隻腕の王と男装の麗人~抱きしめて~

秋野 林檎 

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アルフォンス王は、グラスを片手に、傍らの女性になまめかしい言葉をかけると、少し赤くなった女性の頬に軽くキスをして「あとで…」とひとこと言って、その場を離れ、ようやく晩餐会に現れたプリシラへと足を向けた。


(バクルー王とプリシラを引き離したくて、ちょっとばかりバクルー王に宿題を出してやった。
バクルー国と、いささか因縁があるノーフォーク国に、もちろんノーフォーク国内のちっぽけな町にだが、昨夜、バクルー国の兵の格好をさせた我が兵を80人ほど、適当に遊んで来いと言って…送り出したが、お行儀よく…遊んだようだ。今頃ノーフォーク国から、バクルー王にいろいろ言ってきて、大変だろうなぁ。ノーフォークには、若いが なかなかのやり手の公爵がいる。この公爵とどう渡り合うのか…まぁ上手くまとめるだろうが、すぐには…無理だろう。

おそらくこの晩餐会には、間に合わない。
さて、ゆっくりプリシラを観賞させてもらおうか…。


プリシラは…すぐにわかった。
黒い髪は珍しいからなぁ…青いドレスか…あの色ボケの父王の瞳の色か…気分の悪い色を着てきたものだ。まったくどこまで、私をイラつかせる。

だが、近くに寄ってもっと見たい、どれほどナタリーに似ているのか…
どれほどあの色ボケの父王に似ているのか…見てみたい…

ほお~プリシラの斜め後ろにいる男…あの目つき、体の動き…あれがルイスと呼ばれる元サザーランドの男のようだなぁ…どうやら、ポリエッティの画策は大失敗か。バクルー王を暗殺できるとは思ってはいなかったが、主に矢を射った男は、反逆罪として捕らえられ、この場には現れないと踏んでいたのだが…まさか、そんな男をまた自分の懐に入れて…プリシラにつけてくるとはなぁ。
お優しいことだ、バクルー王は…。

さてどうしようか…どうやって近づこうか…
下手に近づくのは…危険だなぁ。さすがに、もと密偵と遣り合うのは避けたいものだ。

プリシラ?…えっ?何を見ているんだ?…あれは…確か、カーヴェ子爵とその娘だ。プリシアは何をそんなに…見ている?いったいなにが…)


アルフォンス王が不思議そうに、もう一度、プリシアに視線を移した。
その時だった、ルイスの側に従者が近寄り、なにやら伝言を渡したようだった。ルイスは…プリシラを見たが、従者になにかいうと、プリシラの側から離れて行くのが見え、思わずアルフォンス王の口元に笑みが零れ(運はどうやらこちらにあるようだ)と小さく笑うと、プリシラへとまた一歩足を進め、あと数歩と言うところだった。プリシラが突然、庭へと歩き出した。

(気づかれたのか?いや…気づいたのなら、人けのない庭などに、わざわざ出ないだろう。何を、まさかあの女、私を嵌めるつもりなのか?)

月明かりの中…
恐る恐る近づくアルフォンスの眼の前で…プリシアはステップを踏み出した。

軽やかに踊っていたが、その姿は寂しそうだった…。誰にも気づかれないように、庭に出たのだろうが…眼を瞑り踊る姿は、誰かに気づいてと言っているようで、伸ばした手の先に誰かを求めているように見え…アルフォンス王は、思わずその手を取った。



 黒い瞳が大きく見開き…アルフォンス王を見た。


ナタリーの瞳だった…。

時が止まったかのように、ふたりはお互いを見ていたが、アルフォンス王の顔が歪み、プリシラの白く、細い手を力いっぱい握り締めた。


(あの女と同じ黒い瞳…。最後まで私に縋らなかった黒い瞳…。黒い…瞳か、じゃぁ…なぶり殺しだ…)

口元に笑みが浮かぶのがわかったが確認するように、アルフォンスは言った。
 「プリシア。君は…黒い瞳なんだ。」…と

プリシラは握られた手を必死に振りほどこうとしたが、暴れれば暴れるほど、プリシラの白い手は色を失うほど、アルフォンス王により強く握ぎられた。

黒い瞳を揺らし、歪めたその顔に、気分を良くしたアルフォンス王は弾んだ声で

「誰も、来ないよ。プリシラ。」

「ぁ、あなたは誰なの?…」

「おまえの…」と言って、一瞬顔を歪ませたが…薄ら笑いを浮かべ

「おまえの兄だ。」

「あ、兄?!って、まさか…サザーランド国の…」

「…知っているのか?…自分の出生を…?」
そう言って、アルフォンス王は、その白い手を自分の口元に持って行き、その指を軽く噛んだ。

 「・・!」

うっすらと滲んだ血を舐めながら…
「父親が同じだと…血の味はどうなんだろうと思っていたが…別に変わらんなぁ。」
そう言って、ペッと唾と一緒に吐くと口を拭いながら

「錆び臭いだけか…」と呟くと、プリシラを見た。
 灰青の瞳が、じっとプリシラを見つめていたが…あの灰青の瞳が見ているのは…プリシラと同じ色の瞳を持つ、母ナタリーを捜しているんだとプリシラは思うと…悲しかった。
 真剣な顔で、ステップを踏む少女に、微笑みながら、そして守るようにリードする父親…あんなふうに、娘を愛おしむ父親もいれば…娘とは知らずに憎む父親もいる。

 悲しくて、つらくて…思いが言葉となって……出た。

「…あなたは…哀れな人だわ。」

「…それは…どういう意味だ…」

 灰青の瞳が、怒りで青く変わっていき、プリシラの手を握るアルフォンスの手に、力が入り、よりきつくプリシアの手は、握り締められた。

「あなたは…本当に、母が愛した人なの?こんな人を母は思いつづけ、こんな人のために…」

「フッ…哀れか…そうかもなぁ。性悪女に騙され、心のない獣になった私は…もう…二度と人には戻れなくなってしまった哀れな男だ。」

プリシラは激しく頭を横に振り
「…違うわ!母の愛を疑い、母の愛に気が付かなかったことを哀れんでいるのよ。」

そう言って…プリシラはアルフォンス王を見た。
(私も母を見ていなかったのかもしれない。母が私を捨てて、男の人へと走るような人だと、信じてしまったのだから…同じだ。)

その瞬間、プリシラの胸に…小さな痛みが走った
(馬鹿みたい…同じように母の愛を疑う事で…父と感じるだなんて…本当に馬鹿みたい。)

プリシラの心のうちなど、わからないアルフォンス王はゆっくりと口元を緩めると
「ほぉ~まさかそんなことをおまえから言われるとはなぁ。母親…いや父親に似ているのか、その物言いは…イラつく女だ。」

そう言って笑うと、プリシアの首に手をかけ…
「大丈夫…女の細い首なら…一瞬だ。」

(愛した人を…そして愛した証の娘を…同じように手にかけようとするこの人は、やっぱり…哀れだ。)

プリシラは涙を零し…
(私も…踊りたかった、あの少女のように…)と目を瞑った瞼の裏に

淡い色のピンクのドレスを着た少女が、父親に頭を撫でられ、満面の笑みを浮かべながら、父親にぶら下がる様に踊る姿が浮かんだ。あんなに愛し、愛される父と娘の姿が…

羨ましかった。そう感じたとき…

瞼の裏に映っていた親子は…真剣な顔でステップを踏む幼い自分へと変わって行き、そんな私に微笑みながら、そして守るようにリードする父親の顔は……父親の顔は…


(あぁ…見えない。)

そう思った瞬間…目の前が、幕が下りたように…暗くなった。



 

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