5 / 53
第5話 帝国への人質
「マリス様、国王様がお呼びです」
「父上が……。わかりました。すぐにうかがいます」
侍従が私を呼びに来ました。
ヘデルマリア王国がダラム帝国に陥落して三日が経過しました。
王国は混乱し、王都には街や村を焼かれた国民が避難民となって押し寄せています。政情不安になったことで治安が悪化しましたが、その治安を守っているのが帝国兵なのだから皮肉なものです。
そして私を含めた王族は今も生きています。
ヘデルマリア王国は王家の存続を許されるかわりにダラム帝国の属国になりました。
属国の王を本当の王と呼べるのか疑問ですが、帝国に従うことを条件に王家であるフェアフィールド家は生き永らえたのです。
私は部屋を出ると広間に向かって長い廊下を歩きました。
途中、前から歩いてきた侍女が立ち止まってお辞儀します。自分より身分が高い者とすれ違う時は立ち止まってお辞儀しなければならないのです。
私はそのまますれ違おうとしましたが、ふと立ち止まりました。
「あなた、街へお使いを頼めますか?」
「え」
突然声をかけられた侍女はびっくりした顔になりました。この城で私が誰かに声をかけることはめったにないのです。
でも私は構わずに使いを命じます。
「南の谷に小さな町があります。その町の図書館に行って司書に注文した本を早く入荷するようにと伝えてください。なるべく早くお願いします」
そう言付けを頼むと私はまた広間に向かって歩きだしました。
先ほどの言付けはもちろん普通の言付けではありません。
図書館の司書の発注先は私が個人的に親しくしている総合商社でした。そこに燃えた孤児院の再建を依頼したのです。私の言付けは『再建を急ぐように』というメッセージでした。
ほんとうはこんな回りくどいことはしたくありません。でも私が孤児院を作って子どもを保護しているなど知られるわけにはいかないのです。
コンコン。広間の扉をノックしました。
「マリスです。失礼します」
「入れ」
入室を許可されて中に入ると、そこには父上である国王ウォーレスがいました。他にも義母である王妃と腹違いの弟のレナードがいます。
家族ですが顔を見るのは久しぶりでした。
「なにか御用でしょうか」
「兄上、お久しぶりですね。つれない物言いをされると寂しいではないですか」
レナードがにこやかな笑顔を私に向けてきました。
整った顔立ちの弟ですが蛇のような目つきです。うさん臭いそれに顔をしかめてしまう。
いつも私を見ると『母親が卑しい身分だと苦労も多いでしょう』と嫌味な口調で侮るのです。正妻である王妃の子どもであるレナードにとって、平民出の寵姫から生まれた兄など存在自体が許せないのでしょう。
「白々しい挨拶は結構です。それで、御用とはなんでしょうか」
私は国王ウォーレスに顔を向けました。
厳しい顔つきをしているウォーレスに緊張を覚えます。
ウォーレスは王妃やレナードには家族を溺愛する父親の顔を見せますが、私には一切見せたことがないのです。
「マリス、お前にこの国の第一王子としての役目を果たしてもらいたい」
「どういう意味ですか?」
第一王子の役目。それは今まで私から遠ざけられていたものでした。
それなのに……。
訝しむ私にウォーレスが厳しい顔のまま命じます。
「国王として命じる。マリス、お前には人質としてダラム帝国に行ってもらう」
「え……?」
驚愕に息を飲みました。
私が人質?
呆然とする私にウォーレスが続けます。
「王族から人質を出すように帝国から要請されている。本来ならその役目は王女にさせたいが私には娘がおらん。しかし第一王子のお前なら帝国も納得するだろう。行ってくれるな?」
「…………」
私は唇を噛みました。
疑問形で聞いていますが、それは有無を言わせぬ口調でした。レナードが口角をあげてニヤリと笑っています。
レナードは私の前に来ると恭しくお辞儀しました。
「兄上は第一王子という尊い身、どうか国の窮地を救っていただきたい。兄上ならきっと皇帝陛下も気に入りますよ。なぜなら」
レナードはそこで言葉を切ると私の顎に指をかけ、くいっと持ち上げました。
「兄上は顔だけは美しい。兄上の母親はヘデルマリアの宝石と称されるほどの美女だった。そして兄上はそんな母親とよく似ていると聞きます。ヘデルマリアの宝石を人質として献上するんですから、皇帝だってお喜びになるはずだ」
「触らないでください。不快です」
パシンッ。
レナードの手を払いました。触れられるのは不快です。
でも次の瞬間、バチンッッ!
