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第一章 再び始まった戦争
第九話 連邦の実情(2)
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「作戦前に一つ聞いてもいいですか?」
第二次侵攻作戦開始前に、親衛隊隊長であるソフィア・バーベラは自身の上官であるユリアに確認をしていた。
「アルベルトのことか?」
「はい。」
「あの子には悪いとは思っているわ。」
「珍しいですね。そんなことを言うなんて。」
「だってそうでしょ? バザロフに手柄をやるために作戦の詳細を詰めさせて。そして自分が立てた作戦にも文句を言われてもやらせるような真似をさせて。ただ、本当によくやってくれたと思っているわ。」
率直な思いをソフィアに伝える。ソフィアとしては高々三歳くらいしか変わらないアルベルトをあの子というのは流石にどうかと思うが、そこは本筋ではないため気にはしない。
「その割にはさっき彼の作戦をヤクーニナ大佐と批判していましたよね?」
「ヤクーニナ大佐と批判? なんのこと?」
「さっき苦言を呈していた彼に対して肯定していませんでしたか?」
「あぁ、そういうこと。ヤクーニナ大佐は最初の言葉を否定すると面倒だから一回肯定しているのよ。」
その言葉にソフィアは毒牙を抜かれたような顔をする。
「珍しいわね。あなたがそんな勘違いをするなんて。まぁそれだけ信頼しているのならいいわ。」
恥ずかしさのあまり下を向いてるソフィアに対して特に責めることはせずにユリアはそう言った。
「けど、バザロフについてはもう駄目ね。結局一番簡単なところをやって後の実行とか責任をとる動作については全くしないし。バラノフ家にもそれは伝えたわ。」
「つまり今どうするべきか向こうと話し合っているということですか?」
「えぇ。といっても向こうがこっちに対して人事権を持っていないのと同じようにこっちも人事権は無いけど。ただ、向こうの反応を見るに、もうバザロフは駄目でしょうね。」
「元々は優秀なパイロットとは聞いていたのですが。」
「まぁパイロットとして優秀だとしても作戦指揮を執るのが有能だとは限らないからな。」
「だから、シュタイナー少尉にその悪い手本を見せたかったということですか……。ですがそれでもそれは得策ではありません。あのままでは下手すれば彼は死ぬかもしれないのですよ?」
ソフィアはユリアの考えを理解することは出来た。しかし、それでも納得することは出来ないと反論する。
「その程度で死ぬくらいなら今後生き残ることはできないだろうし必要ないわ。」
しかしその次のユリアの言葉は彼女が想定していたものとは違う物であった。
「それは本気で言っているのですか?」
そしてそれは彼女の怒りに火をつけてしまうような地雷であった。
「あくまで私は彼をかくまう。そしてその代わりに彼は私に力を貸す。それだけのこと。」
「司令、今自身が置かれている状況を理解していますか?」
「今ここであなたに言われなくても分かってはいるわよ。」
「だったら今この場で敵を作るべきではないはずです。少なくとも彼は絶対にあなたを裏切ったりはしません。」
ソフィアはそうユリアの心の傷を正面から容赦なくえぐっていく。
「なんでそれが確実だと言い切れるの? あの子の行動原理は。」
「そうです。だからこそ彼は絶対にあなたを見放したりしない。自分の目的を達成するためにはあなたの力が必要だと知っているから。」
「随分と肩入れをしているようね。」
「当然です。彼は必ずあなたに協力をしてくれますから。」
そう言い切るソフィアにユリアは一度だけため息を吐いた。
「今回の件は向こうとの確認が取れ次第早急に進めておく。」
「お願いします。」
ソフィアはそれだけ言うとユリアの執務室を後にした。
*
