ウサギを酒瓶で貫いて

JIAN.k.otsuka

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狂気と出会う二人

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「俺はお前のおかげで人の痛みを知ることができたと同時初めての感情を得ることができた。本当に感謝している。今でもお前の事が大好きだ。でもそれと同じくらいお前の事は許せていないんだ。だからすまないが消えてくれ、これまでありがとう」
その日私は完膚なきまでにというべきなのか彼から別れの言葉を受け取っていた、兎角今はただ彼との日々など兎角だったのだとおもう。

「今、日本ではこのアヘン戦争のような状況がすすんでいる、というのは言い過ぎだが間違いなくここままではいい方向には進まないだろうな」

ケタケタ笑いながら第二経済学の教授は話を進めた
「君たちが一番痛感してることかもしれないが、現代の若者には時間と心の余裕がなくなってしまっている。まぁ理由はいくつかある。特に女性いや男性もだが化粧水に美容液ヘアオイルに保湿液、このほかにも化粧品等々。文字通り、ヤク漬けの日々を送っていて一度そこにはまるともう抜け出せない。さらに時間の観点から言うと約二十年前に起きた大規模なスマートフォンの普及により携帯電話の電池切れはそのまま使用者の行動不能を意味するようになった。何もせずとも人間がアブラ刺さなきゃ何にもできねぇ燃費の悪いガラクタになってしまっているんだ。そしてさらにいうと」
そこまでいうと教授はあきらめたような顔をしてその話を中断した。恐らくほとんどの生徒が自分の話を聞いていないことに気付いたのだろう。個人的にはもう少し聞いていたかったがそれも仕方ない。先の教授の言葉を借りるのであれば、ここはガラクタしかいないスクラップ場という名の吹き溜まりなのだから。

講義を終えて私は、食堂に来ていた。私の大学では食堂の外にテラスがあり、おしゃれな学生の皆様様のたまり場となっていた。
例に漏れず私もおしゃれな女子学生のため昼食のため食堂を通り過ぎテラスの方に向かっていた。
「昨日観たか、俺はテルが里帰りしたシーンでわんわん泣いちゃってさ」
「みたみた、まさかあのテルが里帰りして、母親に甘える姿がみれるとは」
先ほど私が嘘をついたせいなのか否か、家に帰ってじっくり見るはずだったアニメのネタバレをされてしまった。悲しくなりながらも私の足はメトロノームの如く動き続ける。
でもさすがにひどくはないだろうか、少し見栄を張っただけではないか、私も年ごろなのだ、確かに努力はしていないがいいではないかそれすらも許してくれないのだとしたら
本当に尻の穴の小さい神だと思う。小さすぎて痔にならないように祈っておこう。
そんなことを考えているうちに私が普段から食事の際に使っているいわばベストプレイスについた。食堂裏のベンチである。横には小さいながらに樹も揺れており私のような爪弾き者にとってはとても心地がいい場所となっている。
「唐揚げ棒明らかにレベル下がってるな」
今日はいつもとは違い先客がいた。この場所に気付く人間がいるとは盲点だった。後彼のその意見に関しては、私も同意見である。
「ん、お前そんなとこに立ってどうしたんだ」
全くこの男初対面のくせに非常に失礼である。でも私は今年で21歳になる大人の女性ここは一つ冷静に大人の対応で
「いえ、私もいつもここで昼食をとっているんです。」
「へーそれは悪かった、よかったら一緒に食うか」
「大丈夫です。今日はべつの場所で食べるので」
「そうか、すまなかった場所とってしまったみたいで、ところであんた名前はなんていうんだ」
最後の唐揚げをむさぼりながら男は聞いてきた。さっきまでこの男に対して怒りさえ覚えていたのに不思議とこのときはその怒りがすっと消え名前を教える気になっていた
もしかすると彼に対して自分と同じようなものをかんじていたのかもしれない
「齋藤楓です。一番難しい齋藤に木に風って書いて齋藤楓です」
「そうか。俺は青羽雄介。青い羽根の青羽に雄を介抱するで青羽雄介」
これが彼と私の初めての出会いであり、別れへのカウントダウンでもあった。
その日は風が暖かくて、それにつられるように樹々も踊っていた。花は風を媒介としてつぼみの開くのだろう。どうすれば日陰なぞで昼食をとろうと思えるのかが不思議なほど、今日という日は照らされていた

大学でなら友だちがきっとできるよ、そんな夢みたいなことを言っていた私の恩人は今の私を見てもなおそんなこと言ってくれるのだろうか。あの人に限らず私の姿を見た人は同じような言葉をくれた。時には歯に衣着せぬ言葉で叱責してくださり、時には歯の浮くセリフをくれた。皆の歯は今日も忙しそうだ。齢22になっても私に友と呼べる人間はおらず、只、惰性と怠惰だけが私のもとから形見離れず一緒にいてくれた。今日も午前の講義を終え、早々にコンビニに向かい今日も今日とて、唐揚げとおにぎりを買う
「おいおいまじかよ」
私は落胆していた。私が普段使っている二棟一階トイレが故障のため修理中だったのだ、普段ここのトイレは、学園祭くらいでしか使われていないのではないかというほど人が来ない。元々二棟はたまに二階が実験などで使われる程度でほぼ使われていない。加えて本棟二階からの渡り廊下があるためいちいち二棟に一階から入り、トイレだけ使おうなんて奴はいないのである。
「しかたない他を当たろう」
元々使われていないのもあり手入れを怠っていたのだろう。そう自分を無理やり納得させ私は別の場所を探すことにした。
しばらく歩いてあの場所を見つけた。トイレ以上に心地がいいここは私に彼女との出会いをくれた。彼女の目は私と同じ目をしていた。
名前はかえでというらしい。もう会うことはないだろうが、もしもう一度会い、そしてもし関わることができたなら彼女以上に彼らの言葉を真実にできる人間はいないであろう
初対面ながらにそんな事を思った。私の虹彩が久方ぶりに仕事を始める、そんな気がしていた一日だった。