「っ! うぅ……」
頬を打たれた衝撃に吹っ飛ばされました。
頬を押さえて睨みつけると、レナードは憎々しげに私を見下ろしています。
「兄上に第一王子としての役割を与えてあげようというのに、ずいぶんと反抗的じゃないですか。兄上はご自分の立場が分かっていないとみえる」
「レナード、そこまでにしておきなさい。帝国へ人質にだすというのに顔に傷でも残ったら大変だわ。少しでも美しいほうが皇帝の御目に留まるかもしれませんもの」
「さすが母上! あやうく傷物にしてしまうところでした!」
レナードは母である王妃を賛辞すると「母上に感謝してください」と私に吐き捨てました。
でもこれで分かりました。私が帝国へ人質として行くのはすでに決定事項なのですね。
私がどれだけ反対しても無駄なのでしょう。
「……わかりました。これでこの国が守れるなら、私は人質として帝国へ参ります」
私は静かに答えました。
国王と王妃は満足げな顔になり、弟レナードは勝ち誇った顔になります。
人質になれば私の命を帝国に預けるも同然のこと。私に万が一のことがあっても構わないのです。いいえ、彼らにとって私を国から遠ざけられる理由になるのでむしろ幸運だと思われているかもしれませんね。
こうして私は人質としてダラム帝国へ行くことになったのでした。
「父上が……。わかりました。すぐにうかがいます」
侍従が私を呼びに来ました。
ヘデルマリア王国がダラム帝国に陥落して三日が経過しました。
王国は混乱し、王都には街や村を焼かれた国民が避難民となって押し寄せています。政情不安になったことで治安が悪化しましたが、その治安を守っているのが帝国兵なのだから皮肉なものです。
そして私を含めた王族は今も生きています。
ヘデルマリア王国は王家の存続を許されるかわりにダラム帝国の属国になりました。
属国の王を本当の王と呼べるのか疑問ですが、帝国に従うことを条件に王家であるフェアフィールド家は生き永らえたのです。
私は部屋を出ると広間に向かって長い廊下を歩きました。
途中、前から歩いてきた侍女が立ち止まってお辞儀します。自分より身分が高い者とすれ違う時は立ち止まってお辞儀しなければならないのです。
私はそのまますれ違おうとしましたが、ふと立ち止まりました。
「あなた、街へお使いを頼めますか?」
「え」
突然声をかけられた侍女はびっくりした顔になりました。この城で私が誰かに声をかけることはめったにないのです。
でも私は構わずに使いを命じます。
「南の谷に小さな町があります。その町の図書館に行って司書に注文した本を早く入荷するようにと伝えてください。なるべく早くお願いします」
そう言付けを頼むと私はまた広間に向かって歩きだしました。
先ほどの言付けはもちろん普通の言付けではありません。
図書館の司書の発注先は私が個人的に親しくしている総合商社でした。そこに燃えた孤児院の再建を依頼したのです。私の言付けは『再建を急ぐように』というメッセージでした。
ほんとうはこんな回りくどいことはしたくありません。でも私が孤児院を作って子どもを保護しているなど知られるわけにはいかないのです。
コンコン。広間の扉をノックしました。
「マリスです。失礼します」
「入れ」
入室を許可されて中に入ると、そこには父上である国王ウォーレスがいました。他にも義母である王妃と腹違いの弟のレナードがいます。
家族ですが顔を見るのは久しぶりでした。
「なにか御用でしょうか」
「兄上、お久しぶりですね。つれない物言いをされると寂しいではないですか」
レナードがにこやかな笑顔を私に向けてきました。
整った顔立ちの弟ですが蛇のような目つきです。うさん臭いそれに顔をしかめてしまう。
いつも私を見ると『母親が卑しい身分だと苦労も多いでしょう』と嫌味な口調で侮るのです。正妻である王妃の子どもであるレナードにとって、平民出の寵姫から生まれた兄など存在自体が許せないのでしょう。
「白々しい挨拶は結構です。それで、御用とはなんでしょうか」
私は国王ウォーレスに顔を向けました。
厳しい顔つきをしているウォーレスに緊張を覚えます。
ウォーレスは王妃やレナードには家族を溺愛する父親の顔を見せますが、私には一切見せたことがないのです。
「マリス、お前にこの国の第一王子としての役目を果たしてもらいたい」
「どういう意味ですか?」
第一王子の役目。それは今まで私から遠ざけられていたものでした。
それなのに……。
訝しむ私にウォーレスが厳しい顔のまま命じます。
「国王として命じる。マリス、お前には人質としてダラム帝国に行ってもらう」
「え……?」
驚愕に息を飲みました。
私が人質?
