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希望へのはじまり
第47話 隠された真実
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お爺様との話し合いの翌日、私は久々に調理場に立っていた。
「サウロ、こんな感じでどうかしら?」
サウロはお屋敷の時代から仕えてくれていた料理人の一人で、ディオンに弟子入りするために、わざわざ地方から王都に出て来た青年だ。
「もっと生地を捏ねた方がいいですね」
私たちは今何をしているかというと、実はケーキとは関係のないパン生地を作っている。
昨日お爺様から問いかけられた内容に私は答える事が出来なかった。
正直なところ今でも迷っているのだ。確かに継承権を持つ中では私が一番相応しいだろう、そしてお爺様もそれを認めている節がある。
だけど私もエリスも女性なのだ。もし私が伯爵を継いだとしよう、婿養子を迎えられればいいが、嫁いでしまった場合この国では家名共々嫁いだ先ものになってしまうのだ。
つまり私がジーク様と結婚した場合、ハルジオン公爵家は公爵領とアンテーゼ領を同時に運営する事になる。
そして私たちに二人以上の子供ができた場合、その誰かにアンテーゼ伯爵を継がす事が出来る。
多分私はジーク様の事が好きなんだと思う。
先日お会いしたフローラ様も私の事をとても気に入って下さったし、ハルジオン公爵様も私の事を大事にして下さっている。
ユミナ様の話しでは、私たち本人次第で婚約がすぐにでも進む感じだ。
もしこれが、私たち兄妹の中に男児がいれば、公爵家と繋がりが出来るという意味で大いに喜ぶところではあるが、生憎私もエリスも女性なのだ。
私の代でアンテーゼ家をこのような状況に押し入れて良いものかどうか、それがずっと心の中で爵位を継承する事を留まらせているのだ。
「これでどうかしら?」
「いいと思いますよ。後はお嬢様がおっしゃっていたようにトッピングを施しましょう」
そして今、私が何故パンなんかを作っているのかと言うと……。
私はお爺様の問いに答えられなかったお詫びに、今考えているアンテーゼ領の小麦の生産増加計画を伝えた。
正直生産農家を巻き込んでしまうため私一人では荷が重く、伯爵であるお爺様の手を借りたかったというのも本音である。
私の計画を聞いたお爺様からの回答は、売り出す商品を見てから判断するとの事で現在その試作品を作っている。
私が売り出そうと考えている商品……それは菓子パンである。
この世界にもパンはあるが、そのほとんどが保存のきく固いパンなのだ。
昔の流通が安定していなかった名残と、数日分のパンを買いだめする家庭が多いため、美味しいパンをじっくりと味わう事がなかったのだ。
そしてもう一つ、パンを固くしてしまう理由はその材料に関わってくる。
前世の記憶がある私に、パンを作る過程で必要な材料は何かと聞かれれば、間違いなく小麦・卵・バター・イースト菌etcと答えるだろう。だけどこの国で必要な材料は小麦ではなくライ麦なのだ。
さらにイースト菌がないため、ライ麦を水で溶かして作った乳酸菌と酵母を利用して膨らませている。そのため小麦で作ったパンより酸味があり、固く出来上がってしまう。
そんな世界に日本で売られていた小麦を使った柔らかい菓子パンを市場に出せばどうなるか、私なら間違いなく飛びつくだろう。
え、私の意見じゃ当てにならないって? パンのファンを舐めてはいけなわよ、世の中にはパン好き人口は想像以上に多いのだから!
ただ、私の店だけで売っていては小麦の量などたかだか知れている。
だから私はこの菓子パンのレシピをあるタイミングを見計らって条件付で公表する。つまりフランチャイズを展開するのだ。
フランチャイズ、皆さんなら一度は聞いた事や知っている人がいるのではないだろうか?