アルベルトが立てていた作戦は、皆の思惑を裏切り、予定通り進んでいた。そして連合軍の超高性能機ギデオン九機で構成している中隊を相手にアルベルト達は徐々に包囲網を完成させ有利な状況にしていた。
「後もう少し行けば!」
ソフィアはアルベルトの指示に従いながら、小隊の包囲網を強くしていく。九機のギデオンを相手に連邦は以前に比べ、まともな戦いをしていた。
『アルファ隊各機は右側に展開している一気に重点的に攻撃を集中させてください。ブラボー隊は中央の機体を、チャーリー隊は左側の機体を!』
アルベルトは的確な指示を出しながら、高機動力を誇るギデオンの進路を限定し、より攻撃しやすい環境を構成していた。
その様子にソフィアは心配することなく、自分の仕事を果たす。自分たちが敵対しているギデオンは既に瀕死状態であり、ほぼ撃墜したも同然の状態であった。
「ユリオン中佐、リャーエフ少佐。三方十字砲火であの一機を撃墜させる。」
『『了解!』』
その瞬間機体のフォーメーションを取り、敵に逃げ場がないように、三方向から同時にウルに搭載されていたライフルを撃つ。
その内の一発がギデオンのメインブースターに直撃し、機動力が下がったのをソフィアは確認すると即座にプラズマサーベルを引き抜く。
そのまま機体の速度を一気に最高速にし、薄くなった装甲を狙う。
プラズマサーベルによる攻撃なので大きな音はしなかった。
しかし、その数舜後に機体が温度上昇に耐えられず爆発する音が辺り一面に鳴り響く。
「よし。これで一機。」
このままいけば残り八機もそこまで大きな被害を出すことなく撃破できると考えた時だった。
『シュタイナー少尉。』
後方で作戦指揮を執っているバザロフからの通信が入る。
直感的に嫌な予感がしたソフィアはそれがなんなのか傾聴する。
『これよりバーベラ大佐とシュタイナー少尉には主力部隊に合流してもらう。またこの戦域の指揮は私が執る。』
バザロフからの言葉にソフィアは一度目を見開く。
『待ってください! ここまで完成した包囲網を今崩すのは!』
『シュタイナー少尉。これは命令だ。ここでこの部隊を抑えなければ我々は敗けることになるのだ。』
『ですが、今ここで指揮権を引き継ぐなど!』
そうだ。こんなの無茶苦茶なことであるとソフィアは思う。
『シュタイナー少尉! これは命令だ! リャーエフ少佐はそのまま敵機を抑えろ。』
『えぇ!』
イオクの素っ頓狂な驚きの声が響き渡る。
しかしバザロフはアルベルトの指示など聞いてはいないとばかりに包囲網を形成していた部隊に指示を出していく。そうして崩れた包囲網から天使シリーズの部隊が猛攻を仕掛ける。そのうちの一機をアルベルトは正面から対処する。
ソフィアは一瞬どうするか考えてからダースとイオクに言葉を告げる。
「少尉の方に関しては私が援護する。」
『分かりました。』
ダースからの返答に彼女は頷くとアルベルトの援護を始めた。
*
「うわ、なにこれ。滅茶苦茶じゃない。連邦の司令部はなにしてるの?」
目標であった敵キャスター部隊の陽動を終えたエミリアは連合国へ侵攻するために前進した。その結果
連邦軍と連合国の部隊は乱戦になっていた。
『しかもまたノーヘッド一機でギデオンと戦わされていますね……。』
アルバートはギデオンと一騎打ちで戦っているアルベルトに同情の声を漏らす。
「まぁ武装はある程度更新されている物を使っているようだしまだ敵対は出来るとは思うけど。」
それでも機体の性能差が違いすぎるだろうと思う。それに加えて味方に当たっても構わないとばかりに背後から援護射撃と呼べるか分からないものをしているウルの中隊もどうなのかと思う。
「あんな作戦指揮を執っている士官では流石に現場がかわいそうね。」
エミリアも同じく同情の声を漏らしてしまう。
『どうしますか?』
エマソンからの問いかけにエミリアは戦況を確認するとその方針を考える。
