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5、鬼謀のアイオナイト

371、もうすぐ手を繋ぎそうだぞ!

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 絵師が気ままに筆を遊ばせたような白い雲が、窓の外をゆっくり、ゆったり、流れていく。

 その日、フィロシュネーは夫と一緒に青国のアインベルグ侯爵家を訪ねていた。
 
 アインベルグ侯爵家では、レルシェの花が満開となっている。
 花見のパーティーの席では、次期アインベルグ侯爵の夫人となったオリヴィアがもてなしてくれた。

「フィロシュネー様、あちらをご覧ください」
 
 オリヴィアが楽しそうに示す先には、物陰に隠れるアインベルグ家とメリーファクト家の人々がいる。今日もみんな、仲良しだ。

「もうすぐ手を繋ぎそうだぞ!」
「おい、声がでかいぞ」

 彼らの視線の先には、ぎこちなく会話するセリーナとシューエンがいる。
 繋ぎそう繋ぎそうと言われると、ついつい見てしまうのがその手元。
 
 絶妙な距離にある触れそうで触れない指先が、どうも「触れ合いたい」気配を匂わせてソワソワ。
 いくか? いっちゃうか? と決心したように握るまでが、一瞬。
 握られた相手の手が驚きつつ恥じらいつつも拒絶することなく応じるまで、三秒。

 全員の注目を浴びる中、今、指と指が触れ合って――
 
「……繋いだあああ!」
 
 一同、大興奮!
 
「また見せ物みたいになってる……でもお気持ちはわかりますっ」
「相変わらず愛されてますね」
 サイラスと二人で呆れていると、シューエンは眉を寄せて家族を見た。

「こっちに気づいたじゃないか」
「今でかい声出した奴、追放!」

「フィロシュネー姫殿下。我が家のパーティへようこそいらっしゃいました」
 賑やかな家族をスルーして、シューエンが近づいてくる。

 ちなみに、シューエンの籍は青国に戻っている。
 アインベルグ侯爵やメリーファクト準男爵の口添えもあり、青王アーサーがその身分を保証してくれて、シューエンは「主君アーサーの指示により、味方をも欺き、悪の組織に潜入して暗躍していた陰の功労者」と、いうことになっていた。

 「僕は反発して出て行った愚か者なのに」とは本人談で、自分に関しての話を聞くたびに罪悪感を刺激されているのだとか。
 
「お二人にも、これまでいろいろとご迷惑をおかけしました。反省しております」

 頭を下げるシューエンの後ろでは、セリーナが彼女の父に「パパはまだ婚約とか早いと思うからねっ」と言われている。

「シューエンの情報はとても助かりましたわ。わたくしは感謝しています」

 あなたとセリーナを応援しています……と付け足すべきかしら。
 サイラスに視線を向けると、「いいんじゃないですか」とどうでもよさそうに無表情をたたえている。口を開けば、ちょっと冷たい声色で、あまり興味がなさそうに。
 
「俺はどうでもいいです。過去を悔やんでも時間は戻せませんし。若気の至りというやつですね」
「その仰りよう、年寄りくさいのでございます」
「俺は年寄りなのですよ」

 シューエンと話すサイラスは、どことなく安心したような気配で、嬉しそうでもある。
 フィロシュネーは微笑ましい気持ちになった。

「アーサー様は復職を許可してくださいまして、なんと再び僕に騎士として仕えよとおっしゃるのです」
「お兄様らしいですわね。ぜひ、あなたの経験と正義感をお兄様の近くでふるってくださいな」
「正義感で申し上げるなら、僕の正義感は僕を許すなと叫んでいるのですが……」

 陰を含んだまなざしを床に落とすシューエンに、サイラスが肩をすくめている。
 
「そうやって落ち込んでみせて、姫に『よしよし、しめしめ』と慰めてほしいのですか? 女々しい男ですね。楽しい場がじめじめ暗くなっていけません。姫、こういう男は相手をしてはいけませんよ」
 
 ひどい言い草。でも、シューエンはくすっと笑って明るい目をした。 
 
「ごもっとも。僕は立派な男ですから、姫君の前で情けない姿を見せたりするのは、もうやめます」

 この二人は仲が良い。前世からの縁だもの――フィロシュネーは、にこにこと二人を見守った。
 
「おかげさまで、僕は最近、忠誠心というものを以前より理解できる気がするのです。まあ、僕の忠誠心はアーサー陛下のものなのですが。……御恩返しもできました」
「ふむ。興味がありません。ちなみに俺は、あなたに助けられたという記憶がないばかりか、目の前で無駄死にされて大変困りました」
「あれは自分でもやらかしたなと思ったのでございます。僕の黒歴史ですっ!」

 ほっとくと延々と続きそう。
 そんなシューエンのもとに、彼の家族がわらわらと集まってくる。
 
「忠誠もいいがシューエンは恋も頑張れ。奥手はいかん」
 
 武門の家であるアインベルグ家の令息たちは、みんなムキムキだ。
 そんな令息たちが彼らなりのセクスィーポーズ(筋肉誇示)を順番に披露して(見本を見せているらしい)恋愛指南する光景はシュールだった。
 
「押していけシューエン」
「そうだそうだ! もっと攻めろ! 苦情が来るぐらいでいい!」

「あ~~、あとで聞きます、あとで!」
 騒ぐ家族たちに苦笑しながら、シューエンは手を振って追い払った。そして、フィロシュネーに視線を合わせ、照れたように頬をかいた。
 
「親兄弟はちょっと正直うざいと思うときもありますが、ありがたいと思うことも多く、勝手に出て行って家門に唾を吐いた僕を半殺しで許してくれましたので、頭が下がります」
「半殺しにされたの」
「戻ってすぐに一家全員で殴り合い大会をしました」

 アインベルグ家は拳で語り合う家なのだ。
 常識で測ってはならない――フィロシュネーは曖昧な笑顔で頷いた。
 
「アインベルグ家の皆さまは、賑やかでいつ見ても楽しそうですわね……」

 無難なコメントを選べば、シューエンは誇るように目をキラキラさせてはにかんだ。
 
「……自慢の家族でございます」

 その声は、家族への愛情が感じられる、あたたかな声だった。

 * * *
 
 パーティの後は、いつも心地よい疲労感があって、少しだけ寂しい。
 
 紅国の『我が家』へと帰宅する馬車が、車輪を回して動き出す。
 番の白馬と黒馬が仲よく引く馬車の中で、フィロシュネーは「故国が『訪ねる』場所になり、自分の帰る場所が紅国になった」という感慨を覚えてしみじみとしていた。

「ちなみにあれは、エルミンディルです。……と言って、わかりますか?」
 
 情報をどれくらい把握しているのか、と気にする温度感でサイラスがつぶやく。
 
「まあ、そうでしたの。わたくし、エルミンディルはわかりますわ。忠義者の様子で、仲良しのおともの人でしたわね」

 フィロソフィアが感じていた印象を告げれば、サイラスは「なかよし?」とつぶやいて、面映ゆそうに片手で口元を隠した。
 
「あちらが思い出しているのかは、よくわかりませんが」
「思い出してそうですわ」
「どうだか……まあ、どうであっても前世は前世ですし、現在には関係ありません」
 
 彼は、自分と同じ思い出を他人が共有しているのがうれしいのだ。
 
「助けられてよかったわね」

 にこにこと言えば、素直な声色がストンと話の結論を出している。

「そうですね。俺は助けたかったのです。よかった」
「正直でよろしい。よしよし、しめしめ」
「姫とお話して自分の気持ちが整理できたように思います。助かりました」

 感謝を告げる瞳は真摯で、声はとても生真面目な調子だった。
 
「あなたはやさしい人ね。いつも」

 フィロシュネーはそっと呟いて、やさしい気分になった。 

 誰かを「やさしい」と思うと、なんだか自分もやさしい生き物になったみたいな感じがする。
 フィロシュネーは、「人間って、不思議」と微笑んだ。
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