大手コンビニ等で展開されている経営方法で、普通にコンビニを始めたいと思う人が自分の資金で土地と建物を用意する。そして大手コンビニとフランチャイズ契約をする事で、商品や販売のノウハウを受ける事が出来き、店側は毎月の売り上げに見合ったロイヤリティや固定費を納めるのである。
この世界では馴染みがないだろうが毎月のロイヤリティや固定費をゼロにし、材料のみをラクディア商会から仕入れてもらうようにすれば、アンテーゼ領で生産する小麦が王都へ流通する事になる。
もし仮に他領産の小麦を使用した場合、パンを膨らませるのに必要なドライイーストはラクディア商会のみしか取り扱えないので、購入量の割合を見れば不正は一目瞭然と言うわけだ。
まぁ、小麦の価格は正当な値で売り出すので、文句が出る事もないだろう。
「どう? ちゃんと膨らん出るかしら?」
イースト菌の開発はすでに出来ている。
もともとカフェでサンドウィッチを出したくて作っていたのだけど、ラクディア商会から相談された事で方針を変更した。
実はイースト菌を作るのはそれほど難しくない。余った果物を熱湯消毒した瓶に詰め、湯ざまし水と糖分を入れて蓋をする。そして一日おきに蓋を開け、空気を入れてかき混ぜる。それを一週間ほど繰り返せばイースト菌の出来上がりと言うわけだ。そしてそれを乾燥させればドライイーストとなる。
サウロは料理人の中で一番パン作りに精通しており、私が予め『こんなパンを作りたいのだけど』と伝えればすぐにいろいろとレクチャーしてくれたのだ。
「これはすごいですね、こんなにも柔らかく膨らむなんて」
サウロがパンを石窯から取り出しながら出来上がりを確かめている。
「味はどうかしら、ディオン達も食べてみて」
覚えているだろうか、もともと二号店の料理場は半分をケーキ用、もう半分に中型の石釜を二つ用意していた事を。
私たちが試作品を作っていた横で、ディオン達が今もケーキ作りに勤しんでいるのだ。
「甘味がありますね、それに柔らかい」
「庶民用を想定しているから砂糖ではなく果実糖を使っているけど、十分でしょ? あとはトッピングのバリエーションだけど、これはその地域性を持たせてもいいのよ」
「地域性ですか?」
「そう、例えば野菜に特化した野菜パンや、卵を取り扱っている店なら卵パンみたいにね」
ごぼうパンや黒豆パンなど菓子パンの種類は豊富だ、その店その店でオリジナルのパンを作れば差別化が出来る。消費者はいろんなパンを味わうためにパン屋巡りをしてくれるだろう。
「もう今更驚きませんが、お嬢様はどこでこんな知識を学んでいるんですか?」
「うふふ、乙女の秘密を聴くもんじゃないわよ」
人差し指をほっぺにつけて、ちょっぴり可愛く誤魔化してみました!
をを、私の演技力もレベルアップしてる!
エレンがいれば『なんでやねん』と突っ込みをいれてくれるのだが、残念な事に今はこの場にいない。
関西人にボケは付き物なのだ、ここは暖かな目で見守って欲しいところだ。
その日の夕食、私はお爺様達に数々の試作用に作った菓子パンをテーブルに並べた。
「取り敢えずですが、いろいろな種類の菓子パンを作ってみました」
所狭しと並べられた見た事も無いであろう菓子パンを見て、さすがのお爺様も驚きを隠せない様子。
「本当にお前が作ったのか?」
はいはい、もうその反応は見飽きましたよ。
「私一人が作った訳ではございませんが、発案とレシピは私が指示を出したものです」
「ラクディアは一体どのような教育をしていたのだ……」
お爺様はなぜか深いため息を吐きながら菓子パンに手を伸ばされていく。
お父様は関係無いんだけど、ここはあえて黙っていよう。ごめんねお父様。
「あら、おいしいわね」
「ほぅ」
お祖母様は率直な感想で、お爺様も褒め称えるような感じで呟かれた。
「いかがでしょうか? まだ試作品ではありますが、これでも十分商品化をしても問題無いかと思います」
「これに小麦を使っているというのか?」
「はい、小麦と他の素材を組み合わせ、イースト菌と言う素材でパンを柔らかく膨らませております」
「確かにこれは魅力のある食べ物だ。それで私に何を望む」
「私が計画している内容は昨日お話しした通りです。お爺様にお願いしたいのは小麦の生産増加です」
小麦の生産増加。先にも話した通りパンのメイン素材はライ麦のため、小麦の生産量は国全体でもかなり少ないのだ。
