悪辣王の二人の娘 ~真実を知った聖女は悪を討つ~

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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幕間のお話3

222、ダイロスがジジイになり、憧れの爺さんに認められて、美女なんかどうでもよくなった話

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 グレイが元の世界に戻った翌日。
 ダイロスは、トール爺さんと学者風の壮年男アエロカエルスに左右を挟まれて、広い部屋に入った。

 不老症を元に戻す際は、この二人が共同して施術するらしい。
 なにかするときは、独断ではなく複数人で。それは、この船のルールなのだ。

 その部屋は、まるで地上にある森林のようだった。
 全体的に魔法が施されていて、室内なのに外にいるみたいなのだ。
 
 天井は、無限に広がる青空。……の、映像。
 よーく見ていると白い雲がゆったり動いていて、鳥が飛んでいったりする作り込みの細かさである。

 地面は、自然な土が敷かれ、緑の草花が植えられている。
 さらさらと流れる浅くて幅の狭い小川まであって、灰色の石造りの橋が架けられている。
 では壁は? と見てみると、壁なんかありませんよ~というように森の風景が広がっているのだ。本物のようにも見える大きな木もあったりする。
 
 そよそよと風が吹いていて、風向きは定期的に変わっている。
 ちゅんちゅんぴちゅちゅ、という小鳥のさえずりがする。幻聴だ。
 蝶々がひらひらと飛んでいる――幻影だ。
 
 船人たちがこのような自然を感じられる空間を作ったきっかけは、殺風景な壁しかない船の中でも自然を感じて、癒されるため。船人たちの精神的な健康のためらしい。
 
 なんて恐ろしい魔法技術力! これは一人二人の力では作れない空間だ。
 何人もの超一流の魔法使いたちが、莫大な時間と試行錯誤の末に生み出したであろう空間だ。

 ダイロスは背に冷や汗を流して、ふと「待てよ」と思いを改めた。
 彼ら船人には星の石という逸品があったではないか。石を使えばこれくらいは造作もなく作れるのかも。

 あれこれと思考しながら歩いていると、アエロカエルスが一本の木の前で振り返り、両手を腰に当てて「早く来い」と呼ぶ。いかん、いかん。
 アエロカエルスは、なんとなく気難しそうで、機嫌をすぐに悪くしてしまいそうな印象だ。気分屋な気配もある。やっぱり協力するのをやめたと言われては、一大事。
 足を速めてアエロカエルスに近寄ると、頭上からヒラリと黄金の輝きが降りてきた。この大きな木、なんと枝に茂る葉っぱが黄金なのである。
 
「これは一見、木に見えるが、生命力を吸い上げる装置である」

 アエロカエルスは木の幹をぽんぽんと叩いた。すると、ダイロスは突然、脱力感を覚えた。
 
「ほ、う」

 ――おや?

 相槌を打とうとして、へにゃりとした力のない声が歯の隙間から漏れる。
 膝がくたっと折れて、視界が転じる。

 おやおや?

 気付けば、地面に倒れていた。
 土の匂いがする。ああ、自然に抱かれているみたいな心地。偽モノだが。

 それにしても、この体調はどうしたことか。
 全身から力が抜けて、動けない。しかも、どんどん抜けていく。
 
「あ、……あ……っ」
  
「説明が後になったが、構わぬだろう。この装置に、生命力を吸収している」

 アエロカエルスは、書物でも読むかのような淡々とした声で「そもそも不老症とは、体内組織に多く魔力をたくわえていて……」と語っている。
 その隣でトール爺さんが「すぐに終わるゆえ、安心するがよい」と労わるように言って木の幹を撫でていた。
  
 百五十年に渡り、青年の外見だった自分が、ついに渋く格好良いジジイになるときが来たのである。
 ダイロスはごくりと生唾を呑み込み、頷こうとして――目を瞠った。

 自分の手が、身体が、老いていく。
 肌は張り艶を失い、血管が浮いて。
 節々は痛み、全体的に筋肉が衰えていくようで、腱は全体的に引き攣ったようになり。
 体温が下がり、目がかすみ、環境音が遠く感じられるようになり――

「ア……」

 声が、しわがれて。……枯れている。

「こんなものだろうか」
「うむ」
 
 アエロカエルスとトール爺さんが頷き合い、装置を止める。
 吸われる感覚がなくなって、ダイロスは安堵した。
 
「元に戻せと言われても戻せぬが、どんな気分かね」

 アエロカエルスが問いかけ、身を起こすのを手伝ってくれる。
 鏡を差し出されて、ダイロスは震える手で自分を見た。……すっかり、歳を取っていた。

「す……」

 素晴らしい。

 胸の内側が、熱い。
 自分は、一生かけてもこんな姿になることはないと思っていた。
 だが、生きていれば奇跡というのは起きるのだ。ちゃんと、歳相応の姿になったではないか。

「すばらしい。すばらしい……ありがとう、……ありがとう」

 拝むように手を合わせ、何度も繰り返すダイロスに、アエロカエルスはフッと笑った。

「望みが叶ったようで、よかったな」

 その声は思いがけず優しくて、ダイロスはまじまじと相手を見た。
 隣にいるトール爺さんが、手を差し伸べてくれる。

「わしも、同じように肉体を枯らしたのじゃ。趣味が合うのう」

 手と手が重なり、ダイロスはときめいた。
 自分が認められた。自分は、以前よりもましな人間になった――そんな感覚が、胸に湧いた。
 
 トール爺さんとアエロカエルスの瞳に、自分という存在が映っているのを感じる。
 その感覚に、ダイロスは選民意識のようなものを刺激された。他者に認められたい、というような承認欲求を、満たして貰えたように思えた。

 美女ルエトリーへの恋心など、もうどうでもよく思えた。
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