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5、鬼謀のアイオナイト
361、わたくしは、あなたが邪悪だと言われるのが、いやです
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暗い寝室の中、薄紗の天蓋カーテンの向こう側で、二人の人物が向かい合っている。
片方はフェリシエン・ブラックタロンで、手に短い杖を持っていた。
(夢の通りなら、彼は商業神ルート?)
フィロシュネーはあの夢が現実かどうかを咄嗟に判断しかねた。
「そこにいるのは俺の婚約者です。人間社会……貴族社会の規範など知りませんが、姫の寝所に立ち入ることは許されぬ罪です。おわかりですね」
――だから殺す。
そう短く鋭い殺気を放って踏み込んだサイラスの左手から青黒い光が迸る。光に襲われたフェリシエンは杖を振り、自分の周囲に結界を張って光を弾いた。
一秒にも満たない攻防にともない、眩しい光が視界いっぱいを染めあげるので、フィロシュネーは眩しさと恐ろしさでぎゅっと双眸を閉じた。
聞こえてくるフェリシエンの言葉には、『商業神ルート』という存在を思わせる神様っぽい気配があった。
「貴様の中にはこの聖女への執着しかないのだな。その様子では、もはや人間と言えぬ――コルテは邪神である、と判断せざるを得ない」
だから、フィロシュネーは「さっきの夢はただの夢じゃなくて、この人物はフェリシエンの姿をした商業神ルートなのだわ」と思った。
フェリシエンに言い返すサイラスの声は、甘くて切ない。
「邪神で結構。あなたにどう判断されようが、俺は構いません。……その聖女の姫さえいれば――例え俺のことを覚えていなくても、愛してくれなくても」
その声色に、胸が締め付けられるように苦しくなる。
「俺のものだ。俺がそう決めたんだ。彼女もいいと言ったんだ。約束したんだ。ずっと会いたかったんだ。ずっと離れていたんだ。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
繰り返される言葉は、呪詛のように重く、万感が込められている。
ああ――胸が締め付けられるように、苦しくなる。
ほら。彼はこんなに拗らせていて、人間らしい。
この人は、つらくて、寂しくて、ずっと堪えてがんばってきた人なのよ。
わたくしは、知っているんだから。
「……人間社会は相変わらずクソだが、姫がいるからそんな世界もまだ続くことを許してやる」
傭兵だったときにも見せなかったような荒々しい気配、狂暴な雰囲気をまとって、サイラスが唸るように言った。
その様子は、確かにルートが言った「闇墜ち」と呼ぶのにふさわしい不穏さだった。
――けれど。
「お待ちなさい!」
フィロシュネーはそこで声をあげて、ベッドの外に出て、サイラスに抱き着いた。
「……姫」
緊迫したこの現場で、恐ろしい神様の二人に挟まれて、果たして何ができるだろう。
フィロシュネーは不安をまぎらわせるようにサイラスに縋った。
すると。
「怖がらせてしまいましたか。すみません」
優しい声が降ってくるから、フィロシュネーは泣きそうになった。
「わたくしの寝所で、大の男が二人してぎゃあぎゃあとなんですの。騒がしいですわ、睡眠妨害は迷惑ですの」
「失礼しました」
「いいですか、フェリシエン。妙な言葉が聞こえましたけれど、彼は邪神ではありません!」
この人はぜんぜん怖くない、危険じゃない
……そのことをルートに教えてあげる。
「サイラス。フェリシエンは、わたくしが……子守唄を所望しました!」
「それは無理がありすぎるでしょうに」
「用は済んだので、フェリシエンはお帰りなさい!」
ぎゅっとサイラスにしがみつきながら言うと、フェリシエンは従う気配を見せてくれた。
「では、失礼」
「あ、こら」
サイラスは「待ちなさい」と気配をまた少し怖くさせている。だけど、フィロシュネーはそんなサイラスをぎゅっと抱きしめた。