そこでアンテーゼ領で作られているライ麦を減らし小麦を増やす。ライ麦はどこの領地でも作られているから価格競争が激化しているのだ。そんな土俵で争っても利益は少なくなる一方だし在庫も残ってしまう。
ならば生産量が少ない小麦に主流に変えてしまえば、競争相手も少ないしフランチャイズ展開で販売先も確保できる。
これが今の私に出来る、アンテーゼ領の為に考えた計画の全貌である。
「よかろう、小麦の生産はこちらで準備しよう。それでどのタイミングで仕掛けるのだ?」
「来年の夏、小麦の収穫時期に合わせて仕掛ける予定です。それまでに菓子パンを王都で流行らせて、フランチャイズに乗る店舗を確保してみせます」
そして翌日、お祖母様が「今度領地にも二人で遊びに来てね」と言い残し、お爺様と一緒にアンテーゼ領へと帰って行かれた。
「あなた、あの事は伝えなくてよかったの?」
「今の二人に伝えるのは酷と言うものだ、それにまだ証拠が揃っておらん」
二年ぶりにあった孫は傷だらけだった。
アリスは私に会うなり怒りを露わにし歯向かってきた。それもそうだろう、二人が生まれてからほとんど接触してこなかったのだから。
アリスの姿を見たとき己の過ちを知る事になった。
陛下から二人が置かれた状況は伺っていたが、我が孫ながら店舗の経営からバラバラになった使用人を再集結させた手腕には驚かされた。
そんなアリスならもうしばらくは心配要らないだろうと見守っていたが、両親を亡くした時はまだ15歳の少女だったのだ。どれほど辛く傷つき、必死に妹や自分を守り続けてきたかなど、遠くで見ていた私には分かる筈もなかったのだ。
だがこれだけは言える……
「二人とも立派に育っていましたね」
今まさに私が思っていた事を先に妻に言われ、不覚にも驚きの表情をしてしまった。
「うふふ、何を驚いているんですか、誰が見てもそう思いますよ。それにグレイ達使用人の姿を見ましたか? 皆んな楽しそうに笑っていたんですよ」
まるで心の中を覗かれたようで驚いたが、これはこれで中々悪くない気分だ。
アリスは私が、カーレル達が屋敷に乗り込んでいた事を知らなかったと言っていたが、それは間違いである。
確かにアリスの推測通りラクディアが生きていた頃はあえて悪役を振るまっていたが、両親を亡くしたばかりの孫を、どうして平気な顔で放っておくことが出来ると言うのか。
当初の捜査で、彼奴らに疑惑が掛かった時点で警戒する必要があったのだ。その為ハルジオン家が偽の婚約話を持ちかけ、アリス達の様子を伺う過程で彼奴らの身の回りを調査していた。
誤算はアリス達が屋敷を出た事だが、これはある意味二人の身を守る為にも都合が良かった。まさか両親を亡くしてたった一年、それも陛下達に相談もなしに、すでに店まで始めていたと聞いた時には目眩で倒れそうになったが。
まぁ、おかげで最近になってようやく陛下直属の騎士による周辺警護の準備が整ったのだ。
「ただ見守るだけというのも中々辛いものだな」
「大丈夫ですよ、今のあの子なら全てを受け入れてくれますわ。そしてきっと分かってくれるはず」
陛下より承った内容はあの事件の調査。アンテーゼ領から帰路の途中で起こった不自然な死亡事故。
私たちが今、不用意にアリスたちに接触すれば爵位を認めたと勘違いをし、彼奴らはあの姉妹に何をするか分からなかった。
仮に私が盾となり彼奴らを追い出したとしても、非常な手段に出られてしまえば、アリスたち姉妹を危険な目に合わしてしまう可能性あったのだ。その為に、あの葬儀の時から今まで以上に接触を避け続けなければいけなかった。
証拠さえ見つけられれば彼奴らを追い詰める事が出来る。
それまではもう暫く姉妹で力を合わせて頑張ってもらうしかない。
私の見立てではアリスは当主の器に相応しいだろう、しかし王族から見たとしたら……
「シリルよ、レガリアの王女としてアリスをどう見る?」
「もちろん合格よ。それに私は元王女よ、あなたに嫁いだ時に王家の名前は置いてきたわ」
アリスの推理で一つ大きく抜けているところがある。
陛下が私に接触してきたのはアリスにも王家の血が流れているから……妻のシリルは40年ほど前に事故で亡くなったとされているシリルメリア王女本人である。