「ここでこの部隊が突進して来ても厄介か。」
ならば取る方針は一つだけかと考える。
その答えさえ出れば後にやることは単純なことだった。
「全機、敵新型機部隊への攻撃を行う。」
*
「クソ! あのジジイ!」
アルベルトが用意した包囲網を突破したギデオンの一機と対峙していた。
本来であればこの時間には主力部隊と合流し連合国の主力部隊を撃破、帝国と共に首都への侵攻を始める手筈だった。
「クソ!」
ギデオンとの距離が近すぎるため一旦取離れようとするが、ここまで密着をしてしまえば逃げようにもその隙を探す必要がある。
「だから無理だと言ったのに! あの馬鹿が!」
『貴様! 馬鹿とは』
アルベルトは即座に司令部からの通信の音量を下げる。
「もう死ねよ。」
一言冷たい声で愚痴る。
同時に一気に集中力を高め、目の前の機体を注視する。そして溢れんばかりの情報とクリアになっていく思考で機体に対する対策を考える。
「つまり、敵の一番の欠点は各部関節か。しかし、それはキツイ。」
敵からの攻撃を必死に避けながらアルベルトは逃げ道を考える。
「残っている武装はライフルのみ。せめて武器を破壊するくらいなら……、いけるか?」
目の前の機体に対し残り少なくなった武装でどう対処するか考える。
「ウルならともかくノーヘッドでは流石に無謀か。」
しかし、すぐに倒す方法を考えるのを放棄した。そしてなんとか必死に距離を取ろうとする。しかし砲撃の位置を徐々に狭められ、逃げ道を失っていき、敵機の両手で機体を抑えられてしまう。
「このままではじり貧だな。」
ここでパニック状態に陥らないのが彼の強みであった。
目の前の機体の腹部に搭載されているビーム砲の砲口が明るくなる。
「ベイルアウト!」
アルベルトはコックピットに搭載されている黄色いレバーを力の限り引く。するとすぐに自身の体に不快なGがかかる。同時に非常用の小型モニタでギデオンを確認する。
キャスターに搭載されている動力炉の爆発によりギデオンは黒煙にまみれていた。各部装甲もボロボロではあるが、機体自体はまだ戦闘継続が可能だった。
そしてギデオンの銃口がアルベルトの脱出ポッドに向く。
その瞬間、間を割ってはいるようにアレースがプラズマサーベルで腹部を突き刺すとすぐにサーベルから手を離し、大きく退いた。
一方でギデオンは腹部の高出力砲が誘爆を起こし、爆発を始めた。その数瞬前に脱出ポッドが大きく揺れるが、それが爆発によるものであるか、そうでないかはアルベルトに判断は出来なかった。
『大丈夫ですか?』
接触回線の声にアルベルトは目を見開く。それが自分がエミリアに助けられたということを悟る。
「助かりました。ありがとうございます。」
そう答えるアルベルトの声は少し震えていた。
*
揺れるコックピットブロックで気分がただでさえ優れないのに、それに加えて目の前で嫌いな顔を見るのは辛かった。
「今回の命令無視はどういうつもりだ。」
エミリアからソフィアにコックピットブロックごと渡されたアルベルトはアクタール基地に着くなり、憲兵に取り押さえられ連行されるとバザロフに尋問を受けていた。
「命令無視はしていませんよ。ただ疑義を唱えただけです。」
「その時間さえなければ敵機を落とせていたはずだ!」
それがどれだけ難しいことか目の前の相手は知らないのだろうなと思う。重装甲の機体相手にあの武装で相手することがどれだけ大変なのか。そして普通の武装よりも遥かに攻撃力のある自爆でも不可能だったことを考えて欲しいとも思う。
昔は前線でかなり名の知れたパイロットであっても現場の様子まではわからないかと思う。
「あのタイミングが少し変わったところでそこまで大きな違いはありません。それに加えてノーヘッドではあの機体に対し有効打どころか傷をつけることもできません。それなのにどうして撃破出来ると考えるのですか?」
