27 / 83
四度目の世界
26.
しおりを挟む恋をすると盲目的になるとはいうけれど、理性や常識を失うくらい恋に恋して自分自身が傷付くのはどうかと思うと桜華は思った。
葵の彼女の桃という女の子もそうだった。
ただ『彼女』というだけで、なんの特別なものでもない。毎日違う女の子と帰宅して、毎日違う女の子と仲良く過ごす。
そんな葵に、健気にも好き好きアピールをする桃を哀れだなと思っていた。
自分だったら殴っているだろうが、葵が他の子と歩いていても、桃は黙って我慢して見ないフリをしていた。理解ができない存在。
「ねえ、久しぶりだね。岸田さん」
桜華は笑顔でそう言うと、びくりと肩を震わせ目を逸らされる。
「どなたですか」
小声で言われ、桜華はそう来るかと思った。
あんなきつい目で睨んできておいてよく言うなあ。
「葵はいないの?」
そんな風にシラを切るならと、桜華はわざと葵の名前を出してみる。
どうして彼女がこの世界にいるのかという疑問もあるけれど、それは一旦置いておいて、とりあえず葵もいるのかを確認したかった。
彼女が本物であるのなら、葵だって、この世界にいたとしてもおかしくはない。自分がいるように。
「侑斗くんのファンクラブに入ってるってことは、今回は葵とは付き合ってないん…」
「お…お前が!葵くんの名前を呼ぶな!侑斗くんなんて呼ぶな!!」
桃が突然叫ぶ。周りの空気がぶわりと揺らめいたのを感じた。駅前の時の殺気と同じだ。
やはり桃がそうだった。桜華は手をきつく握りしめた。
『桜華、それ以上刺激をしてはいけません』
天津の声がした。
叫び声に、校門から出てくる生徒たちはチラチラと見ながら関わらないようにと立ち去ろうとするものや、遠くの方でヒソヒソ囁きながら様子を見てくるものもいるようだ。
侑斗たちも驚いて駆け足で近寄ってくる。
(何故この女から女神の匂いが…)
天津が再び桜華へ警告する。
『ここは人が多すぎます。この者がそうだとしても、危険に変わりありません。刺激するのはいけません』
「でも!」
『いけません。彼女から女神の匂いがします。魔法を使われたら被害が大きくなるとアナタならお分かりになるでしょう?』
いい子だから…。そんな風にも聞こえる天津の言い方に不意に力が抜けた。
わかっている。
桃は人をひとり殺せるくらいの魔力を持っていることは桜華にもわかっていた。
「どうしたの?」
大丈夫?と侑斗が桜華の肩に手をやり顔を覗き込んでくる。それに桜華は頷いた。
みんなを危険に巻き込むわけにはいかない。
「み、南くん…」
桃の頬が赤く染まる。
ああ、この顔を知っている。よく見ていたから。
あの殺気を知っている感じがしたのも、桃だったからだろう。
「岸田さんと知り合いだったの。なんでもないよ」
「なんでもないって…あんな声…」
「前に喧嘩別れして、さっきもそれで。ねえ、岸田さん」
「えっ…あ、あ、うん…そうです…」
気まずそうにそう言うと、桃は「じゃあ…」と走って去ってしまう。
桜華は咄嗟に手を掴もうと伸ばしたが届かなかった。
「侑斗くん…」
がばっと勢いよく振り向いて侑斗を見た。
「ごめん!買い物、また今度行こう!みんなもまたね!」
「え?ちょ、桜華!?」
そう謝ると、桃の後を追うように侑斗の返事も待たずに走って行ってしまう。
残された侑斗は、ぽかんと口を開けて走る桜華の背中を見つめる。
「モテる男もフラレるんだね」
「好きな人がいるのに片思いとか」
「ッ…だぁ!もう!うるさいな!」
桔梗と椿の会話に舌打ちをすると、侑斗は乱暴に前髪をかきあげて走り始めた。
走っても、走っても追いつかない。
桃が学校の近くの大きな公園の中に入っていくのが見えたので桜華も追って中へと入っていく。
野球のグランドやテニスコートが並ぶ道を抜けると緑に囲まれた池とガゼボのような建物があった。その中で桃は疲れたのか、肩で息をしながらベンチに座っている。
桜華はそっと近付いた。
「来ないで!」
桃が睨んで叫んでくる。
その目は涙で潤んでいて、桜華は黙ったまま少し離れた位置で立ち止まった。
「なんでお前が…」
「それは私の台詞でもあるよね」
困ったようにそう言えば、気に入らなかったのか座ってる横に置き去りにされていた空き缶を掴むと桜華に投げてきた。あっぶな!と、桜華は、ひょいと避けた。
「教えてあげるわ!お前が!お前さえいなくなれば…!私は…愛されると思ったのに…!!」
顔を両手で覆いながら泣き叫び続ける桃。
一度目の世界で桃に突き落とされた時のことを言っているのだろう。
「お前が死んだあと私は葵くんに殺されたのよ!」
「……は?葵に殺された?」
考えてもいなかったことに思考が停止する。
何故、桃が葵に殺されなければいけないのだろうか?
