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第03話 ショーほど悲惨な商売はない
05.甘々甘えんぼ
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***
「ヴァン……っ!」
取ってきた朝食のトレーをテーブルに置くや否や、ジルーナはヴァン[ジル]の胸に飛び込んだ。顔をすりすりと擦り付け、回した腕の力はどんどん強まっていく。離れたのはたった二分間だったにも関わらず、ジルーナは数十年ぶりに再会したかのように全力でヴァンに身を預けた。
「サ、サイコウ……!」
ヴァンの言語能力が著しく低下しカタコトになる。あまりに刺激が強すぎたのだ。だが、ジルーナもヴァンの体温をまさぐるのに必死で聞こえていないようだった。
「何でだろ、年々重くなってる気がするよ……。昔は全然我慢できたのに……」
ジルーナは自分が情けないとばかりに身を捩る。それでも甘やかされたいという願望は止められないらしい。
「甘えていい相手がいるからじゃないか?」
「じゃあヴァンのせいだ。……お詫びにもっと撫でて」
滅茶苦茶な理屈だったが一向に構わない。そもそも言われる前に撫で回している。ひとしきり堪能してしまったあと、妻の体調不良に露骨に大喜びするのはマズいと思い当たった。咳払いを一つ置き、平静を装ってジルーナに食事を促す。
「……ソファーで食べていい? 膝枕してくれる? 寝っ転がって食べるけど怒らないでね。あと好きっていっぱい言って?」
「もちろんだ!」
ヴァンは食い気味に返答する。ご褒美すぎた。
「あ、でもヴァンは? 合流して下で食べる?」
便利な分身魔法と言えど、代わりに食事を取ってもらうことはできない。他の分身がいくら食べてもヴァン[ジル]の胃袋は空のままだ。ヴァンの本隊は現在共用ダイニングで食事を取っているため、一度合体して胃袋を満たした状態の分身として再生成されるのが効率的だ。
だが、ヴァン[ジル]は合流したくなかった。この役割を譲りたくないのだ。譲るも何も再生成されたヴァンだって同じヴァンなのだが、何となく気分が違う。
「今買ってきた」
ヴァンは紙袋を見せる。ジルーナが朝食を取りに行っている僅かな間にテレポートでわざわざ朝食を購入したのだ。
「えぇ? 何で? せっかくミオとエルが作ってくれたのに」
「それはそれであっちの俺が食べるさ。こっちの俺はジルから離れないのが今日の役割だから」
「ふ~ん……」
ジルーナは腕を組む。夫の行動を訝しんでいる。しかし一瞬でもヴァンがいなくなるのは困るようでそれ以上責めてこなかった。
ヴァンはソファーに腰掛けて膝にジルーナを迎える。ジルーナは大きなサンドイッチを啄むように少しずつ口に含む。食べている間少しとろんとした目でヴァンを見続けていた。
ヴァンはうっかり表情が恍惚に染まってしまわないようにガツガツと食事を進めた。それでも脳内はジルーナでいっぱいで、彼女の頭の重みや息遣いが甘い刺激となってヴァンを襲う。気づけば無意識に全て食べ終わってしまっていた。本当に自分が食べたかどうかすら定かではない。ヴァンは昂り果てていた。
「……んー、ミオには悪いけど食べきれないや。食欲もないみたい」
ヴァンの興奮を察したのかジルーナはさりげなく牽制しつつ、食べかけのサンドイッチをヴァンに差し出した。
「足りなかったんでしょ? お腹鳴ってる」
「な、鳴ってない」
「外には聞こえなくても耳を当てると聞こえるもんでしょ。何年イチャイチャしてると思ってるのさ」
ジルーナはヴァンの口に強引にサンドイッチを突っ込んだ。ヴァンはなすがままに受け入れる。ジルーナの食べかけなんてこの世で最も尊い食べ物だと打ち震えながら。
「……ヴァンって気持ちが悪いよね」
「今俺口に出したか?」
出してないけどわかるよ、とジルーナが心の中で呟いたのをヴァンは感じ取った。こういうことか。
食事を終えたジルーナは顔をヴァンのお腹に向けてくつろぎ始めた。何も言わずにヴァンの服を摘んだり伸ばしたりと遊んでいる。ヴァンは片手でずっとジルーナの頭や腰を撫で続けた。残ったもう片方の手だけで食べるのに苦労して、食事の時間はダラダラと伸びていく。
ノックの音。
「ジルー?」