この事を知っているのは極一部の人間だけ。アリス達にも今まで通り伝える事はないだろうし、カーレルなんぞに知られるのは以ての外だ。
「しかし陛下の恩恵か、上手いことをいいよる」
まさか自分に王族の血が流れていて、直系である自分がずっと見守られ続けていたとは知るまい。
王家の血筋には時々巨大な魔力を保有する女児が生まれる。そしてシリルもその才能を持ってしまっていた。
シリルの血を引く子供達の中で、巨大な魔力を持っているのはラクディアの二人の娘だけである。
姉のアリスは魔力が高く、妹のエリスは魔法量が多いのだ。
その関係で二人には幼少の頃から王家に見守られつづけていた。
悪い意味で言えば監視をされていると言われるかもしれないが、どちらかと言えば、友人の娘を見守っている意味合いの方が高い。
もっとも、非常時以外にあの二人が自身の力で他人を傷つけるような事はしないだろう。
そうならない為にも……
「アリス達の為にも早く調べなければなるまい。お前にとっても辛い思いをさせてしまうかもしれないが……」
「覚悟は出来ております。己の利益の為に自分の兄を殺すなど、許される筈はないのだから」
「サウロ、こんな感じでどうかしら?」
サウロはお屋敷の時代から仕えてくれていた料理人の一人で、ディオンに弟子入りするために、わざわざ地方から王都に出て来た青年だ。
「もっと生地を捏ねた方がいいですね」
私たちは今何をしているかというと、実はケーキとは関係のないパン生地を作っている。
昨日お爺様から問いかけられた内容に私は答える事が出来なかった。
正直なところ今でも迷っているのだ。確かに継承権を持つ中では私が一番相応しいだろう、そしてお爺様もそれを認めている節がある。
だけど私もエリスも女性なのだ。もし私が伯爵を継いだとしよう、婿養子を迎えられればいいが、嫁いでしまった場合この国では家名共々嫁いだ先ものになってしまうのだ。
つまり私がジーク様と結婚した場合、ハルジオン公爵家は公爵領とアンテーゼ領を同時に運営する事になる。
そして私たちに二人以上の子供ができた場合、その誰かにアンテーゼ伯爵を継がす事が出来る。
多分私はジーク様の事が好きなんだと思う。
先日お会いしたフローラ様も私の事をとても気に入って下さったし、ハルジオン公爵様も私の事を大事にして下さっている。
ユミナ様の話しでは、私たち本人次第で婚約がすぐにでも進む感じだ。
もしこれが、私たち兄妹の中に男児がいれば、公爵家と繋がりが出来るという意味で大いに喜ぶところではあるが、生憎私もエリスも女性なのだ。
私の代でアンテーゼ家をこのような状況に押し入れて良いものかどうか、それがずっと心の中で爵位を継承する事を留まらせているのだ。
「これでどうかしら?」
「いいと思いますよ。後はお嬢様がおっしゃっていたようにトッピングを施しましょう」
そして今、私が何故パンなんかを作っているのかと言うと……。
私はお爺様の問いに答えられなかったお詫びに、今考えているアンテーゼ領の小麦の生産増加計画を伝えた。
正直生産農家を巻き込んでしまうため私一人では荷が重く、伯爵であるお爺様の手を借りたかったというのも本音である。
私の計画を聞いたお爺様からの回答は、売り出す商品を見てから判断するとの事で現在その試作品を作っている。
私が売り出そうと考えている商品……それは菓子パンである。
この世界にもパンはあるが、そのほとんどが保存のきく固いパンなのだ。
昔の流通が安定していなかった名残と、数日分のパンを買いだめする家庭が多いため、美味しいパンをじっくりと味わう事がなかったのだ。
そしてもう一つ、パンを固くしてしまう理由はその材料に関わってくる。
前世の記憶がある私に、パンを作る過程で必要な材料は何かと聞かれれば、間違いなく小麦・卵・バター・イースト菌etcと答えるだろう。だけどこの国で必要な材料は小麦ではなくライ麦なのだ。
さらにイースト菌がないため、ライ麦を水で溶かして作った乳酸菌と酵母を利用して膨らませている。そのため小麦で作ったパンより酸味があり、固く出来上がってしまう。
そんな世界に日本で売られていた小麦を使った柔らかい菓子パンを市場に出せばどうなるか、私なら間違いなく飛びつくだろう。
え、私の意見じゃ当てにならないって? パンのファンを舐めてはいけなわよ、世の中にはパン好き人口は想像以上に多いのだから!
