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4、奪還のベリル
300、だから、私が王になったのだった
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今、空国ではアルブレヒト派とハルシオン派が対立している。
青国では新王から元の王へ王位返還がされたらしい。
――では、我が国は?
と、空国の民は自分の国の王族の動向を気にしている。
帰還した『元空王』、現在は『王弟』の身分であるアルブレヒトは、執務室で兄と過ごしていた。
兄弟の関係は、微妙である。
兄ハルシオンは弟アルブレヒトの帰還を喜びつつ、王位返還について話題に出すことがない。
行方不明中の記憶がないアルブレヒトは、兄に政務を任せつつ、不在中の出来事を頭に入れている最中だ。
自分を支持してくれるアルブレヒト派の臣下たちは、「ハルシオン様に野心が」などとささやく。
兄に限ってそんなことはないだろうと一蹴しつつ、アルブレヒトは「では、いつになったら兄は王位を返すと言ってくるのか」という疑問を日々膨らませていた。
そいて、自分の不在中に『呪術伯』の爵位をハルシオンから授かったらしきフェリシエン・ブラックタロンを筆頭とするハルシオン派の主張を聞いた。
曰く。
『第一王子はハルシオン様だった。
王になるための教育も、ハルシオン様が受けておられた。
それが、不幸な事故で猫にされ、猫になっている間に弟アルブレヒト殿下に王位を奪われた。
人間に戻ったなら、王位をハルシオン様に返すべきではないか。
なのにアルブレヒト殿下はハルシオン様がお優しいのをよいことに、王位を盗んだままでいる。
正統な王はどう考えてもハルシオン様だ』
……と、いうのである。
稲妻に打たれたような衝撃があった。
(それは、そのとおりだ)
と、アルブレヒトは思ってしまったのである。
自分は兄ハルシオンが猫になったときに言ったではないか。
『父も兄もこうなってしまっては、私が王になるしかないのだな』と。
そんな微妙な心境と立場のアルブレヒトの耳に、兄の声が聞こえる。
「アル、青国には、シュネーさんの暗殺未遂で拘束中のレオン・ウィンザム侯爵という反女王派がいるんだって」
空国の王城にある執務室で、兄ハルシオンはほんわかと微笑んだ。
手には、青国のフィロシュネーから届いた手紙がある。
「モンテローザ派は、ウィンザム侯爵が苦し紛れに放った暗殺者を利用して『ラルム・デュ・フェニックス』で、アーサー陛下の神性を演出したんだって」
「兄上。噂によると、神鳥があらわれたのだとか?」
アルブレヒトが好奇心をのぞかせると、ハルシオンは頷いた。
「うん。あちらの預言者ダーウッドどのが移ろいの術を使ったんだって」
「ですが兄上、私が聞いた噂ですと、神鳥と預言者が同時にバルコニーにいた、と……」
「シュネーさんが預言者に変装したらしいよ。神鳥に化けたホンモノさんがしゃべって、シュネーさんは声にあわせて演技をしたと書いてあるよ。楽しそうだなあ!」
「なるほど。フィロシュネー殿下は知恵者であらせられる」
「それ、シュネーさんが聞いたらとても喜ぶと思うよ。手紙に書いてあげようね」
ハルシオンは嬉々として「兄様は政務が終わったあと、シュネーさんへの返事を書くのを自分へのご褒美にする」と言う。
この兄は、政務に励んでいる。熱心に、真面目に。
それはもう「やる気がありますよ」とアピールするように、有能ぶりを発揮しているのである。
「政務が終わったあとの兄上のプライベートに干渉する気はありません。ところで、こちらは南方同盟からの親書のようですが」
アルブレヒトは文面を読み上げた。
「貴国の寛大な対応に感謝します?」
「ああ、あちらの貴き身分の方が粗相をしたんだ」
「さようでしたか……私が不在の間に、ほんとうにいろいろあったのですね」
「うん、うん」
ハルシオンは手紙を大切そうにしまった。そして、書類仕事に集中し始めた。
アルブレヒトよりも数倍、仕事をこなす速度は速い。迷いもなく、ミスも少ない。
臣下に方針を示したり指示を出すときは、まるで何千年と生きてきた賢者のような知見を魅せる――カントループの記憶があるからだ。
アルブレヒトの兄、ハルシオンは、アルブレヒトよりもずっと能力が高い。
けれど、弟を引き立ててくれていた。兄は、アルブレヒトよりずっと優秀だったのに、能力を隠していた。
『特別な王者には、凡人には想像もつかぬ苦行、試練が与えられるもの。陛下は少年時代よりおのれの特別な天才に苦しまれておられたが、強き意思と臣下の献身により、克服なされた。そして、満を持して王者の階を登られたのである』
