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7 異国の人②
しおりを挟むアリラハの王子と王女は、幾つか国王陛下と言葉を交わした後こちらへと歩いてきた。
フィリップ殿下は新しいグラスを持つと、ラシュナリ殿下とマーリャ王女の方へと足を向けた。最初の挨拶の時には付いてくるようにと言われており、私も同じように後ろを付いていく。
フィリップ殿下も背が高くていらっしゃるけれど、ラシュナリ殿下はもっと背が高い。対してマーリャ王女は小柄で、この歳の令嬢の平均ぐらいの私よりも頭半分ほど低くていらっしゃった。
お二人とも気品が溢れていて、フィリップ殿下と合わせて4人の空間にいることがひどく場違いなことのように思える。
「初めまして」
「ごきげんよう」
ラシュナリ殿下が微笑み、マーリャ王女は優雅にお辞儀をする。殿下と私も同じように返した。
ラシュナリ殿下の切れ長の瞳は一見とても冷たそうにも見えるけれど、微笑まれると目尻が下がってとても優しい印象になる。
マーリャ王女は、小柄だからか幼くも見えるけれど、振る舞いがとても気品に溢れ洗練されている。だけど突き放すような雰囲気ではなく、優雅な微笑みが優しい髪色と相まって、柔らかな印象を与えている。
3人が簡単な自己紹介を進めていき、
「先程は見事な炎魔法と風魔法でした。流石ですね、ラシュナリ王子、マーリャ王女」
「ありがとう。……私達は同じ学校の級友となるんだ。もし良ければラシュナリ、マーリャと呼んで欲しい。もちろん、敬語も無しだ。良いよね、マーリャ」
「もちろんですわ」
「とても嬉しい言葉だ。それならば、私のことも是非フィリップと呼んで欲しい」
「よろしく、フィリップ。━━ところで、彼女はどなただろう?」
ルビーのような瞳が、私を捉えた。ラシュナリ殿下だけではなく、マーリャ王女と、それから背後のエデローラの貴族たちの視線を感じた。
「━━彼女は、私の婚約者だ。エマ、挨拶を」
もう何年も呼ばれていなかった名前を呼ばれて、それだけでどきりとした。
私の方を見ているけれど、私のことを見ているわけではない視線に促されて、私は一礼をした。
「エルルーナ侯爵家長女、エマ=エルルーナと申します。どうぞよろしくお願い致します、ラシュナリ殿下、マーリャ王女様」
頭を上げるときにそっとフィリップ殿下の方を見た。殿下の表情は変わらないままで、きっと及第点ではあったのだと思う。
「エルルーナと言うと、『闇』の家だったかな?」
はっと顔を上げると、やはりあの赤い目がしっかりとこちらを見ていた。
「……ええ、エルルーナ侯爵家は闇魔法の家だ。さすが、よくご存じだ」
「闇魔法には個人的に興味があってね。アリラハではほとんど使い手がいない魔法だから。よかったら、あとで詳しく話を聞かせて欲しいな」
「闇魔法についてなら、彼女よりも彼女の妹の方が適任だ」
「妹君?」
「紹介しよう。マーリャとも歳が同じだからきっと話が合う」
ラシュナリ殿下は少し考えるように目を細めたけれど、すぐにまた微笑みを戻した。
「ならば、是非に」
*
王子や王女に付いて訪れているアリラハの貴族たちも合わせて、パーティは大きな盛り上がりを見せていた。
私は殿下の後に付いてアリラハの貴族の方々と挨拶を終えた後、リリーを探してくるようにと言われてその場を離れた。
ウェルシュタインやサンデルセン、そしてエルルーナのような大きな家の周りには人が集まるので、広い会場の中でもとても見つけやすい。父や母はすぐに見つけられたけれど、その中にリリーの姿は無かった。
家族や殿下から離れてリリーが遠くにいくとは考えられないから、きっとどこかにいるはずだけど全然見つけられない。
「誰かを探している?」
不意に話しかけられ慌てて振り返ると、
「ラシュナリ殿下…」
先程までフィリップ殿下と話していた、ラシュナリ殿下が立っていた。従者も付いていなければ、アリラハの貴族やマーリャ王女もお側にいない。
頭を下げようとすると、「いや、大丈夫だから」と静止された。
「エマ嬢……だったね?パーティも中盤なのに、楽しんでいなさそうだったからどうしたのかと思って」
「その、妹を探しておりましたの。殿下…フィリップ殿下から、私の妹をラシュナリ殿下やマーリャ王女へご紹介差し上げたいと」
ああさっきの話の、とラシュナリ殿下は呟いた。
「なんだか、無理を言ったみたいで申し訳ないな。でも私は今日明日で帰るわけではないのだから、またの機会で話させていただくよ。気にせず、今日はエマ嬢もパーティを楽しんだ方が良い」
優しい声色のラシュナリ殿下の声に、私は頭を下げた。例えラシュナリ殿下殿下がそう仰っても、リリーを連れてこないことをフィリップ殿下はお怒りになるだろう。だけど、私からラシュナリ殿下に反論することはできず、頭を下げることしかできない。
「と思ったけど、そういう訳にもいかないみたいだね。こういう人探しには適任がいるんだ。……マーリャ、いいところに」
ラシュナリ殿下が片手を上げると、ちょうど人の輪から離れたマーリャ王女がこちらへといらっしゃった。頭を下げた私をラシュナリ殿下と全く同じように制して、
「なんですの、兄様。何か悪巧みでも?」
目にいたずらっぽさを灯らせたマーリャ王女は、先程の溢れんばかりの高貴さをまとっていたお姿とは一転され、親しみやすさすら覚えてしまいそうになるほどの柔らかな雰囲気であった。
「エマ嬢の妹君が迷子になってしまわれたらしい。マーリャ、ちょっど探してくれないか」
「いえ、そんな、王女様のお手を煩わせるようなことは、」
「あら、もちろんいいですわよ。パーティにも少し飽きてきてしまいましたし、そっちの方が楽しそうです」
「だと思ったよ」
ちょっとした会話を交わしているところを見ただけで、お二人が仲の良い兄妹であることが伝わってきた。
「リリー様とおっしゃったかしら?エマ様、こう、目を瞑って妹さんのことを思い浮かべてみて」
こう、と手を握る様を示すマーリャ王女に従う。
「では。リリー様を探してくださいな、風の導きシルフィード」
耳元をそっと撫でるように風が起こった。そのまま髪の毛で遊ぶようにさわさわと揺れて、そしてふっと消えた。
「もう目を開けていただいて大丈夫ですわよ。妹さんの居場所もわかりました」
「今のも……風の魔法なのですか?」
「ええ。風は瞬きひとつの間になんでも運んできてくれますから」
「それで、妹君はどちらに?」
「ええっと、東の方角にある、レンガづくりの大きな塔にいらっしゃいますわね。今は階段を登っていらっしゃるところでしたわ」
「え……」
私は思わず賑わう広間を見た。一際大きな輪の中心にはフィリップ殿下のお姿がある。それを見て、ほっとしたような困惑したような複雑な気持ちが混ざり合う。
「迷子になるには随分と離れているところのようだけれど、大丈夫かしら?」
「え、ええ。マーリャ王女様、ありがとうございます」
ラシュナリ殿下とマーリャ王女はぱちくりと目を合わせた。多分、私の顔はこわばっている。せっかくお二人が気を利かせてくださったのだから、こんな顔してはいけない。分かってはいるけれど、止められない。
(その塔にあるのは、王族の私室ーー)
その塔には国王夫妻と王子達の部屋があり、限られた使用人しか立ち入りが認められおらず、たとえ婚約者であっても婚姻の儀の前では入塔できず、私は塔の付近にすら立ち入ったことはない。そこに、どうしてリリーが?うっかり、で迷い込むような距離ではないだろう。
「ラシュナリ殿下、マーリャ王女様、ご無礼を承知で申し上げます。どうか、今のことは御心のうちにとどめていただけませんでしょうか」
「何か……事情がありそうだね。マーリャ、いいよね」
「もちろんですわ。私、秘密は得意ですもの」
ありがとうございます、とお礼を言おうとしたところで、
「失礼ながら私も挨拶をさせていただいても宜しいでしょうか、ラシュナリ殿下、マーリャ王女様。私はエデュア=エルルーナと申します。こちらは妻のミーナでございます。……何か不肖の娘が御無礼でも?」
ぴったりと笑みを貼り付けたお父様とお母様がいらっしゃった。
「ああ、エルルーナ侯爵ですね、初めまして。無礼だなんてとんでも。エマ嬢にこの城について案内していただいていただけですよ」
「そうでしたか……。エマ、リリーのことはご紹介したのか?」
「い、いえ」
「じゃあそこで何をしている。早くリリーをご紹介差し上げなさい。……殿下、我がエルルーナ家には闇の魔法に秀でた娘がおりまして、ぜひ殿下にもお見知り置きいただければと」
「リリー嬢のことはさきほどフィリップ殿下からうかがいましたよ。また学園で会える時を楽しみにしています」
にっこりとした笑みでお父様を封じ、
「ベルラーシ侯爵家の方にも挨拶をしたいのだが、エマ嬢、口利きをしてくれますか?」
「え、ええもちろんです」
「では、エルルーナ侯爵、また」
お二人をお連れすれば、ベルラーシ侯爵家の方々に随分と歓迎をされた。挨拶をさせていただいてしばらくしてから、私はその場から離れさせていただいた。知識欲の強いベルラーシ家とは特にお話も盛り上がっていらっしゃるようであった。お二人にはとても気を遣っていただいてしまったので重ねてお詫びをしたかったが、到底割って入ることはできないので去らせていただいた次第だ。
広間の窓辺へと近づくと、遠くに王家の塔が見える。リリーは一体、何をしにいったのだろう。
「リリーはどうした?」
背後から話しかけられて心臓が飛び出るかと思った。振り返れば、眉根を寄せたフィリップ殿下のお姿があった。
「リリーは…その…申し訳ございません、広間から出ているようでして…」
「どういうことだ?そのようなことがあるわけがないだろう。使用人は付けているのだろうな?姉であるお前がなぜ側にいない?」
むっとした表情をされているらっしゃる殿下の様子から、リリーが王家の塔にいることは知らないのだろうと思った。だけどそれを言って、いいのだろうか。
「私は━━」
「フィルさま?おねえさま?どうしたんですの?」
春の花々を思い起こすような柔らか彩りの刺繍を施したドレスを身に纏ったリリーの姿がそこにあった。ふわふわとした笑みは何も知らない無垢なもので。先日体調を崩していた時とは打って変わって、頬は果実のように眩く色づいている。
殿下はぱっと笑みを浮かべ、
「リリーがいないと言うから、どういうことかと聞いていただけだ。具合でも悪くなっていたりしないだろうな?」
「まあ、ちょっと涼みに出ていただけですわ。フィルさまもおねえさまもお優しいのですね」
「リリー...」
ドレスも髪型も少したりとも乱れていない。そもそも東の塔までは距離もあり、とても身体の弱いリリーが行き来できる距離では無いはずで。
(マーリャ王女が間違われた……?でも……)
会って間も無いラシュナリ殿下とマーリャ王女を、どうしてか私は信じて良いと思っていた。
「リリーをラシュナリとマーリャに紹介しようとずっと探していたんだよ。さあ、おいで」
ベルラーシの方と話されていたお二人を呼び出し、フィリップ殿下はリリーの紹介を始めた。
お二人も、リリーがつい先程まで遠くの塔にいたことは分かっていながら、そのことを微塵も感じさせずに挨拶をされていた。
「リリーは王国屈指の闇魔法の使い手でね。自慢の魔法使いさ。リリー、お二人も闇魔法について興味があると仰っていたんだよ」
「ふふふ、フィルさまったら。ラシュナリさま、マーリャさま、どうぞよろしくお願いいたします」
照れ合うように視線を絡めるリリーとフィリップ殿下は、知らない者が見ればどう見ても仲睦まじい婚約者同志のようだ。
ふわふわと挨拶をするリリーを私は冷や冷やとしながら眺めた。王族同士の話しに横入りするわけにはいかないが、リリーの身分と関係性で「さま」呼びはまだ早い。アリラハの貴族が聞いたら、咎められてもおかしくはないことだ。
ラシュナリ殿下は、笑顔を少しも崩さないまま、
「初めまして。我が国では闇魔法は珍しいから興味があると先ほどフィリップに言ったのだけれど、かえって気を使わせてしまったのならば申し訳ないな。おいおい、話を聞かせてもらえると嬉しい」
「ぜひなかよくしてくださいませ、マーリャさまも」
「ええ、ぜひ」
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