「みなさん!軽音楽サークルです。僕たちは3棟二階にて毎日活動しています。初心者大歓迎なのでぜひぜひ気軽に遊びに来てください」
「土曜夕方6時からはライブハウスでライブをたまにやらせてもらってます。詳しく知りたい人も是非一度遊びに来てください」
今日も今日とて糞やりちんとくそビッチどもが二酸化炭素と飛沫をへらへらしながら飛ばしている。
それを横目で見ながら私は今日も昨日のあの場所に向かう。決して羨ましいわけではない。
彼らではなく私にしか知りえないことだってあるのだ。
例えば常にバカ騒ぎしている彼らは、日陰だって実は暖かい事や風が広葉樹にちょっかいをかけることでしか聴くことのできない歌なぞにはそれこそ文字通り聞く耳を持ち合わせていないのである。
正直あのように常にカロリー消費の多い生き方もしてみたかった気もするが、今はただこの心地よい雰囲気に身を任せながら、いつもの様に唐揚げ串をむさぼることに私は幸せを感じるのだ。
「あぁ本当にいい音をならす」
風の音、世の中では環境音というものを正直馬鹿にしていたところがあったが、これは意外と人の心を癒す。
これもそれも便所飯をしていたころでは知ることができなかったわけだから便所の故障に感謝しなくてはならない
「ほんといいですよね、私もこの場所好きです」
どこかで聞き覚えのある声が木のある方角から聞こえてきた。木がしゃべるわけはないため、恐らく木を挟んで向こう側にあるもう一つのベンチからだろう。
「あ、お前はたしか」
「齋藤楓です」
「そうそう齋藤、どうしたんだこんなところで」
「元々私はこの場所でご飯を食べていたんです。どうしたもこうしたも全部こちらのセリフです」
「ああそうだったな、俺はいつも別の場所で食っているんだが、今は改修工事中でな」
流石にトイレで食っているというのは伏せさせてもらった
「すまんな齋藤が使ってた場所なのに」
「いいですよ、あなた存在感薄いですし、いてもいなくても変わらないです」
随分と信頼されたもんだとポジティブに考えられたらどんなに幸せだろうか、わたしはそうかとだけ返すとまた唐揚げ串をむさぼりその場を後にした。
午後の授業も難なく乗り越え私は自宅に帰っていた。
見るだけで呪われるような顔で、靴を早々に脱ぎ捨て、服を脱ぎ棄てて下着だけになる
冷蔵庫から度数8度の缶チューハイを出し、自分の腹の中に収めつつ自嘲気味に笑う
「この安酒だけは飲むなって言われてたんだけどな」
高校時代に働いていたバイト先の居酒屋で、悪酔いするから度数の高い安酒は飲むなとよく言われていた。しかし貧乏でさっさと今日の事を忘れたい私にとって、そのお酒はまるで悪魔の囁きのように思えた。
「いつになったら俺はあんなにかっこいい大人になれるんだろうな」
高2の誕生日にもらったスコッチの空き瓶を見ながらそんなことをふと思う
「いつになったら、じゃあねぇよなどんだけダサいんだよ俺。少しでも自分から動いたこともない癖に自分は不幸な人間だと決めつけてるだけだろ」
気づいたら二つ目の缶に手を付けていた。何処かで自分から動きださなくてはならない、そんなことは分かっているのに過去、そもそもの自分の性格、思想が邪魔をして動き出せずにいた。人を信頼できない、人の気持ちを考えて話す、総じて意味が未だに分からない。そんな自分が大嫌いだった。
薄暗い部屋には冷蔵庫の光と月明かりだけが私の事を照らしていた。冷蔵庫から缶を受け取った後は月明かりだけが私を存在させる条件となっていた。明日のためにカーテンを閉めると、物体を認識するための光がなくなりこの世から私という人間は消え失せたのだと錯覚させる。
「光に照らされてても俺は淀んでる癖にな」
そんな風に痛い独り言をつぶやくと、私はダニだらけの布団をかぶって目を閉じた
目が覚め間を縫って進んできた光を遮断して、私にしては大きな決心をして身支度を整える。その時私は今までで一番輪郭がはっきりしている気がしていた
その日私はあの少女に対して自分の心を近づけようという決心をしたのだ
普通の人間であるならば、一々そのようなことを考えずとも勝手に仲良くなれるものなのかもしれないが私のような、人に裏切られ続けた人間にとって自分から相手に弱みである心を近づけるという行為は愚行そのものであった。でもなぜか私は決心した。必然なのか神の思し召しなのか否か、あの子という存在以外これから私の決心もとい願いを叶えるに足る人間が出てくることはないとその時の私は考えていたのだ。
しかしそれこそが私の今まで信じてきたことを真っ向から否定する愚行であり、もし失敗すれば私はもはや自分自身も信じられなくなるということに気付くべきだったのかもしれない。

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