勇者のママは環の婚礼を魔王様と

蛮野晩

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勇者のママは環の婚礼を魔王様と≪婚約編≫

三ノ環・崖っぷちの父子6

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 西都・城館。
 城館の大浴場で私はサーシャという名の人間の女の子の体を洗っていました。
 八歳ほどの女の子は私に洗われながらも、怯えたようにずっと俯いています。
 側に控える侍女たちが「わたくしどもが洗いますから」と言ってくれますが、任せたくても任せられません。
 サーシャは魔族に囲まれると怯えたように泣きだしてしまうのです。

「大丈夫ですか? 私はあなたと同じ人間です。そんなに怯えた顔をしないでください」

 サーシャはこくりと頷きながらも、怯えた様子で俯いて誰とも目を合わせようとしません。
 この子どもはランディが人間界へ行った時に偶然保護した子どもでした。
 ランディは人間界へこっそり遊びに行くのが趣味だったようで、今回の件でそれがランドルフに知られてひどくお説教されています。でも今はそんなことで揉めている場合ではありません。
 ランディの話しでは、人間界にある砂漠の都が一夜にして消えてしまったそうです。
 その消えた都の跡地にサーシャだけが横たわっていて、それをランディが保護したそうでした。
 坑道に隠れ潜ませていたのは、魔界に人間界の女の子を勝手に連れ帰った後ろめたさからのようです。魔族は人間を不審に思っている者が多いので、ランディもどう扱っていいか分からなかったのでしょう。
 坑道に潜んでいた時のサーシャは砂と埃まみれでしたが、人間界で発見した時はもっと酷くて体が半分砂漠に埋もれていた状態だったそうです。それというのも都が消えたのはサーシャがランディに発見される前夜、サーシャ曰く、夜に猛烈な砂嵐が起きて、蟻地獄に飲み込まれるように都が消えてしまったと。サーシャは砂嵐の中を逃げ惑い、命からがら逃げ伸びたのです。
 それは信じ難いことでしたが、こんな幼い子どもが嘘をついているとは思えません。
 それに怯え切ったサーシャの様子からも想像を絶する恐怖を味わったと知れます。そして何より、サーシャの家族も都と一緒に消えてしまっているのです。

「かゆい所はありませんか? お湯を流しますね」

 私はサーシャの長い髪を石鹸で洗い、お湯で流していく。
 すると埃まみれだった髪が艶やかに光を弾く。絹のように綺麗な亜麻色の髪です。

「綺麗な亜麻色の髪ですね。とても美しい髪です」
「…………あ、ありがとう」
「えっ……」

 ありがとう。それはとても小さな声でした。でも、たしかに私の耳に届きました。
 今まで怯えるばかりでずっと黙っていたサーシャがようやく声をだしたのです。

「やっと声が聞けましたね」

 嬉しくなってそう声をかけると、サーシャはおずおずと私を見る。

「…………ママも、髪を褒めてくれるの。だから……、ぅっ」

 サーシャはか細い声で話しだしてくれましたが、いろいろ思い出してしまったんですね。途中で泣きだしてしまいました。
 私は艶やかな亜麻色の髪を撫でる。

「そうでしたか。あなたのお母様も、あなたの綺麗な髪が自慢なのですね」
「ヒック、うっ、……うぅっ。ママ、パパっ……、うぅ」

 サーシャは嗚咽をあげながら父親と母親の名前を繰り返しています。
 目の前で砂漠に吸い込まれてしまったのです。今も怖くて不安で仕方ないのでしょう。
 万が一、サーシャの両親に最悪の事態が訪れていたら……。考えるのはやめましょう。まだそうと決まった訳ではありません。

「怖い思いをしましたね。可哀想に……」

 よしよしと頭を撫でるとサーシャは大粒の涙を零す。
 こんなに幼いのに突然両親と離ればなれになってしまって、サーシャの寂しさを思うと胸が痛いです。

「サーシャ、髪を飾るのが得意な侍女がいるんです。その侍女に綺麗に結ってもらいましょうか」
「……きれいに?」
「はい。サーシャほど綺麗で長い髪なら、侍女も腕を振るえますよ」