呆然とする私にウォーレスが続けます。
「王族から人質を出すように帝国から要請されている。本来ならその役目は王女にさせたいが私には娘がおらん。しかし第一王子のお前なら帝国も納得するだろう。行ってくれるな?」
「…………」
私は唇を噛みました。
疑問形で聞いていますが、それは有無を言わせぬ口調でした。レナードが口角をあげてニヤリと笑っています。
レナードは私の前に来ると恭しくお辞儀しました。
「兄上は第一王子という尊い身、どうか国の窮地を救っていただきたい。兄上ならきっと皇帝陛下も気に入りますよ。なぜなら」
レナードはそこで言葉を切ると私の顎に指をかけ、くいっと持ち上げました。
「兄上は顔だけは美しい。兄上の母親はヘデルマリアの宝石と称されるほどの美女だった。そして兄上はそんな母親とよく似ていると聞きます。ヘデルマリアの宝石を人質として献上するんですから、皇帝だってお喜びになるはずだ」
「触らないでください。不快です」
パシンッ。
レナードの手を払いました。触れられるのは不快です。
でも次の瞬間、バチンッッ!
「っ! うぅ……」
頬を打たれた衝撃に吹っ飛ばされました。
頬を押さえて睨みつけると、レナードは憎々しげに私を見下ろしています。
「兄上に第一王子としての役割を与えてあげようというのに、ずいぶんと反抗的じゃないですか。兄上はご自分の立場が分かっていないとみえる」
「レナード、そこまでにしておきなさい。帝国へ人質にだすというのに顔に傷でも残ったら大変だわ。少しでも美しいほうが皇帝の御目に留まるかもしれませんもの」
「さすが母上! あやうく傷物にしてしまうところでした!」
レナードは母である王妃を賛辞すると「母上に感謝してください」と私に吐き捨てました。
でもこれで分かりました。私が帝国へ人質として行くのはすでに決定事項なのですね。
私がどれだけ反対しても無駄なのでしょう。
「……わかりました。これでこの国が守れるなら、私は人質として帝国へ参ります」
私は静かに答えました。
国王と王妃は満足げな顔になり、弟レナードは勝ち誇った顔になります。
人質になれば私の命を帝国に預けるも同然のこと。私に万が一のことがあっても構わないのです。いいえ、彼らにとって私を国から遠ざけられる理由になるのでむしろ幸運だと思われているかもしれませんね。
こうして私は人質としてダラム帝国へ行くことになったのでした。
あなたにおすすめの小説
【第二章開始】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
呪われた辺境伯は、異世界転生者を手放さない
波崎 亨璃
BL
ーーー呪われた辺境伯に捕まったのは、俺の方だった。
異世界に迷い込んだ駆真は「呪われた辺境伯」と呼ばれるレオニスの領地に落ちてしまう。
強すぎる魔力のせいで、人を近づけることができないレオニス。
彼に触れれば衰弱し、最悪の場合、命を落とす。
しかしカルマだけはなぜかその影響を一切受けなかった。その事実に気づいたレオニスは次第にカルマを手放さなくなっていく。
「俺に触れられるのは、お前だけだ」
呪いよりも重い執着と孤独から始まる、救済BL。
となります。
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。
ivy
BL
⭐︎毎朝更新⭐︎
兄の身代わりで望まれぬ結婚を押しつけられたライネル。
冷たく「帰れ」と言われても、帰る家なんてない!
仕方なく寂れた村をもらい受け、前世の記憶を活かして“投資”で村おこしに挑戦することに。
宝石をぽりぽり食べるマスコット少年や、クセの強い職人たちに囲まれて、にぎやかな日々が始まる。
一方、彼を追い出したはずの旦那様は、いつの間にかライネルのがんばりに心を奪われていき──?
「村おこしと恋愛、どっちも想定外!?」
コミカルだけど甘い、投資×BLラブコメディ。
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形王子×痛みを知らない異能王子】
触れた人の痛みは感じても、自分の痛みに気づけない──そんな異能を持つ王子カシュアは、政略結婚で嫁いだ異国で幽閉され、四年間忘れられていた。
彼が再び人前に姿を現したのは、クーデターの混乱のさなか。そして、存在を持て余された末、次期宰相である王子との再婚が決まる。
冷静で無口な王子が、なぜかカシュアにだけは優しいのは、かつて彼が妖精物語に恋をした少年だったから――不器用な王子とともに、愛をたしかめ合うストーリー。※2025/11/26第三部スタート
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください