魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?

朱音ゆうひ@11/5受賞作が発売されます

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「パメラ。次の先生は誰だっけ。ミラミラ先生?」
「ミランダ・クロノスヴェール先生だよ、セレスティン」
「……覚えられないなあ」
 
 移動学の次は、『自国史と王政の発展』だ。
 魔塔から招かれた魔女講師だと名乗ったミランダ・クロノスヴェール先生は、胸元まで伸びたウェーブヘアーで、根本は白、毛先に行くにつれオレンジという綺麗な髪色だ。
 動く魔法の映像を教壇に作り、歴史上の人物たちをまるで演劇みたいに見せてくれる。

 英雄王がイケメンだ。
 彼は聖女を愛し、依存した。膝枕してもらってデレデレしている。
 けれど、聖女は彼ではなく、騎士を愛した。
 英雄王はその事実を否定し、騎士を殺してしまう……泥沼の三角関係からの嫉妬・闇墜ち劇を映像でまざまざと見せつけられているんだけど!
 
 暴君を討伐したのは、彼の友人であり、守護者であった賢者アルカディウスだ。この賢者が、ちょっとレイオンに似ている。
 彼に命を奪われる間際、暴君が暗い眼差しで呻く。
 
 『太陽は沈む。アルカディウス、お前も俺を裏切るのか』
 
 賢者はマジカリア王立学園の創設者でもあり、自分が弑した親友を想い、彼の銅像を建てた……。
 
 先生の演出は凝っていて、ぴかぴか光ったり教室が暗くなったりする。
 光属性と闇属性の魔法を交互に使うなんて、器用で魔力量が多い先生なんだな。工夫された講義は見ごたえがあって楽しい。

 近くに座っているレイオンとアトレイン殿下の小声の会話が聞こえてくる。
 
「オレは殿下が闇墜ちしても刺しませんからね」
「ありがとうと言ってほしいのか、レイオン? 俺はどちらかと言うと暴君になりそうだったら止めてほしいのだが」
「止める側の心が痛むので、暴君にならないでください……ところでさっきから妄想文みたいなの書いてますが、そりゃ何ですか?」
「俺のノートを見るな……!」
   
 仲がいい主従ですこと。
 ノートに会話を書き留めちゃおう……妄想文って何?
 
「パメラ」
「ん?」
  
 つんつん、と袖を引かれてそちらを見ると、小さなメモが回ってきていた。

『ナイトラビット寮生は夕食後、お化けの通り道に集合すること! お前らのキング、ジェラルド様より』
   
 あ、アトレイン殿下が見てる。
 目が合うと、アトレイン殿下はペンを取ってメモに文字を足した。

『お化けの通り道とは?』

 質問だ。
 無視できる距離ではないので、私はペンを執った。
 
『ナイトラビット寮の建物の裏にある林道です』

 さらさらと書くと、アトレイン殿下は『集合して何をするんだ?』と問いを増やした。

『幽霊が出るので肝試しをするみたいです』 
『楽しそうだな』 
 
 ちらっと横顔を窺うと、教授の説明に真剣に耳を傾けている端正な優等生の顔をした殿下がいた。
 視線を生真面目な様子で前に固定しながらノートに『キングって何だ?』と書いているのが器用だ。
 
『たぶん、ナイトラビット寮のリーダーとかボスという意味だと思います』
 
 たまに筆談を交わしつつ、講義時間は無事に終わった。

「パメラ。次の講義の先生は……」
「セレスティン。先生の名前は試験に出ないし、もう覚えようとしなくていいんじゃないかな?」
 
 次は魔法陣構成論だ。
 真っ白の髭が立派なアルベルト・ジオメトリウス先生が綺麗な魔法陣を作ってみせてくれる。
 
 チョークの粉が淡く光を放ち、複雑な幾何学模様が黒板に描かれていく様子は、光のショーみたいだ。
 
「チミたちは、試験のときに苦手な属性でこの魔法陣を作るように」
 
 魔力量が少ない生徒には厳しい発言が先生から飛び出て、少し焦る。
 私、水属性はさっぱりなんだよね……。
 
 眉を寄せていると、アトレイン殿下が手を上げて質問をした。
 
「先生。魔力を補うための蓄魔石マナストーンの使用はご許可いただけますか?」
「……うむ。魔力量が一定以下の生徒には、魔力補助アイテムの使用を可能としよう。生まれ持っての魔力量の差は試験勉強をしてもどうにもならぬ。実戦の場でも道具を活用して弱点を補う魔法師は多い」
 