とは、ブラックタロン呪術伯がハルシオンに対して述べた有名な発言らしい。
青国では、アーサー王が行方不明中に立派な神として成長するための試練を受けたと発表している。
記憶がない間に試練とやらを受けてアーサー王が試練を越えて不老症となったのだと考えると、いっしょに行方不明になっていっしょに発見されたアルブレヒトは試練を越えられず、不老症にならなかったのだろうか。
と、そんな考えがアルブレヒトの心に影を落としている。
扉がノックされて、可愛らしい声がしたのは、そんなときだった。
「お二人とも、お休みなさってください」
空国の預言者ネネイの声だ。
考えに沈みかけたアルブレヒトは、兄ハルシオンが「気分転換に庭園を散歩でもしよう」と誘う声に頷いた。
保護者のように見守る気配で、控えめにネネイがついてくる。
この預言者は、ハルシオンが猫になったとき、アルブレヒトに言った。
『あなたが、次の空王です』
『あなたが、乱心なさったハルシオン殿下を呪術でお止めしたことになさいませ』
『残念ながら父君をお救いすることはできませんでしたが、駆け付けたアルブレヒト様は、ハ、ハルシオン殿下を猫に変えて、父君を守ろうとなさったのです』
そして、逃げた。
『私に勇気がなくて』
戻って来てからは、そう言った。
……それは、「アルブレヒトに、王位をハルシオンに返せと言わなければいけないのに、言う勇気がなかった」とも受け取れるのではないだろうか?
今、空国ではアルブレヒト派とハルシオン派が対立している。
庭園を散歩しながら、アルブレヒトは思った。
自分が言うべきなのだ。
兄上、王位をお返しせず、申し訳ありませんでした。
現在の状態が正しいのです。自分は王弟として兄を支えます。王位を望んだりはいたしません。
……と、言うべきなのだ。
(い……言わねばならない。出来るだけ早く。可能なら――今。そうだ、今だ。先延ばしにして、紅国のように兵を動かしてぶつかり合うまでに発展してしまったら、目も当てられない。言え、私。今すぐに)
アルブレヒトは悩み、覚悟して、口を開こうとした。
実はそのタイミングで兄ハルシオンもまた悩み抜き、勇気を胸に声を発そうとしていた。
だが、かぶせるようにして預言者ネネイが「しゅみませんでした!」と裏返った声で叫んだので、兄弟は驚いて預言者の声に耳を傾けた。
青国では新王から元の王へ王位返還がされたらしい。
――では、我が国は?
と、空国の民は自分の国の王族の動向を気にしている。
帰還した『元空王』、現在は『王弟』の身分であるアルブレヒトは、執務室で兄と過ごしていた。
兄弟の関係は、微妙である。
兄ハルシオンは弟アルブレヒトの帰還を喜びつつ、王位返還について話題に出すことがない。
行方不明中の記憶がないアルブレヒトは、兄に政務を任せつつ、不在中の出来事を頭に入れている最中だ。
自分を支持してくれるアルブレヒト派の臣下たちは、「ハルシオン様に野心が」などとささやく。
兄に限ってそんなことはないだろうと一蹴しつつ、アルブレヒトは「では、いつになったら兄は王位を返すと言ってくるのか」という疑問を日々膨らませていた。
そいて、自分の不在中に『呪術伯』の爵位をハルシオンから授かったらしきフェリシエン・ブラックタロンを筆頭とするハルシオン派の主張を聞いた。
曰く。
『第一王子はハルシオン様だった。
王になるための教育も、ハルシオン様が受けておられた。
それが、不幸な事故で猫にされ、猫になっている間に弟アルブレヒト殿下に王位を奪われた。
人間に戻ったなら、王位をハルシオン様に返すべきではないか。
なのにアルブレヒト殿下はハルシオン様がお優しいのをよいことに、王位を盗んだままでいる。
正統な王はどう考えてもハルシオン様だ』
……と、いうのである。
稲妻に打たれたような衝撃があった。
(それは、そのとおりだ)
と、アルブレヒトは思ってしまったのである。
自分は兄ハルシオンが猫になったときに言ったではないか。
『父も兄もこうなってしまっては、私が王になるしかないのだな』と。
そんな微妙な心境と立場のアルブレヒトの耳に、兄の声が聞こえる。
「アル、青国には、シュネーさんの暗殺未遂で拘束中のレオン・ウィンザム侯爵という反女王派がいるんだって」
空国の王城にある執務室で、兄ハルシオンはほんわかと微笑んだ。
手には、青国のフィロシュネーから届いた手紙がある。
「モンテローザ派は、ウィンザム侯爵が苦し紛れに放った暗殺者を利用して『ラルム・デュ・フェニックス』で、アーサー陛下の神性を演出したんだって」