ただ、私の店だけで売っていては小麦の量などたかだか知れている。
だから私はこの菓子パンのレシピをあるタイミングを見計らって条件付で公表する。つまりフランチャイズを展開するのだ。
フランチャイズ、皆さんなら一度は聞いた事や知っている人がいるのではないだろうか?
大手コンビニ等で展開されている経営方法で、普通にコンビニを始めたいと思う人が自分の資金で土地と建物を用意する。そして大手コンビニとフランチャイズ契約をする事で、商品や販売のノウハウを受ける事が出来き、店側は毎月の売り上げに見合ったロイヤリティや固定費を納めるのである。
この世界では馴染みがないだろうが毎月のロイヤリティや固定費をゼロにし、材料のみをラクディア商会から仕入れてもらうようにすれば、アンテーゼ領で生産する小麦が王都へ流通する事になる。
もし仮に他領産の小麦を使用した場合、パンを膨らませるのに必要なドライイーストはラクディア商会のみしか取り扱えないので、購入量の割合を見れば不正は一目瞭然と言うわけだ。
まぁ、小麦の価格は正当な値で売り出すので、文句が出る事もないだろう。
「どう? ちゃんと膨らん出るかしら?」
イースト菌の開発はすでに出来ている。
もともとカフェでサンドウィッチを出したくて作っていたのだけど、ラクディア商会から相談された事で方針を変更した。
実はイースト菌を作るのはそれほど難しくない。余った果物を熱湯消毒した瓶に詰め、湯ざまし水と糖分を入れて蓋をする。そして一日おきに蓋を開け、空気を入れてかき混ぜる。それを一週間ほど繰り返せばイースト菌の出来上がりと言うわけだ。そしてそれを乾燥させればドライイーストとなる。
サウロは料理人の中で一番パン作りに精通しており、私が予め『こんなパンを作りたいのだけど』と伝えればすぐにいろいろとレクチャーしてくれたのだ。
「これはすごいですね、こんなにも柔らかく膨らむなんて」
サウロがパンを石窯から取り出しながら出来上がりを確かめている。
「味はどうかしら、ディオン達も食べてみて」
覚えているだろうか、もともと二号店の料理場は半分をケーキ用、もう半分に中型の石釜を二つ用意していた事を。
私たちが試作品を作っていた横で、ディオン達が今もケーキ作りに勤しんでいるのだ。
「甘味がありますね、それに柔らかい」
「庶民用を想定しているから砂糖ではなく果実糖を使っているけど、十分でしょ? あとはトッピングのバリエーションだけど、これはその地域性を持たせてもいいのよ」
「地域性ですか?」
「そう、例えば野菜に特化した野菜パンや、卵を取り扱っている店なら卵パンみたいにね」
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「もう今更驚きませんが、お嬢様はどこでこんな知識を学んでいるんですか?」
「うふふ、乙女の秘密を聴くもんじゃないわよ」
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エレンがいれば『なんでやねん』と突っ込みをいれてくれるのだが、残念な事に今はこの場にいない。
関西人にボケは付き物なのだ、ここは暖かな目で見守って欲しいところだ。
その日の夕食、私はお爺様達に数々の試作用に作った菓子パンをテーブルに並べた。
「取り敢えずですが、いろいろな種類の菓子パンを作ってみました」
所狭しと並べられた見た事も無いであろう菓子パンを見て、さすがのお爺様も驚きを隠せない様子。
「本当にお前が作ったのか?」
はいはい、もうその反応は見飽きましたよ。
「私一人が作った訳ではございませんが、発案とレシピは私が指示を出したものです」
「ラクディアは一体どのような教育をしていたのだ……」
お爺様はなぜか深いため息を吐きながら菓子パンに手を伸ばされていく。
お父様は関係無いんだけど、ここはあえて黙っていよう。ごめんねお父様。
「あら、おいしいわね」
「ほぅ」
お祖母様は率直な感想で、お爺様も褒め称えるような感じで呟かれた。
「いかがでしょうか? まだ試作品ではありますが、これでも十分商品化をしても問題無いかと思います」
「これに小麦を使っているというのか?」