 私は自分の侍女の中から気立ての良い者を選び、彼女にサーシャの面倒を任せることにしました。
 今のサーシャには休養が必要です。たくさん栄養を取って、ゆっくり眠って、落ち着いて休む時間を与えたい。

「サーシャをお願いします」
「お任せください」

 侍女は私にお辞儀をし、サーシャと対面する。
 魔族の侍女にサーシャは不安そうでしたが、「とても綺麗な髪ですね」と侍女が褒めると少し安心した様子を見せてくれました。
 これで大丈夫でしょう。少しでもサーシャの心が落ち着くことを願います。
 サーシャが侍女に慣れていくのを見届けて、私は大浴場を後にしました。
 ハウスト達のいる広間へ戻ろうと回路を歩いていると、柱に小さな人影が一つ。イスラです。

「ブレイラ」

 ぴょこんと顔をだしたイスラに手招きすると嬉しそうに駆け寄ってきました。

「どうしました?」
「みんな、むずかしいはなし、してたから」
「そうでしたか」

 幼いながらも勇者であるイスラは広間で話しを聞いていましたが、やはり難しくて出てきたようです。
 でも事態の深刻さは把握しているようで、心配そうに私を見上げてきました。

「ブレイラ、あのこ、だいじょうぶか?」
「大丈夫ですよ。しばらくゆっくり休んでもらうことにしました」
「そうか」

 イスラが安心したようにほっと息をつく。

「心配してくれていたんですね」
「うん。いっぱい、ないてたから。かなしいの、だめだから」
「そうですね……」

 返事に詰まりました。
 幼くともイスラは勇者です。私が考えるよりも、イスラはずっと勇者の自覚がある子どもです。
 私の前ではまだまだ甘えたがりですが、それでもイスラは自分が勇者であると、戦いの宿命を背負っていることを自覚している。それは今までの出来事で嫌というほど見せつけられました。先代魔王と戦った時も、冥界の怪物クラーケンと戦った時も。
 そして今、一夜にして都が消えてしまった事件は人間界で大きな騒ぎになっています。
 サーシャを保護してから直ぐに、砂漠の都を統治している人間界の王から「勇者にお目通りを願いたい」との書簡が届きました。
 この書簡が意味する事は分かっています。この奇怪な事件を勇者に調べて欲しいという嘆願です。

「ブレイラ、オレ……」

 イスラがおずおずと私を見あげました。
 なんとなくイスラが何を言いたいのか、何をしたいのか分かります。

「……人間界へ行きたいのですか? 砂漠の都があった場所へ」

 こくり、イスラが頷く。
 分かっていた答えですが複雑な気持ちになります。
 でもイスラには笑いかけました。

「分かりました。……行っても、いいですよ?」
「い、いいの?」

 イスラの驚いた顔に苦笑します。
 こういう時、私があまり良い顔をしないのをイスラは知っています。先代魔王の時も、クラーケンの時も、戦いたいイスラを止めるのは私だけですから。

「ダメと言ってもイスラは行きたいんでしょう? 勝手に行ってしまうよりマシです」
「ブレイラっ」

 イスラが嬉しそうに抱きついてきました。
 いい子いい子と頭を撫でてあげます。

「行く前にハウストに相談しましょうね」
「……ハウストに?」
「勝手に行くと心配させますから。モルカナの時もとても心配させてしまったんです」

 心配させ過ぎたせいでモルカナでは軟禁に近い状態になってしまいました。もちろんイスラには言えませんが。

「わかった」
「いい子ですね」

 そう言って笑いかけるとイスラも嬉しそうにはにかむ。
 こうして勇者イスラは砂漠の都の謎を追うことになり、人間界へ向かう事になりました。
 もちろん幼いイスラを一人で行かせる訳はありません、私も一緒に行きます。
 世界はイスラを勇者と崇めますが、私にとっては子どもです。当然ですよね。






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