いてきた巫女という伝統の否定。神への冒涜に他ならない。

 重い沈黙が続く。エスカとクロハはただ静かに行く末を見守っている。

「――なあ、生きていて楽しいか? それで」

 口火を切ったのは、かつて生きる意味を見失った男だった。

「賭けに負ければ、家も着る物もなく、惨めに残飯を漁るような日々が待っている。自由とはそういうものだ。だがな、少なくとも自分の足でどこまでも歩いていける。明日の夜明けに、望みを抱くこともできる」

 生まれや責務。伝統や歴史。固定観念や恐怖。様々なものに縛られていつの間にか心まで身動きがとれなくなってしまった。

 明日は違う風が吹くという当たり前のことすら忘れてしまった。

「……わだし、だっで……」

 酒の勢いも相まってかアルテは急に泣きだした。唇をわなわなと震わせながら、ぼろぼろと涙をこぼして声を張り上げる。

「わだしだっでわかってるわよッ! もうごんなぜいかづはいやッ! ずっどへやにいで、ぞどにはでられないじッ! どもだぢもできないじッ! だのじいごどなんでぜんぜんないッ! なんなのよ、ひのがみっで! ぢっどもやぐにだだないじゃないッ!」

 長年溜め込んでいた感情が爆発する。もうそこには伝統を重んじる気持ちも、神を敬う気持ちもない。

「あんだも……どうぜなにもでぎないぐぜにむぜぎにんなごといわないでよ……ッ!」

 その場に膝から崩れ落ちてアルテは子供のように泣きじゃくる。

「かないもしない、ゆめなんて……みせないでよ……!」

 いたたまれなくなってエスカとクロハが嗚咽する彼女のもとへ駆け寄った。その背中をさすって気分を落ち着けている。

「――明日。その伝統を破壊する」

 闇夜を裂くようにセンリが言った。

 ゆっくりと顔を上げるアルテ。涙と鼻水でくしゃくしゃになった彼女には高貴であった時の面影がない。

「そして……膿んだ歴史の咎を引きずり出してやる」

 混じり気のない真っ直ぐな視線が射抜く。

 アルテは何も言えずにいた。

 エスカとクロハは覚悟を決めた表情でしたたかにうなずいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜

サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。 〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。 だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。 〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。 危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。 『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』 いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。 すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。 これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

処理中です...