色々と思うことはあったものの、アルベルトは努めて冷静に普段通りの声で返したつもりだったが、その声音は少し面倒臭さが混ざっていた。
「そのせいで帝国に戦果を譲ってしまったではないか! あそこまで私がお膳立てしたというのに! 帝国のあの汚い小娘が戦果を全て奪ってしまったではないか!」
その言葉にアルベルトは眼光を鋭くする。
「なんだ、その目は!」
バザロフが殴り掛かろうとした時だった。尋問室の扉が開く。
「バザロフ中佐。そこまでです。」
ソフィアが間に割って入った。
「なんだと?」
「あなたには我々に対する人事権はありません。そして懲罰権も。彼の処遇は上官である私やベッソノワ准将が決めるべきことです。それをお忘れなきように。行くわよ、シュタイナー少尉。」
そういってソフィアが部屋から出ようとした時だった。
「シュタイナー少尉。貴官には処分を下すまで自室での待機を命じる。」
ユリアはそれだけ言うとその場から立ち去った。
*
「連邦は一体なにを考えているのかしら。」
エミリアは自分の部屋のソファーに座ると開口一番そう言う。
「連邦というのも実体は複雑ですからね。なにかしらの派閥争いに巻き込まれたと思います。」
「そういえばアクタール基地は元々バラノフ家所有のものだったわね。そしてベッソノワ家は当初モスキュールの近辺にある基地の司令官と。その辺かしら。」
「そういえば、今連邦ではバラノフ家が最も力を持ってますが、なにかあったのですか?」
「さぁ?ただバラノフ家は身の振り方が上手かったわね。」
「どういうことですか?」
アルバートの問いかけにエミリアは一度だけため息をつく。
「今の帝国と連邦はズブズブの関係ということよ。この話は他の兵士達には秘密にしておいて。」
「そこまで深いのですか?」
「えぇ。そしてそれに反対している派閥も当然ある。」
「大佐はどっちなのですか?」
「さぁ?これからそれを考えていくのが私の仕事よ。」
そう告げるエミリアの顔は何とも言えない表情であった。
第二次侵攻作戦開始前に、親衛隊隊長であるソフィア・バーベラは自身の上官であるユリアに確認をしていた。
「アルベルトのことか?」
「はい。」
「あの子には悪いとは思っているわ。」
「珍しいですね。そんなことを言うなんて。」
「だってそうでしょ? バザロフに手柄をやるために作戦の詳細を詰めさせて。そして自分が立てた作戦にも文句を言われてもやらせるような真似をさせて。ただ、本当によくやってくれたと思っているわ。」
率直な思いをソフィアに伝える。ソフィアとしては高々三歳くらいしか変わらないアルベルトをあの子というのは流石にどうかと思うが、そこは本筋ではないため気にはしない。
「その割にはさっき彼の作戦をヤクーニナ大佐と批判していましたよね?」
「ヤクーニナ大佐と批判? なんのこと?」
「さっき苦言を呈していた彼に対して肯定していませんでしたか?」
「あぁ、そういうこと。ヤクーニナ大佐は最初の言葉を否定すると面倒だから一回肯定しているのよ。」
その言葉にソフィアは毒牙を抜かれたような顔をする。
「珍しいわね。あなたがそんな勘違いをするなんて。まぁそれだけ信頼しているのならいいわ。」
恥ずかしさのあまり下を向いてるソフィアに対して特に責めることはせずにユリアはそう言った。
「けど、バザロフについてはもう駄目ね。結局一番簡単なところをやって後の実行とか責任をとる動作については全くしないし。バラノフ家にもそれは伝えたわ。」
「つまり今どうするべきか向こうと話し合っているということですか?」
「えぇ。といっても向こうがこっちに対して人事権を持っていないのと同じようにこっちも人事権は無いけど。ただ、向こうの反応を見るに、もうバザロフは駄目でしょうね。」
「元々は優秀なパイロットとは聞いていたのですが。」
「まぁパイロットとして優秀だとしても作戦指揮を執るのが有能だとは限らないからな。」