「はい、小麦と他の素材を組み合わせ、イースト菌と言う素材でパンを柔らかく膨らませております」
「確かにこれは魅力のある食べ物だ。それで私に何を望む」
「私が計画している内容は昨日お話しした通りです。お爺様にお願いしたいのは小麦の生産増加です」
小麦の生産増加。先にも話した通りパンのメイン素材はライ麦のため、小麦の生産量は国全体でもかなり少ないのだ。
そこでアンテーゼ領で作られているライ麦を減らし小麦を増やす。ライ麦はどこの領地でも作られているから価格競争が激化しているのだ。そんな土俵で争っても利益は少なくなる一方だし在庫も残ってしまう。
ならば生産量が少ない小麦に主流に変えてしまえば、競争相手も少ないしフランチャイズ展開で販売先も確保できる。
これが今の私に出来る、アンテーゼ領の為に考えた計画の全貌である。
「よかろう、小麦の生産はこちらで準備しよう。それでどのタイミングで仕掛けるのだ?」
「来年の夏、小麦の収穫時期に合わせて仕掛ける予定です。それまでに菓子パンを王都で流行らせて、フランチャイズに乗る店舗を確保してみせます」
そして翌日、お祖母様が「今度領地にも二人で遊びに来てね」と言い残し、お爺様と一緒にアンテーゼ領へと帰って行かれた。
「あなた、あの事は伝えなくてよかったの?」
「今の二人に伝えるのは酷と言うものだ、それにまだ証拠が揃っておらん」
二年ぶりにあった孫は傷だらけだった。
アリスは私に会うなり怒りを露わにし歯向かってきた。それもそうだろう、二人が生まれてからほとんど接触してこなかったのだから。
アリスの姿を見たとき己の過ちを知る事になった。
陛下から二人が置かれた状況は伺っていたが、我が孫ながら店舗の経営からバラバラになった使用人を再集結させた手腕には驚かされた。
そんなアリスならもうしばらくは心配要らないだろうと見守っていたが、両親を亡くした時はまだ15歳の少女だったのだ。どれほど辛く傷つき、必死に妹や自分を守り続けてきたかなど、遠くで見ていた私には分かる筈もなかったのだ。
だがこれだけは言える……
「二人とも立派に育っていましたね」
今まさに私が思っていた事を先に妻に言われ、不覚にも驚きの表情をしてしまった。
「うふふ、何を驚いているんですか、誰が見てもそう思いますよ。それにグレイ達使用人の姿を見ましたか? 皆んな楽しそうに笑っていたんですよ」
まるで心の中を覗かれたようで驚いたが、これはこれで中々悪くない気分だ。
アリスは私が、カーレル達が屋敷に乗り込んでいた事を知らなかったと言っていたが、それは間違いである。
確かにアリスの推測通りラクディアが生きていた頃はあえて悪役を振るまっていたが、両親を亡くしたばかりの孫を、どうして平気な顔で放っておくことが出来ると言うのか。
当初の捜査で、彼奴らに疑惑が掛かった時点で警戒する必要があったのだ。その為ハルジオン家が偽の婚約話を持ちかけ、アリス達の様子を伺う過程で彼奴らの身の回りを調査していた。
誤算はアリス達が屋敷を出た事だが、これはある意味二人の身を守る為にも都合が良かった。まさか両親を亡くしてたった一年、それも陛下達に相談もなしに、すでに店まで始めていたと聞いた時には目眩で倒れそうになったが。
まぁ、おかげで最近になってようやく陛下直属の騎士による周辺警護の準備が整ったのだ。
「ただ見守るだけというのも中々辛いものだな」
「大丈夫ですよ、今のあの子なら全てを受け入れてくれますわ。そしてきっと分かってくれるはず」
陛下より承った内容はあの事件の調査。アンテーゼ領から帰路の途中で起こった不自然な死亡事故。
私たちが今、不用意にアリスたちに接触すれば爵位を認めたと勘違いをし、彼奴らはあの姉妹に何をするか分からなかった。
仮に私が盾となり彼奴らを追い出したとしても、非常な手段に出られてしまえば、アリスたち姉妹を危険な目に合わしてしまう可能性あったのだ。その為に、あの葬儀の時から今まで以上に接触を避け続けなければいけなかった。
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そうならない為にも……
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