「わたくしを優先なさい、サイラス」
必死に言えば、サイラスの気配が落ち着いていく。
わたくしは、この人に大切にされている。執着してもらっている。気が遠くなるほど、昔から。
ぐす、と洟が鳴る。
目が熱くて、頬を濡らす涙が止められない。次から次へと溢れてくる。
「……泣かないでください?」
困ったように、おろおろと言う神様は、ぜんぜん恐ろしくない。
自分が泣かせてしまった、傷付けてしまったというような罪悪感を全身からにじませていて、可哀想になってくる。
――困った人。不器用な人。やさしい人。
「いいこと。あなたは神様にならなくていいの。わたくしが聖女なのだから、奇跡はわたくしに任せなさい」
涙に濡れた瞳で、フィロシュネーは訴えた。
「あなたの望みはわたくしが叶えてあげるから、石をわたくしにちょうだい」
サイラスが息を呑む。
フィロシュネーは、迷いを断つように強く言った。
「わたくしが欲しいというのだから、わたくしの騎士様、婚約者様は、おねだりをきいてくれないとだめなの」
だって、わたくしは権力の使い方を知っている。
だって、わたくしは物語をたくさん読んできた。
王族が民に納得させるように、死者が生き返ってもみんなに受け入れられるストーリーテリングが、わたくしなら……。
「明日から、石はわたくしが所有します。わたくしが使います。シューエンもダーウッドもミランダも、ソラベルも。わたくし、みんなを助けます」
神様が二人、自分を見ている。
物語に出てくる聖女は、こんなとき顔を上げて、前を向く。
できない、なんて言わない。
人を動かすために、全身全霊で「わたくしがします」と言い切るのだ。
「わたくしを信じてください。わたくし、きっと良いようにしますから――だから……」
――あなたを邪神だなんて、言わせたくない。
――心を痛めて、絶望している人たちを助けたい。
「こわい神様ごっこは、もうやめて。わたくしは、あなたが邪悪だと言われるのが、いやです」
サイラスは泣きじゃくるフィロシュネーの前で膝をついた。
そして、フィロシュネーの手に青黒い輝きを放つ移ろいの石を握らせてくれた。
片方はフェリシエン・ブラックタロンで、手に短い杖を持っていた。
(夢の通りなら、彼は商業神ルート?)
フィロシュネーはあの夢が現実かどうかを咄嗟に判断しかねた。
「そこにいるのは俺の婚約者です。人間社会……貴族社会の規範など知りませんが、姫の寝所に立ち入ることは許されぬ罪です。おわかりですね」
――だから殺す。
そう短く鋭い殺気を放って踏み込んだサイラスの左手から青黒い光が迸る。光に襲われたフェリシエンは杖を振り、自分の周囲に結界を張って光を弾いた。
一秒にも満たない攻防にともない、眩しい光が視界いっぱいを染めあげるので、フィロシュネーは眩しさと恐ろしさでぎゅっと双眸を閉じた。
聞こえてくるフェリシエンの言葉には、『商業神ルート』という存在を思わせる神様っぽい気配があった。
「貴様の中にはこの聖女への執着しかないのだな。その様子では、もはや人間と言えぬ――コルテは邪神である、と判断せざるを得ない」
だから、フィロシュネーは「さっきの夢はただの夢じゃなくて、この人物はフェリシエンの姿をした商業神ルートなのだわ」と思った。
フェリシエンに言い返すサイラスの声は、甘くて切ない。
「邪神で結構。あなたにどう判断されようが、俺は構いません。……その聖女の姫さえいれば――例え俺のことを覚えていなくても、愛してくれなくても」
その声色に、胸が締め付けられるように苦しくなる。
「俺のものだ。俺がそう決めたんだ。彼女もいいと言ったんだ。約束したんだ。ずっと会いたかったんだ。ずっと離れていたんだ。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
繰り返される言葉は、呪詛のように重く、万感が込められている。