シュリルワの声。ヴァンはそういえばさっき分身から連絡が入っていたなと思い出す。ジルーナにくっつかれて浮かれていたタイミングだったのですっかり忘れていた。まともな返答をした記憶もない。
「シュリだ。何だろ?」
「俺どこか行ってようか?」
「多分トレーの回収かな。そんなに長くならないと思うから、透明になっておいてくれる?」
ヴァンはジルーナの命ずるまま、魔法で姿を消す。座っているソファーは尻の形で凹んだままになってしまうので、立ち上がって部屋の隅に移動した。一応呼吸の音もなるべく殺す。
ジルーナは乱れた御髪を手ぐしで整える。しっかり者のジルーナとしての表情を作ってから、朝食のトレーを持って部屋の入り口に向かう。
戻ってきたのはわずか一分後。それなのに────。
「ヴァン……っ!」
ジルーナは飛びかかる勢いでヴァンに抱きついた。いい加減失神でもしてしまいそうだ。ヴァンは全力で太ももをつねる。
「シュリ何だって?」
「トレーの回収と、あとお昼ご飯のお誘いだったよ。シュリが作ってここに持ってきてくれるって。助かっちゃった」
「じゃあ俺昼は出てくな。終わったら呼び戻してくれ」
「うん。なんかわがままばっかでごめんね。ちゃんと埋め合わせするから。……えっちなことは明日いっぱいね」
ヴァンはとてもエエ顔で頷いた。とはいえ現在進行形で充分ご褒美をもらってる気もする。
「あ、それと。ヴァン『テツカの部屋』に出るんだって?」
ジルーナが悪戯っぽく笑う。
「……ば、バレたか」
「ハハ、残念でした」
内緒にしていたのに。経緯はわからないが妻たちにバレてしまったらしい。ダイニングにいる分身に連絡を取れば流れを教えてくれるかもしれない。だがあちらのヴァンがヴァン[ジル]の立場に嫉妬して罵詈雑言を浴びせてくる予想がつくので止めておいた。最悪始末されかねない。
「みんなで観ようって誘われたけどそれは断ったよ。こっちで本人の解説付きで観た方が面白そう」
「解説も何もないぞ……。というか、みんな観るんだな……」
「録画もするって。私たちは夫がテツカ様と喋ってるだけで笑うから無茶しないでね。一発ギャグとかやらなくていいよ」
「やらないよ……」
ヴァンは両手で顔を覆った。自分が妻に観られているのを間近で見ることになるのか。相当なプレッシャーだ。どうにか止めろよ、あっちの俺────。
「ヴァン……っ!」
取ってきた朝食のトレーをテーブルに置くや否や、ジルーナはヴァン[ジル]の胸に飛び込んだ。顔をすりすりと擦り付け、回した腕の力はどんどん強まっていく。離れたのはたった二分間だったにも関わらず、ジルーナは数十年ぶりに再会したかのように全力でヴァンに身を預けた。
「サ、サイコウ……!」
ヴァンの言語能力が著しく低下しカタコトになる。あまりに刺激が強すぎたのだ。だが、ジルーナもヴァンの体温をまさぐるのに必死で聞こえていないようだった。
「何でだろ、年々重くなってる気がするよ……。昔は全然我慢できたのに……」
ジルーナは自分が情けないとばかりに身を捩る。それでも甘やかされたいという願望は止められないらしい。
「甘えていい相手がいるからじゃないか?」
「じゃあヴァンのせいだ。……お詫びにもっと撫でて」
滅茶苦茶な理屈だったが一向に構わない。そもそも言われる前に撫で回している。ひとしきり堪能してしまったあと、妻の体調不良に露骨に大喜びするのはマズいと思い当たった。咳払いを一つ置き、平静を装ってジルーナに食事を促す。
「……ソファーで食べていい? 膝枕してくれる? 寝っ転がって食べるけど怒らないでね。あと好きっていっぱい言って?」
「もちろんだ!」
ヴァンは食い気味に返答する。ご褒美すぎた。
「あ、でもヴァンは? 合流して下で食べる?」
便利な分身魔法と言えど、代わりに食事を取ってもらうことはできない。他の分身がいくら食べてもヴァン[ジル]の胃袋は空のままだ。ヴァンの本隊は現在共用ダイニングで食事を取っているため、一度合体して胃袋を満たした状態の分身として再生成されるのが効率的だ。
だが、ヴァン[ジル]は合流したくなかった。この役割を譲りたくないのだ。譲るも何も再生成されたヴァンだって同じヴァンなのだが、何となく気分が違う。
「今買ってきた」
ヴァンは紙袋を見せる。ジルーナが朝食を取りに行っている僅かな間にテレポートでわざわざ朝食を購入したのだ。
