勇者と冥王のママは今日から魔王様と

蛮野晩

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Episode1・ゼロス誕生

勇者と冥王のママ12

 大きな窓から朝陽がさして、ぼんやりと瞼を開ける。
 眩しいです……。
 寝起きに明るい陽射しが眩しくて、腕枕してくれているハウストの腕に擦り寄りました。

「ん……、ハウスト……」

 声が少し掠れてしまっています。
 体は重くて、お尻が熱い。
 昨夜の激しさを思い出させるそれに、また体の熱が高まるようでした。
 でも駄目です。こんなに穏やかで明るい朝なのに破廉恥です。

「……起きたのか?」
「はい……」

 ハウストも寝起きの声。
 顔を上げるとハウストの整った容貌が目の前にありました。
 気怠さを纏う寝起きの彼は低い声で、妙な色気を纏っています。
 昨夜の名残りを感じさせるそれに私の頬が熱くなってしまう。

「おはよう、ブレイラ」
「おはようございます」

 朝の挨拶を交わし、ハウストが私の額に口付けてくれました。
 くすぐったいそれに肩を竦め、私からもお返しの口付けをする。

「……わたし、途中で気を失ったんですね」
「ああ、そのまま眠ってしまった。体は拭いて清めたが、気分はどうだ?」
「…………気分は、……どうでしょうね、ちょっと疲れています。でも、ありがとうございます。お手間を取らせました」

 羞恥で赤くなる私にハウストが口元だけで笑う。
 そして腕枕されていた私を懐に抱き込むように抱きしめてきました。

「いい朝だ、お前が腕の中にいる」
「ふふ、そういえば久しぶりですね」

 私を抱きしめるハウストの力強い両腕。
 いつもはイスラとゼロスがいるので、こうして二人きりというのは久しぶりなのです。
 心地よい温もりに微睡みかけましたが、ぎょっとしました。

「ハウスト! こ、これはっ……」

 視界に映ったのは、天蓋から垂れ下がるビリビリに破れたレース。
 大きなベッドの隅にはレースの残骸が丸まっている。
 それは行為の激しさを物語るような惨状でした。

「どうした。何かあったのか?」

 ハウストが不思議そうに聞いてきました。
 のん気すぎる彼に眩暈を覚えます。
 分からないのですか。だってこんな惨状、誰が見ても昨夜の行為を察するというもの。

「こ、この寝室、あとで掃除の方がいらっしゃるんですよね?」

 当たり前だと分かっていても恐る恐る聞いてみます。
 今更過ぎる質問にハウストはますます不思議そうな顔をする。

「当然だ。あとで侍女が掃除するはずだが。それがどうした?」
「それがどうした、じゃありません! こんな寝室、見せられる筈ないじゃないですか!」

 声を荒げて言い返すと、ハウストの腕の中から抜け出しました。
 いつまでもいたい場所でしたが、そんな浮かれたことは思っていられません。
 手早くローブを着ると、ベッドの端にあるレースを畳み、床に落ちていた枕を拾う。
 でも駄目です。これでは誤魔化しきれません。だって天蓋を見上げれば、破れたレースが垂れ下がったままなのです。

「おい、何をしている。お前がする事じゃないだろう」
「そうかもしれませんが、こんな状態は見せられません! せめて天蓋のレースだけでも直さないと!」
「……直るのか?」
「うっ……」

 言葉に詰まる。
 破れたレースを元に戻すのは至難の業です。出来たとしても時間がかかってしまう。

「……では、せめて天蓋からレースを外します。それなら少しはマシになるはず」

 私はベッドの上で立ち上がり、天蓋へと手を伸ばす。
 でも高い位置なので手が届きません。
 ハウストが呆れた顔で私を見上げていました。

「そのままで届くとは思えないが」
「分かっているなら手伝ってください」
「別にこのままでもいいだろ。掃除の時に直される」
「誰かが見るまでに直したいんです」

 そう答えながら、いっそジャンプでもしてみようかと天蓋を見上げます。
 そうしているとハウストも起き上がりました。
 手早く衣服を纏い、私と並んでベッドに立ってくれる。

「手伝ってくれるのですか?」
「外してやりたいのは山々だが俺でも届かないな。ほら」

 ハウストが天蓋へ手を伸ばす。
 私より上背があるので距離は近づきましたが、それでも手が届きません。
 豪奢なベッドの天蓋は天井に程近い位置にあるのです。
 どうしたものか……とハウストは天蓋を見上げていましたが、ふと何かを思いついたように私を見る。

「一人では無理だが、二人ならどうにかなるかもしれない」
「え、それはどういう、っ、わあああ!」

 ハウストがしゃがんだかと思うと私の視界が一気に高くなりました。
 そう、肩車です。
 ベッドの上でいきなり肩車してきたのです。

「な、なにするんですか! 危ないじゃないですか!」

 突然のことにハウストの頭にしがみ付く。
 抗議しましたが、ハウストは軽く受け流します。

「怒るな。それよりその高さなら届くんじゃないのか?」
「え? ……あ、届きます!」

 先ほどよりぐんと近づいた天蓋。
 これなら私の手が届きます。

「動かないでくださいね。そのまま、そのままですよ?」
「大丈夫だ、早く外せ」
「はい」

 さっそく天蓋へ手を伸ばす。
 良かった、手が届きました。さっそく天蓋からレースを外し始めます。
 破れたレースは元に戻りませんが、びりびりのそれが垂れ下がっている状態よりマシな筈ですから。

