キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~

秋野 林檎 

文字の大きさ
30 / 67
1章 葉月と樹

樹・・・戸惑う。

しおりを挟む
「…手を握って…悪かった。」

「樹?」

「だから、由梨奈さんも手を離してくれ。」

「…嫌だと言ったら…」

そう言って、俺を見る由梨奈の顔は心細げだったが
「冗談。」
と言って、俺の手を離すとにっこり笑い

「樹は変わらないわね。私と手を繋ぐのが迷惑なら、突き放せばいいのに…優しいから、どんなに困っていても、嫌でも突き放せない。出会った頃もそうだったわね。」

「…違うよ。俺も…婆様には逆らえなかっただけさ。」

「そう…でも嬉しかった。」

そう言って、由梨奈は笑いながら、涙を零した。

「由梨奈…」

「うん、やっぱり…樹には【由梨奈さん】と呼ばれるより、由梨奈と呼ばれたほうが…いい。」

零れ落ちる涙を指先で拭うと笑った。


あの婆様の話以来、由梨奈は婆様に言われて、秋継の側を片時も離れる事はなかった。だが当時の秋継は、バトルゲームに夢中で、会話の中心がその話ばかりだったので、中学三年生の由梨奈と小学4年生の秋継では、どう考えても会話が弾むとは思えなかった。関係ない俺は、二人とも気の毒なこったとぐらいしか思っていなかったが、どころがどういうわけか、中一の俺が引っ張り出され、二人の会話を弾ませろと、言われる羽目になった時にはさすがに腹がたった。

俺は仲人か…?!
あとは…おふたりで…とか言って席を外す。あれを俺にやれって?!ふざけんな!

そんなことを思っていたから、例え三人になっても、空気は全然良くならなかった、寧ろ悪くなるばかりで、秋継が、我慢できずに度々逃げ出し、俺と由梨奈はふたりだけになる事が多くなっていった。初めはお互いぎこちなかったが、学年が違うとはいえ、同じ中高一貫の私立校。その話からだんだんと話すようになり、いつしか俺は…時折見せる由梨奈の年相応のあどけなさと、そして相反するように見える女の色に惹かれていった。

初めて由梨奈にキスをしたのは…それから2年後の春、北側の庭だった。

そっと触れるようなキスに、由梨奈は泣いた。
「どうして…樹が久住の跡継ぎじゃないんだろう。」と言って、泣いたんだった。


俺が見た、由梨奈が涙を零したのはこのときだけだった。
だが今、由梨奈はあの日以来の涙を、俺の前で零している。

少し痛んだベンチと桜の木。そして泣いている由梨奈。
北側の庭は、由梨奈の唇に触れたあの日を思い出させ、心が落ち着かなくて、俺は由梨奈から視線を外すと、

「もう…涙を拭ってはくれないんだね。あの…」

「…由梨奈…」

「あの女性の涙は拭ってあげるの?そして…抱き「由梨奈…君には関係ないことだろう。」」

「…関係ないか…。そうよね。関係ないのに、私ったら…。樹が10年振りに、日本に帰ってくると聞いて、私を攫いに帰って来てくれたと、どこかで思っていた。」

「…?!」
俺は言葉が出てこなくて、思わず顔を上げると、由梨奈は…

「どうしてだろう。有り得ないことなのに…そう思っていたの。そう思えば、明日も生きてゆけるから。」

腹がたった。今更…何を言っているんだと無性に腹が立った。

じゃぁ、なぜ!なぜ…あの日来なかったんだ。

「何を言っているんだ。来月結婚するんだろう?俺が攫いに来ると思っていれば、明日も生きてゆけるだって!それなら、なぜあの日来なかったんだよ!10年前、俺は言っただろう。辛いのなら逃げようって。だが、自分は籠の鳥だから、外では生きてゆけないと言って、籠の中に留まったのは由梨奈の意思だ。それを今更。いったい何をやっていたんだよ…この10年。なにを考えていたんだよ…この10年。なんにも、変わっていないじゃないか。辛いと言いながら、でも逃げない。もう…振り回すなよ。もう俺を振り回すな。」

「樹!!本当は樹と外に出たかったの!でも籠の鳥だから外では生きてゆけないと…。そう、言わないと!そう言わないと、いけなかったのよ。」

「…どういう意味だよ。それはどういう意味だよ!」


と口にした途端、俺の唇に柔らかい唇が触れた。
驚く俺に、由梨奈はまた唇を重ね、俺の唇の上で、由梨奈が言った。


「樹が好き。ずっと好きだった。」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...