「えぇ? 何で? せっかくミオとエルが作ってくれたのに」
「それはそれであっちの俺が食べるさ。こっちの俺はジルから離れないのが今日の役割だから」
「ふ~ん……」
ジルーナは腕を組む。夫の行動を訝しんでいる。しかし一瞬でもヴァンがいなくなるのは困るようでそれ以上責めてこなかった。
ヴァンはソファーに腰掛けて膝にジルーナを迎える。ジルーナは大きなサンドイッチを啄むように少しずつ口に含む。食べている間少しとろんとした目でヴァンを見続けていた。
ヴァンはうっかり表情が恍惚に染まってしまわないようにガツガツと食事を進めた。それでも脳内はジルーナでいっぱいで、彼女の頭の重みや息遣いが甘い刺激となってヴァンを襲う。気づけば無意識に全て食べ終わってしまっていた。本当に自分が食べたかどうかすら定かではない。ヴァンは昂り果てていた。
「……んー、ミオには悪いけど食べきれないや。食欲もないみたい」
ヴァンの興奮を察したのかジルーナはさりげなく牽制しつつ、食べかけのサンドイッチをヴァンに差し出した。
「足りなかったんでしょ? お腹鳴ってる」
「な、鳴ってない」
「外には聞こえなくても耳を当てると聞こえるもんでしょ。何年イチャイチャしてると思ってるのさ」
ジルーナはヴァンの口に強引にサンドイッチを突っ込んだ。ヴァンはなすがままに受け入れる。ジルーナの食べかけなんてこの世で最も尊い食べ物だと打ち震えながら。
「……ヴァンって気持ちが悪いよね」
「今俺口に出したか?」
出してないけどわかるよ、とジルーナが心の中で呟いたのをヴァンは感じ取った。こういうことか。
食事を終えたジルーナは顔をヴァンのお腹に向けてくつろぎ始めた。何も言わずにヴァンの服を摘んだり伸ばしたりと遊んでいる。ヴァンは片手でずっとジルーナの頭や腰を撫で続けた。残ったもう片方の手だけで食べるのに苦労して、食事の時間はダラダラと伸びていく。
ノックの音。
「ジルー?」
シュリルワの声。ヴァンはそういえばさっき分身から連絡が入っていたなと思い出す。ジルーナにくっつかれて浮かれていたタイミングだったのですっかり忘れていた。まともな返答をした記憶もない。
「シュリだ。何だろ?」
「俺どこか行ってようか?」
「多分トレーの回収かな。そんなに長くならないと思うから、透明になっておいてくれる?」
ヴァンはジルーナの命ずるまま、魔法で姿を消す。座っているソファーは尻の形で凹んだままになってしまうので、立ち上がって部屋の隅に移動した。一応呼吸の音もなるべく殺す。
ジルーナは乱れた御髪を手ぐしで整える。しっかり者のジルーナとしての表情を作ってから、朝食のトレーを持って部屋の入り口に向かう。
戻ってきたのはわずか一分後。それなのに────。
「ヴァン……っ!」
ジルーナは飛びかかる勢いでヴァンに抱きついた。いい加減失神でもしてしまいそうだ。ヴァンは全力で太ももをつねる。
「シュリ何だって?」
「トレーの回収と、あとお昼ご飯のお誘いだったよ。シュリが作ってここに持ってきてくれるって。助かっちゃった」
「じゃあ俺昼は出てくな。終わったら呼び戻してくれ」
「うん。なんかわがままばっかでごめんね。ちゃんと埋め合わせするから。……えっちなことは明日いっぱいね」
ヴァンはとてもエエ顔で頷いた。とはいえ現在進行形で充分ご褒美をもらってる気もする。
「あ、それと。ヴァン『テツカの部屋』に出るんだって?」
ジルーナが悪戯っぽく笑う。
「……ば、バレたか」
「ハハ、残念でした」
内緒にしていたのに。経緯はわからないが妻たちにバレてしまったらしい。ダイニングにいる分身に連絡を取れば流れを教えてくれるかもしれない。だがあちらのヴァンがヴァン[ジル]の立場に嫉妬して罵詈雑言を浴びせてくる予想がつくので止めておいた。最悪始末されかねない。
「みんなで観ようって誘われたけどそれは断ったよ。こっちで本人の解説付きで観た方が面白そう」
「解説も何もないぞ……。というか、みんな観るんだな……」
「録画もするって。私たちは夫がテツカ様と喋ってるだけで笑うから無茶しないでね。一発ギャグとかやらなくていいよ」
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