 蓄魔石マナストーンが使えるならよかった。なんとかなるかも。
 
 私はほっと胸をなでおろし、アトレイン殿下に目礼で感謝を伝えた。
 その拍子で後ろにいたコレットとパチリと目が合う。
 コレットはにんまりとした笑みを浮かべ、無言で口を動かして何か伝えようとしてきた。

 なんだろう?
 一瞬だったし、何を言いたかったのかよくわからなかった。
 とりあえず無難に笑顔で会釈して、私はそっと視線を外したのだった。
 
 お昼は学園の食堂でランチセットを購入した。
 今日のおすすめは、ハーブソースのかかったチキンとベリータルト。
 私とセレスティンは食堂の外に出て中庭のベンチに腰かけ、外の風を感じながら食べることにした。

 ベンチからは食堂の窓際席が見える。
 
 窓際のテーブルでは、コレットがアトレイン殿下に話しかけていた。
 けれど殿下はいつも通りの穏やかな微笑みで、軽く会釈しただけで席を立った。
 コレットはしばらく呆然として、それから小さくため息をつき、苛々した様子で独り言を呟いているみたい。

「殿下のグループに入れると思ったのになあ。今から違うグループに入るって無理じゃない? って不満垂らしてるよ」
「セレスティン。読唇術どくしんじゅつができるんだ?」

 読唇術は、声が聞こえなくても唇の動きから発話内容を読み取る技術だ。練習が必要な特殊技術なので、会得している学生は少ない。
 
「それほど得意じゃないけど、ボクは騎士志願だからね。今のはわかりやすかったよ」

 騎士志願者って読唇術を習うものなの? 初めて聞いたよ。
 セレスティンと話していると、ベンチにアトレイン殿下がやってきた。

「もう食べ終わったのか」

 あ、ちょっと残念そう……。
 謎の罪悪感が胸に湧いてきて、私はぺこりと頭を下げた。

「パメラ。明日は一緒に昼食を取ろう。セレスティンも一緒でいいから」
「ボクが一緒するのは許可が必要なんですか? 逆じゃないですか、殿下?」
「なぜ? 俺は婚約者で、セレスティンはただの友人だろう」
  
 ……喧嘩みたいになってる。
 ここは私が仲裁しよう。
 
「二人とも、仲良くしてください。殿下、明日の昼食、承知しました。それでは失礼します」

 穏やかに礼をすると、殿下は爽やかな微笑を浮かべた。
 
「明日だけじゃなくて、その後もずっと一緒がいいな」
「ええ……コレットはいいんですか?」
「コレット嬢がなぜ話題に出てくるんだ? 彼女は関係ないだろう?」 

 あれ……?
 関係ないのかな……?
 
 気を取り直して、午後は『魔法植物学』だ。
 
 魔法植物学は植物を愛する妖精族との共存について学び、温室では魔法植物の世話をする講義だ。
 先生は、手のひらサイズで背中に半透明の羽が生えた可愛い小妖精フェアリー族のティタニア・ブロッサム助教授。

「さあ、魔法植物の種に魔力を注いでごらん。みんなの個性に応じた植物に育つのよ」

 ブロッサム助教授の指示に従って魔法植物の種に魔力を注ぐと、私の種は芽生えて、ハート型の葉と小さなピンクのつぼみを作った。
 豆粒みたいに小さな実のなりかけみたいな部位もついている。
 可愛いかも。

「パメラの魔法植物、可愛いね! ボクのも見てよ。水のドラゴンみたいで格好よくない?」

 セレスティンのを見ると、水色に色づいた小さなドラゴンの人形みたいな魔法植物ができていた。
 
「すごいねセレスティン。ドラゴンに見えるよ」
「でしょ!」

 周りを見渡すと、マルクは茶色のフライパンにペンが刺さっているような形、レイオンは黄金色の剣と盾が茨みたいなトゲトゲしたもので雁字搦めにされているような形。
 みんなひとつひとつ違っていて、どこかその人らしさがある個性的な魔法植物が育っていた。  
 植物というより彫刻とか骨とう品みたいにも見える。面白い。

「何、あたしの魔法植物。真っ黒で膝を抱えて座ってる人形みたいでなんか陰気……、あっ、でも、殿下とお揃いですね。素敵!」
「見なかったことにしてくれないかな?」
「殿下、あたしたち絶対相性が抜群ですよ!」
 
 コレットとアトレイン殿下の声が聞こえて視線を向けると、殿下はサッと身体を盾にして魔法植物を隠してしまった。
 あまり人に見られたくない出来らしい……。
 
 完璧な殿下にも、こんなことがあるのね。なんか新鮮。

「その魔法植物、いいですね」
「レイオンさん?」
 
 私が殿下を微笑ましく見ていると、レイオンが声をかけてきた。

「パメラ嬢。それ、もっと果実が大きく成熟するぐらい魔力を注げたら、化けそうですよ」
「何に化けるんですか?」
「伝説の聖女様の果実とか。似てると思うんですよね」
「伝説の聖女様の果実……?」
  
 私は聖女伝説にあまり詳しくない。
 首をかしげていると、アトレイン殿下がやってきてレイオンの肩を掴んだ。

「レイオン、俺の婚約者に何か?」

 あっ。笑顔が黒い。

「殿下は嫉妬深くて心配になっちゃいますね。オレ、雑談してただけですよ。ところで殿下の魔法植物は完璧に育てられたんですか?」
「も、もちろんだ」
「ほうほう、どれどれ。オレが見てあげますよ」
「ま、待て……」
 
 この二人はすぐ二人の世界を作る。
 カップル人気が出るわけだ。私のノートもまたこの二人のエピソードが増えちゃいそう。

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 夕食の後、私はセレスティンと一緒にナイトラビット寮の建物の裏に向かった。

「見てセレスティン。マルクが引っ張られてるわ」
「あれはほっといていいよ、パメラ」
 
 向かう途中でマルクを見つけた。
 ジェラルドに引きずられている……。
 
「ぼ、僕は肝試しは遠慮したいです。幽霊が怖いわけじゃないんですよ? 勉強したいんです!」
「はっはっは! 却下だ! 来い、マルク。キングの命令だぞ」

 先に集まっていた生徒たちが上を見て指さしたり手を振ったりしている。
 何事かと思って見上げると、夜空を大きなくじらが泳いでいた。

「スカイホエール寮の寮長だよ。夜の見回りをしてるんだ」

 近くにいた男子が教えてくれる。

「今夜の肝試しはナイトラビット寮のルナル寮長も知っているのだろう? 寮長同士で情報交換して上空から見守ってくれているのかもしれないね」
 
 暗色のフード付きローブをかぶっていて、黒髪。顔はネコのお面で覆われている。
 この人、アトレイン殿下じゃないかな?
 お顔を隠してるし髪の色が違うけど、声も似てるし、背の高さや体付きも似ている。
 
 じっと見ていると、彼は名乗ってくれた。
 
「俺はア……、レインだ」

 あ、間違いない。
 お忍びのアトレイン殿下だ。
 
 確信したけど、お忍びで偽名で名乗ってくるなら気付いていない振りをしてあげるべきだよね?
 
「レイン様ですね、よろしくお願いします」
「なぜ『様』を付けるんだ? 呼び捨てにしてほしい」
「あ、そうですね……では、レインで」

 殿下は講義中にも興味を示されていたし、肝試しに参加したかったんだろう。

 セレスティンは殿下の正体に気付いていない様子だけど、不審人物を見る目付きだ。
 
「初めましてだね、レイン。よろしく! ボクはセレスティンだよ。そのお面は何?」
「恥ずかしがり屋なんだ」
「へえ~。でも自分から初対面のパメラに話しかけてたね。なんで?」

 アトレイン殿下は詰められて少し考え、ポツリと返事した。

「話しかけやすそうだったし、可愛かったから、つい」
「その理由、なんか危ないと思う。初対面の女子だよ」
「そうだね。ごめん。パメラは王太子の婚約者だもんな。セレスティンじゃなくて王太子の」
「なんかその言い方、ボクへのトゲを感じる」
   
 セレスティンは「まあいいか」と言って可愛い紙に包まれたキャンディを二つ私にくれた。とりあえず、殿下が変装していることには気づいていない様子だ。

「レイン、このキャンディ、イチゴ味みたい。もしよければとうぞ」
「ありがとう」

 殿下にキャンディを分けていると、ジェラルドが大声で指示を出した。
 
「よーし全員、近くにいる奴や仲のいい奴とグループを作ったな。時間差をつけて順番にスタートするぞ。仲間外れは作るなよ。では、第一陣、キング組、出発!」

 マルクは気に入られているのか、ジェラルドにがっちりと捕まえられて引きずられていった。

「レインは私たちと行きますか?」

 お忍びの殿下をひとりぼっちにするのはちょっと心配だ。
 そっと提案すると、彼はコクコクと頷いてくれた。
 これで私はセレスティンと殿下との三人組だ。
 
 ナイトラビット寮の先輩が時間を測って進行役をしていて、一定時間おきにグループが出発する。
 ペースは割と速く、私たちの番もすぐに回ってきた。

 さあ、肝試しスタートだ。 
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