「だから、シュタイナー少尉にその悪い手本を見せたかったということですか……。ですがそれでもそれは得策ではありません。あのままでは下手すれば彼は死ぬかもしれないのですよ?」
ソフィアはユリアの考えを理解することは出来た。しかし、それでも納得することは出来ないと反論する。
「その程度で死ぬくらいなら今後生き残ることはできないだろうし必要ないわ。」
しかしその次のユリアの言葉は彼女が想定していたものとは違う物であった。
「それは本気で言っているのですか?」
そしてそれは彼女の怒りに火をつけてしまうような地雷であった。
「あくまで私は彼をかくまう。そしてその代わりに彼は私に力を貸す。それだけのこと。」
「司令、今自身が置かれている状況を理解していますか?」
「今ここであなたに言われなくても分かってはいるわよ。」
「だったら今この場で敵を作るべきではないはずです。少なくとも彼は絶対にあなたを裏切ったりはしません。」
ソフィアはそうユリアの心の傷を正面から容赦なくえぐっていく。
「なんでそれが確実だと言い切れるの? あの子の行動原理は。」
「そうです。だからこそ彼は絶対にあなたを見放したりしない。自分の目的を達成するためにはあなたの力が必要だと知っているから。」
「随分と肩入れをしているようね。」
「当然です。彼は必ずあなたに協力をしてくれますから。」
そう言い切るソフィアにユリアは一度だけため息を吐いた。
「今回の件は向こうとの確認が取れ次第早急に進めておく。」
「お願いします。」
ソフィアはそれだけ言うとユリアの執務室を後にした。
*
アルベルトが立てていた作戦は、皆の思惑を裏切り、予定通り進んでいた。そして連合軍の超高性能機ギデオン九機で構成している中隊を相手にアルベルト達は徐々に包囲網を完成させ有利な状況にしていた。
「後もう少し行けば!」
ソフィアはアルベルトの指示に従いながら、小隊の包囲網を強くしていく。九機のギデオンを相手に連邦は以前に比べ、まともな戦いをしていた。
『アルファ隊各機は右側に展開している一気に重点的に攻撃を集中させてください。ブラボー隊は中央の機体を、チャーリー隊は左側の機体を!』
アルベルトは的確な指示を出しながら、高機動力を誇るギデオンの進路を限定し、より攻撃しやすい環境を構成していた。
その様子にソフィアは心配することなく、自分の仕事を果たす。自分たちが敵対しているギデオンは既に瀕死状態であり、ほぼ撃墜したも同然の状態であった。
「ユリオン中佐、リャーエフ少佐。三方十字砲火であの一機を撃墜させる。」
『『了解!』』
その瞬間機体のフォーメーションを取り、敵に逃げ場がないように、三方向から同時にウルに搭載されていたライフルを撃つ。
その内の一発がギデオンのメインブースターに直撃し、機動力が下がったのをソフィアは確認すると即座にプラズマサーベルを引き抜く。
そのまま機体の速度を一気に最高速にし、薄くなった装甲を狙う。
プラズマサーベルによる攻撃なので大きな音はしなかった。
しかし、その数舜後に機体が温度上昇に耐えられず爆発する音が辺り一面に鳴り響く。
「よし。これで一機。」
このままいけば残り八機もそこまで大きな被害を出すことなく撃破できると考えた時だった。
『シュタイナー少尉。』
後方で作戦指揮を執っているバザロフからの通信が入る。
直感的に嫌な予感がしたソフィアはそれがなんなのか傾聴する。
『これよりバーベラ大佐とシュタイナー少尉には主力部隊に合流してもらう。またこの戦域の指揮は私が執る。』
バザロフからの言葉にソフィアは一度目を見開く。
『待ってください! ここまで完成した包囲網を今崩すのは!』
『シュタイナー少尉。これは命令だ。ここでこの部隊を抑えなければ我々は敗けることになるのだ。』
『ですが、今ここで指揮権を引き継ぐなど!』