「兄上。噂によると、神鳥があらわれたのだとか?」
アルブレヒトが好奇心をのぞかせると、ハルシオンは頷いた。
「うん。あちらの預言者ダーウッドどのが移ろいの術を使ったんだって」
「ですが兄上、私が聞いた噂ですと、神鳥と預言者が同時にバルコニーにいた、と……」
「シュネーさんが預言者に変装したらしいよ。神鳥に化けたホンモノさんがしゃべって、シュネーさんは声にあわせて演技をしたと書いてあるよ。楽しそうだなあ!」
「なるほど。フィロシュネー殿下は知恵者であらせられる」
「それ、シュネーさんが聞いたらとても喜ぶと思うよ。手紙に書いてあげようね」
ハルシオンは嬉々として「兄様は政務が終わったあと、シュネーさんへの返事を書くのを自分へのご褒美にする」と言う。
この兄は、政務に励んでいる。熱心に、真面目に。
それはもう「やる気がありますよ」とアピールするように、有能ぶりを発揮しているのである。
「政務が終わったあとの兄上のプライベートに干渉する気はありません。ところで、こちらは南方同盟からの親書のようですが」
アルブレヒトは文面を読み上げた。
「貴国の寛大な対応に感謝します?」
「ああ、あちらの貴き身分の方が粗相をしたんだ」
「さようでしたか……私が不在の間に、ほんとうにいろいろあったのですね」
「うん、うん」
ハルシオンは手紙を大切そうにしまった。そして、書類仕事に集中し始めた。
アルブレヒトよりも数倍、仕事をこなす速度は速い。迷いもなく、ミスも少ない。
臣下に方針を示したり指示を出すときは、まるで何千年と生きてきた賢者のような知見を魅せる――カントループの記憶があるからだ。
アルブレヒトの兄、ハルシオンは、アルブレヒトよりもずっと能力が高い。
けれど、弟を引き立ててくれていた。兄は、アルブレヒトよりずっと優秀だったのに、能力を隠していた。
『特別な王者には、凡人には想像もつかぬ苦行、試練が与えられるもの。陛下は少年時代よりおのれの特別な天才に苦しまれておられたが、強き意思と臣下の献身により、克服なされた。そして、満を持して王者の階を登られたのである』
とは、ブラックタロン呪術伯がハルシオンに対して述べた有名な発言らしい。
青国では、アーサー王が行方不明中に立派な神として成長するための試練を受けたと発表している。
記憶がない間に試練とやらを受けてアーサー王が試練を越えて不老症となったのだと考えると、いっしょに行方不明になっていっしょに発見されたアルブレヒトは試練を越えられず、不老症にならなかったのだろうか。
と、そんな考えがアルブレヒトの心に影を落としている。
扉がノックされて、可愛らしい声がしたのは、そんなときだった。
「お二人とも、お休みなさってください」
空国の預言者ネネイの声だ。
考えに沈みかけたアルブレヒトは、兄ハルシオンが「気分転換に庭園を散歩でもしよう」と誘う声に頷いた。
保護者のように見守る気配で、控えめにネネイがついてくる。
この預言者は、ハルシオンが猫になったとき、アルブレヒトに言った。
『あなたが、次の空王です』
『あなたが、乱心なさったハルシオン殿下を呪術でお止めしたことになさいませ』
『残念ながら父君をお救いすることはできませんでしたが、駆け付けたアルブレヒト様は、ハ、ハルシオン殿下を猫に変えて、父君を守ろうとなさったのです』
そして、逃げた。
『私に勇気がなくて』
戻って来てからは、そう言った。
……それは、「アルブレヒトに、王位をハルシオンに返せと言わなければいけないのに、言う勇気がなかった」とも受け取れるのではないだろうか?
今、空国ではアルブレヒト派とハルシオン派が対立している。
庭園を散歩しながら、アルブレヒトは思った。
自分が言うべきなのだ。
兄上、王位をお返しせず、申し訳ありませんでした。
現在の状態が正しいのです。自分は王弟として兄を支えます。王位を望んだりはいたしません。
……と、言うべきなのだ。
(い……言わねばならない。出来るだけ早く。可能なら――今。そうだ、今だ。先延ばしにして、紅国のように兵を動かしてぶつかり合うまでに発展してしまったら、目も当てられない。言え、私。今すぐに)
アルブレヒトは悩み、覚悟して、口を開こうとした。
実はそのタイミングで兄ハルシオンもまた悩み抜き、勇気を胸に声を発そうとしていた。
だが、かぶせるようにして預言者ネネイが「しゅみませんでした!」と裏返った声で叫んだので、兄弟は驚いて預言者の声に耳を傾けた。
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