イエローヘブン～踏み入れてはならない占い師カツ子の部屋～

イエローヘブン

しかたないときもある

「は？意味わかんねぇ。」

「二、三日でいいから、おとなしく私の言う通りにしな。９時になったら太田が迎えに来るから、太田と一緒に学校へ行け。」

「訳の解んねえこと言うなよ。俺は共同生活とかは無理なんだ。だいたいなんだよお前。俺に何かしてねえだろうな。」

「それはこっちのセリフだ。助けてやったのに、晩飯食ったらさっさと寝やがって。
裸になったのに、何もしないってどういうことだよ！！罰としてシーツ洗濯しろ！」


確かに、葉一は毎晩裸で寝る癖がある。よほど風邪でも引かない限りは、いつも裸だ。

なぜならパジャマを持っていないからだ。

「だからって、何でお前まで裸だったんだ。」
「そりゃあ・・・期待するだろ。」
「あほか！」

葉一は、今階段から落っこちて、あこらこちらぶつけたり、ひねったりしたことも忘れて思い切り立ち上がった。

そして、痛みがぶり返してソファーにひっくり返った。

「イてぇぇぇ・・・」

「そりゃ痛いだろ。もうすぐ太田が迎えに来るから、そこにいろ。何なら一緒に風呂に入ってやろうか？」

「てめえ！・・・」

「冗談だって。朝から大きな声出すな。」

カツ子は葉一をソファに残しキッチンに入ると、直に、とてもうまそうな匂いがしてきた。
そして、壁際に置いてあった小さな小さな食卓テーブルにご飯が並べられた。

「こっちまで来れるか？」
「朝飯はいいや。俺は食わない。」

「それはダメだ。そんなことやってっから、ガリガリなんだよ。」
「そんなことない。結構バランスよく食ってるし、ジムにだって通ってる。」

「バランスよく・・・って、炊事なんかしたことないだろ。それでどうしてバランスよくなんていえるんだよ。」
「弁当しか食わないけど、サラダも買う。」

「わかった。いいから食え。」

カツ子は葉一の腕を肩に回すと、腰をぐっと持ち上げてテーブルまで運んだ。
椅子に座らせると、向かい側の椅子に座り手を合わせて、とても大きな声で「いただきます。」と言った。

「小学生か。」

「お前もやれ。小学生でもババアでも、食わなきゃ死ぬんだ。食に感謝して素直な気持ちで食べなさい。
そうすれば、少量の質素な食事でもきちんと身になる。」

葉一は（朝から説教かよ・・・）などと思っていたが、ほうれん草のおひたしにサラダに焼き魚、にもの、漬物、お味噌汁と、子供のころから、テレビでしか見たことのなような典型的な日本の食卓に興味をそそられた。


「いただきます。」

手を合わせ、小さな声でそういうと、箸を持った。

「納豆は食べるか？」
「いらねえ。食ったことない。」
「あ、そ。私も嫌い。」

「腐ってるとか・・・か？」

「違う。粒粒の集まりが嫌いなんだ。だから煮豆も苦手だ。ちなみにタラコやカズノコ、キャビア、いくらなどもだめだ。あの粒粒の集合体を見していると、ジャンボタニシの卵を思い出して吐き気がする。」

「なんだそれ。」

「都会人は解らないと思うが、私の田舎の田んぼの畔とかにピンクのすげー気持ち悪い塊が・・・」

「その話、やめて。飯食ってるから、気持ち悪い話とかやめろよ。」

「食事は会話をしながら楽しむもんだろ。」

「だったら、話題を考えろよ。」

「それもそうだな。」

「昨日の話の続き教えてくれよ。」

「なんだっけ？」

「俺が自殺しようとしたこと、何でわかった。」

「あ、あれか。」

「第一、なんであんなところから来たんだ。」

「あ・・・あれね・・・その前に、私、カツ子ね。お前と呼ぶのはやめて。結婚してくれるのなら、話は別だけど。」

「カツ子さん、教えてください。」

葉一は人に頭を下げることが大嫌いだった。人より秀でて常にトップを走って来た人生だったから頭を下げるなどという場面も滅多には訪れなかった。
だが、その葉一が立ち上がって深々と頭を下げた。

子供のころから、理解できないことをそのままにしておくことができない性分だったが、そのことを知りたいためだけに理不尽に結婚させられるのも納得できないからだ。