そうだ。こんなの無茶苦茶なことであるとソフィアは思う。
『シュタイナー少尉! これは命令だ! リャーエフ少佐はそのまま敵機を抑えろ。』
『えぇ!』
イオクの素っ頓狂な驚きの声が響き渡る。
しかしバザロフはアルベルトの指示など聞いてはいないとばかりに包囲網を形成していた部隊に指示を出していく。そうして崩れた包囲網から天使シリーズの部隊が猛攻を仕掛ける。そのうちの一機をアルベルトは正面から対処する。
ソフィアは一瞬どうするか考えてからダースとイオクに言葉を告げる。
「少尉の方に関しては私が援護する。」
『分かりました。』
ダースからの返答に彼女は頷くとアルベルトの援護を始めた。
*
「うわ、なにこれ。滅茶苦茶じゃない。連邦の司令部はなにしてるの?」
目標であった敵キャスター部隊の陽動を終えたエミリアは連合国へ侵攻するために前進した。その結果
連邦軍と連合国の部隊は乱戦になっていた。
『しかもまたノーヘッド一機でギデオンと戦わされていますね……。』
アルバートはギデオンと一騎打ちで戦っているアルベルトに同情の声を漏らす。
「まぁ武装はある程度更新されている物を使っているようだしまだ敵対は出来るとは思うけど。」
それでも機体の性能差が違いすぎるだろうと思う。それに加えて味方に当たっても構わないとばかりに背後から援護射撃と呼べるか分からないものをしているウルの中隊もどうなのかと思う。
「あんな作戦指揮を執っている士官では流石に現場がかわいそうね。」
エミリアも同じく同情の声を漏らしてしまう。
『どうしますか?』
エマソンからの問いかけにエミリアは戦況を確認するとその方針を考える。
「ここでこの部隊が突進して来ても厄介か。」
ならば取る方針は一つだけかと考える。
その答えさえ出れば後にやることは単純なことだった。
「全機、敵新型機部隊への攻撃を行う。」
*
「クソ! あのジジイ!」
アルベルトが用意した包囲網を突破したギデオンの一機と対峙していた。
本来であればこの時間には主力部隊と合流し連合国の主力部隊を撃破、帝国と共に首都への侵攻を始める手筈だった。
「クソ!」
ギデオンとの距離が近すぎるため一旦取離れようとするが、ここまで密着をしてしまえば逃げようにもその隙を探す必要がある。
「だから無理だと言ったのに! あの馬鹿が!」
『貴様! 馬鹿とは』
アルベルトは即座に司令部からの通信の音量を下げる。
「もう死ねよ。」
一言冷たい声で愚痴る。
同時に一気に集中力を高め、目の前の機体を注視する。そして溢れんばかりの情報とクリアになっていく思考で機体に対する対策を考える。
「つまり、敵の一番の欠点は各部関節か。しかし、それはキツイ。」
敵からの攻撃を必死に避けながらアルベルトは逃げ道を考える。
「残っている武装はライフルのみ。せめて武器を破壊するくらいなら……、いけるか?」
目の前の機体に対し残り少なくなった武装でどう対処するか考える。
「ウルならともかくノーヘッドでは流石に無謀か。」
しかし、すぐに倒す方法を考えるのを放棄した。そしてなんとか必死に距離を取ろうとする。しかし砲撃の位置を徐々に狭められ、逃げ道を失っていき、敵機の両手で機体を抑えられてしまう。
「このままではじり貧だな。」
ここでパニック状態に陥らないのが彼の強みであった。
目の前の機体の腹部に搭載されているビーム砲の砲口が明るくなる。
「ベイルアウト!」
アルベルトはコックピットに搭載されている黄色いレバーを力の限り引く。するとすぐに自身の体に不快なGがかかる。同時に非常用の小型モニタでギデオンを確認する。
キャスターに搭載されている動力炉の爆発によりギデオンは黒煙にまみれていた。各部装甲もボロボロではあるが、機体自体はまだ戦闘継続が可能だった。
そしてギデオンの銃口がアルベルトの脱出ポッドに向く。
その瞬間、間を割ってはいるようにアレースがプラズマサーベルで腹部を突き刺すとすぐにサーベルから手を離し、大きく退いた。