ああ――胸が締め付けられるように、苦しくなる。
ほら。彼はこんなに拗らせていて、人間らしい。
この人は、つらくて、寂しくて、ずっと堪えてがんばってきた人なのよ。
わたくしは、知っているんだから。
「……人間社会は相変わらずクソだが、姫がいるからそんな世界もまだ続くことを許してやる」
傭兵だったときにも見せなかったような荒々しい気配、狂暴な雰囲気をまとって、サイラスが唸るように言った。
その様子は、確かにルートが言った「闇墜ち」と呼ぶのにふさわしい不穏さだった。
――けれど。
「お待ちなさい!」
フィロシュネーはそこで声をあげて、ベッドの外に出て、サイラスに抱き着いた。
「……姫」
緊迫したこの現場で、恐ろしい神様の二人に挟まれて、果たして何ができるだろう。
フィロシュネーは不安をまぎらわせるようにサイラスに縋った。
すると。
「怖がらせてしまいましたか。すみません」
優しい声が降ってくるから、フィロシュネーは泣きそうになった。
「わたくしの寝所で、大の男が二人してぎゃあぎゃあとなんですの。騒がしいですわ、睡眠妨害は迷惑ですの」
「失礼しました」
「いいですか、フェリシエン。妙な言葉が聞こえましたけれど、彼は邪神ではありません!」
この人はぜんぜん怖くない、危険じゃない
……そのことをルートに教えてあげる。
「サイラス。フェリシエンは、わたくしが……子守唄を所望しました!」
「それは無理がありすぎるでしょうに」
「用は済んだので、フェリシエンはお帰りなさい!」
ぎゅっとサイラスにしがみつきながら言うと、フェリシエンは従う気配を見せてくれた。
「では、失礼」
「あ、こら」
サイラスは「待ちなさい」と気配をまた少し怖くさせている。だけど、フィロシュネーはそんなサイラスをぎゅっと抱きしめた。
「わたくしを優先なさい、サイラス」
必死に言えば、サイラスの気配が落ち着いていく。
わたくしは、この人に大切にされている。執着してもらっている。気が遠くなるほど、昔から。
ぐす、と洟が鳴る。
目が熱くて、頬を濡らす涙が止められない。次から次へと溢れてくる。
「……泣かないでください?」
困ったように、おろおろと言う神様は、ぜんぜん恐ろしくない。
自分が泣かせてしまった、傷付けてしまったというような罪悪感を全身からにじませていて、可哀想になってくる。
――困った人。不器用な人。やさしい人。
「いいこと。あなたは神様にならなくていいの。わたくしが聖女なのだから、奇跡はわたくしに任せなさい」
涙に濡れた瞳で、フィロシュネーは訴えた。
「あなたの望みはわたくしが叶えてあげるから、石をわたくしにちょうだい」
サイラスが息を呑む。
フィロシュネーは、迷いを断つように強く言った。
「わたくしが欲しいというのだから、わたくしの騎士様、婚約者様は、おねだりをきいてくれないとだめなの」
だって、わたくしは権力の使い方を知っている。
だって、わたくしは物語をたくさん読んできた。
王族が民に納得させるように、死者が生き返ってもみんなに受け入れられるストーリーテリングが、わたくしなら……。
「明日から、石はわたくしが所有します。わたくしが使います。シューエンもダーウッドもミランダも、ソラベルも。わたくし、みんなを助けます」
神様が二人、自分を見ている。
物語に出てくる聖女は、こんなとき顔を上げて、前を向く。
できない、なんて言わない。
人を動かすために、全身全霊で「わたくしがします」と言い切るのだ。
「わたくしを信じてください。わたくし、きっと良いようにしますから――だから……」
――あなたを邪神だなんて、言わせたくない。
――心を痛めて、絶望している人たちを助けたい。
「こわい神様ごっこは、もうやめて。わたくしは、あなたが邪悪だと言われるのが、いやです」
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