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3、変革のシトリン
161、青王の婚約者選定2~不品行ですわ
しおりを挟む楽団が壮大な曲を奏でている。
海門序曲という名前の曲だ。眠りから目覚めるような出だしのゆったりした旋律を聞きながら、フィロシュネーは青王アーサーがグラスを置いて立ち上がるのを見た。
「まず指導だな、よし」
フィロシュネーは頷いた。「実態はもう確認済なの?」というツッコミはきっと無粋なのだろう。アーサーの目は完全に据わっている。
「シュネーは夫人についていてあげるといい」
「そうしますわね」
木管楽器とトランペットがわくわくと気持ちを弾ませるような旋律をリズミカルに奏で上げている。
明るい音楽が響く中、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人に視線を移したフィロシュネーは、どきりとした。
夫人の隣に、紅国のカサンドラ・アルメイダ侯爵夫人がいる。ダーウッドに書いてもらったリストによると、こちらも《輝きのネクロシス》の幹部呪術師の亜人で、移ろいの術の使い手だ。
(お友達ですの……?)
どきどきしながら夫人たちに近付くフィロシュネーの耳には、モンテローザ公爵とアーサーの会話が届く。
「これはこれは青王陛下。妹姫様との貴重なお時間はよろしいのですか」
「モンテローザ公爵は、鳥好きなのだな。わかるぞ、俺も鳥を構うのは好きだ」
「鳥?」
「だがなーっ、それはやはり俺の鳥なのだな。そして、貴公には妻がいるのだからそちらを構うべきだと思うのだな」
「は……つまり、『それ』やら『鳥』やら仰るのは預言者のことなのでしょうか、陛下? 国家の支柱たる預言者には、青王陛下であろうとももう少し敬意を払っていただきたく存じますが、陛下?」
モンテローザ公爵が言い返している。
「主君といえど、夫婦の関係は個人的な領域であり、他者が軽々しく口を挟むものではありません。まして、当家は特殊な家柄であり、私は不老症で初婚でもないのですから。余計なお世話というものです」
お説教が始まってしまっているではないか。
「青王陛下が王様としての権威を持つのは、その地位を支える預言者や貴族たちがあってこそです。我ら貴族は陛下の治世を支え、国を安定させるために貢献いたします。貴族は陛下より授けられた土地を管理し、戦争や政治において重要な役割を果たします。その貴族たちがいるからこそ、陛下の治世は成り立ち、その地位を……」
「あっ、おい、公爵。そういう話に発展させるな。やめよ。あと説教するようなノリになるな、招かれたパーティの場だぞ」
「貴族は決して陛下に従うだけの臣下ではありません。そもそも楽しい場に水を差し、我らに説教をしようとなさったのは他ならぬ陛下御自身ではありませんか」
アーサーがやりこめられている。
しかも同時に、カサンドラがウィスカを会場の外に引っ張って行こうとしている。
「こわぁい。殿方っていやぁね。ねえ、ウィスカ様。あちらに女性だけのサロンがありますの。女性だけで楽しいお話をし、ま、しょ」
(ああ、連れていかれちゃう)
フィロシュネーは慌てて後を追った。
「お待ちになって。わたくしもサロンにお邪魔したいのですが……」
声をかけると、黒髪をさらりと揺らしてカサンドラが振り返る。
黒いまつ毛に彩られた瞳は、新緑の季節に葉っぱの間から差し込む陽光に似た輝きがある。
「青国の王妹殿下ではありませんか。もちろん歓迎ですわ」
サロンに向かう途中で、紅国貴族が微妙な視線を向けてくる。
「反女王派は青国との外交に反対だったのでは?」
「不倫の話を聞きまして?」
ひそひそとした声は、以前カサンドラが起こした不祥事を話題にしていた。
「なぜ許されていますの? お金?」
「私だったらあんなに堂々とできませんわ。侯爵様が大変だったのですって」
(あ、やっぱり貴族社会では肩身が狭くなっていますのね)
フィロシュネーは複雑な気持ちになった。これは、カサンドラ本人の素行に問題があって言われているのだ。モンテローザ公爵の手のうちだったとはいえ、青国の貴族が誘惑されて、兄アーサーが側近に語った情報を流されたりしていたのだ。
(それを考えるとわたくしも、立ち位置的には『なぜ許されていますの?』と言う側の人間よねえ……)
しかし今の自分はカサンドラの同伴者の立ち位置で一緒にいるわけで。
「不品行ですわ……夫を裏切って外交問題にまでなったのに、社交の場に出てくるなんて……理解できませんわ」
サロンの入り口で聞えよがしに言う夫人の声が悪意を隠そうともしないいやらしさで、フィロシュネーは自分の中で反発したくなる気持ちが増幅するのを感じて困った。
(だって、一緒にサロンに入るわたくしにも聞こえるように言うのですもの)
フィロシュネーは扇をはらりと開き、発言者の女性と目を合わせた。
「わたくしの気分を害するとわかった上でのご発言なの? いやですわ」
ぱちりと目が合った女性は、驚いた顔をしていた。
「お、王妹殿下……」
「あら、わたくしがあなたに遺憾の意を表明すると思わなかったってお顔ですのね」
それはそうだろう、と思いながら、フィロシュネーは小鳥のように首をかしげた。
「実はわたくしも、あなたとお話する予定はなかったのです。ただ、わたくしは今現在カサンドラ様に誘われて一緒にサロンに来た状態ですから、あなたが聞えよがしにわたくしの同行者を貶めるご発言をすれば、それは当然、気分はよくありませんの。おやめいただきたいのですわ」
「王妹殿下は噂通り、正義感が強い方ですね」
カサンドラが楽しそうにしている。ここで黙っていてはまるでカサンドラの味方みたいになってしまう――フィロシュネーは言葉を選んだ。
「よろしいですか、アルメイダ侯爵夫人が不品行だと思う気持ちは私にもあります。ただ、楽しい話にご一緒するにあたって、わざわざ申し上げないだけですの」
サロンには兄の婚約者候補たちが揃っていた。カタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢に、アリス・ファイアハート侯爵令嬢。そして。
「あら、ミランダ」
「姫殿下」
令嬢らしいドレス姿のミランダが新鮮で、あちらも嬉しそうに笑顔を浮かべてくれたので、フィロシュネーは荒んだ気持ちをほわりと癒される心地がした。
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