「何度も…何度も…何度も!く…狂ったように…わ、笑いながらっ!葵くんが私を刺してきた!!」
どうして、なんでと呟きながら泣いている桃を見て、桜華は二度目の死の時の葵を思い出して身体が勝手に震え始める。
しっかりしろ!と自分の身体を両手で抱きしめるようにして、桜華は首を振った。
「なんで岸田さんが?」
「お前のせいよ!私がお前を突き落としたと知って、葵くんは…」
どうして彼女を殺したのか理由を聞いてみれば、余計にわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
『彼はアナタを愛していた』
知っているはずです。そう天津が言う。
二度目の死のときの事だろう。
桃と同じように刃物で刺されて殺された。
「葵くんが…今度こそ見てくれると思ったのに…私を愛してくれると思ったのに…願っても無意味だったのよ…」
桃の言葉に桜華は近寄って肩を掴んだ。
「願った?なにを?」
「は?な、なによ?近付かな…」
「誰に?何を願ったの?」
離してと肩を掴んでいる桜華の手を退かそうとして爪が手にあたり引っ掻き傷のようになってしまったけれど、桜華はそれを気にもせず、真っ直ぐに桃を見て尋ねてくる。そんな桜華が怖いと顔を顰めた。
「じ…神社で…愛されたいって…」
それだけではわからない。
自分は願ったのだ。
死ぬ間際に、願い、祈り、今ここにいる。
桃もそうかと思って聞いたが…わからないまま。
何度死んでも死ねない理由がわかると思ったのに。
「気付いたら学校にいたのよ。しかも大学生じゃなくて高校生よ?信じられる?」
信じるよ。だって自分なんか赤ん坊の時だってあったんだから。桜華はそう思いながら苦笑する。
「神様がやり直せと叶えてくれたのかと思ったのに、なんでお前がまた私の邪魔をするの…」
地面と足元を見ながら、ぽろぽろ涙を流す桃にポケットに入っていたミニタオルで涙を拭いてやる。
嫌がり顔を背けようとしたが、顎を片手で掴んで固定させて目を拭いてやった。
「どのくらい前にここにいたの?」
「い…一年も経ってない…」
去年、違うクラスだった侑斗を好きになり、ファンクラブまで入って見守ってきて、今年は同じクラスになれたと思っていた時に、里奈という女が抜け駆けをして告白していたところを偶然通りかかった。
そんな女が振られていたのに、侑斗と付き合うことになったと話していたのを聞いて桃は許せなかった。
今度は自分が殺した相手と侑斗が抱き合ってるところにも偶然通りかかったと話をする桃に、桜華は額を押さえた。
(そんな偶然が二度も起こるわけがないでしょ)
なんだその偶然は。
それから邪魔だと思った桜華を再び殺そうとしたところ、後ろにいた男に風が当たってしまったと言っていた。
「魔法…そうだ、あんな魔法、どうして使えるの」
「知らないわ!お前を殺したいと思ったら声が聞こえたのよ!そしたら強い風が…おじさんが倒れていて…」
「声?」
駅前で里奈たちと揉めているのを偶然通りかかって、いい気味だと眺めていたら、侑斗がそれをかばい、手を繋いで歩いて行ってしまう姿を見て、殺したいと強く思った。その時に聞こえてきた低い女の声。
『願え、願え、何を願う?』
殺したいと願ったら、男が胸が抉られる形で倒れていて、怖くなった桃はその場から逃げるように去ったと言う。
(声がしたって…あーくんと同じってこと?)
天津の声がしたのは二度目の世界の時からだ。
しかし、それは願ったわけではない。
(あーくんは女神の匂いがしたと言ってたなあ)
もしかしたら、天津はアシスタント機能でも機械なんかでもなく、神ということだろうか?
一瞬で何でも出来てしまうのも神だからだろうか?
(やばすぎない?)
神様を使い、あれこれ頼んで過ごしてきたのではないかと、桜華は顔を青くさせた。
10
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる