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桎梏の地
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時は流れ、ルサールカはとある集落に住み着いておりました。そこでは、ルサールカのことを悪く言う者は誰もおりません。
集落の人々は、畑作を主として、自給自足の生活をおこなっておりました。ですから、水のような透き通った美しい髪を持つルサールカのことを、水の精霊、ないし、その使いであると信じておりました。この集落の人々にとってルサールカは、信仰の対象とも言える存在でした。敬いこそすれど、恐怖する謂れはなかったのです。
また、この集落の人々は、ルサールカのおとなしい性格についても深い理解を示しておりました。信仰しているからといって、無闇に干渉したりせず、過度な干渉は控え、適度な距離を保ってルサールカと接しておりました。
そんな環境は、ルサールカにとって、とても居心地のよいものでありました。
あるときは、畑作業をする様をぽけーっと眺めたり、また、あるときは、無邪気にはしゃぐ子供たちに交じって駆け回ったりして過ごしました。ルサールカがそばへ寄ってきても、邪険に扱う者はおりません。そんな長閑で平穏な村で、ルサールカはそれはのびのびと、自由を謳歌しておりました。
ですが、そんなルサールカの安穏が、集落に悲劇をもたらしたのです。それは、大規模な干魃でした。
ルサールカが安穏な暮らしを送るようになってからというもの、ここら一帯を、長きに渡って、からりとした晴れ空が包むようになっておりました。
じりじりと照りつける陽射しによって土壌は乾燥し、大地は見るも無惨にひび割れ、かつての肥沃さは見る影もありませんでした。
生活を追われた人々は、ルサールカに懇願しました。
「どうか恵みの雨をもたらしてはくださいませんか。このままでは立ちゆかなくなってしまいます」と。
人々は、ルサールカのことを、「此度の窮地から集落を救うために顕現なさった豊穣の神に違いない」と、信じて疑いませんでした。よもやじりじりと照りつけるこの日照りが、ルサールカに因るものだとは誰一人、思いもしませんでした。
ルサールカはここでの暮らしを、ここで暮らす人々のことを、大層気に入っておりましたから、「この人たちの力になりたい」と、心より強く想いました。
人々の期待に応えるため、ルサールカは空に向かって敬虔に祈りを捧げます。ですが、お空はそれに応えてはくれません。無限に広がるこの大空は、ちっぽけなルサールカのことなど、気にも留めていないようでした。
お空の気持ちなど知る由もないルサールカは、健気に祈りを捧げつづけます……が、やはりお空は何もこたえてはくれません。
辺りがすっかり暗くなっても、人々はルサールカが祈りを捧げる姿を黙して見守っておりました。自身に向けられるその視線の正体がなんであるかを理解していたルサールカは、夜通し祈りつづけました。一人、二人と、ルサールカのもとを離れていっても、人々が寝静まり、一人きりになってしまっても、ルサールカは祈りつづけました。それでもお空は何もこたえてはくれません。夜の静寂が辺りに降りしきる中、ひとりぼっちになってしまったルサールカは、泣き出しそうになるのをぐっと堪え、朝まで祈りつづけるのでした。
朝になって、お天道様がその顔を覗かせるころになると、人々が起き出してきました。人々はルサールカのもとへ集い、ともに、お空に、あるいは、ルサールカに、その祈りを捧げるのでした。
そうしてルサールカは、来る日も来る日も祈りを捧げました。
何日が経っても、一向に雨が降る気配はありません。それでも、ルサールカを謗る者はいませんでした。それは、ルサールカが懸命に祈る姿を目の当たりにしていたということもあったでしょう。ですが、それよりも何よりも、この集落の人々の性根に依るところが大きかったのです。
そんな清らかな心を持つ人々だからこそ、ルサールカを詰ることなく期待の視線を向けつづけましたし、ルサールカはその期待に応えようと、なおのこと躍起になりました。
ですが、そんな人々の期待の視線が、いつのころからか、ルサールカにとって重圧となりつつありました。悪気がないからこそ、余計に重荷となってしまったのかもしれません。人々から期待の視線を向けられれば向けられるほど、皮肉にも、ルサールカは自分の無力さを痛感することになるのでした。
ルサールカのその小さな双肩では、その小さな身体では、日に日に増していく重圧を受け止めきることはできませんでした。ついにはその身体から溢れ、涙となって零れるのでした。
するとどうでしょう、それまでの晴天が嘘のように一変し、空はあっという間に雨雲で覆い尽くされました。ざあざあと激しく雨は降ります。土砂降りと呼ぶに相応しい雨でした。しかしそれは、心身を穿つようなひどい雨ではなく、ルサールカの涙を隠すような、乾いた大地を潤すような、そんな優しい雨でした。
人々は久方ぶりの降雨を泣いて喜び、ルサールカに感謝の意を表しましたが、ルサールカはこの雨模様のように、心に一つの暗い影を落としておりました。優しい雨に打たれ、ルサールカは自身の持つ力を自覚したのです。そして、長期間続いた旱が、自分自身のせいであったことに気がついたのでした。
ルサールカは思いました。〈私がいては迷惑になる〉と。そうしてルサールカは、お気に入りだった集落から涙ながらに姿を消すのでした。
集落の人々は、畑作を主として、自給自足の生活をおこなっておりました。ですから、水のような透き通った美しい髪を持つルサールカのことを、水の精霊、ないし、その使いであると信じておりました。この集落の人々にとってルサールカは、信仰の対象とも言える存在でした。敬いこそすれど、恐怖する謂れはなかったのです。
また、この集落の人々は、ルサールカのおとなしい性格についても深い理解を示しておりました。信仰しているからといって、無闇に干渉したりせず、過度な干渉は控え、適度な距離を保ってルサールカと接しておりました。
そんな環境は、ルサールカにとって、とても居心地のよいものでありました。
あるときは、畑作業をする様をぽけーっと眺めたり、また、あるときは、無邪気にはしゃぐ子供たちに交じって駆け回ったりして過ごしました。ルサールカがそばへ寄ってきても、邪険に扱う者はおりません。そんな長閑で平穏な村で、ルサールカはそれはのびのびと、自由を謳歌しておりました。
ですが、そんなルサールカの安穏が、集落に悲劇をもたらしたのです。それは、大規模な干魃でした。
ルサールカが安穏な暮らしを送るようになってからというもの、ここら一帯を、長きに渡って、からりとした晴れ空が包むようになっておりました。
じりじりと照りつける陽射しによって土壌は乾燥し、大地は見るも無惨にひび割れ、かつての肥沃さは見る影もありませんでした。
生活を追われた人々は、ルサールカに懇願しました。
「どうか恵みの雨をもたらしてはくださいませんか。このままでは立ちゆかなくなってしまいます」と。
人々は、ルサールカのことを、「此度の窮地から集落を救うために顕現なさった豊穣の神に違いない」と、信じて疑いませんでした。よもやじりじりと照りつけるこの日照りが、ルサールカに因るものだとは誰一人、思いもしませんでした。
ルサールカはここでの暮らしを、ここで暮らす人々のことを、大層気に入っておりましたから、「この人たちの力になりたい」と、心より強く想いました。
人々の期待に応えるため、ルサールカは空に向かって敬虔に祈りを捧げます。ですが、お空はそれに応えてはくれません。無限に広がるこの大空は、ちっぽけなルサールカのことなど、気にも留めていないようでした。
お空の気持ちなど知る由もないルサールカは、健気に祈りを捧げつづけます……が、やはりお空は何もこたえてはくれません。
辺りがすっかり暗くなっても、人々はルサールカが祈りを捧げる姿を黙して見守っておりました。自身に向けられるその視線の正体がなんであるかを理解していたルサールカは、夜通し祈りつづけました。一人、二人と、ルサールカのもとを離れていっても、人々が寝静まり、一人きりになってしまっても、ルサールカは祈りつづけました。それでもお空は何もこたえてはくれません。夜の静寂が辺りに降りしきる中、ひとりぼっちになってしまったルサールカは、泣き出しそうになるのをぐっと堪え、朝まで祈りつづけるのでした。
朝になって、お天道様がその顔を覗かせるころになると、人々が起き出してきました。人々はルサールカのもとへ集い、ともに、お空に、あるいは、ルサールカに、その祈りを捧げるのでした。
そうしてルサールカは、来る日も来る日も祈りを捧げました。
何日が経っても、一向に雨が降る気配はありません。それでも、ルサールカを謗る者はいませんでした。それは、ルサールカが懸命に祈る姿を目の当たりにしていたということもあったでしょう。ですが、それよりも何よりも、この集落の人々の性根に依るところが大きかったのです。
そんな清らかな心を持つ人々だからこそ、ルサールカを詰ることなく期待の視線を向けつづけましたし、ルサールカはその期待に応えようと、なおのこと躍起になりました。
ですが、そんな人々の期待の視線が、いつのころからか、ルサールカにとって重圧となりつつありました。悪気がないからこそ、余計に重荷となってしまったのかもしれません。人々から期待の視線を向けられれば向けられるほど、皮肉にも、ルサールカは自分の無力さを痛感することになるのでした。
ルサールカのその小さな双肩では、その小さな身体では、日に日に増していく重圧を受け止めきることはできませんでした。ついにはその身体から溢れ、涙となって零れるのでした。
するとどうでしょう、それまでの晴天が嘘のように一変し、空はあっという間に雨雲で覆い尽くされました。ざあざあと激しく雨は降ります。土砂降りと呼ぶに相応しい雨でした。しかしそれは、心身を穿つようなひどい雨ではなく、ルサールカの涙を隠すような、乾いた大地を潤すような、そんな優しい雨でした。
人々は久方ぶりの降雨を泣いて喜び、ルサールカに感謝の意を表しましたが、ルサールカはこの雨模様のように、心に一つの暗い影を落としておりました。優しい雨に打たれ、ルサールカは自身の持つ力を自覚したのです。そして、長期間続いた旱が、自分自身のせいであったことに気がついたのでした。
ルサールカは思いました。〈私がいては迷惑になる〉と。そうしてルサールカは、お気に入りだった集落から涙ながらに姿を消すのでした。
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