一方でギデオンは腹部の高出力砲が誘爆を起こし、爆発を始めた。その数瞬前に脱出ポッドが大きく揺れるが、それが爆発によるものであるか、そうでないかはアルベルトに判断は出来なかった。
『大丈夫ですか?』
接触回線の声にアルベルトは目を見開く。それが自分がエミリアに助けられたということを悟る。
「助かりました。ありがとうございます。」
そう答えるアルベルトの声は少し震えていた。
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揺れるコックピットブロックで気分がただでさえ優れないのに、それに加えて目の前で嫌いな顔を見るのは辛かった。
「今回の命令無視はどういうつもりだ。」
エミリアからソフィアにコックピットブロックごと渡されたアルベルトはアクタール基地に着くなり、憲兵に取り押さえられ連行されるとバザロフに尋問を受けていた。
「命令無視はしていませんよ。ただ疑義を唱えただけです。」
「その時間さえなければ敵機を落とせていたはずだ!」
それがどれだけ難しいことか目の前の相手は知らないのだろうなと思う。重装甲の機体相手にあの武装で相手することがどれだけ大変なのか。そして普通の武装よりも遥かに攻撃力のある自爆でも不可能だったことを考えて欲しいとも思う。
昔は前線でかなり名の知れたパイロットであっても現場の様子まではわからないかと思う。
「あのタイミングが少し変わったところでそこまで大きな違いはありません。それに加えてノーヘッドではあの機体に対し有効打どころか傷をつけることもできません。それなのにどうして撃破出来ると考えるのですか?」
色々と思うことはあったものの、アルベルトは努めて冷静に普段通りの声で返したつもりだったが、その声音は少し面倒臭さが混ざっていた。
「そのせいで帝国に戦果を譲ってしまったではないか! あそこまで私がお膳立てしたというのに! 帝国のあの汚い小娘が戦果を全て奪ってしまったではないか!」
その言葉にアルベルトは眼光を鋭くする。
「なんだ、その目は!」
バザロフが殴り掛かろうとした時だった。尋問室の扉が開く。
「バザロフ中佐。そこまでです。」
ソフィアが間に割って入った。
「なんだと?」
「あなたには我々に対する人事権はありません。そして懲罰権も。彼の処遇は上官である私やベッソノワ准将が決めるべきことです。それをお忘れなきように。行くわよ、シュタイナー少尉。」
そういってソフィアが部屋から出ようとした時だった。
「シュタイナー少尉。貴官には処分を下すまで自室での待機を命じる。」
ユリアはそれだけ言うとその場から立ち去った。
*
「連邦は一体なにを考えているのかしら。」
エミリアは自分の部屋のソファーに座ると開口一番そう言う。
「連邦というのも実体は複雑ですからね。なにかしらの派閥争いに巻き込まれたと思います。」
「そういえばアクタール基地は元々バラノフ家所有のものだったわね。そしてベッソノワ家は当初モスキュールの近辺にある基地の司令官と。その辺かしら。」
「そういえば、今連邦ではバラノフ家が最も力を持ってますが、なにかあったのですか?」
「さぁ?ただバラノフ家は身の振り方が上手かったわね。」
「どういうことですか?」
アルバートの問いかけにエミリアは一度だけため息をつく。
「今の帝国と連邦はズブズブの関係ということよ。この話は他の兵士達には秘密にしておいて。」
「そこまで深いのですか?」
「えぇ。そしてそれに反対している派閥も当然ある。」
「大佐はどっちなのですか?」
「さぁ?これからそれを考えていくのが私の仕事よ。」
そう告げるエミリアの顔は何とも言えない表情であった。
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