「外れそうか?」
「はい、大丈夫です。次は右側に移動してください。そう、もう少し左に。そこです」

 ごそごそと作業する私をハウストが見上げています。
 私を肩車していてもハウストは危うげもなく、安定して支えてくれている。体格や筋力の違いを見せつけられるそれですが、その頼もしさに惚れ直してしまいそうなのは秘密です。

「後もう少しで全部外れます。手伝ってくれてありがとうございます」
「気にするな。俺の所為でもあるからな」
「ふふふ、では二人の所為ですね」

 見下ろして言うと、見上げていたハウストと目が合いました。
 すると二人して思わず笑ってしまう。
 昨夜はあんな濃密な夜を過ごしていたのに、今朝は肩車なんかしていて、なんだかおかしいですね。

「どうしましょう、少し楽しくなってきましたよ?」
「俺もだ」
「私たちダメですね。楽しんでいる場合じゃないのに」

 作業の手を止めて、下の位置にあるハウストの顔を覗き込みました。
 逆さで目が合って、やっぱりおかしくなって笑ってしまう。

「……困ったな。口付けたいぞ」
「私もです。でも今は我慢してくださいね。このままは怖いです」

 我慢ですよと頭を撫でると、「悪くないな」とハウストが楽しそうに笑う。
 まるで子供のような笑顔に、いけませんね、私の方が我慢できなくなるじゃないですか。
 せめてとばかりにハウストの旋毛に口付けようとした、その時。

「ブレイラ、どこだ! どうしていないんだ! ここか?!」
 バターン!!

 大きな声とともに寝所の扉が勢いよく開かれました。そう、イスラです。

「イスラ?!」
「うわっ、ブレイラ、暴れるな!」
「す、すみません!」

 慌ててハウストの頭にしがみつきます。
 でも今、幼い視線が……痛い。
 イスラは寝所の光景に大きく目を丸めているのです。

「…………なにを、してるんだ?」
「な、なにって……」

 動揺していると、追い打ちをかけるようにコレットとゼロスを抱っこしたマアヤが駆けつけてきました。

「いけません、イスラ様!」
「イスラ様、お戻りください!!」

 イスラを追って姿を見せた二人は寝所の光景にぎょっとする。
 魔界の魔王が王妃をベッドで肩車しているのです。これで驚かない者などいないでしょう。
 微妙な沈黙が落ちる。
 複雑すぎる光景に、なんとか誤魔化さなければと気持ちばかり焦り、

「ダンスです! これはダンスの練習です! ほら、私ずっと練習してたでしょう?! ハウストにも付き合ってもらっているんです!!」

 ダンス。誤魔化すならこれしかありません。

「……ダンスなのに、かたぐるま?」
「そうです! あるんです、そういうの! ね、ハウスト? そうですよね?!」
「……それは無理があるんじゃ」
「無理じゃありません! 誰がどう見てもダンスの練習です!」

 ハウストの突っ込みを遮って強行突破です。
 なにがなんでもこのまま誤魔化したい。

「むり?」

 首を傾げるイスラに怯みそうになるも誤魔化すことは諦めません。

「そう、無理なことに挑戦するダンスの練習です。肩車って危ないでしょう? だから難しい、無理な挑戦のダンスの練習なのです。でももう終わりますから、イスラは向こうの部屋で待っててくださいね」

 私がそう言うと、驚いていたコレットとマアヤがはっとして表情を取り繕う。
 今はいち早くイスラをこの場から遠ざけなければならないと思い出したのです。

「さあイスラ様、参りましょう。魔王様とブレイラ様は朝のダンスの練習です。お邪魔をしてはいけませんから」
「そうです。とても難しい技を練習しておりますから、こちらで待ちましょう」

 二人がイスラを別室へと促してくれる。
 イスラは最後まで納得できないでいる顔をしていましたが、「ブレイラもはやくこい」と言い残して寝所を立ち去ってくれました。
 そして寝所には私とハウストが残されます。

「…………知られましたよね?」
「イスラはともかくコレットとマアヤは察しただろうな」

 ですよね。若いとはいえ大人な二人の女性です。この寝所の光景を見て、なにも察せられない訳がありません。

「うぅ、どんな顔をして会えばいいのか……」
「気にするな。夫婦が夜を共にすることは当たり前のことだ」
「気にします!!」

 勢いよく言い返しました。
 動揺を引きずりながら怒ってしまう私に、「仕方ないだろう」とハウストが苦笑します。
 なんだかイラッとして彼の額を指で軽く弾きましたが、でもやっぱり愛おしいので、旋毛にちゅっと口付けました。




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